最果てまでワルツ | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



 私の家はお花屋さん。
 お花屋さんっていうのは、たくさんの花を並べて、切ってまとめたりして、お客さんにあげるお店のこと。
 お店でお花のお仕事をするママはいつもきれいな服を着ていて、お客さんからは「じょうひん」って言われてる。ママはそう言われるたびに照れて笑うから、きっといい言葉なのよね。
 私はこの店の『かんばんむすめ』なの。『かんばんむすめ』には、お店に来るお客さんを「いらっしゃいませ」っておむかえする、大事なお仕事があるのよ。ママは私が上手におむかえできると、褒めてくれるの。


 お店にはたくさんのお客さんが来るわ。
 誰かにあげたい人。おうちに飾る人。おしごとで使う人。誰かのおみまいに行く人。あとは、『おはかまいり』に行く人。
 『おはかまいり』っていうのは、しんじゃった人に会いに行く人のことを言うんだよって、ママは言った。
 どうやって会いに行くのかって言うと、おはかの前に行けばいいって。おはかのことは知ってる。石が置いてあるのがおはか。

 おはかまいりに行く人は、元気な人もいるけど、あんまり元気がない人の方がいっぱい。
 それはね、とても大好きな人がもういないから、とっても悲しいからよってママは言うの。もういないのに会いにいくなんて、変な感じ。
 そういう人は笑っていても、ときどきスンッとかなしいものを感じるから、そういうときに私はそばに行くの。そうするとみんな私の頭を撫でて、ニコニコになるのよ。


 よく来るお客さんはたくさんいる。
 「こんにちは」って言いながら今やってきた人は、いつも頭に尻尾があって、ママが『サホチャン』って呼ぶからサホチャンって名前の人。
 私が呼ぶと「なあに」って答えてくれて、やさしく頭を撫でたり、ときどき抱っこしてくれるから大好きなの。抱っこされるとね、石鹸とお日様の匂いがして、とっても好き。
 サホチャンはほとんどいつも、同じ花をママに注文するわ。「むらさき色としろ色」のお花の束と、「あか色とおれんじ色としろ色」のお花の束。
 たまにちがう花も買うけど、一番買っていくのはそのふたつ。ずっとそれを買いにくるのよ。いっつも同じ注文をするから、ママはサホチャンが来ると、言われる前から花を選んだりもするの。
 ママがこっそり教えてくれたけど、サホチャンはおはかまいりの人で、あのお花は、大好きな人にぴったりの色を選んでるんだって。
 お花にはルールっていうのがあって、あげたらだめな色や、あげたらだめな花があるみたいなんだけど、でもママはそういうことをチクチク言ったりしないの。
 サホチャンは本当にその人が大好きで、その人にぴったりの色がいいと思ってるんだから、それでいいのよって。


 サホチャンがかえったあと。お店の前でのんびりしていたら、よく来るお客さんがまたやってきた。
 その人が誰なのか分かったから、私はあわててお店の中の、棚の後ろに逃げたわ。
 この人はさいきん一番気になってる、目だけの人。鼻も口も見えなくて、目はかたっぽしか見えない人。
 その人もおはかまいりの人なんだけど、その人はサホチャンのように色で決めたりしない。ママにぜんぶ任せて、ママはルールを守ってお花を束にするの。
 この人は私を見つけると、おいでおいでって手を動かして呼ぶんだけど、私はあんまり行きたくない。
 だってなんだか、こわいのよ。『にんむがえり』だからかなぁ。気になるけど、こわい匂いがするから、私はいつもとおくから見てるだけ。

「はい、カカシさん。お待たせしました」

 ママがお花の束を二つ作って、その人に見せた。そうそう。名前は『カカシサン』。この店に来る人は『サン』がつく人が多いの。たまにサホチャンみたいに『チャン』とか『サマ』だったりするから、みんなそういう名前が好きなのね。
 カカシサンはママが作ったお花を見て、ちょっと黙った。

