わたしとリンで、オビトの他、たくさんの名が連ねてある石碑を見に行った。彫られているオビトの名をなぞっても、手に伝わるのは石の冷たさくらい。石は所詮は石だ。だとしても、こうして里のために命を落とした者の名を記すことは、残された者が心に区切りをつけるのに必要な儀式なのだろう。
ポーチに入れっぱなしだったお守りは、うちはの神社で焚き上げてもらおうかと思ったけれど、任務が立て込み時間がなくて行けず、手元に残したまま。今はオビトの家から持ち帰った七班の写真立てと一緒に、引き出しの奥で眠っている。
オビトの意志を継ぐと決めたわたしは、とにかく目の前の任務をこなし、修業を増やし、リンの下に多く顔を出した。
リンは今、里外へ出る任務が少し減り、病院に赴いて怪我をした忍の治療が主となってきた。時が過ぎ、連戦続きで負傷者は増える一方だ。忍の治療となると、一般人の医者の手では余ることが多い。扱いに注意が必要な毒を食らっている可能性もあるし、何かしらの術にかかっている患者は、医療忍術を使える者でなければ危険が伴う。
負傷者多数ゆえに、リンが病院で治療をしているということは理解しているけれど、リンが戦場に出る回数が減ってホッとした。守ると決めたはいいものの、すでに医療忍者のナギサが居るクシナ班に所属するわたしは、リンと班を組むことはなかなかない。
代わりに、わたしの班にカカシが入ることが増えた。彼は上忍だから、クシナ先生の代わりに、隊長としてわたしたちクシナ班を従える立場に就くことがある。
『はたけくん』と呼ぶのは止めた。別に、彼と距離が近くなったからとか、そういうことではない。
――いや、物理的には確かに近くなったから、かもしれない。一瞬のやりとりが命を分ける任務を共にしていて、『はたけくん』は少々長かった。
かといって、『はたけ』と呼び捨てにするのは何だか違うし、『はたけ上忍』だともっと長い。
試しに『隊長』と呼んでみたら、うんざりした顔でカカシ本人から『なんかやだ』と却下された。
結果的に『カカシ』と呼び捨てにすることが、一番無難な収まり方だったのだ。
呼び捨てになったのは、カカシだけじゃない。カカシの、自称永遠のライバルのガイも、『ガイ』と呼び捨てになった。
わたしがカカシをカカシと呼んで会話しているのを見て、間に割り込んで言ったのだ。
「オレも『ガイくん』なんてやめてくれ! オレたちは仲間だろう!?」
それを聞いたとき、わたしは『その仲間の顔を覚えない人が何を』と思い、驚いて言葉も出なかった。
「仲間の顔を覚えない奴が何言ってんの?」
同じ意見だったらしいカカシが、心底呆れた顔で代弁してくれた。
けれど、呼び捨てにするようになったのがよかったのか、ガイがわたしの顔を忘れることはなくなり、わたしが同期だということも覚えてくれるようになった。ここまで来るのに長かったと、少し感慨深い。
カカシ、ガイに続き、同性の紅をとっかかりにして、他の同期のみんなも、いつの間にか名前で呼び捨てするようになった。わたしより年上ばかりだから気後れしてしまっていたけれど、あちらは特に年上だとか年下だとか、最初から気にしていなかったようだ。
そんな風に、オビトが死んでしまったと同時に、わたしの世界はすっかり変わった。
わたし自身も変わったし、環境も、人付き合いも。オビトの死は、色んなものを変えた。
特に、カカシは人が変わったようになった。人当りが柔らかくなり、前よりも笑うことが多くなった。徹頭徹尾ルールに従い、掟を絶対としていた頑なな姿勢はすっかり瓦解して、今は必要とあらばルールを多少曲げてでも仲間を守ることを第一に考えている。
それは、オビトの意志を継ぐと決めたから、そう振る舞うようになったのかと思ったけれど、少し違う。
だってカカシは昔から、物言いは多少きついときもあるけれど、事あるたびに話を聞いてくれる面倒見の良さがあった。困っていたら、べったりとはくっつかないけれど、そっと寄り添ってくれる優しさを持っていた。
