最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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 公園で別れて以降、オビトと会うことはなかった。お互い任務が立て続いてすれ違っていたし、里に帰ってもすぐにまた任務で外に出てしまう。それくらい、戦況が悪化していた。
 中忍であるわたしの父も兄も、任務に出ると数日帰ってこない。国境に増員を向け、厚みを持たせないと、他里や他国の侵入を見逃してしまう。水際で防がなければ、火の国の民が多く命を落としてしまう。

 わたしたちクシナ班は、任務で一週間、木ノ葉の里から離れていた。ようやく昨日の夜に帰ってきて、今日は一日非番だ。
 明日からまた任務が入っている。貴重な非番をどう使うか考え、そういえばはたけくんへのプレゼントを買っていなかったことを思い出し、里の忍具専門店を覗いた。
 色々検討した結果、これがいいだろうと選んで店を出る。そこそこ値は張ったけれど、任務続きで懐に余裕はあったし、はたけくんにはお世話になった上、上忍就任というとても名誉なお祝いなのだから、思いきって奮発した。
 忍具専門店なので、ラッピングは最低限のものだったけど、はたけくんはそういうものにあまりこだわりはないだろう。見た目より性能、という人だもの。
 自分の分の忍具を見てみたり、一人でお茶を飲んで休憩したり、久しぶりの休日をそこそこ楽しんでいると、道でばったり、はたけくんに会った。

「あ、はたけくん」

 向かいから歩いてくるはたけくんは、ポケットに両手を突っ込んでいる。歩くとき、はたけくんはいつもそうだ。わたしが名を呼んだことに気づくと、目を合わせて足を止めてくれた。

「今日は任務じゃないの?」
「ああ。三代目に会ってたから」

 真昼間に里の中をのんびり歩いているということは休みか非番なのかと思い訊ねると、意外な答えが返ってきた。三代目はつまり現火影様のこと。火影様に会うなんて、そう滅多にあるものじゃない。

「今日から正式に上忍」
「……じょうにん……?」

 淡々と言うので、いまいち話の重大さに気づくのが遅れてしまった。
 はたけくんはつい先ほど、中忍から上忍になったらしい。

「そうなんだ! おめでとう! とうとうかぁ……。はたけくんって本当、すごいね」

 内定していたとはいえ、改めてはたけくんが上忍になったと思うと感動だ。わたしなんてようやっと中忍になって、まだ緑色のベストにだって慣れていない。なのに彼はもう上忍だ。どんどん先を行く。

「あっ、ちょうどよかった。はい、これ。上忍祝いのプレゼント」
「オレに?」

 買ったばかりのプレゼントを手渡すと、はたけくんは両手を差し出して受け取ってくれた。包みはちょっと大きいので、片手では持ちにくいだろう。

「満月印の増血丸。一番質がよくて、一番量が多くて、一番高いの」
「値段のことまで言う必要ないと思うけど」

 つい流れで言ってしまったことについて、はたけくんからすかさずツッコミが入る。うん。言う必要はなかったね。

「これなら、はたけくんにも気にいってもらえるかなって思って」
「使えないものをもらうより全然いいね。ありがと」

 増血丸は持っていて困ることはない。自分で使うのはもちろん、怪我をした仲間に使うこともできる。満月印の増血丸は評判がいいけれど、それゆえに高い。自分で買うのは躊躇うけれど、人から貰うと嬉しい品だろう。
 はたけくんが包装を解いて、中を確認する。小分けされた袋が、一つの大きな袋にまとめられている仕様だ。満月印のシールと共に、その中身の成分表だとか、使用期限のシールも貼ってある。

「これ、十年持つのか。すごいな」
「すごいよね。その頃にはもう大人かぁ。それまで使う機会、あんまりないといいけど」
「だね」

 増血丸を使うとしたら、多くの血を流したとき。つまり状態が危ういとき。高いものだから使わないのはもったいないけれど、そんな機会は訪れない方がいいに決まっている。でも、はたけくんは前線に出ることが多いから、大怪我をしたときに助けになればいいなと思う。
 一通り中身を確認したところで、ラッピングされた包装袋に戻す。はたけくんとラッピングされたプレゼントの組み合わせは、なかなか面白い構図だ。
 これで最近の心残りはもうない――とは言えない。あのとき渡せなかった手作りのお守りは、今でもポーチに入ったままだ。