「カカシさん?」
「あ、いえ」

 ママがもう一回呼ぶと、カカシサンはびっくりしたのか、声がちょっとだけ変だった。

「いつもと、色の雰囲気が違ったので」

 カカシサンのいつもの色は、どんな色だったっけ。
 考えてみたけど、カカシサンはやっぱり「はかに」としか言ってなかった。何色がいいなんて言ったことなかった。

「ああ、ごめんなさい。ついさっき、別の方にもお作りして。その注文が頭の中に残っていたみたい」

 ママは頭をぺこりと下げた。さっき来たのはサホチャン。ママが今作ったのも、サホチャンにいつもあげる花と同じもの。「むらさき色としろ色」と「あか色とおれんじ色としろ色」のお花の束。

「ついさっき、ですか」

 カカシサンはちょっと考えたあと、

「すみません。そちらは、よければどなたかに差しあげてください。代金はこれで」

そう言って、お金をおく入れものに紙のお金をおいて、お店を出ようとする。

「まあ、そんな。すぐに作り直しますから」

 ママがカカシサンを引き留めて、何度も頭を下げてる。
 もしかしたらママは、わるいことをしちゃったのかな。それでカカシサンは怒っちゃって、お花なんかいらないって思っちゃったの?
 どうしよう。ママ、ごめんなさいなのかな。私もごめんなさいしたら、カカシサンはいいよって言ってくれるかな。

「いえ。日を改めようと思いましたので。また伺います」
「そうですか……。ですが私のミスです。お代なんていただけません」
「こちらの勝手で花を無駄にしてしまいました。受け取ってください」

 もらえないってママは言ってるのに、カカシサンはもらってって言う。
 怒らせちゃったなら、カカシサンの言うとおりにしたらいいのに。もっと怒っちゃうんじゃないかな。
 棚からこっそり顔を出して、カカシサンは怒ってないかなぁって見たら、かたっぽの目はかなしそうだった。

「では代金は、次のご来店までお預かりいたします。花は我が家で飾りますので。どうぞお気遣いなく」

 カカシサンは「でしたら、そのように」って言って、何も持たずにお店を出て行った。
 ママはお外に出てカカシサンを見送って、最後に大きく頭を下げてもどってくる。
 棚からのぞいていた私に気づくと「おいで」と呼ぶので駆け寄った。私を抱っこすると、ママはぎゅうっとくっついた。

「だめね、私ったら。あの子たちのこと、分かっていたのに」

 困ったわ、って言うときと同じ声だから、ママは困っちゃったのかな。
 ママは私をゆっくり撫でる。ママの匂い、大好き。花の匂いはきつくてちょっと苦手だけど、ママと混じるととってもいい匂いなの。

「いつかまた二人で、花を持って会いに行けるかしら」

 ママは誰のこと言ってるの? もしかしたらカカシサンのことかな。あの人はどうしてお花を持って行かなかったのかしら。
――あ。奥の部屋で妹が泣いてる声が聞こえてきた。私は耳がいいからすぐ分かるの。一番いいのは鼻なんだけどね。
 ママの腕から下りて部屋へ行くと、起きたばかりのあの子がグズグズしてる。あの子はまだ小さいから、すぐに私やママに会いたくなっちゃうの。
 私はお姉ちゃんだからそばに行って、妹のお顔を舐めてあげるわ。そうすると泣き虫はすぐに笑って、私をぎゅーっとするの。ちょっと苦しいけど、妹に抱きしめられるのも、私のたいせつなお仕事なのよ。



* * *



 木ノ葉の里に花屋はいくつかあって、その中でも山中花店はよく足を向ける場所だった。
 オレが花屋に向かう理由など一つ。死者へ手向けるものを注文し、束ねてもらう。
 ある日は父へ。ある日はオビト。ある日はリン。ある日はミナト先生やクシナ先生に。
 花を買いに行くのはいつも一人だ。同じ悲しみを抱えている者はいたけれど、オレたちは共に揃って花屋で花を買い、墓へと向かうことはなかった。
――けれど今日は、隣を歩くサホがいる。

「ごめんください。お花をお願いします」

 店に着くと、サホが声をかける。応じる声が返ってきて、すぐにこの山中花店を切り盛りする女性が顔を出した。オレたちを見るなり、幽霊でも見かけたかのように目を丸くする。

