最果てまでワルツ | ナノ
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 初めて人を殺した。


 襲ってきたのは岩隠れの忍だった。どうやら前線をすり抜けてきた一部で、それを追っていた木ノ葉の忍が加勢し、それ以上わたしたちが動くこともなく殲滅された――らしい。わたしが思い出せるのは、クシナ先生に肩を叩かれた辺りからくらいだった。
 残党がまだ残っているかもしれないことと、戦いのせいで興奮して目が冴えているということもあり、わたしたちはそのまま木ノ葉の里へ戻るべく急いだ。
 怪鳥の封印のかけ直しが終わってから、体を休める時間を多少得ていたとはいえ、夜の森の中を走り続けるのは楽ではなかった。けれど、足を止めたいとはまったく思わなかった。
 一度休憩を取ったのみで、木ノ葉に着いたのはお昼を過ぎていた。

「私は報告書を出してくるから、貴方たちはこのまま家に帰っていいわよ」

 里の大きな門をくぐったあとで、クシナ先生が私たちに向かって解散を告げる。しかし、誰もその場から動かない。みんな、わたしを見て立ち止まっている。

「サホ、私と来る? 報告書を出すのを見るのも、勉強になるし」

 いつもと同じ、明るい口調でクシナ先生が言う。

「いえ……先生のお邪魔になりますから……」

 報告書はいつもクシナ先生が一人で出しに行くので、どんな風に提出するのかは見たことがない。だから『勉強になる』というのは、確かにそうだろう。けれど、クシナ先生がそのためだけに言ってるのではないと、今のわたしの、ろくに動かない頭でも分かる。

「じゃあ、僕たちがサホの家まで送るよ」
「歩きながら寝ちまうかもしれねぇしな」

 今度はヨシヒトとナギサが、わたしの両脇に立って声をかける。端正な顔立ちを崩すことなく見事に微笑むヨシヒトと、鋭い目つきで見下ろしながら荒っぽい言葉を口にするナギサの申し出の理由も、クシナ先生のときと同様に、いやでも分かってしまう。

「平気。平気です。帰れます。大丈夫」

 言葉を並べて、頭を下げて、

「お疲れ様でした」

一言告げ、わたしはその場から駆け出した。クシナ先生や、ヨシヒトや、ナギサの声が響いた気がしたけれど、構わず足を動かした。
 最初は家を目指した。そこがわたしの安心できる場所だから。何も怯えずに眠れる場所だから。
 でも、わたしは、人を殺した。人を殺した自分で、母や父や兄に会える気がしなかった。
 行き場を失くしたわたしは途方に暮れ、足を止める。
 どこにも行けない気がした。怖くなった。
 じっとしていると、あのときの手の感覚が蘇ってくる。
 走った。無心で走った。

 そして着いたのは、アカデミー時代に毎日のように向かった、いつものところだった。
 当然ながら誰もいない。何の気配も感じないまま、いつも座っていた岩の上に腰を下ろした。
 変わっていない――と思ったけれど、わたしたちが使わなくなったにも関わらず、地面にはまだ掘り起こしたばかりと思われる地面が見えたし、わたしたちが的にしていた木でない別の木に、手裏剣やクナイが刺さった跡や、的が彫られている。

「誰か使ってるんだ……」

 ここはもう、誰かにとっての『いつものところ』だ。アカデミーを出てから、わたしはここに一度も来たことがない。オビトはどうだろう。リンは、はたけくんは。
 誰の物でもなかったここを、自分たちの物のように扱っていたわたしは、なんて狭い世界と価値観で生きていたのだろう。
 ここはわたしたちの物ではない。もう誰かの物で、しかし誰の物でもない。
 下忍になったら任務がある。任務の中で、傷つけるという行為は、殺すという行為は、最初から組み込まれていた。
 全て分かっていたことでも、今改めて突きつけられ、わたしは涙を流した。