「ね。オビトとリンは……相変わらず?」
「って言うと?」
「や……前と変わらないならいいの」

 オビトがリンに気持ちを伝えていたら、恐らく二人の間の空気は以前と変わっているはずだ。聡いはたけくんならそれに気づくはず。

「また何かあったんだ」
「う……」

 そう、聡いはたけくんなら、わたしがどうしてそんなことを訊ねたのかにも、気づいてしまう。
 『また』と、言われるのが少々恥ずかしい。はたけくんが目を細めて、『また』と言いたくなるほど、わたしは何かあればはたけくんに話を聞いてもらっていることを強調されているようだ。

「オビトが、リンに告白する前に、告白しようと思ってたんだけど……」

 言いづらいけれど、言わないとはたけくんは早く言えとイライラするだろうから、観念して正直に話す。はたけくんは三白眼を大きく開いて驚いた。

「へえ。オビトがオビトがってよく泣いてた、あのサホがねぇ」
「そ、そんなに泣いてないよ」
「どうだか」

 さっと過去を振り返ってみると、まあたしかに、はたけくんの前で泣いたことは何度かある。でも、『よく泣いていた』なんて言われるほどじゃないはずだ。今でも子どもだけど、あの頃はもっと子どもだったから、涙腺もまだまだ緩かっただけだ。

「今度こそ、ちゃんと言うつもり」
「ふうん。頑張りなよ」

 宣言すると、はたけくんからは抑揚のない応援が返ってきた。どうでもいいと思っている風にも取れるし、普段通りとも思える。はたけくんにとっては、わたしの恋愛事情など自分には関係ないから、まあ頑張って、としか言えないというのも分かるけれど、もうちょっとこう、気持ちを込めてほしいものだ。

「今日上忍になったってことは、次の任務が上忍初の任務だよね? 次はいつ?」
「明日。ミナト班全員で」
「明日かぁ。記念だね」
「ま、すぐに終わらせて、サホがとっととオビトに言えるようにしてあげるよ」

 口元はマスクで隠されているので見えないけれど、なんとなくからかうように笑っている気がした。

「う……心の準備しとく」
「そうして」

 告白は、今度の任務でオビトが帰ってきたらと、不本意な形ではあるけれど決まった。
 でも、そうでもして自分を追い込まないと、わたしはいつまで経っても告白なんてできそうにない。
 明日任務に出て、いつ頃帰ってくるかはまだ分からないらしいので、いつ帰ってきてもいいように、何と言おうか考えておかなくては。
 そうだ。お守りも渡さなくっちゃ。はたけくんに頼んで渡しておこうかと思ったけれど、はたけくんからだとオビトは受け取らないかもしれない。
 ちゃんと自分で渡そう。オビトが帰ってきたら、今度こそ好きだと伝えるんだ。



 オビトたちミナト班が、はたけくんが上忍になって初めての任務に出たあと、わたしも個別で呼び出しを受け、一時的な班に組み込まれることになった。
 クシナ先生直伝の結界術の腕を買われ、火の国の中の、指定された場所の結界を張り直す任務だ。
 本来ならクシナ先生を招集したかったらしいけれど、先生は『色々な事情』のために、里から長く、遠く離れることはできない。そこで代わりにわたしへ白羽の矢が立ったらしい。

「私のせいで、遠くに向かわせてごめんなさいね」
「いいえ。先生の代役に選ばれたことは誇らしいです」

 クシナ先生が謝るので、気に病んでほしくないわたしがそう言うと、先生の表情は少しだけ緩んだ。代わりとはいえ、わたしに命じられた任務には変わりない。クシナ先生以外の結界術に長けた人たちと関わりが増えることも、わたしにとってはメリットだ。


 先生の代役で任務に出る前に、不足している忍具を補充しようと里を歩いていると、「サホちゃん」と声をかけられた。名を呼んだのは、キクおばあちゃんだ。

「キクおばあちゃん。こんにちは」
「こんにちは。随分と顔を見なかったけど、忙しいみたいだねぇ」

 そういえばキクおばあちゃんとは、最近会っていなかった。任務もあるし、修業もある。休みや非番の日に里を歩くときもあるけれど、偶然にもキクおばあちゃんとはすれ違いもしなかった。

