最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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※時期的に本編中の話ですが、カカシ視点を読み終えてからがお勧めです。
 なお、突然終わります。



 中忍が受ける任務のランクは最低でもCだ。
 ただオレが籍を置いているミナト班は、まだ下忍のオビトとリンがいるため、Dランクの任務も請け負うことがある。
 今日はそのDランク任務の予定で、集合場所に着いてチームメイトや上忍師を待っていたが、姿を現したのはミナト先生だけだった。

「うーん。まさか二人同時に体調不良とはね」

 ミナト先生が受け取った連絡によると、リンは昨晩から高熱が出たため自宅で療養中。オビトはひどい食あたりで、今日一日は病院のベッドに転がることになったらしく、当然任務には就けない。
 どちらも忍だというのに、自己管理ができていないと呆れてしまう。突然の発熱はまだ仕方ないとして、食あたりなんて、どうせ期限切れの食品や、腐った魚や肉でも食べたんだろう。

「時間はまだあるし、他の班に任務を振り直してもらうように頼んでくるよ。カカシはここで待機しておいて」
「ちょっと待ってください。それは任務を放棄するということですか?」

 手持ちの時計で時刻を確認し、飛雷針の術で受付所に向かおうとするミナト先生を止める。先生の術を使えば移動時間はないに等しく、受付所の職員に事情を説明し、対応できる班を探して招集をかけることはできなくはないだろう。
 しかし、オレたちが請け負うはずだった任務を他所に振るということは、オレたちミナト班は任務を放り出したと同意ではないか。

「見方によってはそうかもしれないけど――」
「任務放棄なんてする気は一切ありません。受けた以上、最後までしっかり務めます」

 木ノ葉の忍であるならば、契約違反がない限り、受けた任務は務め上げるべきだ。班員二人が体調不良で任務に出られないというのは、任務続行不可能という十分な理由になるかもしれない。だが、そんなことを知らぬ者から見れば、オレたちは任務を放棄したと見なされる。

「でも、オレとカカシだけじゃなかなか骨が折れる内容だし――」
「構いません。オレは中忍ですから」

 Dランクは下忍が忍としての経験を安全に積むべく用意した、いわば場慣れのための枠だ。中忍のオレが一人で、下忍二人分の働きもこなせないなんて有り得ない。
 見上げた先生はオレと目を合わせたあと、

「ん! 分かったよ。じゃあ行こうか」

と、依頼主の住所が記載された紙を見せて笑った。



 今日のDランク任務は子守りだ。子守りの依頼は何度も受けてきたし、難しいものではない。
 依頼主の家を訪ねると、出迎えたのは線の細い母親と、同じ顔を四つ並べた子どもたちだった。

「どうしてもこの子たちを連れて行けなくて。騒がしいと思いますけれど、よろしくお願いしますね」

 母親は急いでいたのか、オレとミナト先生に挨拶を済ませると、荷物を持って急いで家を出た。
 今回面倒を見なければならないのは子ども四人。みんな顔が同じなのは四つ子だから。

「四つ子なんて初めて見ました」
「珍しいよね。えーと。歳はみんな五歳……ってそれは当然か。上から、アチラくん、コチラくん、ソチラくん、ドチラくん」

 依頼人が残したメモを見ながら、先生が名前を挙げていく。人の名付けにどうこう言いたくないが、なかなかぶっ飛んだセンスだ。
 一応区別はつくようにと、長男は赤、二男は青、三男は黄色、四男は緑色の服を着ているとのことだが、服以外は体型も、短く刈られた髪型も同じなので、もはや色で認識するしかない。

「にんじゃだ」
「にんじゃは火をぷーってするんでしょ」
「水だよ」
「おなかすいた」
「おやつは?」
「なんで顔かくしてるの?」
「あたまツンツン」
「火だして」
「水だよ」

