最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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 ごめんね。私のせいなの。私が、岩隠れの忍に捕まってしまったから。オビトとカカシの足を引っ張ってしまった、私のせいなの。私がもっとちゃんと強かったら、捕まらなかったのに。幻術にかからなければ、もっとちゃんと抵抗できていたら、あんな洞窟に連れて行かれなければ、そうしたらオビトは死ななかったのに。医療忍術、もっとたくさん習っておけばよかった。オビトの上に、大きな岩が落ちてしまったの。体の右の方に落ちてしまって、ほとんど潰れてしまったの。だけどね。救えたかもしれない。私がまだ知らない術を使えば、オビトの傷は癒せたかもしれない。私にもっと力があれば、もっとチャクラがあって、もっと難しい術が使えたら、オビトを救えたのに。ごめんね。ごめんなさい。私のせいなの。私が弱かったせいなの。私が、私のせいよ。ごめんなさい。ごめんなさい。


 リンのせいじゃない。オレが悪かったんだ。オレが、ルールだとか掟だとか、そういうものよりもっと大事にするべきものを早く思い出せていたら。オビトはオレに言ったんだ。木ノ葉の白い牙を、オレの父さんを英雄だと思っているって。オレの父さんは、任務中に仲間の命を取るか任務を優先するかを迫られて、仲間の命を選んだ。それで任務は失敗して、父さんは里の皆から責められた。助けた仲間にも責められて、心を病んで自害したんだ。だからオレはルールに完璧に従うことにした。それが正しい忍者の在り方だと思った。だけど違った。オビトが正しかった。仲間を、リンをまず助けるべきだった。言い合いなんかしてないで、すぐにあいつとリンを助けに向かっていたら、オレは目に傷を負うこともなかった。落ちてくる岩も避けられた。オビトはオレを庇ったんだよ。オレのせいでオビトは死んだんだ。この目、上忍祝いだってさ。こんな大層なものくれるより、生きてほしかった。ごめん。オレのせいなんだ。ごめん。ごめん。サホ。オビトを連れて帰れなくて、ごめん。


 二人が悪いんじゃない。上忍師であるオレの責任だ。いくら人員不足だからと言っても、まだ上忍になったばかりのカカシに押し付けてはいけなかった。オレはカカシたちが神無毘橋を壊すための、陽動として前線に出たんだ。そこの増援も兼ねてね。カカシたちならきっと橋を壊せると思っていた。だけどね、少しだけ不安もあったんだ。上忍になったカカシは確かに強いし、オビトもリンも立派な中忍だ。だけどカカシもオビトも、お互い守るべきものが違っていたのを、オレは知っていた。知っていたけれど、なんとかなると思っていた。思ってしまったんだ。これまでこの班は続いたのだから、きっと大丈夫だと。上忍師なのに、オレは見て見ぬふりをしてしまったんだ。その結果がこれだ。オビトを喪い、カカシに傷を負わせ、リンに要らない自責の念を負わせてしまった。オレは先生失格だ。オビトが死んだのは、カカシのせいでもリンのせいでもない。オレのせいなんだ。すまない。すまない、サホ。全てオレの責任だ。すまない。



「そんなのどうだっていい。オビトをかえして。かえしてよ」



 たった一つのお願いなのに、誰も答えてくれない。

 誰が悪いなんてどうだっていい。どうだっていいの。


 オビトをかえして。それだけでいいの。


 それだけでいいのに。



 気づいたら朝だった。自室のベッドに寝ていた。
 目の周りが異常に痒い。かさついている。体を起こそうとするけれど、だるくてどうにもうまくいかない。それでも何とか肘をつき、上体を起こした。任務から帰ったままの格好だ。汚れも落としていない。ベッドのシーツに砂が散らばっている。
 頭に激痛が走る。痛くて、起こした体をまた倒した。

「サホー?」

 母の声が響く。足音が近づいて、部屋のドアをノックする。

「サホ、クシナ先生がいらっしゃってるわよ」

 ドア越しに、母からクシナ先生の訪問を告げられた。返事をしたいけれど、頭は痛いし体はだるいしで、ベッドから這い出るのも苦労する。
 やっとドアの前に着いて開けると、怪訝な顔をした母が居た。

「あなた、何その格好。お風呂に入らなかったの?」
「……うん」

 昨日の記憶は曖昧だ。どうやって家に帰ったのかも、いつベッドに入ったのかも分からない。

「お母さん、昨日帰るのが遅くて、部屋を覗いたらあなたもう寝てたから、てっきりご飯もお風呂も済ませて寝てるんだと思ったけど……」
「……うん。クシナ先生が、来てるの?」
「そうよ。でもその格好じゃ失礼よ。お母さん、先生に言っておくから、急いでお風呂に入りなさい」

 母はわたしにそう言いつけると、どうやら玄関へと向かったようだ。クシナ先生を迎え入れ、少し待ってもらうようにお願いしている声が聞こえる。
 お風呂、入った方がいいのかな。もう、何もしたくないのだけど。このまま、何もせずにいたい。

