最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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 あれからわたしに告白をしに来る人はいなかった。やっぱり、一人目の中忍の男性と、二人目のうちはの男性が物好きだったのだ。カカシの下に来たという二人も、カカシの勘違いだったのではないだろうか。
 中忍待機所で一緒になったアンコにそう話すと、

「あの『はたけカカシ』の名前が出回ったんじゃね。あれに挑んでまで、あんたに声をかけようなんて思わないんじゃないの」

四十五本目の串に刺さったお団子を頬張りつつ、そう返された。
 『はたけカカシ』の名は、まるで魔除けのようだ。実際、頑張って断って、どうしても押し切られそうになったら、カカシの名前を出す気でいたので、魔除けの類なところはあった。
 今度またいつ、『話があるんだけど』と声をかけられるのかと構える必要はもうないようだけど、本人公認なので、これからも有難く魔除けとして使わせてもらう。
 カカシとの噂が広がったなら、『エリート狙い』という見え方を払拭するのはもう無理だろうけれど、このまま当たり障りのない日常に戻れるなら、それが一番だ。



 任務の報告を済ませると、受付係より、火影様からの呼び出しを受けていることを告げられた。戻り次第、火影室へ来るようにと申し付けられているらしい。
 三代目からの呼び出しは、頻繁ではないけれど昔よりは増えた。わたしが特技としている封印術で封印するモノが、危険かつ厄介なモノであることは往々にしてある。その度合いによっては火影様から直接命じられるほど、重要なことも珍しくない。
 恐らく、今回もその件についての話だろう。気を引き締めて火影室に入ると、三代目はいつもの煙管をふかしながら、周りに幾筋もの皺を刻む目をわたしに向けた。

「かすみサホ。先の話し合いで、お前は特別上忍に内定した」

 紫煙を吐く口元は、ゆるりと弧を描いていた。

「わ、わたしが、ですか……?」

 特上に内定したと言われても、実感がまるでない。
 ナギサたちが特上になった際には、自分もいずれはと考えたし、二人が特上になったのは二十歳だったから、わたしも二十歳までにはという目標を掲げてはいた。
 けれど、今の自分の実力ではそれはかなり厳しいと思ってもいたし、もっと言ってしまえば、いつかなれたらいいと長い目で考えていたのに、まさか本当になれるなんて。

「任務はどれもそつなくこなしておるし、センリからも、お前の封印術に関する知識、術の精度の高さは上忍に引けを取らぬと報告が上がっておる。我々は、お前が特上として十分に値すると判断した」

 三代目は、手元に広げていた書類に目を落としつつ、特別上忍への内定が決まった理由を説明してくださった。
 センリ上忍、わたしをそんな風に思ってくれていたんだ。ついこの間、封印術式を組んでいて、とても間違えやすいとはいえ初歩的な見落としをしてしまったときには、「なにそれ、冗談でしょ? アカデミーに戻ったら?」と言っていたのに。嬉しいような、信じられないような、複雑な気分だ。

「直に、改めて通達があるだろう」

 三代目の落ち着いた声に、ああ本当にわたしは特上になるんだと、胸がじんわり熱くなった。片膝をつき、深く頭を下げる。

「ありがとうございます。期待を裏切らぬよう、精進致します」
「うむ。ま、そう気負うことはない」

 下げた頭に、温かい言葉が降ってくる。にやけそうになる口元を抑えるのが大変だった。



 火影様からの呼び出しがあった翌日、受付所で任務を確認し、今回の仲間と合流したあと、里を離れて目的地へと向かった。
 任務内容は、国境の複数の町から、三代目宛ての密書を持ち帰ること。町と町との距離が開いていることと、国境は他里との戦闘の可能性が高いので、わたしを隊長にしたフォーマンセルだ。
 隊長を務めるのはもう珍しくないことだけど、まだ少し緊張が残る。でも、この任務が終わる頃にはまた呼び出しを受けるなどして、特別上忍への正式な昇格が待っている。特上ともなれば、そんな弱気なことは言っていられない。
 責任の重さを痛感し、不安が湧き上がってくるのに合わせて胃液も込み上げてくるけれど、この隊をまとめる隊長がそんなことでは、士気にも関わるし命にも関わる。
 わたしは特別上忍になるのだ。こんな不甲斐ない隊長では、無事に任務を遂行などできない。隊長は仲間の命を預かっている存在。わたしの判断で、仲間の生死を決める。

