最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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 三代目に呼び出され、暗部の任を解かれたのは少し前。
 急ではあるが、引き継ぎの時間をいくらか取ることもできたし、後任には信頼できるテンゾウを置くことができた。
 労いの言葉を貰いつつ、慣れた暗部の詰め所ではなく、上忍待機所に向かう。
 当たり前だが、上忍待機所は陽のあたる場所にある。暗がりの詰め所に慣れているオレにとって、いつもの里がすべて眩しく思えた。
 ただ暗部から正規部隊へ転属になっただけだというのに、目に入るもの全部に真新しさを感じてしまう。
 この明るさにも違和感も、そのうち覚えなくなるのか。どうだろうなと思案しながら戸を開くと、部屋の丸みを持った端に沿うように備えられた、赤い色のソファーにまず目が奪われた。
 赤は目を引く色だな、と再認識しながら、ぐるりと中を見回す。
 室内の中央には円を作るように並べられた椅子。その真ん中には観葉植物が置かれていて、濃い緑と座席の赤のコントラストを強く感じた。
 待機所に居たのは数人。全員オレより年上の男性で、目が合うと軽く頭を下げられた。年上だが上忍になったのはオレが先だから、彼らにとってオレは先輩に当たる。上下を重んじると頭が下がるのだろう。
 等間隔で離れて座る彼らに倣い、オレも場所を見つけて腰を下ろした。
 ポーチから愛読書を出して開く。どこまで読んだんだっけ。パラパラと捲っていると、オレが閉じたばかりのドアが音を立てた。

「――あれ?」

 現れた上忍はサホだった。腕に巻物を数本、ファイルを一冊を抱えている。
 最近は引き継ぎの関係でオレの帰りが遅く、サホはすでに就寝していため部屋を訪ねていなかったので、約三日ぶりに顔を合わせた形だ。

「そっか。今日からだっけ」

 正規部隊への転属の話はサホも知っている。その日が今日だったということを思い出し、湧いた疑問はすぐに解決された。

「サホも待機?」
「午後から任務が入ってて、それまでは待機だったんだけど。手伝ってほしいって言われて、それで色々とね。忘れ物をしたから取りに来たの」

 言いながら、サホはソファーの座に放置されていた本を手に取り、腰につけたポーチにしまう。
 ここでの用はそれであっさり済んだようで、「またね」とオレに声をかけ出て行く。オレも手元の本をしまってその後に続き、上忍待機所を出た。
 ついてくるオレに気づいて振り向き、サホがその足を止める。

「待機じゃないの?」
「三代目に呼び出されてるけど、まだ会議中らしくてね」

 その会議ももうそろそろ終わるはずだ。中途半端にぽっかり空いた時間を埋められないかと上忍待機所に顔を出しただけで、この建物や付近から離れなければ構わないだろう。必要であれば三代目が式でも飛ばしてくれるはずだ。
 二人並ぶ形で通路を歩いていると、隣から小さな笑い声が上がった。

「カカシが上忍待機所に居るの、不思議だね」
「そう?」
「うん。びっくりしちゃった」

 そこまでか、と思ったが、オレが上忍になってからあの待機所を利用していたのは何年も前で、その期間も二年ないくらいだ。すぐに暗部に移ったため記憶もあいまいだったが、ソファーの色は赤ではなかったような覚えがある。張り替えたのか、オレの思い違いか。
 オレよりあとに十九で上忍になり、今も待機所に通うサホからすれば、オレが居ることに違和感を覚えてもおかしくない。
 これからしばらくは、オレも待機となればあの部屋へ向かう。暗部のロ班の部下たちではなく、正規部隊の仲間たちと任務を請け負う。
 今の上忍には親しい者もいれば、以前から世話になっている人、顔を知っている程度でしかない者もいる。新たな関係を作るのは面倒な点もあるが、これも仕事の内だ。