「うん。また明日から任務に出るよ」
「そうかい。まだ小さいのにね」
「小さいって。わたしもう十二だよ」

 長く生きているおばあちゃんから見たら、十二なんてまだまだ幼いのかもしれない。けれど中忍になったし、今度は上忍のクシナ先生の代理で任務に就くのだから、いつまでも小さい子扱いはちょっと不服だ。

「もう十二になったの。一年なんてあっという間ねぇ」

 頬に手を当て、おばあちゃんはしみじみと頷いた。この世代のおじいさんおばあさんたちは、みんな揃って同じことを言う。母も最近似たようなことを言いだした。大人になると、時間の感覚が速くなるようだ。

「オビトちゃんの顔も、最近はすっかり見かけなくてねぇ」
「オビトも中忍になったからね。今も任務で里を出てるし」
「おやそうかい。元気にしてるの?」
「うん。オビトだもの」

 問われたわたしは当然のように頷いた。オビトはいつだって元気だ。風邪を引いたり怪我をしたことはあっても、すぐに走り回って、修業を積んで、元気の塊みたいな男の子。キクおばあちゃんもそれは分かっているらしく、「そうだね」と穏やかに微笑んだ。

「すぐに帰ってくるよ」
「じゃあ、のんびり待ってようね」
「うん。キクおばあちゃんが会いたがってるって伝えておくね」
「ありがとうね。頼んだよ」

 キクおばあちゃんと約束したあと、わたしは買い物を続け、それが終わると家に帰った。


 次の日には予定通り集合場所に向かい、初めて顔を合わせる中忍や上忍の方々に、緊張しながら挨拶を交わした。皆さんいい人で、最年少のわたしに気を遣ってくれたし、色んなことを教えてもくれた。
 結界を張り直す作業も、簡単なものはわたしに任せてもらった。結界はどれも広い範囲を、高い感度で張らなければいけないので、集中力もチャクラもかなり使う。一番範囲が狭い場所を張り終えただけで、わたしは疲労困憊だ。
 わたしが張った場所より、何倍も広い範囲の結界を張った上忍の人は、わずかに汗を掻いただけで、すぐにその場から次の場所へと移動できるのだから、やっぱり上忍はすごい。
 そんな上忍に、同じ歳のはたけくんがなっているなんて、もう、はたけくんは本当にすごい。それしか言葉が出てこない。

 上忍初の任務はどうかな。

 わたしが贈ったプレゼントは持っていってくれただろうか。
 リンからの医療パックも受け取っただろうか。
 オビトとの仲の悪さは相変わらずだろうか。
 その任務が終わったら、わたしは今度こそオビトに告白しなければ。わたしの任務はまだ数日かかりそうだから、きっとオビトたちが先に木ノ葉へ帰っているだろう。
 早く帰りたいような、まだもう少し時間が欲しいような。そんな不思議な気分だ。

 でも、早く会いたいな。

 オビトに会いたい。
 告白とか、そういうの抜きにして、オビトに会いたい。
 早くお守りを渡さなくっちゃ。リンがはたけくんに医療パックを贈ったなら、あのお守りだって贈ってる。リンが作ったものじゃないから、オビトは不満かもしれない。でもわたしなりに、オビトのことを思って作ったんだ。きっとオビトを守ってくれるから。



 木ノ葉に戻ったのは、里を出て五日後。なかなか密度の濃い五日だった。結界術に長けている人は封印術にも長けている人が多く、クシナ先生も扱わない封印術を使う人からたくさん学べて、本当に充実した五日間になった。
 全員揃って、アカデミーの受付所に顔を出す。無事に帰還したことを事務員が確認すると、あとは隊長だった上忍の方が報告書を提出して終わり。わたしたちはそのまま各自解散を言い渡された。

「サホ、みんなで飯でも食いに行こう」

 受付所を出る前に、五日の間ですっかり親しくなった中忍の男性が誘ってくれた。

「わたしもいいんですか?」
「ずっと一緒にご飯を食べてたじゃない。今更何言ってるのよ」

 中忍の女性がわたしの両肩を掴んで、顔を覗き込んでくる。それもそうだ。五日間ずっと、ご飯を食べて寝て起きて移動していたのだから。

「隊長も誘ってるんだ。どうせなら全員で行こうぜ」
「じゃあ、お邪魔します」
「やだ。それじゃ人の家に上がるみたいよ」
「こういうときはなぁ、『やったぁ! ごちそうになりますぅ!』って可愛く言っとくもんだ」