 忍が物珍しいのか、四人はオレとミナト先生を囲んで自由気ままに喋る。まだ名前と色が一致しないし、骨格や体つきが似ているから声もほぼ同じで、誰の発言なのかも判別がつかず、すぐに反応ができないまま無言で直立してしまった。

「やっぱりオレとカカシだけじゃ……」

 苦笑する先生の声に、対抗心のようなものが湧く。

「いいえ。オビトやリンがいなくても大丈夫です」

 二人がいなくとも、オレがその分の働きをすればいいだけ。色と名前を頭にしっかり叩きこんで把握し、どの色が口を開いたのか瞬時に見分ければいいだけだ。
 オレは中忍。上忍のミナト先生だってついているんだから、Dランク任務くらい簡単にこなせるはずだ。



 気合いを入れ直し、先生と二人で四つ子の子守りを始めたが、例えでもなんでもなく、気を抜く暇が一秒たりともなかった。
 四つ子は歩くということを知らないのか、常に走り回り跳ね、ソファーの背もたれには背ではなく尻や足を預けて乗せる。
 受け答えはできるのに話が通じない。『だめ』と制されてもやるし、『やって』と頼んだらやらないし、何も言わなくても何かを倒し零す。
 一人がトイレに行きたがれば他の三人も声を上げ、自分が先に入るのだと、狭い廊下で喧嘩を始める。泣いて怒って、拗ねて転がって発狂し、そうかと思えば互いにしか通じない言語でゲラゲラ笑う。

「五歳ってこんな生き物でしたか?」

 まだ子守りが始まって二時間も経っていないのに、国境まで朝晩休むことなく駆けたように疲弊している。精神面の疲労を考えると、駆け続けている方がよっぽどマシだ。

「元気な子たちだね」

 先生は表情を作るのも投げ出したオレと違って、まだ苦笑いできる余裕はあるようだ。
 実際ミナト先生は、四つ子たちの言葉を拾い上げうまく繋いで意図を読み取るし、喧嘩が始まれば様子を窺い、両者の落としどころを見つけて事を収める。

「先生は子守りが上手ですね」
「ん! 慣れてるから」

 師事して数年経ち、その人柄を知っているから意外とまでは言わないが新たな発見だ。ミナト先生がニコニコと明るい笑顔を返すので、すんなり納得しそうになったが、ふと疑問を覚えた。

「それは、オレたちで慣れてるってことですか?」

 先生の一番身近な子どもは部下のオレたちだ。十も過ぎたとはいえ、オレたちもまだ子どもの括りに入る。

「えっ!? いやぁ……あははは」

 後ろ手で頭を掻いて、ミナト先生はさりげなくオレから目を逸らし、緑色の服――確か四男のドチラだ。そのドチラが描いた絵を見て「うわぁ上手だねぇ」とやたら大きな声を上げ誤魔化した。
 四人の五歳児と一緒くたにされたのは面白くないが、四つ子のうちの二人が玩具を引っ張って取り合いを始めたので、仲裁に入るか否か様子見するため、それこそ子どもっぽい不満は思考の外に押しやった。



 依頼人の母親が用意していたカレーを温め直し、怒涛の昼食を終えたあと。腹を満たして眠くなったのか、四つ子たちは仏間の畳の上に転がって寝てしまった。
 先ほどまで賑やかだったダイニングテーブルには、空になった皿が四枚。テーブルの上にも下にも、カレーや白米の粒が落ち、小さな玩具の部品や、見当たらなかった紫色のクレヨン、分解された折り紙の手裏剣も転がっていた。