 だから、わたしがこの場に残るべきだ。



「隊長。オレが残って、足止めになります。その間に里に戻ってください」
「だめよ。死ぬつもりでしょ。わたしが残る」

 今回のチームで一番若い、十五の中忍を一喝したわたしは、持っていた密書を、一つ年下の十八の男の中忍に差し出した。
 現在の状況を簡単に説明するなら、非常にまずい。
 各町から密書を受け取り終え、わたしたちはすぐに里へ帰還すべく帰路を辿っていた。そこを狙ったのが、他里の忍だ。密書の内容がどんなものかは知らされてはいない。しかし、国境の町から火影へ宛てたこの密書は、他里の忍にとって重要らしい。
 攻撃してきた隊の一つは殲滅したけれど、連絡を受けたらしい他の隊が追撃してきて、今はわたしが張った結界忍術でやり過ごしている。しかし、このままここに留まり続けることはできない。あるかも分からない増援を待てないし、結界を何日も維持し続けられるほど、わたしのチャクラは無尽蔵ではない。
 十五の中忍は、この場を打開すべく、自分が足止めになると提案したわけだけど、そんなことはできない。彼一人を残せば、他里の追手の足は多少止まれど、彼は殺されるか捕虜となってしまう。

「隊長。密書を確実に里へ持ち帰るには、この中で一番生存率が高い隊長が里を目指し、俺たちが時間を稼ぐしかありません」

 十八の中忍はわたしの手から密書を受け取らず、十五の中忍に賛同の意を示した。
 わたしが隊長なので、当然この中ではわたしが一番“優れた忍”だろう。この場に全員並べて殺そうと思ったら、生き残るのは“優れた忍”だと誰でも思う。

「それで? とかげの尻尾切りみたいに、足止めのために一人ずつ残していって、三人とも見殺しにしろって言うの?」
「任務遂行が第一です。私たちにはその覚悟があります」

 十七の中忍が、決意を表すように、その強い眼差しをわたしに向ける。見た目は可愛らしい、どこにでも居そうな女の子なのに、彼女は立派な忍だった。
 三人は、わたしを確実に里に返すための足止めとして死んでもいいと言っている。任務遂行のために必要な犠牲なら、それは名誉ある死として望まれるだろう。

「一番生存率が高いなら、一番時間を稼げるのもわたしじゃない。時間を多く稼げば、確実に里へ密書を持ち帰ることができる。三人を見殺しにしないで済む」
「でも、それじゃ隊長が……!」

 わたしが一番死ぬ確率が低いなら、他里の忍がわたしに手間取る時間も長い。長ければ長いほど、密書を持った仲間が里へと近づける。それもとかげの尻尾切りと同じだけど、十五の中忍より、わたしの方が持ちこたえる時間が長く、切るべき尻尾も少なくて済む。
 そのことを説明すると、十五の中忍が悲鳴にも近い声を上げた。他の二人も、わたしが一人死んで事を収めようとしているのだと思ったようで、硬い表情を見せる。

「心配しないで。死ぬ気なんてちっともないから」

 わたしが隊長に選ばれたのは、この四人の中で一番“優れた忍”だからなのかもしれない。
 でもその“優れた忍”というのは、単純に『一番強いから』ではない。戦闘面で言えば、十八の中忍の方がわたしより上だろう。
 ただ、わたしには特出したものがある。この三人より、ずっと秀でていること。特別上忍への昇格が相応しいと判断されたほどの、矛と盾が。

「だから先に行って。この辺を巡回している木ノ葉の忍が居たら、状況を説明して応援を頼んで。あっちの忍を火の国から追い出さないと!」

 三人の顔を右から流すように見て、わたしは努めて笑顔を作った。こういうときは笑うのが一番だ。感情を隠すには笑顔がいい。震えそうな声は無駄に張ることで誤魔化して、下がりそうな眉をわざと持ち上げて、一直線に結びそうな唇は口角を上げて。