「そういえば上忍師になるって聞いたけど」
「ああ、そうみたい」

 下忍を持てと言われたときは、オレなんかが上忍師だなんてと思ったが、ただでさえ上忍の数は限られているのだから、上忍になって十年以上経つオレにお鉢が回ってくるのも頷ける。今日の呼び出しも、そのことについてかもしれない。

「カカシが先生かぁ。そういえばカカシも、わたしの先生だったよね」
「そうだっけ?」
「そうだよ。だってほら、わたしに修業をつけてくれてた時期があったじゃない」

 サホに修業を、と言われたあたりで、そういう時期もあったなと思い出した。ガイも加えて鍛えたおかげで、サホの体術は戦忍と名乗っても遜色ないほどに向上した。

「そこそこ厳しかったなぁ、『カカシ先生』は」

 明らかにからかって呼ばれる『カカシ先生』にくすぐったさを覚える。年下ならまだしも、同い年のサホに先生扱いされるのはおかしな感覚だ。
――こういうやりとりも、少し前までは考えられなかった。過去や思い出話をサホとするなんてもう無理だと思っていたし、仲違いしたまま同じ正規部隊に転属していたら、オレの存在など視界に入れようともしなかったろう。
 今は違う。サホはオレに声をかけるし、話もするし、向ける目だってオレを見てくれている。
 日々悔やむことや思うことがあるのは変わらないが、これまでよりずっと気持ちは穏やかだ。

「実はわたしも、上忍師とは違うんだけど、色々教える子ができたの」

 些細な幸せを覚えていたところに、面白い話が飛び込んできた。

「へえ。『サホ先生』になるわけだ」

 上忍師とは違うと言うが、教える相手がいるのなら、それは『先生』というやつだろう。さきほどの揶揄のお返しとばかりにわざと『先生』を強調すると、サホは口元をもごもごと変な形にした。

「うーん。歳が近いから、先生とか弟子とかっていうより、先輩と後輩かな? 封印術を専門的に学んでいきたいって相談を受けて、それでぜひわたしに教えてもらいたいって」

 気恥ずかしいのか嬉しいのか、声のトーンはいつもより上がっている。
 上忍になったばかりの頃は、上忍とは何なのか、自分は何をすればいいのかと悩んでいた。あれから数年経てば、さすがに上忍としての自分の在り方は見つけられたのか、頼られたこと自体は負担ではないようだ。に安堵した。

「――サホ先輩!」

 後方より、男の声が。二人同時に歩を止めて振り向くと、一人の若い青年がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
 緑のベストを羽織り、頭には額当て。どこにでもいる木ノ葉の忍のその表情は、太陽に負けじと明るい。

「ヒサギ」

 サホの口から発せられた名前に驚いて目を向けると、間違いなくサホの目は近づいてくる男を見ている。
 『ヒサギ』という名に聞き覚えはあった。何年か前に会った、サホに懸想していた奴だ。告白したいからとオレに挑んできて、断っても断ってもしつこかったのでいやでも覚えている。
 響く足音が止まり、ヒサギは少し切れた息を整えるよう、いくつか深い息を吐く。サホではなく隣に立つオレと目を合わせると、愛想のいい笑みを浮かべて軽く頭を下げた。
 近くで見ると、自分の記憶の中のヒサギと顔の作りはそう変わらない。しかしあの頃のあどけなさがすっかり抜け落ちて、もう子どもとは呼べないほどに立派な青年になっている。

「すみません、お取込み中でしたか?」
「ううん、大丈夫。あ、カカシ。この子が、さっき話してた後輩のヒサギ」

 首を振ったサホが、オレにヒサギを紹介する。こいつが、封印術を教えることになったという『後輩』?
 年下だから『この子』扱いしているのだろうけれど、サホより高い背丈に幼さは感じられないし、成人を過ぎているかは判別がつき難いが、どう見ても『この子』なんてかわいらしく指し示されるような奴ではない。

「どうも、こんにちは!」

 ヒサギの挨拶は明るくハキハキしている。今初めて顔を合わせていたとしたら、気持ちのいい挨拶をするんだなと、いくらか好感を得たかもしれないが、どうもその屈託のなさを素直に受け取れなかった。