「殺した……」

 里に戻る途中の川で、わたしたちは体についた血を粗方洗い流した。わたしは特にひどく血に塗れていたので、巻物に封じていた予備の忍者服を出して着替え、結果的にわたしが一番きれいな格好で里に戻った。
 体以上に、手を念入りに洗った。何度も擦り合わせた手は、余すところなく真っ赤だった。
 もう手には赤い血はついていない。ちゃんとわたしの肌の色をしている。
 けれど、ようく見てみれば、爪の隙間に赤黒い塊が見えた。取りきれなかった血が、わたしにしがみついていた。
 指を丸め、必死で見ないようにした。
 鉄の匂いがする。そんな気がする。本当にする。よく分からない。
 目をつぶるとあのときの顔を思い出す。男だった。見開かれた目が、ギョロギョロ動いていた。

「やめて」

 思い出す自分に、わたしを殺そうとした相手に、その相手を殺したわたしに、わたしは懇願した。もうすべて終わったことで、決してやり直すことはできないけれど、もうやめてほしかった。



 どれくらいその場に居ただろうか。南天にあった太陽は、すっかり西の方に身を寄せている。
 まだ空は朱に染まらず、体にそそぐ暖かさに誘われるよう、わたしは岩から腰を上げた。硬いそれに座っていたせいで、お尻がじんわりと痛い。
 帰らなくちゃ。ここに居ると、もう帰らなくちゃ、と思う。アカデミー時代は、陽が傾いて来たら家に帰るのが決まりだった。ずっとそうだったから、わたしは帰ろうと、家の方へ足を進めた。

 いつもより覚束ない足取りだという自覚はあった。帰りたいと思う自分と、帰れないと拒む自分がいて、ぶつかり合う無意識が幾分スピードを落とさせる。

「あれ? サホじゃん」

 声に驚いて足を止めた。後方から、足音がする。恐る恐る振り返ると、顔にひっかき傷を作っているオビトが走ってくるのが見えた。

「サホ! 何だ、お前も任務帰りか?」
「え……あ…………うん」

 訊ねられて、ほとんど何も考えずに頷いた。しかし、任務帰りというのは間違ってはいない。門の前で解散してから随分経つけれど、まだ家に帰っていないから、帰宅途中だ。
 オビトの後ろから少し遅れて、リンとはたけくんの姿も見えた。二人はオビトと違い傷はなかったけれど、ところどころに汚れが目立つ。

「サホも帰りなの? 一緒に帰りましょうよ」

 リンが微笑んでわたしの隣につく。『汚れのない』という言葉がよぎるくらい、清潔な笑顔に向かい合うことができず、少し目を伏せて「うん」とだけ返した。

「なんだ? サホ、何かあったのか?」

 オビトから問われたと同時に、身が強張る。
 知らないはずだ。わたしが人を殺したなんて、知らないはずだ。
 だけど見抜かれた気がして、オビトに顔を合わせることができない。
 オビトには知られたくない。人を殺したことを。人を助けることに躊躇いがないオビトには、知られたくない。

「具合が悪いの?」
「え? なら、病院に行った方がいいんじゃねぇの」
「……平気だから」

 心配そうなリンと、さきほどよりも優しい声でわたしを気遣うオビトに、このままだと病院へ連れて行かれそうだと思い、何とか否定した。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせて笑ってみせると、オビトとリンは腑に落ちない表情を見せる。

「ちょっと、考えごとしてただけ」

 何が、何を、というのは曖昧にしたけれど、そうやって濁すわたしの気持ちを汲み取ってくれたのか、二人は互いに一度目を合わせたあと、普段わたしに向ける表情で「ならいいけど」「じゃあ帰りましょう」と、触れずにそっとしておいてくれた。
 わたしを挟んで、オビトとリンの三人で歩く。後ろには黙ったままはたけくんが着いて、わたしたちは久しぶりに四人での帰り道を歩いた。

「すっげーデブ猫でさ。デブのくせに、めちゃくちゃ動くんだぜ」
「やっと捕まえたと思ったら、オビトの顔を引っ掻いて、また逃げちゃって」
「猫に怪我させてもだめだから、ほんと苦労したんだぞ。しかも六匹もさぁ」

 リンとオビトが、自分たちの今日の任務――里外に逃げたペットの猫捜し――の話をして、どれだけ大変だったかをそれぞれの口で語った。わたしは賑やかな二人の口が、いつも以上に明るさに努めているのをもちろん察していて、申し訳なさを感じつつも、わたしに何があったのかなど訊いてこない優しさに感謝もした。

