あの日の話を掘り返されるのがいやで、任務に必要な最低限の会話だけしたいという意思が伝わってしまったのか、イサナの目はいつも伏せがちで、『はい』、『いいえ』、『分かりました』などの一言のみが返ってくる。
イサナの次に声をかけてきた正規部隊の中忍とも五日で終わった。『噂は本当なんですね』という言葉を残して去って行った。噂の中身は知らないが、去り際に睨んでみせるくらいなら、最初からオレと付き合おうなんて思わなければいいのに。
オレの噂はアララギさんの耳にも入っているようで、カウンセリングでの定番のやりとりを一通り終えると、走らせていたペンを止め、手を組んでオレに向き直った。
「何か他に、お話したいことは? なんでもいいです。ここでの話は、決して他言しません」
決して漏洩はしないと念を押しつつ喋ってみろと促すのは、要するに話せということだ。
彼の耳に入った噂はどんなものだろうか。すぐに付き合ってすぐに別れる最低な男だとか、恐らくそういう話か。
ならばアララギさんが知りたいのは、オレがそういう行動を取るに至った起因だ。担当カウンセラーとして気にならないはずはない。
「オレは何をやっているんでしょうか」
ぽつりと唇から落ちた声は、自分でもびっくりするくらい弱っていた。
「……それは、一体どういうことでしょう?」
アララギさんがゆったりと間を取ってから、オレの言葉の全容を探ろうとする。当然だ。いきなり『何をやっているのか』など言われても分かるわけがない。もっと正しく言葉を選ばねばと、軽く目を閉じた。
――ここ最近の自分の振る舞いは、これまでのオレの意に反していた。
『恋人』というのは一般的に考えて、その者の大事なモノ。親兄弟、親友、テンゾウにとってのユキミのような、失い難い相手の一つ。『弱点』だ。
だからオレもこれ以上、弱点になり得るものを増やさぬように、新たに縁を作ることを避けてきた。弱点にならずとも、親しい誰かを失うことは、もういやだった。
縁は細い方がいい。里の仲間や住民以上の、深い繋がりを持てば持つほど、オレはそれらを失うときに怯えなくてはならない。足を止めてしまうかもしれない。
だというのに、サホがオレを必要としていないのだと知った今は、拒んでいた色んな女を受け入れ、周囲から窘められるほどに雑に扱っている。
彼女らはもちろん里の仲間たちだ。何より守るべき里の者の一人だから、想いを寄せられても、オレのせいで被害に遭わぬよう距離を置いてきた。遠ざけることで守ってきたつもりだった。
もちろんこれからも彼女らを含めた、里の人間皆を守りたいとは思っている。
思っているのに、オレは彼女たちの心や矜持を傷つけている。縁を繋げて、仲間をぞんざいに扱っている。
「……いえ。なんでもないです」
忘れてくださいと一方的に話を終わらせたが、アララギさんはそんなつもりは一切ないようで、机の上に置いて組んでいた両手を解き、オレの方へ少し身を近づけた。
「カカシさん。以前――もうずっと前ですが、私が言ったことを覚えておられますか?」
「……すみません、いつのことでしょうか?」
終戦後から担当になって以来、彼とは七、八年の付き合いだ。数ヵ月に一度ではあるが定期的に会っているので、どの時期のことを指しているのか、多すぎて見当がつかない。
「九尾が里を襲ったあと、貴方は『彼女』が自分を恨んで許さなくても構わない、むしろその方がいいと仰った。私は、それはいずれ毒になると言いました。心や精神を蝕んで、歪みを作ってしまう可能性も伝えました」
具体的な時期や内容を教えてもらい、ようやく思い出した。そんな話をした気がする。サホと完全に決別した直後に。
今その話を持ち出すということは、アララギさんから見てオレが、恨まれることの重さに耐えきれなくなっていると指摘したいのか。
「それとは、違うと思います。オレは今でも、恨んでもらっても、許してもらわなくてもいい」
たとえオレを見てくれなくても、オレを恨み、地獄を見せることがサホの生き甲斐になっているのなら、許されなくても構わない。