「……どーも」

 挨拶されたからには返さないわけにもいかず、向けられた熱量の半分にも満たない態度ではあったが、ヒサギは特に気にした様子はない。

「何かあったの?」
「シイナさんに、サホ先輩を捕まえて来いって頼まれて」

 問うサホに、ヒサギはやはりハキハキと返す。『シイナさん』というのは、サホの先輩に当たる特上の男性だ。オレ個人はあまり親しくないが、サホとの会話に時々出てくるので覚えている。

「シイナさんが? ああ、さっきの、何か分かったのかな。これを出したらすぐに行くよ」
「分かりました。第五資料室で待ってます!」

 ヒサギはサホへ溌剌と返したあと、オレに再び笑んで見せ、一礼を済ませると通路を引き返していった。腰を折って、下げた頭をピタッと止める、見本のような礼だった。

「あいつが、サホの生徒?」
「だから、後輩だって」

 訊ねるオレに、やんわりと訂正しつつサホが前へと歩を進める。少し遅れて、隣まで着いてその横顔を盗み見ると、サホの頬は緩んでいた。

「先輩って呼ばれるの初めてだから、まだ慣れなくてくすぐったいんだけど……カカシがテンゾウを可愛がるの、ちょっと分かった気がする。『先輩』って呼ばれて懐かれると、しっかりしなきゃなって気持ちが引き締まるのもあるけど、なんだか、こう、構ってあげたくなっちゃう」

 オレとテンゾウを例に出し、先輩と後輩の関係についてサホが思ったことを口にする。
 テンゾウとは浅からぬ縁があるし、他の部下や仲間と扱いが少し違う自覚は多少あったが、可愛がっていると改めて言われると、『あいつを可愛がっている自分』というのに、我ながら気味の悪さを覚えた。いやだって、そりゃ昔はまだあどけなさがあったけど、今はもうオレとそう体格も変わらない大の男を可愛がるとか、ないでしょ。

「後輩っていいものだね」

 同意を求めるような、はにかむ表情にどう答えていいか分からず、「そうね」と喉から絞り出すので精いっぱいだった。
 先輩になったこと、後輩ができたことがサホにとって良いことだというのは、その明るい表情を見れば分かる。自分に自信を持てない、これからどう歩けばいいか分からないと迷っていた頃を知っているオレとしても、進むべき道を見つけて前を向いているのなら喜ばしいことだ。
 だからマスクで隠した口はグッと閉じて黙ったが、伝えたいことは山ほどあった。
 サホ。その後輩はただの後輩じゃない。
 男だ。後輩だけど、年下だけど、お前を好きだとオレに宣言してきた男だ。
 あんな明るい笑顔の裏で、虎視眈々とお前を狙っているんだよ。
 いくら考えたところで、そんなことは何一つ言えるわけもなく、改めて呼び出しを受けたオレは、サホに見送られながら無言で火影室へ向かった。



 初めて受け持つことになったであろう下忍は全員、アカデミーへ送り返した。協調性などという単語を産まれてから一度も頭に浮かべたことのないような三人が、かつての自分を想起させて思わず眉間に皺を刻んでしまった。
 ミナト先生もこんな気持ちを抱いたのかと考えると、過去の自分に恥じ入り、それ以上に悔やみ、あの三人はここで落として間違いはなかったと確信した。あのときのオレのようなクズを、木ノ葉の忍にしてはいけない。

 下忍を送り返したため、上忍師という立場から一旦外れたオレには、通常の任務が振り分けられるようになった。上忍の層がまだ薄いということで、下忍を持たないオレはあちらこちらに駆り出されている。
――今日もまた任務を一つ終え、報告のために受付所へ足を運んだ。夜の帳がすっかり落ちていても、ここを訪ねる者はまだ絶えない。
 小うるさい形式に沿って仕上げた報告書の提出を終えると、「次の任務は明日の午後より入っております」と告げられ、ゆっくり読書をする暇もないのかとうんざりした。
 受付台から離れて、わずかな休みの中で済ませなければならない用事を頭の中でピックアップしていると、前方から歩いてくる男とパッと目が合った。
 男は若々しい、新芽のように溌剌とした笑みを作り、進路を少し正してオレの前で立ち止まる。