 いつもの道で、わたしとはたけくん、リンとオビトで二手に分かれた。

「またね、サホ」
「何かあったらいつでも言えよ!」

 リンが手を振り、オビトは大きな声で言って、隣に立つはたけくんが「声がでかい」と、目を細めて窘めたけれど、それは生憎とオビトには届かない。
 歩き出す二人を見送ったあと、わたしもはたけくんと二人で、慣れた道を辿り出した。
 オビトやリンがいなくなると、一気に静かになる。はたけくんとはいつもそうだ。

「何があった」

 横を歩くはたけくんが、密やかに訊ねて――違う、何かあったんだと確信を持って、拒否を許さない物言いだ。きっとはたけくんなら訊いてくるだろうと予想していたわたしは、心構えができていた。
 言えるだろうか。はたけくんに。
 誰かに言ってしまいたいという気持ちはあった。誰かに話してしまったら、楽になれそうだった。
 オビトはいやだ。オビトに、人殺しの自分を教えたくない。
 リンもいやだ。きっとリンは、人を殺してしまった自分を慰めてくれる。
 はたけくんなら――はたけくんならきっと――

「任務の途中で、人を殺したの」

 ぽつりと零したら、留め金が外れたようにポロポロと言葉が落ちてくる。
 わたしははたけくんに話した。
 クシナ班のみんなで、国境近くの祠に向かったこと。
 クシナ先生の封印のかけ直しを終えて、夜が明けるまで休んでいたこと。
 そのときに、岩隠れの忍の襲撃に遭い、一人を殺したこと。
 いつもは無駄な時間なんて厭うように、サクサクと進んでいくはたけくんの足は、まるでかたつむりみたいにゆっくり歩くわたしに合わせ、置いていくことも後ろに下がることもなく、隣を歩き続けてくれた。
 話に一区切りがついて、わたしは口を閉じた。はたけくんとの隙間に、夕方の風が吹いていく。
 近所から、野菜を煮る匂いが漂ってきた。
 遠くで、小さな子のはしゃぐ声が響いてくる。
 日常の匂い。日常の音。
 けれど自身の手に目を落とせば、爪の間には人殺しの証が見える。

「サホが殺したのは、岩隠れの忍でしょ?」

 問われて、頷く。

「岩隠れが襲ってきたんでしょ?」

 頷く。

「殺されそうになったんでしょ?」

 頷く。

「なら、サホは間違ってない」

 きっぱりとはたけくんが言って、わたしの喉はヒリヒリと刺す痛みを覚え始めた。
 歩を止めると、はたけくんも倣って、一歩分だけ距離を開けて止まる。
 はたけくんの夜色の双眸は、一つの揺らぎもない。

「人を殺すことは、間違いじゃない……?」

 なんてみっともない声だろう。頭の、冷静に働く部分が、わたしの口から飛び出した声に呆れてしまう。
 肯定してほしい。そうだよと同意してほしい。
 ただそれだけの気持ちを抱えて見つめるわたしに、はたけくんは三白眼で応える。

「任務遂行のために、生き延びなければいけなかったのなら、間違いじゃない」

 研いだばかりの、撫でただけで薄い紙すらも切ってしまえるほどの刃のごとく。彼は不安でどうしようもなかったわたしを、言葉で断ち切った。

「うん……うん……」

 喉が痛い。ヒリヒリとする。痛い。そう感じられるのは、生きている証拠だと、誰か言った。
 わたしは生きている。岩隠れの誰かを殺して生きた。それは間違いではないと、はたけくんが言ってくれた。クシナ先生があのとき『正しい』と言ってくれたより、何故だかずっと安心できた。
 グズグズと鼻を鳴らすわたしに、はたけくんは何も言わずに付き合ってくれている。必要以上に声をかけない。肩に触れたり、背中を撫でたりはしない。だけど、置いていったりしないで、そこに居てくれる。
 グズグズが、スンスンくらいまでに落ち着いてきた。喉のヒリヒリはまだ残っているけれど、深く息を吐けば少し和らいだ。