「お願いね」

 十八の中忍に再度差し出すと、観念したのか今度は受け取って、すぐに自分の身へと仕舞った。十五の中忍は、わたしと十八の中忍を不安そうに交互に見やって、十七の中忍の目にはうっすら涙の膜が張っている。一人ずつその背をポンと叩いて、さあ行きなさいと無言で急かせば、十八の中忍を先頭に彼らは駆け出して行った。



 それがおよそ、15分ほど前の話。
 今、わたしを中心として辺り一面に張っているのは、結界・天蓋法陣。球状の探知結界を広げ、侵入してきた者を漏れなく感知する。

「ふう……さすがに、これだけの数を一気にとなると……はぁ……きついな……」

 全身から汗が噴き出していて、踏ん張っていないと足がガクガクと震えてしまいそうだ。肺がぎりぎりと締め付けられていて、呼吸をするたびに頭がガンガンと痛む。
 周りには血の匂い。辺りに転がるのは、全身の至る所から血を流す死体。その数はざっと十はある。
 仲間が行ってすぐに張ったこの天蓋法陣は、結界忍術の中でも上忍辺りが会得できる、上級忍術に区分されている。まだクシナ先生が存命だった頃、一度お会いした自来也様とのお話の中でも名が挙がった術だ。球状に広げられるので、地中からの近づいてくる敵もカバーできて、使い勝手はかなり良い。
 結界忍術は大まかに言ってしまえば封印術の一つ。習得に時間はかかったけれど、広範囲に構築し発動させるだけならば、それなりのチャクラを使いはするもののここまで疲労困憊にはならない。その辺のチャクラコントロールには自信がある。
 主なチャクラの消費は、この術を展開したまま、相手を捉えたら瞬時に[けい][]籠檻[ろうかん]を使い、感知した他里の忍を捕え、そのまま串刺しにして殺したからだ。
 元々、わたしは大量のチャクラを持っているわけではない。人並みか少し多い程度の量しかないところを、長年培ったコントロールで上手くやりくりしている。
 しかし、広範囲に天蓋法陣を使用して集中し、尚且つ封印術を連続で発動させる――当然ながら手練れの忍を封じ込むには、使うチャクラの量も増える。おかげでチャクラがほとんど残っていない。しかし、わたし一人で多勢に確実に対抗するには、これしかなかった。

「これで……全員……かな……」

 さきほどから、天蓋法陣に引っかかる気配はない。追手の数を考えると、今この場で殺した者で全員と考えてよさそうだ。
 わたしは天蓋法陣を解き、その場で少し手をついた。動悸が止まらない。呼吸が安定しない。少しだけ休んで、それからわたしも里へ帰ろう。わたし一人分の結界が張れるチャクラはまだ残っている。
 ここから少し離れた場所がいいと考え、曲げていた膝を伸ばした。血の匂いで気分が悪い。早く、この匂いから離れたい。

「――ぁあっ!」

 背後から殺気を感じて、その場から跳躍しようと足に力を入れたそれより早く、背中が一瞬にして熱くなる。

「いっ……!」

 熱はすぐに痛みへと変わった。鳴り響いく心臓の音に合わせて、背中がドクドクと脈を打つ。手を後ろへ回しつつ距離を取り、身を翻すと、刀を構えた他里の忍が居た。

「へっ、残念だったなぁ」

 他里の忍は笑みを浮かべる。何だか粘っこく思えて、気持ちが悪くて吐き気がした。
 まだ残っていた。恐らくこの男は、わたしの天蓋法陣に気づいて、それが解かれるまで待っていたのだろう。完全な誤算だ。結界に気づいて様子を窺う可能性があったのに、疲労で頭が回らずそこまで考えが至らなかった。
 他里の忍は、じわりと空いた距離を詰めてくる。わたしはそれに合わせ、一歩、二歩と後ずさった。
 背中が痛い。痛くて、後ろに回した手を動かせない。指先が濡れている。血だ。頑丈な木ノ葉のベストの、その中に仕込んでいた鎖帷子を容易に裂いた刀にも、わたしの血がついている。よく見れば、あれはチャクラ刀。それなら、丈夫なベストも鎖帷子も大した壁にならず、皮膚を深く斬りつけられるだろう。