今まで木ノ葉のためにと死骸を作って生きてきたオレは、数多の人間から恨みを買っている。恨まれ慣れているといってもいい。だからオレを疎む人間が一人増えようとも、何も苦しくなど。
「それは貴方が、彼女の傍に居られる理由が欲しいからだ」
力強く断言するのは、オレの胸の内をすっかり見透かしてしまっている自信の表れに思えた。
垂れた目に射貫かれ、否定することができない。逸らすことを許さないほど力を持った目のせいか、それとも反論の一つも浮かばない故なのか。
「彼女の傍に居るには、あのときの貴方にはそれしか方法が見つからないから、だから貴方は受け入れた。けれどカカシさん、貴方も知ったはずだ。人は変わるんです。産まれた赤子はいずれ歩き、学び育って大人になります。十四の子どもはいつまでも十四ではない。十四の心を向け続けるわけではない」
まったくその通りだ。人は変わる。オレも変わった。サホも変わった。
オレもサホも、もう十四の子どもではない。二十を過ぎた大人で、オレはサホに恋慕の情まで向けている。
あのときも今も、恨まれること自体に厭う気持ちはない。偽りなど一切ない本音だ。
でもオレはサホに望むようになってしまった。オレを見てほしい、オレを愛してほしいと。傍に居られるだけでいいなんていう慎み深さはとうに消えて、オレはサホにとっての、オビト以上になりたい。
けれどサホはオレを見ない。そんな満たされない穴を埋めたくて、オレだけに向けられる想いを差し出されたから嵌めてみたけれど、穴は一向に埋まらない。
この穴を埋められるのは、ただ一人の女だ。サホが空けた穴はあいつでしか埋まらない。でもあいつはオレを見ないんだ。
考えるだけで頭に一気に血が上り、すべてを引き裂きたい衝動に駆られる。守りたいのに、そんなことしたくないのに。オレの手はサホの背を焼き、ひどく詰ることしかできず、違う女に手を伸ばして落胆し、里の仲間を傷つけ続けた。
「無様ですね……」
分からないつもりでいたが、オレは自暴自棄になっていただけで、みっともない自分に気づかないよう、浅ましく逃げていただけだ。
サホを支えてやることができないという無力感や、どうやっても叶わない期待を抱き続けるのに心折れて、今まで築いてきたもの全部がどうでもよくなっただけ。どうでもいいから、彼女たちを拒むことをやめただけ。
想いを告げた相手を必要以上に傷つけぬよう、慎重に言葉を選んで断るのは苦労する。泣かせたくないと手を尽くすのは、相手を思いやっているのではなく、自分の負い目を少しでも減らすためで、結局オレはそこでも、自分本位でしかない。
その断る手間で頭と気を使うより、さっさと受け入れ流される方がずっと楽だ。それに彼女たちは『はたけカカシ』を好きだと言うし、だったら多少なりとも心が満たされるのではないかと手を伸ばしてみた。
なのにオレを好きだと言ってくれる彼女たちより、やっぱりオビトを好きなあいつを求めてしまう。数多の女たちの影に、たった一人の女を探してしまう。
大義名分になりそうな、不憫で哀れな理由などない。毒されただの、歪んだだの、そんな大層なものではない。ただ自分がバカだっただけだ。
バカだ。オビトやサホをバカにし続けていたオレが、一番バカだった。
火影直轄の暗部、ロ班の隊長という立場を使えば、委細は分からずとも、正規部隊の任務の予定期間などは把握できる。悪用は厳禁と承知の上で、オレはサホを避けるためにそれを用いている。
帰還予定まで日が長いときならあまり心配せずに自宅へ戻ることができるし、一日か二日だったとしても、短時間で用を済ませればばったり会うこともない。
だから今夜もサホがまだ帰って来ないだろうと、久方ぶりに自室のベッドで眠り、朝日を迎える前に体を起こし身支度を済ませた。
把握しているサホのスケジュールによると、任務が終わるのは今日の昼頃だ。いつもはもっと余裕を持って早めに部屋を出ていたが、大丈夫だろうと玄関から出てドアを閉め、鍵を取り出したところで後悔した。
共用通路である廊下の先に、サホが居た。その気配を間違えることはない。サホだ。
