最果てまでワルツ | ナノ
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 定食屋で食事を終えたあと、てっきり解散するかと思ったら、ヨシヒトが「せっかくだし親睦を深めよう」と言い、なぜか三人で里の中を歩くことになった。広い大通りなので、ナギサとヨシヒトがわたしを挟む形で進んでいる。

「サホ。支給品は全て受け取ってるよね?」
「はい。先日取りに行って、全て確認しました」
「敬語だよ」
「あっ、ごめんな――ごめっ――ごめん……です」

 フラットな関係維持のため、敬語は禁止になってしまったけれど、先輩後輩という意識もあって、すぐには切り替えられそうにない。
 ヨシヒトが言う支給品は、ホルスターや簡易地図、数本のクナイや手裏剣。多種類の毒に効く解毒薬や補給のための兵糧丸などで、必要であれば各自で補充をするようになっている。

「じゃあ今から、君に足りないものを確認しよう」
「足りないもの?」

 一応、支給された物で持てる分は持って家を出てきた。おかげでポーチは少しパンパンだ。いざという事態を考えた上でのことだけど、少し過剰だったかもしれない。

「僕の特技は覚えているかい?」
「たしか、幻術で――だ、よね」
「そっちじゃないよ」
「え?」

 ヨシヒトは幻術、ナギサは医療忍術が特技だと述べていて、わたしも早く『得意な術は封印術です』と言えるようになりたいなと振り返っていたら、違うと否定された。

「僕はね、美しさを引き出すのが使命だと思っているんだ。美しさの化身の僕に与えられた、生涯をかけた使命だと」
「はあ……」

 ああ、そういうことも言っていた。美の伝道者だとか、なんだとか。

「そこでサホ。今の君には、残念ながら美しさが足りない」
「足りない……」

 きっぱりと「美しさが足りない」と言われ、さすがにショックを受けた。別に自分の容姿に自信があるわけではない。リンと比べたらリンの方が断然かわいいし、リン以外の女の子と比べても、我ながら垢抜けていない自覚もある。それでも、多少なりとも自尊心というものがあるわけで。

「アホらし。忍がそんなもん気にしてどうする」
「ナギサは分かってないね。自分の名前の美しさにも気づかず、恥ずかしがっているだけある」
「名前は関係ねぇだろ! ぶっとばすぞ!」

 ナギサがヨシヒトの胸倉を掴む。もう大分、ナギサの『ぶっとばすぞ』には慣れてきた。それくらい、定食屋でご飯を食べている間も、ヨシヒト相手にずっと言っていたからだ。

「いいかい。美しさというのは強さなんだ。美しさの前では、言葉は無粋なものになる。過去の偉大な詩人たちも、心の底から美しいと感じるものを目の前にして、何も綴れなかった自分の無力さを嘆いたと言うよ。美しいものは、目を捉え、耳を捉え、手足を捉え、心を捉え、否応なしにひれ伏せさせる。すなわち、相手を封じてしまうんだ」

 真剣な顔をしてヨシヒトが言う。美形が言うと説得力があった。確かに今、わたしがこうしてヨシヒトの話をまじまじと聞いてしまうのも、『耳を捉え』なのかもしれない。

「サホはクシナ先生から封印術を学ぶんだろう? なら、美しさという武器も兼ね備えておかなくては」
「尤もらしいこと言ってるつもりだろうけど、お前のその理論と封印術は絶対に繋がらねぇよ」
「大丈夫。美しさと医療忍術についても、あとで教えてあげるよ」
「いらねぇ。クソほどいらねぇ」

 ナギサはわたしと違い、ヨシヒトに対してキッパリとした態度を貫く。そのやりとりのおかげで、わたしもうっかり流されそうだったことに気づき、頭を左右に軽く振って意識を改めた。

「その……今のわたしじゃ、だめってこと?」
「だめではないよ。突き詰めると、ありのままの姿もまた美しい。けれど今の君はまだ伸び代がある。その美しさの伸び代を放っておくなんて、美の伝道者である僕にはできない!」
「つまりお前の自己満足かよ」