 中忍の男性が無理に作った高い声でそんな台詞を口にしたあと、腕を組んで、自分で言ったことに自分で頷いている。

「ちょっと、やめてよ。サホに変なこと吹き込まないで」
「何が変なんだよ。女の処世術だろ」
「フラれまくってるあんたが女を語るんじゃないの」
「おい! 古傷をえぐるな!」

 呆れた調子の中忍の女性の言葉に、男性が胸を押さえ、大袈裟に体をくの字に曲げる。女性が「古傷どころか、まだ瘡蓋にもなってないじゃない」と続けると、今度は沈黙して膝をついた。通りがかりの、顔見知りらしい男性が声をかけるけれど、よほどダメージが深かったらしい。
 賑やかなやりとりに、これは笑ってはいけないよねと、緩みそうな口元を密かに我慢していると、視界の端に金色の頭が見えた。鮮やかな金色の、しかもツンツンと跳ねているような髪型で、見慣れた体格の男性は、わたしのよく知る人物その人だ。

「あ――すみません。わたし、少し用事を済ませてきてもいいですか?」
「ええ、いいわよ。お店の場所を教えておくから、あとから来てちょうだい」

 中忍の女性に訊ねると、女性はお店の名前と場所を告げた。わたしはそれを復唱したあと、「失礼します」と一言置いて、目的の人物へと足を向ける。
 目指す人は通路の先に立っていて、曲がり角の向こうに居るらしい誰かと話をしている。横顔がうまく見えないけれど、なんだか真面目な話のようだ。
 挨拶をして、明日以降のオビトの任務の有無を訊ねたいだけだったけれど、今は声をかけない方がいいのかもしれない。歩み寄っていた足を止めて迷っていると、先にあちらがわたしの存在に気づいた。

「――サホ」

 その人は――ミナト先生は、わたしの名前を呼んだ。妙に強張っていて、表情もなんだか神経質に見える。普段の柔和な雰囲気がなくて、少し怖い。

「ミナト先生……?」
「あ……いや……。サホ、任務から帰ってきたんだね。さっき?」
「はい、先ほど里に戻りました」
「ん、そっか。お疲れ様」

 問われたので肯定すると、ミナト先生はやっと微笑んだ。だけど、その微笑みも、いつもと少し違う気がする。
 わたしに声をかけたということは、わたしが話しかけてもいい、ということだろうと判断し、わたしは止めていた歩を進めた。少し訊ねるだけだから、そんなに時間は取るつもりも、邪魔をするつもりもない。オビトの予定を訊いて、それで終わりだ。

「あ、リン、はたけくんも」

 ミナト先生が顔を向けていた、通路の曲がり角の先には、リンとはたけくんが立っていた。リンはわたしと目が合うとそっと伏せる。はたけくんはサッと顔を左の方へと背けた。

「なんだ。ミナト先生と話していたの、リンたちだったんだね」
「え……ええ。そうよ」

 会話相手が上層部の偉い人たちだったら肝が冷えたけれど、リンとはたけくんなら安心した。ホッとして笑いそうになったわたしと違って、リンが見せた笑顔は、無理矢理作ったみたいに歪んでいる。

「リン、具合でも悪いの?」
「え? いえ、大丈夫よ」
「そう? でも、顔が真っ白だよ」

 リンは元から色白だったけど、今の顔は色白を通り越して真っ白だ。すっかり馴染んでいたはずの頬の菫色の化粧が、やけに浮いて見える。
 明らかに『大丈夫』ではない。それに、わたしと目を合わせようともしない。なんなのだろう。リン、わたしが嫌いになったのだろうか。
 助けを求めるように、リンの隣のはたけくんに目を移した。はたけくんは目どころか、首を曲げているから顔も合わない。
 二人してなんなのだ。体をずらして、はたけくんの顔を正面から無理矢理見ると、いつものマスク以外に、はたけくんの顔を覆うものがあった。

「はたけくん! それ、どうしたの!?」

 びっくりして声を上げると、はたけくんは左手で、包帯の巻かれた左目辺りを覆った。それでも、包帯の白い色は完全には隠せない。

「包帯……怪我したの?」

 包帯を巻いているということは負傷したということで、しかもそれが目の辺りだなんて。視界を奪われるなど、忍者にとっても、一般人にとっても大事だ。
 わたしの質問に、はたけくんは答えない。無視しているとも見えるし、答えられないとも見える。どちらかは分からない。ただ、口を開きたくないということは分かった。