予想外の遭遇に動揺してしまい体が固まって、気づいたときにはすぐ傍まで距離を詰められていた。
サホの顔色は数ヵ月前より良くなった気がもするが、目の下のクマも痩せた輪郭も残ったままだ。まだ健康的とは言えないが、悪化はしていない。
「カカシ……」
久方ぶりに呼ばれた名に耐えきれず、サホの顔から玄関のドアへと顔を逸らした。ドアは一見汚れや傷などないように見えるが、指でなぞればあっという間に黒くなるほどに、砂埃などがうっすら張り付いている。
サホは名を呼んだきり黙った。薄暗い早朝の光はまだ弱く、世界が発する音も少なく静かだ。
「女の人と……付き合ったり別れたりしてるって……聞いたけど……」
聞き取りづらい、くぐもった声だったが、全神経をサホに傾けていたため全て拾い上げることはできた。サホもオレの噂を知っている。
「だったら何? 説教でもしてやろうかって?」
高圧的に睨んで返したのは、恐れを隠すためだ。
褒められた交際ではない自覚があり、世間的に見ても自分は女遊びを繰り返していると見なされても文句は言えない。そんな男を好く者など稀だ。
元からオレを好きではなかったサホから、もう完全に嫌われているとしたら。挿し込もうと宙に浮いたままの、鍵を持つ指の先が情けなくも震えてくるのを必死で堪えた。
「別に、あんたが誰と何しようが関係ない」
サホは眉根を寄せ、さっきのボソボソとした喋りとは一転し、はっきりと言った。吐き捨てるようにすら見えた。
そうだね。関係ないよね。オレが何しようと、お前はどうでもいいんだよな。
嫌われる心配なんていらない。嫌うほどオレに関心は持っていない。突きつけられる事実がどれも胸を切っていく。
「でもお願い。誰を抱いていても、左目だけは、開けないで」
なんて声を出すんだ。そんな声で、オビトの目で自分以外の女を映すなとオレに言える、その無神経さに反吐が出そうだ。
こいつにとってオレ自身はおまけで、『オビトの目』という価値しかない。
オレが何をしようが知ったこっちゃないが、オレは所詮『オビトの目の土台』であることを自覚しろと。
左目を抉ってしまいたい衝動に駆られて手をやるが、オビトの形見を無下にはできないと寸前で力を抑えた。
腹の底から泥濘のごとく湧くのは、鮮明な輪郭を持った怒りと嫉妬。
サホは守りたい、支えたい女だ。オレに残されたサホだけは、どんな悲しみからも庇ってやると何度も誓った。
「カカシ?」
だけどめちゃくちゃにしてやりたい。
傷つけてやりたい。
あの夜と同じように。
「そんなに独り占めしたいなら、望み通りにしてやるよ」
鍵をかけていないドアを開け、中へと鍵を放った。サホの腕を取り、軽いその身も投げて、すぐに玄関のドアを閉める。
床に倒れ込んだ体が逃げぬように、しっかりと組み敷いた。薄暗がりの中、サホの顔は焦りの色を見せたが、すぐに消え憤怒で塗り替えられる。
「どいて」
突き放し態度に、もはや苛立つことはない。すでにそういった感情の杯は満たされている。あとは溢れたものが零れていくだけだ。
「心配するな。こっちでお前は見ない」
右目を閉じるとわずかな光も覚えず真っ暗だ。ずらしている額当てを上げれば、開けていた左目がサホを捉える。
左目で見ればサホはいつも目を合わせる。オレが憎くてもどうでもよくても、餌を前にした犬が尻尾を振るみたいに、オビトの目を見せれば見つめ返す。
「お前はこれだけが欲しいんでしょ」
目だけが欲しいならくれてやる。でもオレもオビトの意志を継ぐ身だ。眼窩から外してお前の手に乗せることはできない。
だからオビトの目で抱いてやる。愛してやる。オビトが欲しいんだったら、願いを叶えてやるよ。
サホは急な展開を飲みこめないままで、ベストの留め具を外されても微動だにしない。
作ったその隙間に手を差し込めば、柔い肉に触れる。ここ最近は女の体など触り慣れているのに、これがサホのものだと思うと、まるで性の経験がない少年のように気が急く。
サホの体は一度跳ねたきり、肺の動きに合わせて胸が浮き沈むのみで、何の抵抗も見せない。