「これを毎日、ずっと一人で面倒見るなんて、すごいですね」
「そうだね。まだ手がかかる時期だし」

 ダイニングテーブルの周りを片付け、皿やグラスを台所のシンクに運ぶ。任務には入っていないが、依頼人のことを思い皿を洗うことにした。日々の苦労に対する同情や憐みからではなく、歴戦の戦士に対する尊敬の念に近い。
 ミナト先生は散らかった居間に手をつける。ずれた家具の位置を戻し、玩具は拾って箱の中へ。切り刻んで小さくなった紙切れの端。蓋をされていない糊。床に付いた粘土。片割れのいない靴下。
 ようやく部屋がそれなりに整えられた頃、家の窓がコツコツと音を立てた。連絡用の鳥が、その嘴で来たことを知らせている。
 窓を開け、鳥が運んできた知らせを確認すると、先生は顔を曇らせた。

「まいったな。招集だ」

 呼び出されたらしく、端正な横顔は眉が寄せられ、厳しい目元を作る。

「行ってください。ここはオレ一人で大丈夫です」

 先生に招集がかかったということは、恐らく危急であり、一刻も早くここを発つべき事が起きている。

「里内ですし、戦闘の可能性はほぼありません。必要であればパックンたちにも手伝ってもらいます」

 心配することなど何もないと並べると、ミナト先生の顔からは焦燥が抜け落ち、表情から強張りが解ける。

「ん。じゃあ頼んだよ。依頼が終わる頃には戻るようにするから」

 オレの返事を聞き終えることなく、先生は飛雷針の術を使い、戸口を通ることなく家を出て行った。
 一人残った室内は驚くほど沈黙しており、四つ子たちもまだぐっすり眠っている。依頼者が指定した時間まであと数時間あるが、オレ一人でも大丈夫だ。



 ミナト先生が出て行って30分後に、まずコチラが目を覚ました。まだ眠たげな顔をしながら仏間から戻ってきて、喉が渇いたと一言訴えるので、水分を摂らせていると、今度はアチラが起きてきた。
 ドチラ、ソチラも起きてきて、静かで整った光景は、あっという間に騒がしく散らかった部屋へと変わった。
 一対の目と耳では、活動的な四つ子全員に気を配るには限界がある。チャクラに余裕があるうちにと、一先ずパックンを呼び出した。

「犬だ!」
「犬!」
「変な犬!」
「誰が変な犬じゃ」

 突然現れたパックンに四つ子は食いつき、思い思いに手を伸ばす。

「カカシ、一体どういうことだ」
「子守りの任務なんだ。ほら、外へ行くよ」

 母親からは、昼寝のあとはほぼ毎日公園に行く流れができているので、今日もそのようにしてほしいと頼まれている。
 公園はここから歩いて10分ほど。壁のフックにかけられている帽子を被せ、色違いの靴を履かせて玄関を出ると、南天を過ぎた陽が目を焼いた。砂場遊びの道具やボールをそれぞれ持たせ、預かった鍵で戸締りをする。
 公園までは10分。だが、実際に着いたのは32分後。22分も余計にかかったのは、何か見つけたと一人が立ち止まれば他の三人も立ち止まり、拾った手頃な棒を誰が一番最初に見つけたかで所有権を争い、ちっとも前に進まなかったからだ。
 やっと公園に着いたときには、すでにオレとパックンは疲れていたが、四つ子は我先にと遊具を目指し駆け出した。
 園内には先客が何人も居て、四つ子と同じくらいか、少し上の子ものびのびと遊んでいる。四つ子とも顔見知りのようで互いに名前を呼んで、滑り台やブランコを楽しんでいる。
 オレと歳が変わらない奴もいて、「忍者だ」と耳打ちし合い、遠巻きにこちらを見ている。彼らはきっと、アカデミーに通っていない、非戦闘員の家庭の子どもだ。

「もういいか?」
「まだだよ。家に帰るまでは居てもらわないと」

 パックンはうんざりしつつも、園内を見渡せる場所に腰を据えて、四つ子たちに目を配った。オレもできるだけ子どもの傍について、危険なことをしないようにと見張る。
 子守りの任務上、子どもたちに怪我があってはいけない。活発な五歳児一人に注意を向け続けるだけでもかなり神経を使うのに、それが四人、そしてバラバラに遊んでいるとなると、その労力は単純に四倍ではない。八倍、十六倍、それ以上かもしれない。
 パックンの他にも呼び出すか考えたが、ただでさえ疲労している今、チャクラを消費するのはできるだけ避けたい。幸いにも他所の子という遊び相手が増え、四つ子たちはオレたちを放ってくれている。相手をする必要がないから、その分は楽だ。