「――い、つっ!」

 ずりずりと下がっていくうち、背中にぶつかる物があった。木の幹だ。触れた痛みで足の動きが止まり、そのまま尻を地面につけてしまう。
 立たなくては。逃げなくては。
 思うけれど、チャクラをほとんど使い果たしている体は、簡単には言うことを聞かない。

「疲れたろうなぁ。これだけ俺の仲間を殺したんだ。女のくせに、大したもんだぜ」

 完全優位を悟った他里の忍は、空いている手で周りを指し示した。地面に倒れこんでいるのは、多数の穴に全身を貫かれ、臓器を傷つけられ、出血多量で命を落とした死体。
 わたしも、あの中に混じるのか。この男の振るう刀で。

「今、楽にしてやるよ」

 他里の忍が、見せつけるようにチャクラ刀を掲げる。刃に付着しているわたしの血が、やけに赤く見えた。
 逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。
 わたしは生きて帰らなきゃいけない。あの子たちにも約束した。死なないと。
 帰ったら特上になるんだ。なれるかどうかも分からなかった特上に。
 これからも木ノ葉の里を守らなくちゃ。オビトの代わりにわたしが。
 ああ、でも。
 背中は痛いし、血の匂いで頭は痛いし、背中が痛いし、足は動かないし、背中は痛いし。
 もう、印だって素早く結べそうにない。術を発動させることなく、あの刀で殺される。
 腕を上げるのがやっとだ。それくらいしかできない。
 それくらいしか――

「ああ? なんだ? 命乞いか?」

 力を振り絞って、わたしは右腕を上げる。ぷるぷる震えてみっともなくて、他里の忍から見たら、命乞いしているように見えるのかもしれない。
 だけど、そんな気は毛頭ない。

「チャクラばかりが……忍じゃないでしょ……」

 手を反らし、狙うは男の首。力を振り絞り、左手でその留め金を引けば、発射されるのは数本の鉄の鏃。鋭い音を立てて、他里の忍の喉に突き刺さった。

「ガッ……」

 男は刀を下ろし、もう片方の手で首に刺さる鏃に触れた。覚束ない足取りで後ろに下がりながら、目を大きく見開き呻き声を上げる。

「――荊蒔籠檻……!」

 いつもの何倍もの時間をかけ、印を結び、荊蒔籠檻を発動させる。他里の忍を棘だらけの鳥籠に閉じ込めると、男は顔を大きく歪ませた。チャクラを流し込み、荊の鳥籠を収縮させると、男の断末魔が響き、漂っていた血の匂いがさらにきつくなった。
 鈍い呼吸音が止まり、絶命したのを確認したあと、全身に穴を穿った鳥籠を解いた。血に濡れた檻は消え、死体は膝から崩れ落ちる。

「はぁ……はぁ……」

 もう、無理。もう、本当にだめ。もう本当に動けない。腕を上げることもできない。何とか、生命維持できる程度のチャクラを残しているだけだ。次に追手が来たら、今度こそ間違いなく殺される。


「『美しい花には棘がある』と言うだろう?」


 引っ越し祝いでヨシヒトから貰った袖箭[しゅうせん]は、お守り代わりでしかなかった。まさか本当に使う機会があるとは。おかげで命拾いした。
 忍者というのは、どうしてもチャクラに頼りがちだ。チャクラがあるから忍者としてやっていけるから当たり前なのだけど、チャクラを必要としない、こういう武器も備えておくべきだ。うん。帰ったらみんなにそう言おう。絶対に言おう。袖箭、おすすめしよう。
 胸はふいごのように大きく動いていたけれど、しばらくするとそれも落ち着いてきた。そうすると今度は、背中の傷の痛みが強くなって、顔に無駄に力が入る。