オビトの目に抱かれるならばと、身を任せているのか。腹が立つのと同じくらい、その肌に触れたいという欲求で、服の裾に手を入れた。オレの手よりも高い温度と瑞々しい感触に溺れそうになる。
吐いた息は熱く、息苦しい。指で引っかけてマスクを下ろせば、新鮮な空気が喉を通る。
人形のような顔をしたサホの首元に鼻や口を埋めた。わずかに汗が混じった女の匂いに本能が否応なしに反応する。もう止められない。
「やめて……」
すぐ傍で、小さな声が上がる。オレの肌が生温さに濡れて、それが何なのか判断するより先に押しつけていた体を起こすと、サホは涙を流していた。
朝方の薄明かりに光る筋へ指先をつけると、また新たに雫が流れ、熱に触れた。
「おねがい……」
縋る声に、体中の熱が一気に下がっていく。止められないと思ったのに、サホの涙一つで性欲はあっさりと引っ込み、ひどい後悔が背を冷やす。
腕を立てて体を起こし、壁に背を預けた。サホは無言で起き上がり、留め具が開いたベストをそのままにドアを開け出て行く。
閉まると同時に、隣から重たく騒がしい音が鳴り響き、オレは両手で顔を覆った。
どうして泣かせてしまうんだ。守りたいと、思うのに。
夜は明け、いつの間にか部屋の中は朝日で暴かれている。世界は目を覚ましている。
だけど蓋をされた箱に詰められたみたいに、オレの目にもオビトの目にも、映るのは絶望という真っ暗闇だ。
寝ても覚めても、泣くあいつの顔が浮かぶ。罪悪感と後悔で、携帯食料も喉の通りが悪い。何とか腹に押し込め体を横にして疲れを取ろうとするが、全快はできず調子はちっとも整わない。
あれ以来、誰かと付き合うのはやめた。どれだけ食い下がられても、頭を下げ頼まれても、頑として断り続けている。
サホ以外と付き合っても満たされず、結果的に彼女たちを傷つける終わり方しかできないなら、最初から受け入れてはならない。いまさらだと悔やみつつも改めて自戒した。
マンションを避けるようになった当初と同じく、平屋の家や暗部の詰め所、テンゾウの部屋に厄介になりつつ、与えられる任務をこなし、部下へ振り分け、終われば寝床に身を収める日々。『あれだけ女の匂いをさせていたのに健康的になって』と年嵩から揶揄され、睨みや苦笑い一つ返すこともできない。
かつて、里の一端に暮らすうちは一族のために作られた監視システムは、そのまま里に対してへと移行した。
薄暗い一室に一部の忍たちが詰めて、里のあちこちを切り取った画面へ目を光らせ、必要とあらば出ていく。
とはいえ、実際に見つかるのは、暗部のオレたちが駆り出されるまでもない非戦闘員による喧嘩や軽犯罪。忍の所業でない限り、それらの対応は新たに作り直された警務部隊に任せている。
監視は、悪く言えば退屈だ。起きるとも分からない事象を探り続けるのに、何時間も椅子に腰を下ろし、複数の画面へひたすらに神経を傾けるのは苦痛でもある。
それでも任務は任務。オレたちが見逃したせいで、里が危機に陥っては困る。
次のシフトを担当する部下たちが来て、これまでに得た情報などの引き継ぎを終えれば、ようやく椅子から腰を上げることができる。座り続けていた体を動かすと、関節から軽い音が鳴った。
ちょっと動くか。
ほぼ一日、部屋に体を押し込めていた。適度に動くのはいい気分転換にもなるし、日頃から動かしている体のリズムを崩すのもよくない。
同じシフトに入っていた仲間と共に暗部の詰め所へ戻り、着替えて帰宅する部下たちと別れ、暗部専用の鍛錬場へ向かった。
その途中、「隊長」と呼ばれ足を止め振り向くとイサナが立っていた。面を掛けていない表情はかたく、全身に緊張が走る。
「お話したいことが、あります」
その口からは二度と聞きたくはなかった切り出しに、無意識に顔を顰める自分がいた。
イサナと顔を合わせるのは苦痛だ。一日のどこかでふと、あの日のサホを思い出して悔やむのに、サホに似たイサナと向き合い話をするのは堪えがたいものがある。