カカシも元は、人並みに仲間思いな子だったのだと思う。だけど、お父さんが亡くなったことにより、掟を順守しなければと抑え込んでしまっていた。
だからカカシは変わったのではなく、オビトの意志を継ぐことがきっかけになって、カカシ自身の根っこの部分が表れたというのが近いのでは、とわたしは考えている。
勝手な決めつけだけれど、『オビトの意志を継ぐために』と修業を頼むわたしに、文句も言わずいつも熱心に付き合ってくれるので、案外間違っていないと思う。
前日まで、丸三日前線に出ていたため、今日は非番だ。
以前受けた、結界を貼りなおす任務と同じもので、今回はエリアが違ったけれど、メンバーはほとんど変わらなかった。
食事の約束をしたのに行けなかったことを詫びると、先輩方は気にするなと笑ってくれた。
「仲間が死ぬなんて、誰だって堪えられないさ。特にそれが初めてならな。だけどこれから先も、親しい仲間がどんどん死ぬことを覚悟しておけよ。それらを重ねて、心が強くなっていくんだ」
中忍の男性がわたしに目線を合わせ、力強く、優しく説いた。経験を積むことで強くなる。そう仰ったけれど、それは『心が強くなっていく』のではなく、『心が麻痺していく』という方が正しいように思えた。
現にわたしは下忍になった頃より、任務のためなら人を傷つけることに、殺すことに躊躇いがなくなっている。その感覚は、人を傷つけることに対し『強くなった』というより、『麻痺してきた』の方がしっくりくる。
そんなことをゆっくり確かめることもできないくらい、火の国の中を駆け回り、応戦し、里に帰ってはリンの姿を目に入れ安心する。
オビトが死んでから、わたしの毎日はその繰り返しだ。
今日もまた、わたしは朝の身支度を終えると病院へと向かった。リンの本日の任務が病院勤務というのは調べてある。非番や休みを貰った際は、わたしはいつもリンの傍に居るようにしている。
――とは言うものの、わたしにずっと傍に張りつかれてはリンも気疲れするだろうから、遠くからその姿を見て、患者の治療に一所懸命に働いていることが分かれば、あとは鍛錬などの時間に当てていることが多い。
無事にリンの元気な姿を見届けたわたしは、病院を後にした。
さて、これからどうしよう。カカシはわたしより数日前に任務に出ていてまだ帰っていないみたいだし、ヨシヒトもナギサもガイも、別の隊と組んで里を出ているというから、修業に付き合ってくれる人はいない。
「せっかくだし、資料室に行こうかな」
ならば、今日は封印術の勉強に努めよう。最近はクシナ先生が許可を取ってくれて、高位の封印術の資料が詰まっている、特別資料室へ入室できるようになった。
この特別資料室から、巻物や本などの持ち出し厳禁だ。なので、ここでしか目を通すことができない。しっかり頭に焼き付けるには、何度も通わなければならない。
特別資料室はアカデミーにある。まだあどけない後輩たちが、校庭で授業を受けているのを見ると、自分がアカデミー生だった頃を思い出す。
あの頃は、楽しかったなぁ。
子どもだったわたしたちは、アカデミーで授業を受けていればよかった。戦争もそこまで激化していなかったし、日常生活において戦火を感じることはあまりなかった。
オビトが居て、リンが居て、カカシが居た。みんなで修業した。
カカシに関しては、先に下忍になったり、お父さんが亡くなったりで、彼なりに色々とあった。
それでも、アカデミーに居た頃のわたしにとって、日常は平和だった。
今じゃ、人を殺すことも厭わない。
わたしはオビトの意志を継ぐために生きる。そのためには死んではいけない。
だから相手がわたしを殺すと言うのなら、わたしも殺すしかない。
自分が生きたいからじゃない。オビトの意志を尊重し、リンを守るためだ。
わたしの人生はもうわたしだけのものではなく、先に死んでしまったオビトのものでもある。