 まずい。チカチカする。

 血の匂いで痛かった頭は、止まらない背中の出血による貧血からくるものに変わってきた。目にちらつくものがあって、瞬きをしても取れない。
 早く止血しなければ。でも体は動かない。だから頭はくらくらするし、これじゃどうにもならない。

 死ぬもんか。死んでたまるか。

 諦めそうになる自分に喝を入れる。どうにもならないんじゃない、どうにかするんだ。
 とにかく、体力とチャクラを回復させないと。まず止血して。次に、ポーチから増血丸を出して飲んで。医療パックの中にあるものを思い出そうとするけれどうまくいかない。体が動かない分、考えなくちゃいけないのに、頭はボーっとするばかりだ。さっき入れた喝は、ものの数秒で何の意味もなさなくなった。
 何も考えられないから、目の前に現れた複数の気配を感じても、瞬きと呼吸しかできない。
 視界いっぱいに、白い顔が。
 目が。
 血と、夜。
 夜だ。昼間なのに、夜が来た。

「……なに……」

 知っている色だった。顔、近いんだけど。そんな気持ちで声を出すと、白い顔は溜めていた息を吐いた。

「怪我は?」
「……せなか……」

 問われたので答えると、両肩を掴まれ、背中の傷を確認される。その動きすらも痛くて、喉から自然と呻き声が出た。

「お前一人?」
「……なかまが、さんにん……みっしょもたせて……さきに、さとに……」

 ぶつ切りの言葉で説明すると、肩から手が離れる。相手越しに、同じ格好をして、似たような白い面を掛けた者が数人見えた。木ノ葉隠れの暗部。

「お前たちは他に敵や仲間が残っていないか、周辺の確認を。終わったらここの処理を頼む。オレはこいつを連れて先に里へ戻る」
「了解」

 命じられた暗部は、指示通りにその場から離れ、周辺を探りに出る。二人だけになったところで、残った暗部が――カカシが、わたしのベストの留め具に手をかけた。

「止血するから脱がすよ」

 言い終わるより早く、留め具は外される。わたしは背中をぶつけた木に寄りかかる形で、カカシに背を向け、手を借りてベストを下ろした。動くたびに痛みが走って、喉の奥から漏れそうになる声を押し留めるのもつらい。
 カカシがわたしの服を、ゆっくり捲り上げていく。

「うっ……」

 傷口に刺激が伝わり、堪えきれずに口から声が出る。カカシは一度手を止め、捲るのではなく生地を裂くことにしたらしく、細かい振動と共に、ザリザリと独特の音がした。
 暴かれていく背中が寒くて悪寒が走る。服は背中から二つに裂かれたせいで、腹も外気に触れている。身に着けていた下着ごと切られたので、胸の辺りも心許なくなり、カカシを前にこんな姿を晒している自分が恥ずかしくなった。

「深いな」

 傷を見たカカシの感想のせいで、痛みがひどくなった気がする。深いんだ。どれくらいだろう。どこからどこまでの長さで、どんな傷口なんだろう。
 この間にも、傷の辺りに走る血管が、ドクドクと血を流しているのが分かる。鼓動に合わせて痛いくらいにうずく。

「きれいにやってよね……。わたし、帰ったら……特上になるんだから……」

 木ノ葉の仲間が現れたことと、手当てしてもらえるという状況に気持ちが落ち着いてきて、口もさきほどよりは回るようになった。

「特上に?」

 面越しのくぐもった声は、少し驚いていた。

「内定してるって……火影様が……」
「そう……」

 わたしが特別上忍になるなんて信じられないだろう。わたしだって信じられない。でも三代目から直々にお伝えいただいたのだから事実だ。
 里に戻ったら特上になる。それはそれとして、やはりきれいな体でいたい。傷口を縫ってもらって、すぐに医療忍者の治療を受ければ、痕は多少どうにかなるだろう。どうにかなってほしい。だからきれいにしてほしい。