 呆れた様子のナギサに、ヨシヒトは「そうだね!」と朗らかに肯定した。認めちゃったよ。



 あれから、わたしはヨシヒトに『美の鍛錬』を受けた。
 例えば歩くときの足の運び方や、立っているときの姿勢。クナイの持ち方や印を結ぶときの角度など、一種のマナー講座に似たようなものから始まり、額当てはこの位置にして髪型はこうしろと指示を受け、服装についてもまた後日、時間を取ってゆっくり話そうと予定まで立てられた。買ったばかりなのにもうダメ出しをされた。時間を取ってゆっくり話さなきゃいけないほど、ヨシヒトから見たらダメ出しが多かったのか。
 ヨシヒトがわたしのあれこれをチェックする間、ナギサはヨシヒトにうんざりしていたけれど、途中で帰るようなことはなく、ヨシヒトが何か言う度に「アホか」「その辺でやめろ」「ぶっとばすぞ」とツッコんでくれた。わたしとヨシヒトの二人にすると大変だと思ってくれたんだろうか。だとしたら、ナギサは面倒見のいい人だ。

 次の日、集合場所に時間通りに集まると、先に着いていたのはヨシヒトだった。わたしを見つけると手を振り、「おはよう」と挨拶を交わした。

「サホ。額当てはそうじゃないでしょ」
「あ、うん……」

 会って早々、にこやかに駄目出しをしてくるヨシヒトに逆らえず、わたしは言われた通り額当てを結び直し、ナギサとクシナ先生を待つ。
 二人はそう時間を置かずに現れ、クシナ先生は手元に一枚の紙を持っていた。

「さあ、これが私たちクシナ班の最初の任務よ」

 クシナ先生が見せた紙には任務の詳細が書かれていて、『畑の収穫』の一文が目に入った。

「腰を痛めたおじいさんの代わりに、畑の収穫よ!」

 忍の任務のイメージに合致しない内容に、わたしは目を瞬かせた。

「懐かしいね。畑の手伝いは、僕は三回目くらいのときだったな」
「俺はやったことねぇな。引越しの手伝いは覚えてるが」

 ヨシヒトとナギサがそれぞれ反応を示す。二人は一期上だから、これが初任務ではないので、自分が下忍成りたてだった頃を振り返っているようだ。

「最初はみんな、こういう簡単なものからこなしていくの。班を組んですぐは、連携も決まらないし、そんな状態で危険な任務につかせるわけにはいかないからね」

 初任務のわたしに、クシナ先生が目を合わせて説く。いわゆる忍らしい任務ではないけれど、下忍に成りたての任務が誰でもそうなのは、両親や兄、はたけくんからも聞いていた。

「はい。頑張ります!」

 どんな任務でもコツコツと。丑の印がうまく組めるようになったみたいに、積み重ねることが大事だ。



 畑の収穫は道具を使用したとはいえ手作業で行ったので、わたしたちはみんな、汗と泥にまみれた。
 美しさにこだわりがあるヨシヒトは汚れを気にするかなと思っていたけれど、「この汗と汚れは懸命に働いた証。ここには労働の美しさが宿っているね」とニコニコしていたので、彼のキャラクターみたいなものは、いまだに掴めないままだ。

 次の日の任務は配達の手伝い。重い物から大きい物まであって、三人で分担して運んだ。ナギサが配達先の住所を確認し、誰がどのルートを通れば効率がいいかをすぐに考えてくれて、おかげで陽が沈む前には大量の荷物を届け終わることができた。

 問屋の仕入れの手伝い、引っ越しの手伝い、棚卸しの手伝いと、雑務をこなし続けると同時に、クシナ先生監督の下、演習場での修業にも精を出した。
 二人とも幻術と医療忍術に特化したタイプだけど、一期上なこともあって、忍組手をすると毎回負けてしまう。ヨシヒトとナギサの二人でやると、体格や腕力の差でナギサが優勢だったけれど、幻術をうまく使うヨシヒトに負けることも多い。
 ヨシヒトによる『美しさへの講義』も相変わらず続いていて、幸いにも忍服を買い換えることはなかったけれど、合わせ方だの、これは外した方がいいだの、色々と指摘はされた。その後の母や、ばったり会った友達からの評価は上々だったので、ヨシヒトのセンスは『美の伝道者』を自称するだけある。

 封印術の方も、少しずつクシナ先生に教わるようになった。まずは基礎となる一糸灯陣の印を教えてもらい、スムーズに結べるように繰り返し練習した。
 チャクラの練り方のコツや、発動させる際の注意点なども細かく指導してもらい、毎回終わる頃にはクタクタになるけれど、アカデミーで経験した以上の充実感を覚えている。



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