「こんばんは。はたけ上忍」

 両手は真っ直ぐ下ろし両腿に添わせ、腰から折る一礼。目上に対する挨拶としてほぼ満点なヒサギを無視して素通りするわけにもいかず、「こんばんは」と言葉だけ同じものを返した。
 挨拶を交わしたあとも、ヒサギの足は動こうとはしない。

「『サホ先輩』ね。『かすみ上忍』じゃなかったの?」

 水を向けたつもりだった。オレに用があるなんて、どうせサホのことだと分かっていたし、話の糸口を掴めないのなら年上のオレが、という気遣いだ。決して牽制だとか威嚇だとかではない。ない。

「はたけ上忍こそ。『ただの同期』じゃなかったんですか?」

 微笑みは絶やさず、ヒサギは皮肉を返してきた。胆が据わっているのか、臆するような態度は欠片も見せない。
 互いの腹を探るように、口を閉じてしばし視線を交わしていると、先にずらしたのはヒサギの方だった。

「サホ先輩には忘れられない人がいるんですよね? それなのに、はたけ上忍と付き合いだしたなんて聞かされたら、もう手段は選んでいられないと思ったんです」

 やっとヒサギの顔から笑みが消え、左右の眉が少し寄る。
 以前、オビトのことをヒサギに話した。オビトにはオレたちは勝てないよと警告もした。
 その警告を出した奴がサホと恋人になったなんて、ヒサギにとっては看過できない事態だろう。そして考えた結果、このまま黙って諦めるより動くことを選んだ。

「『正々堂々がモットーなんです』って言ってたのに?」

 オレに勝負を挑んだとき、ヒサギは自分のモットーを『正々堂々』だと言い、サホに想いを伝えるにはまだ早いから出直すとも言った。オレを超えないとサホの隣には立てないと、宣言したのはヒサギ本人だ。
 しかしオレはまた勝負を挑まれた覚えもないし、サホの様子から見るに告白だってしていないだろう。

「はい。ですから、正々堂々、サホ先輩とお近づきになりました」

 きっぱりと、それこそ正々堂々と言われると、なるほどそうなのかと勢いに呑まれそうになる。

「へえ。それで可愛い後輩に収まったわけ」

 近づくためとはいえ、足掻いた末に手に入れたのが、『可愛い後輩』という立ち位置。
 ただの後輩だったときよりマシだろうけれど、あいつは多分、ヒサギを男とは意識していない。長年かけて染み込んだ自己評価の低さゆえにか、自分が誰かに懸想されるものだと考えていない。
 我ながら嫌味な物言いになってしまったが、ヒサギは気にした素振りもなく、

「今は可愛い後輩で甘んじますよ。最近は年下に癒されたいって女性が多いみたいですから、頑張ります」

とにっこり返す余裕すら見せた。恋人という高みから見下したオレがみっともなく思えるくらい、爽やかな笑顔だ。

「それに、封印術を学びたいって気持ちは嘘じゃないです。サホ先輩を見ていたら興味が湧いたのは本当ですし、そこに邪な気持ちを持ち込むつもりはありません」

 一直線にオレを見て、下心だけでサホに弟子入りしたのではないと続ける。主張したいことはすべて言い切ってスッキリしたのか、ヒサギは姿勢のいい一礼をしてオレの前から去って行った。
 なぜだろう。喧嘩を売られたどころか、負けた気分だ。不利なのはヒサギの方なのに、足掻いているのは自分な気がして、もう少しスマートな対応が取れたのではないかと、自分の器の小ささにいやになる。
 言葉にし難い感情を連れて、自宅のあるマンションへ帰ると、オレの隣の部屋には明かりがついていた。
 当たり前のようにその部屋のベランダに足をつけ、ガラス窓を指の背で叩いた。すぐにカーテンが脇へと流れ、部屋の主が顔を見せる。
 カラカラと音を立てて窓が開くと、サホの部屋の匂いがマスク越しに鼻をくすぐった。