「サホ。これを噛んで、少し我慢して」

 カカシがわたしの口元に、布を当てる。これを口に入れて、舌を噛まないようにとの配慮だ。ここは医療設備の整っていないから、麻酔なんて有難いものはない。少しでも動きやすいよう、身元がばれにくいよう、忍の持ち物は少ない。少数精鋭として厳選された、止血用の針と糸で簡易的に塞ぐしかないので、縫われるものはその痛みにひたすら堪えるだけだ。
 布をしっかり口に含んで噛んで、来るであろう、針の痛みを覚悟した。針だったら、チクッと刺すような痛みだろう。それがしばらく続くだけ。
 大丈夫。我慢できる。大丈夫。少しの間だけ――

「ッあ、ああっ!! いっ、あっ、か、かっ! いっ!?」

 想像以上の激痛が走った。針でチクッと、なんてものじゃない。熱い、痛い、熱い、痛い。刀で斬りつけられた時とは比べ物にならない。
 あまりの痛さに逃げ出したいのに、カカシがわたしの首根っこを掴み、寄りかかっていた木に押し付けるので抜け出せない。足で蹴ろうにも、その足の上にカカシが自分の足を置いて押さえるのでそれも無理だった。

 いたい。いたい。くさい。何の匂いだ。いたい。くさい。いたい。いたい! いたいいたいいたいいたいいたいいたい!! いたい!!

 もうやめて。もういい。もういっそ殺して。
 そんなことを願いだしたあたりで、ようやく体の押さえ付けが緩んだ。背中の痛みは引かない。辺りには血に混じる異様な匂いがする。これは、焼けた匂いだ。カカシは、恐らく火遁か何かを使って、傷口を焼いたのだ。

「あんた……なにして……きれいにって……」

 焼灼止血法の存在は知っている。傷口を焼くことで血を止める。しかし、斬られて裂けた傷なら、針と糸で事足りるだろう。針と糸では間に合わないほど範囲が広かったのか。
 ああ、これは絶対に痕が残る。医療忍者にすぐ手当てを受けても、恐らく斬られた線に沿ってくっきりと浮かぶだろう。
 最低だ。なんてことをしてくれた。きれいにしてくれと頼んだのに。

「特別上忍就任の、祝儀だよ」

 カカシの言葉の意味が分からず訊ねようとする前に、焼かれた部分に冷たいものが触れる。軟膏でも塗っているのだろう。しかし、今は少しの風が当たっただけでも痛い。
 軟膏を塗り終えると、今度は包帯が巻かれていく。背中を覆うため、胸や腹の辺りにも腕が回されるが、もはやカカシに対する羞恥心などなかった。そんなものを感じている余裕がない。背中が痛い。痛い。とっとと終わらせてほしい。
 巻き終わると、体の向きを横にさせられた。背中に何か当たると痛いから、これじゃ仰向けに寝ることは当分無理だ。
 舌を噛まないようにと口内に入れていた布が引っ張り出され、楽になると同時に、今度は硬い物が唇に触れる。

「飲んで」

 押し当てられたものは、丸薬だろう。特有の匂いが鼻をかすめる。飲まなければいけないと分かっているけれど、先ほどの強烈な痛みで体力を根こそぎ奪われた。少しでも気を抜けば、目を閉じてそのまま眠ってしまいそうだ。
 グッと力を入れられるけれど、口はどうにも動かない。もう呼吸以外のことはしたくない。
 丸薬が唇から離れた。何かしている音はするけれど、目で捉えられるのはかすんでいて、ぼやけた視界だけだ。
 唐突に、顎を掴まれる。大した抵抗もできずに口を下げられ、唇に柔らかいものが当たる。口内に水と、細かい粒が押し込まれた。

「んっ――」

 あまりにも急なことに、驚いて吐き出しそうだったけれど、そうはさせないと押さえ付けられたら、ごくりと飲みこむしかない。
 水と粒がわたしの喉を通ると、口はやっと解放された。顎から手が外れ、鈍い音を立てて咳き込む。

 こいつ、こいつ……!