だからわたしは食らうように知識を得て、高位の術を身に叩き込んで、反吐が出そうなほど酷な修業を繰り返す。
今、アカデミーに通う子たちが、わたしが味わった苦しみや悲しみに涙を流さなくていいように、わたしには立ち止まっている暇はない。
資料室に入って、数刻。昼時になり、頭を使ってお腹も空いたわたしは、アカデミーを出て近くの定食屋に入った。初めてクシナ班のみんなで行った、あの定食屋だ。アカデミーから近く、注文を受けてから運ばれてくる時間も短く、忍御用達の店とあって、もうすっかり常連になった。
「んー……日替わり定食にしよう」
店に入り、空いていた二人掛けの席の一方に腰を下ろし、悩むのも面倒だったので日替わりを選んだ。注文を済ませたあとは、自分でお冷を注いでしまえば待つだけだ。
冷たい水を喉に流し込みながら、そういえば図書館で借りた本があったのだと思いだし、続きでも読もうとポーチに手をかけようとしたら、目の前にドカッと誰かが腰を下ろした。
「え――あ、アスマ」
「おう。ここいいか?」
「いいよ。一人だったし」
額当てをつけたアスマが、すでに注いだお冷を手に持ったままメニューを眺める。
「サホは何を頼んだんだ?」
「日替わり定食だよ」
「ふうん。んじゃオレは……焼肉定食だな。すいませーん」
アスマはほとんど迷うことなく選ぶと、店員を呼んで注文を告げる。それが終わったら、お冷をグッと飲んだ。コンと軽い音を立てて、木製のテーブルにグラスを置く。
「今日は任務じゃないのか?」
「非番だよ。さっきまでアカデミーの資料室に居た」
「お前、勉強好きだな」
「そう?」
そんなこと初めて言われた。勉強好きに見えるのかな、わたし。
「まあ、前から真面目な奴だとは思ってたが……非番の日にわざわざ資料室にこもるなんて、オレからしたら狂気の沙汰だ」
「うーん……。やることがあるから、やってるだけだよ」
アスマにそう言われると、たしかに『勉強好き』と称されてもおかしくないのかもしれない。
でも、わたしは自分ではそういう意識は全くない。やらないといけないからやるだけで、というのも、ちゃんと目的があるからだ。なので、そのために動くのはさほど苦ではない。
「やることってのは……カカシと組んで、か?」
「カカシと?」
神妙そうな顔で、アスマが突然カカシの名前を出してくるので、わたしは目を瞬かせてしまった。アスマは指先だけでグラスを持ち上げ、そっと一口飲む。大人がお酒を飲む仕草に似ていて、将来お酒をたくさん飲む人になりそうだなと思った。
「カカシと、最近はえらく親しいなと」
「そうかな? まあ、共通の目的があるからね」
「目的?」
グラスを置いたアスマが復唱し、わたしは頭を縦に振って頷く。
「わたしとカカシで、オビトの代わりにリンを守ろうって。そう約束したんだ」
我ながら少し誇らしげにそう言うと、アスマは一度目を大きく開いたあと、「なるほど」と、合点がいったように呟いた。
わたしがカカシと親しくなったように見えるのなら、それはわたしたちの目的が一緒だからだ。オビトの代わりにリンを含めたみんなを守るため、一刻も早く戦争を終わらせ、平和な日常を取り戻す。
そのためには強くなる必要があって、そういう面ではわたしはカカシに協力してもらっているし、代わりに上忍として忙しいカカシの分まで、里に居る間はリンのことを気にかけている。
共通の目的があり、尚且つ双方にメリットがある、この関係が親しく見えたのなら、それは間違いではないけれど、正確には違う。わたしたちを以前よりも強く結びつけているのは、親しみなどではなくて、オビトの意志を継ぐという使命感からだ。
「リンを守ろう、ねぇ……」
どこか腑に落ちないといった表情で、アスマは言う。何か引っかかるのかと、問う前にわたしたちのテーブルに注文した定食が運ばれてきた。今日の日替わり定食は、鯖の煮付けだったらしい。