 公園に来て一時間は経った。四つ子はいまだに元気に声を上げ、走って登って回って跳んで忙しない。
 家の中なら範囲は狭く目も届きやすかったが、室内より広い園内だと、どうしても漏れが出てくる。
 なぜどんぐりを鼻の穴に詰めようとする。
 たくさんのダンゴ虫を力強く握りしめる。
 滑り台を頭から滑っていく。
 靴を砂の中に埋め、ボールで玉乗りをしようとする。
 「『ごめんね』って言ったのに『いいよ』って言ってくれない!」と泣き喚かれても、許しは強制するものではないと説いたところで聞き入れてくれないし、我ながら幼児の仲裁に入るのは得意ではない。
 あらゆるトラブルへの対処で頭を回転させ続け、四人への反応もおざなりになってきた頃。後ろから名前を呼ばれた気がして振り返ると、公園の入り口に見知った相手が立っていた。額当てを付けたサホだ。

「やっぱり。はたけくんだ」

 オレだと確認すると、サホは園内へ入り、オレの下へ歩いてくる。

「なんだかお疲れだね」
「……まあね」

 疲労が顔に出ていたらしく、ふいと横に向け、窺うサホの目から逃げた。

「こんなところでどうしたの?」
「一応、任務中。あそこの四つ子の子守り」

 そっくりの顔をした四人に目を向けると、集まってゲラゲラと声を上げ笑っている。一人が笑えば他も笑う。幼子は共鳴し合う性質があるようだ。

「リンとオビトは?」
「どっちも体調崩したらしくて、今日は出られないって」
「え? はたけくん一人で子守りしてるの?」
「ミナト先生も一緒だったけど、途中で招集がかかったから。それからは一人だね」

 そういえば先生はまだ戻って来ない。何が起きたのか不明だが、ミナト先生を呼び出すということは、すぐに戻って来られるような状況ではないだろう。
 依頼者に四つ子を引き渡すときまで、ミナト先生が戻って来なければ、オレがきちんと対応し、報告書まで仕上げないと。どこまで詳細に書くべきか。どんぐりやダンゴ虫のことも書くべきか。

「そっか。それは大変だね」
「サホは?」
「わたしは任務が終わって、買い物を済ませてきたところ」

 手に持っている紙袋を見せるサホは、任務帰りだというのにオレと違って疲れは見えない。どんな任務だったかは知らないが、三人揃って依頼を完了したなら、今は心底それが羨ましい。
 園内の端、水飲み場のそばに立つ大きな時計を見やると、そろそろ依頼人が家に帰ってくる頃だ。

「ちょっと。そろそろ家に帰るから片付けて」

 四つ子に声をかけると、揃って不満の声を上げた。片付けなんかしない、まだ遊ぶとわめき立てる、キンキンと響く高い声が不快だ。もうすでに聞き飽きた絶叫だが、疲弊した頭には殊更よく刺さり、苛立ちもさらに強くなる。
 何度呼びかけても「いやだ」と拒否し、四つ子は蜘蛛の子を散らすように走った。
 全員縛り上げて連れて帰るか。そう思い始めた辺りで、

「わたしに考えがある。いい?」

とサホがオレに了解を取るので無言で頷いた。
 任務に干渉されるのはあまり好きではないが、今は猫の手でも借りたいのが本音だ。反対する理由はなく、むしろどうにかできるならどうにかしてほしい。
 サホは一歩前に出ると、両手を口元の左右に添え壁を作った。