 カカシは、自らの歯で砕いた丸薬を、水と共にわたしの口に直接流し込んだ。緊急事態だからの行動だろうけれど、もっと他にまっとうなやり方はなかったのか。よりによって、何で口移しなんて。
 抗議したい気持ちで、カカシを睨もうと目を向けるけど、うまく開かないからシルエットしか分からない。口移しだったということは、カカシはマスクを下ろしていたはずだ。絶対に人前に露出しなかったあの口元を。けれど、逆光も相まって、何も見えなかった。

「なに……す……」

 怒りと羞恥を隠すことなく、閉じてしまいそうな瞼をなんとか持ち上げ睨むと、カカシはマスクを上げる仕草をしながら、

「オレの上忍祝いのお返し」

と、悪気の感じられない言葉を返した。
 『上忍祝いのお返し』? こんなときに、一体なんのことだ。

「満月印の増血丸。一番質がよくて、一番量が多くて、一番高いの」

 淡々と続けたその台詞に、ようやく意味が分かった。昔、カカシが上忍になったときに、リンがプレゼントを贈ろうとみんなに向けて発案した。当時のわたしにしては奮発して選んだのが、忍の間では一番常用されている、満月印の増血丸だった。
 カカシが口にしたのは、手渡したときにわたしが言った台詞そのままだ。

「……値段のことまで、言う必要、ないと思うけど……」

 対するわたしが零したのは、あのときカカシが返した台詞。カカシも覚えていたのか、フッと笑う。笑うんだ。カカシ、笑うんだ。そりゃあ、笑うか。へえ。
 カカシは面を掛け直すと、脇に置いていた血濡れのベストをわたしの背中にそっと乗せ、腕を一本ずつ取って通した。ベストには巻物などの道具を仕舞っている。もう使えなくとも、置いていくのは得策ではないとカカシも思ったのだろう。傷に当たる痛みはあるけれど、軟膏に鎮痛剤でも含まれているのか、我慢できないほどではない。
 そのまま、わたしはカカシの背に乗せられた。走る背中は、あまり快適な乗り心地とは言えなかった。わたしを早く里へ連れ帰るべく急いでいるからか、おかまいなしに振動を伝えてくる。動くたびに背の傷が針を刺されたように痛むけれど、出血は止められ、増血丸も飲んだ今は、安心感が勝っているので穏やかな気分だ。

「死んでなくてよかったよ」

 カカシの肩に顔を乗せているので、自然と耳はカカシの口元に近くなる。緑生い茂る森の中を駆け、騒がしい木々の葉擦れが騒がしいけれど、この距離であれば、互いの声はきちんと聞き取れる。
 暗部の面越しに、カカシはその言葉をどういう表情で言ったのだろう。木ノ葉の隠れの里の、同期の仲間が死ななくて済んだと、『ただの同期』として安堵してくれたのだろうか。

「死ぬわけないじゃない……」

 思ったことそのままを、わたしの唇が紡ぐ。

「わたしは、オビトの分まで、里を守るの」

 あのとき、三人の中忍に向けて放った言葉は、嘘ではなかった。一人で残る不安や恐怖はあったものの、死ぬつもりなんて一切なかった。
 わたしは死なない。わたしは里を守らなくてはいけない。一日でも長く、一人でも多く。わたしはオビトの代わりに、木ノ葉の里を守り続ける義務がある。

「あんたが死ぬまで、恨み続けるんだから、あんたより先に、死んでなんかやらない」

 オビトに目を託されたカカシもまた、木ノ葉を守り続ける義務がある。
 そのためにわたしは絶対に死なない。こいつが途中で、勝手に生を諦め投げ出したりしないように、見張っておかなくちゃいけない。
 オビトの目でリンを殺したこいつは、その罪を背負って悔やんで苦しまなければならない。まだ里同士の争いが絶えない中、里を守ることを放棄して、楽になるなんて許さない。
 だからわたしは死なない。死ぬもんか。
 この男の中に生きるオビトを、一日でも長く生かすために。
 この男が、自身の罪に苦しむ時間を、一秒でも長く引き伸ばすために。
 リンを殺したこの男を恨み、この男の中のオビトを生かし続けることが、わたしの生への執着に繋がっている。
 揺れる背中に身を任せていると、段々眠くなってきた。先に里へ戻らせた三人は無事だろうか。里にちゃんと着いただろうか。全員元気ならいいな。誰も死ななかったならいいな。カカシの背中、広いな。



41 三日月を背負う

20181014


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