「オビトと、リンには……」

 自分勝手な願いだと分かってはいたので、どうしても言葉はつっかえ気味で、ボソボソとしたものになった。
 はたけくんは腕を組み、

「ペラペラ喋る趣味はないから」

と言って、暗に、オビトとリンの二人には、わたしが人を殺したという事実を話さないと約束してくれた。

「……そうだったね」

 はたけくんが腕を組んで、少し呆れた顔を見せて、そんなことを言ったことがあった。なんだったろうか。ああ、オビトが好きだと知られてしまって、それを誰にも言わないでとお願いしたのだった。

「はたけくんに、聞いてもらえてよかった」

 心の底からそう思った。オビトには言えない。リンにも言えない。はたけくんなら、するっと言えたのは、はたけくんにしか言えないと、どこかで決めていたのだろう。

「わたし、何かあったらいつもはたけくんに話、聞いてもらってるね」
「そうだっけ」

 はたけくんが首を捻る。はたけくんからしたら、わたしの話なんてそんなに大して重要ではないから、記憶に残らないのは仕方ない。

「もう何回も格好悪いとことか、だめなとことか、知られてるから……はたけくんには、話せたのかも」

 オビトと気まずい関係になったときも、有名な一族のオビトと平凡な産まれの自分を比べて落ち込んだときも、オビトがリンを好きだと気づいたときも。何かに立ち止まったときは、不思議とはたけくんが傍に居て、わたしはアカデミーの授業で先生に当てられたときよりも、ずっとうまく喋ることができた。

「それに、はたけくんが言うなら、きっと忍として正しいんだろうなって、思うし」

 下忍になって数年目の彼は、言うなれば先輩だ。クシナ先生より身近だから、言葉がじわりと心に深く染みていく。クシナ先生の言葉が響かないというわけじゃない。はたけくんの口から放たれるのは、いつだって研がれた正論だと、アカデミーの頃から積み上げた長年の信頼がより強いというだけだ。

「正しい……」

 ぽつりと、はたけくんが口の中で転がした。重たげな瞼を伏せると、もうほとんど目を閉じているように見えたけれど、彼の視線はわたしの足下辺りに向けられている。

「はたけくん?」

 わたしが声をかけると、弾かれたように顔を上げる。見開かれた目は、一瞬ぶれて、わたしを認めるとすぐに逸らされた。

「何でもない。じゃ」

 明らかに何でもなくない様子のまま、はたけくんはその場から跳躍して、人家の屋根を伝って先に帰って行った。変なことを言ってしまっただろうか、と不安になったけれど、引き留めようにももう姿はない。
 『正しい』という言葉の、何が引っかかったのだろう。わたしはずっと、彼はいつも正しい答えをくれていたからそう言っただけだ。
 はたけくんと何度か通った、いつもの帰り道。家に送ってくれることも、分かれ道でさようならすることもなく、わたしは一人で歩いた。



 家に帰り、母の料理を食べ、風呂を済ませてベッドに入った。かなり寝つきがよかったらしく、横になって次に目を開けたら朝だった。
 なんて図太いのだろうと、我ながら驚いた。恐らく、休息を中断して木ノ葉の里に帰ってきた疲労が、眠る前に考えたり、夢を見る暇など与えなかったに違いない。
 お風呂に入って爪の間の血を取り除いても、まだ少しモヤモヤするし、時折落ち着かなくて、体がソワソワしてしまったりもするけれど、昨日ほどではない。

 今日は、予定通りであれば休みだ。元々、休息を取った場所から昨日の朝に出発し、夕方に木ノ葉へ着く段取りで、きっと疲れているだろうからと先生が事前に休みを設けてくれていた。
 着替えて朝の支度を済ませ、朝食を終えたあとは、母に頼まれた洗濯物を干した。ここのところ忙しさを言い訳にサボっていた部屋の掃除もして、少し休憩でもしようかと考えていると、家の呼び鈴が鳴った。
 突然の訪問を告げる音は、心臓に直接鳴り響くようで、あまり好きではない。誰だろうかと玄関へ向かうと、再び呼び鈴が鳴った。心臓が、矢を受けたみたいに痛い。