「サホ! 早くしなさい!」

 廊下から母が顔だけを覗かせ、わたしにきつく促す。うるさい。文句を言うのも面倒だ。考えるのも面倒だ。お風呂に入って母が満足するなら入ろう。

 汚れた忍服を脱いで、熱いシャワーを浴びた。ヨシヒトからこれを使えと言われて買ったシャンプーで、汗と砂にまみれていた頭を洗う。全身にも泡を滑らせ、余すところなく洗い終えて浴室から出ると、さっぱりして気持ちいいという感情がよぎる。

 オビトは、そんなことすらもう味わえないのに。

 考えると、ぼたぼたと目から涙が零れた。喉からは嗚咽が漏れ、バスタオルを体に巻いただけの、全裸のまま、しゃがんで泣いた。
 一頻り泣いたあと、肌寒さに堪えきれず、下着をつけて、新しい服を着た。頭はまだ濡れたままだけど、乾かすために鏡の前に立ち続ける体力はなかった。

「……腫れてる」

 鏡に映る顔は覇気がなく、ものもらい程ではないけれど、瞼が赤く腫れている。昨日、どれだけ泣いたのだろう。朝起きて目の周りにヒリヒリして痒みを覚えたのも、涙でかさついたからだろう。
 粗方の水分をタオルに吸い込ませてから、わたしはリビングへと入る。難しい顔をした母と向かい合うよう、ソファーに座っているクシナ先生の赤い髪が見えた。高く結い上げて、額当てをつけ、いつもの忍服に身を包んでいる。

「サホ……ここに座りなさい。お母さん、もう出ないといけないから」

 母は神妙な面持ちで、自分が座っていた椅子から腰を上げ、わたしに座れと促した。さっきとは大違いの態度と、悲痛な表情に、母はクシナ先生から話を聞いたのだろうと察した。

「それじゃあ、先生。失礼します。サホ、お茶はお出ししているから、あとはお願いね」
「……うん」

 母は荷物を持ってリビングを出る。玄関のドアが開いて、閉まる音がしたら、家の中はしんと静まり返った。

「サホ」

 クシナ先生に名前を呼ばれ、先生の顔を見る。先生も、母と似た表情をしている。

「サホ……オビトのことは……残念だったわ」

 名前を聞いただけで、止まっていたはずの目からまた涙が零れる。両手で顔を覆うと、クシナ先生が立ち上がってわたしに寄り添い、肩や背中に手を当てた。

「オビト……! オビト……!」
「サホ。ごめんなさい。もっと、時間を作って、ゆっくり伝えたかったのに。ごめんなさい。ごめんなさいね。つらいわよね」

 泣きながらオビトの名を呼ぶわたしと同じように、クシナ先生の声にも涙が混じっている。
 どうしてみんな謝るのだろう。謝って、どうなると言うのだろう。
 リンも、はたけくんも、ミナト先生も、みんな自分のせいだと言っていたけれど、じゃあ、みんなのせいにしたら、オビトは戻ってくるの?

 『自分が捕まったせいだ』と言うなら、初めからリンが居なければ――と思ってしまう。

 『自分を庇ったせいだ』と言うなら、いっそはたけくんが――と考えてしまう。

 『自分の責任だ』と言うのなら、それなら先生の命と引き換えに生き返らせて――と願ってしまう。

 全ては終わってしまったことで、取り返しのつかないこと。
 だからみんな、謝るしかできない。何もできないから、謝って自分を責めることしか。



 わたしとクシナ先生は、そのあと少し泣き続けた。わたしは嗚咽混じりでオビトの名を口にして、先生は『ごめんね』を繰り返した。
 感情の高ぶりが少し落ち着いたところで、クシナ先生と二人並んでソファーに腰を下ろす。先生が、まだ口を付けていなかったらしいお茶をわたしに差し出してくれた。飲んでは失礼だと思ったけれど、渇いた喉が水分を求めたので、素直に従う。
 ごくん、ごくんと喉を苦いお茶が通る。飲み干して、息を吐いた。ああ、わたしは生きている。オビトは死んでいるのに、わたしは生きている。

「ミナトから、聞いたの。任務から帰ったばかりのサホに偶然会って、話してしまった、って」

 先生は、水面に波紋を広げるように、ゆっくりと喋りだした。言葉の一つ一つに、わたしの顔色を窺う気配がする。

「サホ、あれから真っ直ぐ家に帰ってきたの?」
「……分かりません……覚えてなくて……」

 オビトが死んだと聞かされて、それからのことは、糸が千切れたみたいにぷつりと途切れていた。気づいたら部屋のベッドに横になっていたなんて、自分でもびっくりしている。

「ミナトが言うには、サホは泣き出して、そのまま飛び出して行ったって。追い駆けようと思ったけれど、できなかったって。それで私に、サホがオビトのことを知ったって教えに来たの。そのあとすぐに、サホの家に行こうと思ったんだけど……サホ、あのあと、一緒に任務を受けたみんなと、ご飯の約束してたんでしょ? 途中でそのみんなに会って、サホが来ないから何かあったんじゃないかって心配してたわ。具合が悪いとか、そう言ってはぐらかしておこうと思ったんだけど……オビトのことは、もう木ノ葉の忍の間じゃすっかり広まっていたから、どこかからそれを聞いたらしいの。それで、そのオビトは、サホがよく話していた友達じゃないかって訊かれて……」