「四つ子のみんなー! お片付け競争だよー!」

 声は園内に響き、目当ての四つ子だけでなく他の子どもも遊びの手を止め、サホの方に注目する。

「誰が一番最初に片付けて、誰が一番最初にピシッと気をつけできるかなー?」

 子どもを預かる保育者のように、サホは楽しげな抑揚をつけ、四つ子たちをけしかける。
 そんな呼びかけで――と思っていたら、四つ子は競うように片付けを始めた。砂場の道具を掻き集め袋に入れ、遠くに転がしたボールを走って取りに行く。
 片付けを終えるとサホの前に群がり、両の手を体の左右に添わせ背筋をピンと伸ばし、「おわった!」「きをつけした!」と口々に大声を上げる。

「すごい! みんな早いね!」
「ねえねえ! 誰が一位!?」

 笑顔で拍手するサホに、ソチラが訊ねた。

「んー……みんな早かったけど……一位は、コチラくん!」

 名を呼ばれたコチラが飛び跳ねて喜び、他の三人は不服だとばかりに、自分が一位であったはずとサホに訴える。

「一番早かったのはコチラくんだけど、ソチラくんはゴミもしっかり片付けたね。アチラくんは他の子と協力できたし、ドチラくんは気をつけが素敵だったなぁ」

 他の点を挙げてそれぞれを褒めてやると、まんざらでもないのかコチラ以外の三人も得意気な表情を浮かべ、嬉しさを表すようにその場でジャンプを繰り返し、いつしかそのジャンプに夢中になり、ゲラゲラ笑い始めた。

「じゃあお家に帰ろうか。走ったり寄り道しないで、カッコよく歩いて帰るのは誰かな?」

 サホの一言に、四つ子たちは荷物を持ったまま公園の出入り口に向かう。駆け出さずに落ち着いた様子で、ここに来たときとまったく違う姿に唖然としつつも、パックンに先頭を頼み、オレは動きを見張る形で後ろについた。

「わたしもお家まで一緒に付き合うよ」
「悪いね。そうしてくれると助かる」

 頼るのは抵抗があるが、ここまで来たら有難く手伝ってもらおう。サホはオレと並んで四つ子たちを見ながら「かわいいね」と言ったが、同意を返せる余裕はなかった。



 行きは想定の倍以上かかったのに、帰りは5分ほど遅れただけで、何のトラブルもなく家に着いた。
 縦に並んで歩く四つ子は列から大きくはみ出すこともなく、サホが事前に呼びかけていたからか走ることはなかった。仮に一人が走り出そうとすると、他の兄弟から咎められてスピードを落とし、実に平和な行進だった。パックンが「本当にあの四つ子か? 入れ替わっとるんじゃないか?」と去り際に呟いたほどだ。
 真っ先に手洗いやうがいをさせ、汚れた服を脱がせて洗濯済の服に着替えさせる。それが終わり、用意されていたおやつを食べさせていると、玄関の戸からミナト先生が現れた。
 サホが居ることに驚いたものの、理由を話すと礼を述べた。またすぐにここを発たなければならないとオレに言い、依頼人へ引き渡すまで完了してほしいと改めて頼まれた。
 ミナト先生がいなくなって五分もしないうちに依頼人の母親が帰宅し、無事に四つ子の子守り任務は終了。あとは報告書を作成し、先生に確認してもらって提出すれば完遂となる。
 四つ子に手を振られつつ家を出ると、ちょうど夕陽が西の空を赤く染めていた。すぐに宵が始まる。

「助かったよ。ありがと」
「どういたしまして」

 オレに付き合わせたせいで薄暗い道を一人歩かせてしまうのは忍びない。家まで送って、それから報告書を仕上げることにした。

「子どもの相手、うまいね」

 人の指示を聞かない自由奔放な男児四人を、見事に統率したあの腕には感心の念しかない。オレには拘束する考えしか浮かばなかった。

「あれは全部、クシナ先生の受け売りだよ。わたしたちも前に子守りの依頼を受けたときに、もうすっごく大変で困っちゃったんだ。そのときにクシナ先生がね、お手本を見せてくれたの」