「まあ。いらっしゃいませ」
「こんにちは。いつものお花を、一つずつお願いします」
「はい。紫と白と、オレンジと赤ですね」

 女店主は微笑み、店内に用意している花から、該当する色を抜いていく。花屋だからだろうか、店主もまた大輪のように華やかで、いつ見ても若々しく、立ち振る舞いも優雅だ。
 花束を作ってもらっている間、サホは店の中をきょろきょろ見回し、何かを探している。

「あの。あの子はお散歩ですか?」

 サホが店主に訊ねると、店主の表情は少し陰った。

「実は、先週末に……。私たちが起きたときには、もう」

 婉曲な言い方ではあったが、『あの子』が先週末に死んでしまったことはすぐに読み取れ、サホは驚いたのち、店主に倣うようにその顔は伏せられる。
 『あの子』は、この店で飼われていた犬だ。忍犬でない小型犬で、茶色の毛はくるくると巻いていた。

「そうだったんですか……」
「いのがひどく泣いてしまって、目を真っ赤にしてアカデミーに行ったものですから、先生にも心配をおかけしてしまいまして」
「あの子はいのちゃんにとって、姉同然でしたからね」

 「ええ、よく面倒を見てくれました」と、店主は言い、選んだ花を持って作業台へ向かう。
 『面倒を見た』というのは、姉のようだった犬の方か、それとも妹のようだった娘の方か。どちらにしても、仲が良かったことには変わらないだろう。

「あの子、とっても可愛かったなぁ。抱っこすると、ふわふわの毛が気持ちよくて、すごく愛嬌あったよね」

 作業の邪魔にならぬよう、店主から少し離れたサホがオレに同意を求めてきたが、生憎とオレはあの犬と接する機会はなかった。

「オレのところに寄ってきたことは一度もないけど」
「え? そうなの? お客さん大好き、って感じだったのに」
「パックンたちの匂いがしたからかもね」

 任務によっては契約している忍犬に手伝ってもらうこともある。他所の犬の匂いを纏わせて店を訪ねることが何度かあれば、争いになど縁遠い愛玩用の犬にとっては畏怖の対象になってもおかしくはない。
 オレも犬は好きな方だし、何度かおいでと呼びかけては見たものの、茶色の巻き毛はオレに近寄ることはなかった。黒いどんぐりのような目だけはオレに注がれてはいたが、あれは警戒心による見張りの一種だったのかもしれない。
 直接の触れ合いなどなかったが、馴染みの店の看板犬が突然いなくなったことは寂しいものだ。

「ご注文は二つでよかったかしら」

 仕事の速い店主が、完成した花束を二つ持ってオレたちに確認する。サホの注文通り、リンとオビトのための、二人を表す色の花束に感傷的な気持ちが湧いた。

「ええ。ありがとうございます」

 サホは礼を言って受け取り、両手で花束をしっかりと抱えた。事前に決めていたとおり支払いはオレが済ませる。

「すみません。これを二本。あの子に」

 提示された代金より少し多めの金を店主に渡し、すぐそばに生けられていた、八重咲きの花を二本取ってそれも差し出した。リボンの一つも巻いていないが、オレとサホからあの子へ、という意味を店主は正しく受け取ってくれて、

「お心遣いありがとうございます」

そう深く頭を垂れた。サホは店主とオレのやりとりに微笑んで礼を取る。後ろでまとめた尻尾のような髪がさらさらと揺れ動いた。
 店の出入り口から通りへと出ると、この季節特有の風が吹いて、サホは乱された前髪を整える。
 特別嫌いというわけではないが、人よりも鼻が利くオレには、花屋は少々息詰まる。開放的な外は雑多な匂いがするが、どれも拡散されて一つ一つは弱くなり、神経が休まる心地があった。

「ありがとうございました。またお待ちしております」

 わざわざ外へ出て見送る店主に会釈をし、オレとサホは墓地へと足を向ける。
 二度と叶うことはないと思っていた、花の香りを伴って歩く道は、まだ懐かしさの方が強い。そのうち、懐かしいと思っていた自分を懐かしく思えるだろうか。「きれいに作ってもらった」と笑うサホを見て、そうであればいいと願った。



並ぶいつかの子どもたち

20200613


---- | ----