「おかえり。お疲れさま」

 出迎えの言葉と、労いの言葉をかけながら、サホはオレが入りやすいように一歩引く。
 サンダルを脱いで足を床につけ、後ろ手で窓を閉めてそのまま、サホの体に腕を回した。
 突然のことに跳ねる肩に頭をつけて、こすりつけるように何度か動かすと、それに合わせてサホの細い体も揺れる。

「な、なに? どうしたの?」

 戸惑う声は上げたが抵抗はせず、サホは大人しくオレの腕の中に収まったまま、何があったのかと問う。

「……後輩が可愛いのも問題があるなと」

 ヒサギとのやりとりをサホに話せはしないし、そうでなくともヒサギの名前を少しでも出せば、オレたちが何を話したのか気になって訊ねるに違いない。曖昧に誤魔化しつつも、本音を吐いた。

「テンゾウと何かあったの?」
「なーんにも」

 心配そうなサホに反するように、喉から出た声はひときわ明るい。
 事実、テンゾウとは何もない。オレの後を継いでしっかりロ班を率いているようだし、問題も今のところ起きていない。あいつならうまくやれるだろうと思って指名したのだから、テンゾウがまとめるロ班に心配などしていない。

「何があったか知らないけど……。あのね、『尊敬してる先輩』らしいから、本当に嫌いになったりしないであげて」

 どうやら一悶着あったものだと解釈したらしく、気を利かせてかテンゾウをフォローする。
 サホが知るオレの後輩はテンゾウくらいだし、オレもはっきりと否定していないから、まあそういう考えになるだろう。
 違うといえば、じゃあ誰だという話にもなるし、特にこの話を広げたいわけではないし、もはや『後輩』が誰かはどうでもいいことだ。

「……慰めてよ」

 ねだると、サホはしばし黙ったあと、片手をオレの背へ伸ばした。もう片方の手は側頭部に触れて、ポンポンと軽く叩く。

「よしよし。いいこ、いいこ」

 声に合わせて、両の手がオレの背や頭を撫でる。
 優しい手つきは心地よくあり、目を閉じそのまま任せた。髪の間に指が入り、梳くように流していく。
 ずっと昔に、父に似たような手つきで頭を撫でられたことを思い出す。ただの子どもでいられる時間が短かったが、そのわずかな中でも、父はよく頭を撫でてくれた。
 大きくて武骨だが、温かった。けれどあの手はもうオレを撫でたりしない。
 感傷と共にしばらく身を任せていたが、サホに身を寄せながら父のことを思うのはなんだか落ち着かない。

「オレは子どもじゃないよ」

 お手本のような慰め方だったが、オレは親が子を慈しむような愛が欲しいわけじゃない。頭を撫でられるだけは、二十歳を過ぎた男には少々物足りない。
 抱く腕を少し解いて、顔を突き合わせた。以前はくっきりしていた目の下のクマも、今はすっかり消えている。

「先輩でも、後輩でもない」

 オレはサホの『可愛い後輩』ではない。かといって『尊敬してる先輩』でもない。オレたちはそうじゃない。
 サホにしかできない、サホだからほしい慰めをオレにちょうだい。
 意図を察したのか、ポカンと開いていたサホの口は引き結ばれた。瞳の光彩を左右へ往復させ逡巡し、上げていた手を静かに下ろして、そのままオレのマスクに指を引っかける。
 サホの手によって口元が暴かれる。張りつく布の感触に慣れてはいるが、遮るもののない肌は外部の刺激をそのままに受けるので、かすかに触れた柔い唇の熱の高さも残らず汲み取った。



かわいいあの子に気をつけて

20200909


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