 もう、訳が分からない。

 何かあるに違いないのに、何も教えてくれない。
 任務の都合上、口外できない事情でもあるのだろう。そう決めつけ、ならば邪魔者は用件だけ訊ねてお暇する。このあとご飯の約束もしているし、先輩方を長く待たせるのはよろしくない。

「あの、先生。オビトのことなんですけど」
「えっ……」

 訊ねた瞬間、先生は上擦った声を上げる。他の二人も、まるで呼吸を忘れたかのように、やけに沈黙している。

「みんな帰ってきてるから、オビトも帰ってますよね? オビトの予定を知りたいので、教えていただけませんか?」

 ミナト先生は青い瞳をあちこちへと向け、口元に手を当てた。

「いや、それは……」

 渋るミナト先生の眉間に、薄いけれど皺が入る。

「あの、悪いことを考えているわけじゃないんです。オビトに用があって、いつなら都合がいいかなと思っただけで」
「や、分かってるよ。サホとオビトは友達だからね。友達……だから……」

 何か誤解をされているかもしれないと、慌てて付け加えると、ミナト先生は口元の手をわたしの前に突き出した。そして口の中で、何度も「友達だね」と、もごもごと転がすように繰り返す。

「先生……?」

 ミナト先生も変だ。
 リンも、はたけくんも。みんな変だ。
 一体なんだと言うのか。わたしが木ノ葉を離れていた間に、何かあったのだろうか。

「サホ……」

 ずっと黙っていたはたけくんが声を上げる。名前を呼ばれて振り向くと、顔を背けていた彼は、わたしにまっすぐ向き直っていた。
 はたけくんの両手が上がり、顔に巻かれた包帯に手をかけ、ゆっくりと解いていく。それが完全に取り払われると、はたけくんの左目には、縦に一線の傷が入っていた。塞がったばかりのようで、裂けた肉の繋がりが、生々しい痕になっている。
 その左目の瞼が上がる。白銀色の睫毛の扇が縁取る、いつもの三白眼――

「え……?」

 彼の両目は夜色だった。なのに、開けた左目は赤かった。

「な、なに……? 目が……」

 近寄って、左目をよく見てみると、赤い目はただ赤いだけではない。赤の中に、紋様がある。右目はいつもと変わらない。左目だけが、赤に変わっている。

「写輪眼だ……」
「しゃりんがん……」

 はたけくんの言葉をそのまま口にした。しゃりんがん。写輪眼?

「えっ? だって、はたけくんは、うちはの人じゃないよね? 写輪眼は、うちはの一族だけのものでしょ?」

 写輪眼はうちは一族特有の、血継限界の一つと習った。血継限界は、どれだけ修業を重ねても、産まれながらにその血を持たなければ手に入れることはできないはずだ。
 そんなものを、どうしてはたけくんが持っているのだろう。
 はたけくんは『はたけカカシ』で、『うちはカカシ』ではない。
 写輪眼は、うちは一族のものだ。
 うちはの、オビトの――

「ねえ、はたけくん」

 誰かに喉を締められているみたいだ。息がうまくできない。だから声も、震えていた。

「オビトは?」

 はたけくんが目を伏せる。
 隣のリンを見れば、彼女は顔を伏せた。
 振り向いてミナト先生を見上げると、先生は目も顔も合わせてくれたけれど、先ほどよりも眉間の皺は深かった。
 もう一度、はたけくんの方を向く。よく見れば、はたけくんも、リンのように顔色が悪い。
 そんなの今は関係ない。わたしが知りたいことは、そんなことじゃない。

「オビトは、どこに居るの?」

 もう一度問えば、はたけくんは一度長く目を閉じきったあと、重たげな瞼を上げる。やっとわたしに目を合わせた。
 右目の夜と、左目の赤。赤はよく見たら、まるで血が滲んでいるようだ。
 わたしたちは無言で見つめ合った。いつもなら、はたけくんの両目の鋭さに、わたしは少し怖い気すらしていたのに、今はちっとも怖くなかった。むしろ、はたけくんの方が何かに怯えているようにすら見えたくらいだ。
 そうして、いくらか時間をかけたあと、はたけくんは口を開いた。



「オビトは死んだ」



21 神様のいない日

20180527


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