 一気にそれだけ喋り続けた先生は、最後はやんわりと濁した。
 約束、していた。あとで来ますと言っていたのに、すっぽかしてしまった。

「皆さんには……ご迷惑を……すみません……」
「いいの。みんな、怒ってなんかないわ。サホは大丈夫かしらって、心配していただけよ」

 それを聞いてホッとした。皆さん本当に優しい人だ。すっぽかしたわたしを責めるどころか、オビトの死を知ってしまったわたしの心配をしてくれるだなんて。
 今度会ったら、お礼を言わないと。今度会ったら――わたしには『今度』はあるけれど、オビトにはもう『今度』はないんだ。

「サホ……」

 止まっていた涙をまた流すわたしを、クシナ先生が背中から手を回し、グッと身を寄せる。

「つらいのは、分かるわ」

「だけど、いつまでも泣いていてはいけないの」

「今は戦争中よ。一人でも多くの忍が、火の国を守らなくてはいけないの」

「あなたはただの女の子じゃない。忍よ。中忍よ。木ノ葉隠れの忍なのよ」

「神無毘橋が崩れたおかげで、戦況はこちらに優位に傾いたわ。今ここで立ち止まるわけにはいかない」

「オビトの犠牲を、無駄にしてはいけないの」

 一つの歪みもない正論。わたしのことを慮りつつも、木ノ葉の上忍として、わたしの先生として説いてくる。
 先生の言うとおり。わたしは『かすみサホ』という一人の人間であるけれど、木ノ葉隠れの中忍。木ノ葉の里を含めた、火の国の土地と民を守ることが使命だ。

「でも、でも、先生」

 『頭では分かっている。』そんな月並みなことしか出てこない。
 ちゃんと理解できている。こんなところで泣きじゃくって、上忍を一人留めておくことが、戦力不足の今どれだけ損になっているか。

「わたし、オビトに、好きって、言えなかったんです」

「任務へ、出る前に、伝えようとしたけど、できなかった」

「お守りも、作ったけど、渡せなかった」

「帰ってきたら、また言おうって。次があるって、思って。それで、帰ってきたのに」

「なのに、オビトが、帰ってこなくて」

「もう、好きって、伝えられない、なんて」

 中忍のくせに、こんなときに何を言っているのだと、分かっている。
 わたしはバカだ。戦争中なのに、好きな男の子が死んでしまったことや、自分の気持ちがもう一生伝えられないままなのだということを、この世で最も不幸な女の子のつもりになって嘆いている。

「オビト、オビト……」

 いくら名前を呼んでも、オビトは帰ってこない。
 それでも口から出るのは、オビトの名前だけだった。
 クシナ先生は何も言わない。こんなにワガママなわたしに、呆れたのかもしれない。そんな子はクシナ班にはいらないわよって、放り出されるかもしれない。

「サホ……ごめんね……」

 ぎゅっと、抱きしめられた。温かい。柔らかい。心臓の音が聞こえる。ドクンドクンと、生きている音。オビトの音は、もう止まってしまった。
 先生がまた「ごめんね」と謝る。先生はどうして謝っているんですか。先生も自分のせいだって思っているんですか。
 謝らないでください。謝られては、わたしは、あなたのせいにしたくなる。リンやはたけくんに思ったように、あなたのせいにして、この最悪の現実をなかったことにしてもらいたくなる。

 クシナ先生。先生はとても正しい。
 だけど、どうやったって、オビトが死んだなんて、認めることができないんです。

 一度目の中忍試験に落ちて、次の中忍試験をオビトとリンと三人で受験しようと決めたときは、ちゃんと中忍試験に向けて自分を鍛えることだけに集中していた。やるべきことをやらなければと。
 今も、そうやって切り替えればいい。先生はわたしに、『しっかり者だ』って言ってくれた。『簡単に割り切れるものじゃないわよ』と褒めてくれた。

 本当ですね。割り切るなんて、簡単なことじゃないです。
 でもね、仕方ないじゃないですか。
 だって、オビトがいないんです。
 あのときは、オビトは生きていたんです。
 明るく笑って、仲間やおばあちゃんたちに優しくて、おっちょこちょいだけど、頑張り屋で。
 瞳はいつもリンに向けられていたけれど、太陽みたいな眩しさで、わたしの心を温かく照らしてくれていたから。

 太陽がなくなったら、人は死ぬでしょう。凍えてしまって、食べるための、生きるための全てが絶えてしまって。
 世界は真っ暗闇で、何も見えなくなるでしょう。

 こんなにも見えない世界じゃ、何に縋ればいいか分からないんです。



22 太陽は沈んだ

20180527


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