 サホは右手に持っている紙袋を左手に持ち替えた。四つ子と過ごした今日一日は終始騒がしくて、硬質な紙のわずかな音を耳にすることに対し、随分と感慨深くなる。

「『男の子は一等賞が大好きだから、お片付けは競争させるといいってばね』って」

 クシナ先生の口調をそのまま真似る姿は、正直似てはいないが、そう言っている姿は十分に想像できた。

「一等賞ね……。ま、男は一番が好きってのは否定しないけど」
「そうなの?」
「一個の[しゅ]としての本能だよ」
「いっこのしゅ……?」

 いかにも言い慣れていない声は、言葉の意味すらも理解していないことを表している。

「オレたちも『ヒト』っていう一つの[しゅ]でしょ。自分の種を長く繋いでいくには、他を蹴散らして相手を手に入れなきゃいけないから、結果的に一番を望む傾向があってもおかしくないってこと」

 高度な知性を持っているが、オレたちも生物の中の一つの種類で、根本的な生き方は他とあまり変わらない。
 他の生き物と同じく、自分の血を残すためには生き延びなければならず、生き延びるにはそれ相応の力が不可欠で、必要に迫られ進化してきたし、そして番って子を成してきた。
 番う相手を得るためにライバルを蹴落としたり、着飾って気を引いたり、巣を作って見せて自分の能力を誇示したり、やり方は生き物によって様々だが、見方によっては相手の一番になればいいという考え方は近い。

「へえ……なるほど」
「『男は』って言うけど、女も同じじゃない? 自分の子孫を後世まで繋ぐためには優秀な相手と番って、より強い命を残しておく方が生き残る確率が高い。そういう優れた相手から選んでもらうには、相手にとっての一番になるのが効率がいいからね」

 生き物は何のために産まれるのか。諸説あり、個々によって捉え方も考え方も違うから、正確な答えなどない。
 だから産まれるのかもしれない。答えを探すために。自分では見つけられなかった問いを未来に託すために、子を残していくのかも。はっきりとした答えなど出ない問いだ。
 隣を歩くサホは「そうなんだ」と返しはしたが、ちゃんと理解したのかは分からない。

「ああ、サホは例外かもしれないけど」

 サホの好いている相手を思い出し、だからサホにはピンと来ないのかもしれないと考え言うと、サホはきょとんとした表情でこちらを見た。

「なにが?」
「オビトを選ぶあたり、物好きだよね」

 オレの意図が伝わったのか、オビトの名を出したからか。恐らくそのどちらでもあって、気まずそうにオレから視線を外す。

「……好きとかって、そういう、優秀だとか、そういうので全部決めるものじゃないと思うけどな」
「そこは『オビトは優秀だよ』とか、フォローしてやるところなんじゃないの?」

 否定するところが微妙にずれているのではと指摘すると、自覚したのかサホの横顔は歩を進める足へと落ちた。
 意地悪をするつもりはなかった。サホに悪意はなく、強いて言えば今日の任務に来られなかったオビトのせいで疲労困憊になったことへの不満が、サホに矛先を向ける形になってしまった。
 サホが口を噤んでしまうと、オレたちの帰路は静かなものになる。

「……サホって、オビトのどこに惹かれたの?」

 居心地の悪さを払拭するためと、単純な興味で訊ねると、サホは顔を少し上げた。

「どこって……」
「オビトの一番になりたいんでしょ? リンよりも自分が、オビトの一番に」

 親友のリンは恋敵でもあり、間違いなくオビトにとっての一番だ。
 オビトが好きで、オビトとどうこうなりたいのなら、それはリンよりも自分を好きになってもらうということと同意。つまりオビトの一番になりたいと称しても過言ではない。