「サホー? 起きてるー?」

 戸越しに聞こえたのは、クシナ先生の声だ。知った相手だと分かると、呼び鈴への恐怖は縮こまった。
 どうして先生が、家に。
 あの一件のことが頭をよぎって躊躇ってしまったけれど、意を決して戸を開ける。忍服ではない、初めて見る私服姿のクシナ先生が、手を振って「おはようってばね」と挨拶をした。

「おはようございます……」
「朝早くにごめんね」
「いえ。あの、今日はお休み、ですよね?」
「うん。そうなんだけど……」

 言葉を濁すクシナ先生は、血色のいい唇を引いて、じっとわたしの顔を見た。
 先生が家に来て、わたしの顔を見に来たのは、わたしが心配だったからだろう。

「平気ですよ」

 昨日と同じ、『平気』という言葉を吐いてみせた。嘘じゃない。
 はたけくんに喋って、お風呂で爪の中から血を取り除いて、ベッドに横になったらすぐに朝。
 それで、わたしはリセットされている。『人を殺したことがなかったわたし』から、『人を殺したことがあるわたし』に切り替えようとしている。人の命を奪っておいて、平気な顔を見せることができる。
 善悪で言えば、悪だろう。だけど、これが忍者だと、正しいとはたけくんが言ってくれたから、わたしはもう、そうやって前を向いて、毎日ご飯を食べて修業をして任務をこなしていくしかない。もう引き返せないのだから。

「そうみたいね」

 クシナ先生は口角を上げて、ゆったりと微笑んだ。

「今から、ちょっとお茶にしようと思ってたんです。クシナ先生もどうですか?」
「いいの? ふふ。実はね、これ。お土産だってばね」

 体の後ろに隠していた手を前に持ってきて、掴んでいる紙袋をわたしに見せた。『甘栗甘』と印字されているそれは、クシナ先生が好きだという甘味処の袋だ。
 思わぬところからお茶菓子が手に入った。そういう単純な嬉しさを持ってクシナ先生を迎え入れ、お茶の準備を急いだ。そう。こうやってお茶を飲んで、お菓子を食べて、クシナ先生とお喋りをして、殺して生き延びたわたしは、生きていくのだ。



 休みを終えた次の日。任務のために集合場所でヨシヒトとナギサに会った際、彼らもクシナ先生同様、わたしの様子を心配していた。
 わたしが「平気だよ」と、先生に返したものと同じものを返すと、最初は疑わしげだったけれど、すぐに本当だと分かってくれたのか、二人もいつもの二人でわたしに接してくれた。
 そして最初はナギサが、自分が初めて人を殺したときのことを語った。仲間を生かすくせに、人を殺すことに矛盾を持ったけれど、立ち止まる暇はなかったと。
 ヨシヒトも、自分が初めて殺した相手は、幻術にかけて、崖から落ちて死ぬように仕向けた者だろうと話した。
 二人は最後に、同じことを口にした。「サホが生きていてよかった」と。


 人を殺してしまったという意識は、鳴りを潜めたとはいえ、しばらく頭の中で腰を据えていた。
 爪の隙間に、しがみつくようにいつまでも残っていた血が恐ろしかったせいか、少しでも両手が赤く染まらないようにと、任務中は両手にグローブを嵌めるようになった。
 多少、心は穏やかではない日々が続いたが、それでも日常をこなしていれば、もうわたしは『人を殺したことがあるわたし』にすっかり馴染んだ。
 幸いにも、あれから任務中に誰かを殺すことはなかった。わたしたちは前線に向かわないチームでもあったし、あの一件が特別な例だったと言える。
 ただ、他の班と組んで、多少小競り合いに巻き込まれることはあった。その際はわたしも応戦し、殺しはしなかったが、深手を負わせたこともある。印を結ばれると厄介だけれど、足で逃げられるのも厄介だから、確実にどちらかを負傷させ、動きを鈍らせることが大事だということも学んだ。
 少しずつ、少しずつ、わたしの『人を殺すこと』へのハードルが低くなっているのは実感している。
 わたしは本当に忍になったのだと思う。もう何も知らなかった頃には戻れない。



16 正しさを知る者

20180510


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