しかし職務に関する事務的な報告や相談かもしれないと、自身に言い聞かせて頭を縦に振った。そうではないと分かってはいたが、隊長であるオレは個人の感情で部下を突っぱねてはいけない。
詰め所には会議で使用するための小部屋がいくつかある。空いている小部屋を一つ見つけ、イサナを連れて入った。
部屋は照明がついたままだった。誰かが消し忘れたか、もしくは退席しているだけでまた戻ってくるのかもしれない。室内の備品である机上には何も乗っておらず、使用した形跡は特に見当たらないので、恐らく前者だろう。
どちらにしてもすぐに出られるよう、話を早めに切り上げ済ませたいが、イサナの強張った顔を見れば、それは少々無理な話かと諦めた。
「話したいことって――」
「好きです」
問う前にイサナが言った。
二度目の告白は、告白というには語気が荒く、途中で遮られた勢いに圧されたのもあって戸惑ってしまった。
重ねた年月と共に実力もついたというのに、イサナは班に入った当初のような自信のない態度を、今でも取ることがある。
そんな姿が影も形もなくなったように、彼女の瞳から強い意思を感じ取った。
「ごめん」
想いを告げられたところで、受け入れる気は毛頭ない。
謝罪と断りを返すと、イサナはそんなことは言う前から分かっていたようで、わずかに目を細くした。
「誰ともお付き合いなされていないんですよね?」
静かな声がオレに確認を取る。事実であったため、無言で頷いた。
「誰とでもお付き合いなさっていたんですよね?」
糾弾さながらの口ぶりに、自業自得だというのに勝手に胸が痛む。それもまた事実だったが、後ろめたさから頭を縦に振ることはできなかった。
「どうして私はだめなんですか?」
ぎゅっと締まった喉は、か細い音しか通せない。まるで悲鳴だ。耳を塞ぐことは憚られ、目を閉じることでイサナから逃げた。
イサナが悪いわけじゃない。君は部下として十分な働きをしてくれている、良き木ノ葉の忍だ。
ただ君を見ていると、どうしてもあいつを思い出す。オレの左目にだけ愛を注ぐ、一途で非情なあいつを。
あいつを思い起こさせる君だから――
「隊長。私は、私です。私はイサナです。――――かすみサホさんじゃありません」
サホの名を出され、瞼は瞬時に幕を上げ、目の前の女を捉える。
今オレの前に立っているのは、イサナだ。
顔や声や性格はサホに似ているが、天地がひっくり返ろうとも彼女はサホではない。
そうだ。彼女はイサナ。
オレの部下で、後輩。
どれだけサホに似ていても、あいつを思い起こさせても、彼女は決してサホではない。
オレは、イサナになんてことを。
最初からだ。オレはイサナに出会ったときから一方的にサホを重ね、彼女自身を見ることの方がずっと少なかった。
彼女はオレと同じだ。サホはオレではなくオビトの影ばかりを見ている。そしてオレもイサナではなく、サホの影ばかりを追っていた。
自分自身を見てもらえず、心を寄せることを拒まれるのがどれだけ虚しいか知っているのに、オレは無意識とはいえ、彼女に同じことをしていた。
「……ごめん、イサナ」
胸が罪悪感で溢れかえって、喉から零れるように、言葉はぽろりと落ちた。
「君は何一つ悪くない。君にサホを重ねてしまう、オレが悪い」
決してしてはいけないことをしてしまった。
オレは本当に、本当にバカな人間だ。
後悔する道は選ばぬようにと戒めているのに、いつもどこかで誤る。
イサナが言わなければ、オレはこれから先もずっと彼女にサホを重ね続け、感傷に浸る愚かな男だったろう。
――けれど。間違いに気づいた今でも、オレは『サホに似ているイサナ』としか彼女を見れない。
オレを『オビトの目を持つカカシ』としか見ないサホと同じで、彼女を別の人間だと認識はしていても、まっさらな目で相手を見ることができない。
「ごめん……」
今までも、そしてこれからも。オレは君を、ただのイサナとして見ることは、やはりできない。
どうかこんなクズへの想いなんて捨ててくれ。君も正しい目を持って、もっといい男を愛するべきだ。例えばそう、サホみたいに。
そうやって、またオレは君にサホを重ねる、どうしようもない男なんだ。