温かい物は温かいうちに。わたしたちは箸を手に取り、各々の昼食を口に運んだ。「そういえば」とアスマが任務先で気づいたことを口にし、わたしも興味深く耳を傾け、時折わたしも話をし、アスマも相槌を打ちながら聞いてくれてた。
「ごちそうさん。あと、頼んだぜ」
一口が大きいアスマが先に食べ終わり、財布からお金を取り出すと、テーブルの上に置いて出て行った。同じ席だから注文票はまとめられている。
料金に対してわずかにおつりが出る金額を置いて行ったけど、わたしも似たようなことを何度かしているし、もうお互いその辺を気にするような間柄じゃない。本当に、アスマともここまで打ち解ける関係になるだなんて、アカデミーの頃には考えもしなかった。
日替わり定食を食べ終わり、支払いを済ませて定食屋を出る。これからどうしようか。また資料室に戻って巻物を読むのもいいけれど、経験上、お昼を食べたあとに読んだ資料は、満腹が引き起こす眠気のせいでうまく頭に入らない。
それならいっそ、軽く体を動かしたい――が、相手がいないのだった。
考えながら見上げると、空にはゆったりと雲が流れていた。いい天気だ。
そうだ。オビトに会いに行こう。
ほとんど毎日のように慰霊碑に顔を出しているけれど、今日はまだ行っていなかった。時間もあるし、久しぶりに花を買って向かおう。
そうしようと歩き出した辺りで、視界に銀色の後頭部が見えた。もともとツンツンと跳ね気味だった髪は、額当てのせいでさらに立ち上がっている。
「カカシ!」
名を呼ぶと、カカシは振り向いて足を止め、駆け寄るわたしを待った。額当てを斜めにずらして左目を隠す姿は、もうとっくに見慣れたものだ。
「任務帰り?」
「ああ。報告が済んだから、家に帰ろうと思って」
「そうなんだ」
「サホは?」
「今日は非番。リンは病院だよ」
ごく自然に、リンのことを口にすると、カカシはわずかに表情を崩し、少しホッとしたように見えた。
わたしたちは顔を合わせるたびに、まずリンの安否を確認し合う。挨拶を済ませてすぐに「リンは?」なんて訊ねるのはよくあることだ。
「わたしはこれからオビトに会いに行こうと思ってたんだけど、カカシも一緒に行かない?」
慰霊碑がある方を指差して言うと、カカシは、
「行く。今日はもう何もないし」
とすぐに答えた。
「じゃあ、花屋に行こう。お花を買ってから、オビトのところに」
カカシはわたしの提案に異を唱えることなく、二人並んで里の中を歩いた。花屋に向かうまで、わたしはさっきまで資料室に居て巻物を読んでいたことを話し、アスマに『勉強好き』と称されたことを告げると、「あいつからしたら、みんな勉強好きに見えるんじゃない?」と淡々と返された。
そういえばカカシも、わたし以上に勉強好きだと思う。たまに家にお邪魔したら部屋に巻物が広げられたままだったりしていたし、難しそうな本を読んでいるところをよく見かける。
馴染みの花屋は、いつも色とりどりの花が並んでいる。いわゆる仏花の花束を買えばいいのだろうけれど、わたしはいつもその日並んでいる花の中から、いいなと思ったものを選ぶことにしている。仏花ばかりだとオビトも飽きてしまうと思ったからだ。
「サホ、いつも派手な色を選ぶよね」
「え……そう?」
店員に「これと、これと」と花を指差して選び終わり、花束が作られている間に、表に並んでいる商品の植木鉢や鉢物を眺めていたら、カカシがいきなりそんなことを言い出した。
「こういうときって、もっと落ち着いた色じゃないの? 白とか」
「白も入ってるよ?」
「白以外が派手なんだよ。オレンジと赤って、墓参りって感じじゃないんだけど」
花束にしてもらっている花は、カカシの言うとおりオレンジと赤、そして白だ。
「オレンジと赤って、オビトっぽくない? オレンジはゴーグルの色で、赤はうちはの紋の色」
わたしが言うと、カカシはオビトの姿を思い出し、わたしが選んだ花の色と照らし合わせて「ああ」と短く声を上げる。
「そういう意図があったのか。オレはてっきり、サホの趣味で選んでるのかと思った」