「一番になりたいのはそうだけど……」

 サホは決して力強くはなかったが、やんわり否定した。

「わたしは、オビトのたった一人になりたい」

 ゴーンと、どこかで重たい鐘の音が鳴った。時刻を知らせるそれは、夜が始まるのだと里に知らせる音。帰宅を促し、あるいは夕飯を作らせ、あるいは風呂へと導く区切りの鐘だ。

「たった一人?」

 繰り返す形で問うと、サホは言語化すべくしばらく口を閉じた。

「オビトが悲しいときやつらいときに、一緒に居たいなって思ってもらえる人になりたい。楽しいときや嬉しいときに、その気持ちを分けたいって、思ってもらえる、たった一人の人になりたいの」

 顔をすっかり上げたサホは、まるでオビトがこの先に居るかのように、前方へ真っ直ぐに視線を注いで言う。

「それは一番とどう違うの?」

 一緒に居たいとか、気持ちを分けたい者は、オビトの中の誰かから選ばれる。だとしたら、選ばれるのは一番の相手だと考えるのが自然。
 言葉が違うだけで『一番』と『たった一人』はほぼ同じだ。
 答えを返すべきサホは、オレへうまく説明できないためか再び口を噤んでしまった。
 答えを待つオレと、無言のサホとで歩き続け、結局答えは得られないまま、玄関の戸の奥へ吸い込まれていくサホを見送った。



* * *



 火の国や他国で幅を利かせている武器商人の仕入れルートを探れと命を受け、ロ班の数人を連れて一人の男の監視を始めて三日。
 目標である男は、その宿で一番高い部屋へ女を連れ込んだ。随分と親しいようで、部屋に用意されている高い酒を舐めることもなく、二人はベッドへ向かう。
 情事が一旦終わると、ようやく酒や果実に手をつけ、時折くだらない話で笑っていたが、ふとしたきっかけで口喧嘩が始まった。
 諍いは次第に激しさを増し、『私が一番じゃないの』と女が狂ったように絶叫する。
 男は虎や獅子をなだめるがごとく、『お前が一番に決まっている』とひどく落ち着いた口調で返した。
 女はしばらく駄々を捏ねていたが直に絆され、最終的には再び行為にもつれ込み、絶叫は嬌声へと変わった。

「精が出ますね」

 共に動いている部下の一人がぽつりと呟いた。実にその通りだと、表に出さなかったが同意した。
 手慣れた男の様子に、あれは他にも『一番』が居るのだと察する。他の女にも同じ言葉をかけ、同じように言いくるめているのだろう。
 複数ある『一番』など有り得ない――そう考えたところで、サホとのやりとりが蘇った。


「わたしは、オビトのたった一人になりたい」


 あのときは、サホが欲しがった『たった一人』というのが、どういう意味を持つのか分からなかった。
 好いた相手から何よりも優先され、掲げられ、愛されるのなら、『一番』と同じではないかと、オレは信じて疑わなかった。
――今は痛いほど分かる。
 今のオレはあのときのサホだ。
 オビトのたった一人になりたがったサホと一緒で、オレはサホのたった一人になりたい。
 恋しく思う相手の『たった一人になりたい』というのは、『一番になりたい』と違う。
 一番というのは、二番や三番があって成り立つ。他があって、その中でより適したものを選ぶ。
 オレもサホも、そうじゃない。オレたちは、相手のすべてになりたい。
 他と比べるのではなく、他を一切合切手放して、ただ自分だけを心に留めておいてほしい。
 一番よりもずっと欲深く、狭量だ。
 自分以外を見ることも、聞くことも、触れることも疎み、他の手が伸びることすら嫌う。
 少しでも他に関心を向けることを許せない。愛情や親愛だけじゃない。憎悪も怨嗟も、自分にだけ注いでほしい。
 すべて欲しい。その者にとってのすべて。
 オレは君の、たった一人でありたい。



願うならば、唯一[ただひとつ]

20200719


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