「わたしの趣味だったらもっと可愛い色を選ぶよ。水色とか、ピンクとか、黄色とか、薄紫とか……」
個人的にはオレンジや赤などの派手な色より、薄くて柔らかい色が好きだ。そう思って色の名を口にして、ふと頭に浮かんだのはリンの顔。
「あ、紫はリンの色かな。紫っていうか、菫色?」
「それ、リンの化粧の色に釣られてない?」
「つ……られてる……かも」
言われて否定しようとしたけれど、違うとは言い切れなかった。リンを見ると、真っ先に目に入るのは菫色の化粧だから、それが頭にしっかり焼き付いていて、リンのイメージカラーになっているところは否めない。
「でもリンって、菫の花みたいじゃない。太陽に照らされて温かくて、繊細そうに見えるけどたくましくて、可愛らしいでしょ」
道の脇に咲いて、風に吹かれてふるふると揺れる、素朴で清らかな菫の花。リンはそういう子だ。
「ふうん。オレにはよく分かんないけど」
「男の子には難しいかもね」
「女子の話は理解しにくい」
「上忍なのに理解できないこともあるんだ」
「上忍は関係ないでしょ」
じっとりした目で言い返された同時に、花束ができあがった。代金を払って受け取り、慰霊碑を目指して再び並んで歩く。
「アスマにね、カカシと仲良いな、って言われたよ」
定食屋で一緒になったアスマに言われた、もう一つの件について口にすると、カカシは特に興味などないのか「へえ」と軽い相槌を打った。
「それを言うならサホとガイじゃない? あいつ、オレが里に居ない間はサホの尻を追っかけてるって聞いたけど」
「な、なにそれ? 変な言い方しないでよ」
「オレが言ったんじゃない。アスマが言ったんだ」
アスマって、色んなところで変なこと言ってる、とちょっと心配になってきた。
「カカシがわたしに修業をつけてくれるでしょ? それで、永遠のライバルとしては、一番弟子のわたしと戦ってみたいってさ」
「一番弟子ね……」
同期、同世代では、カカシは一番強い。ガイなんかはなかなかいい勝負をするけれど、わたしがカカシと修業をするとなると手加減してもらう。悪い動きを指摘して、躊躇いなくわたしに拳を向け、足で蹴って、術を放つ。
最近はオビトの写輪眼のおかげで完成したという、自作の『千鳥』という術もよく使うようになった。一度試しに、大きな岩を砕く際に使ってみせてと頼んだことがある。あのときの、拳に纏う青白い光に照らされるカカシの顔が、悪人顔負けだったという感想は永遠に黙っておくことにしている。
「だから、オビトのところに行ったあとは……よろしくね、“カカシ先生”」
「……それ、二度と呼ばないならいいよ」
呆れた横目がチラリとこちらを一瞥する。隠していない右の目でわたしが見えるよう、カカシはいつも左側を歩く。夜色の瞳の高さが、前よりも少し高い気がする。
「カカシ、背伸びた?」
「あー……かもね。計ってないから正確には分からないけど」
自分の頭を掻いて、カカシは興味なさ気に返す。またチラッとわたしを見ては、わたしの背丈をサッと眺めた。
「サホは変わらないね」
「これでも伸びてるよ。少しずつだけど」
わたしもしばらく計っていないから分からないけれど、背伸びしても手が届かなかったものに届くようになったし、クローゼットにかけていた上着を久しぶりに着てみたらちょっと窮屈だった。
新しい上着を買わないと。ようやく最近は、わたしが選んで買った服でもヨシヒトは文句を言わなくなったけれど、この前買った服には『ふざけてるの?』と笑顔で言われて怖かった。
いまだにわたしには『美しさ』なんてよくは分からない。『美しさが強さ』だということは、リンを見て気づいたけれど。
リンは今、病院で負傷者を治療している。明日も、明後日もそうであってほしいと思ってしまうのは、傲慢でワガママだ。
だけどリンだけは。リンだけは。
慰霊碑の前に花束を手向け、ひたすらに願った。どうか、リンだけは守らせてください。