最果てまでワルツ | ナノ
BL小説コンテスト開催中
テーマ「禁断の関係」
- ナノ -



――ガタン、ガタンと、突き上げるような振動は基本的に上下だが、時々体が横に揺れるほどの強い衝撃があり、三半規管をこれでもかと痛めつけてくる。
 強い日差しは、荷台を覆う厚い布で幾分遮られているが、こもった空気はまとわりつく暑さを孕む。
 一段、二段と落ちた暗がりの中、左側には木箱の硬さが、右側には人の柔らかさがあり、隣の彼女は昏々と眠っていた。

 里から遠い地での任務を終えた帰り。主に体力面を理由に、里への道を徒歩で進んでいた際、偶然にも木ノ葉隠れの里へ戻る予定の、積み荷を乗せた荷馬車に遭遇した。
 補給部隊だったその荷馬車には里の忍が何人もついており、オレたちが里へ帰るところだと知ると、狭いが乗っていけと言った。
 彼らがそうやって気を遣ったのは、いくら忍といえど、十代半ばの子どもらがぼろぼろの姿だったからだろう。
 今回の任務は約一ヶ月ほどかかった。前線の、比較的後方で動いていたとはいえ、十分な睡眠や食事など得られるはずはなく、水浴びも着替えもろくにできず、陽の照りや長い雨を避けることも許されなかった。そのため、負傷等はないが、とにかく見た目はくたびれた雑巾のようだ。
 歳も外見も子どもだがオレは上忍で、補給部隊の彼らへ指示を出す立場だ。それでも庇護欲みたいなものが刺激されるほどに、オレたちはひどい有様だったとしか言いようがない。
 民間人相手なら遠慮したが、同じ木ノ葉の忍ならばいいかと、仲間と共に有難く荷台に上がらせてもらった。

 幌を張った荷台には、木箱や袋がぎっしり詰まっている。
 前線への補給を終えたあと、途中で立ち寄った村や町で新たに仕入れ、それをまた里まで運ぶ。ただの運搬任務といえばそうだが、補給を断たれると前線の決壊へ繋がるし、最大拠点である里が物資不足に陥ればうまく機能しなくなる。無くてはならない重要な部隊だ。
 隙間を探して座れと促され、見つけたそこに身を落ち着けたのが少し前。
 しかし、見つけろと言われても、積み荷の隙間は少なく、幅も狭い。
 今回、共に任務に就いたのは中忍のヨシヒト、ナギサ、そしてサホで、オレを隊長としたフォーマンセルだ。
 隙間の関係で、ヨシヒトとナギサは一人ずつ狭い中に体を収めているが、オレとサホは一つの隙間に身を寄せ合って収まっている。
 一番体が大きいのはナギサ。次に大きいのがヨシヒト。オレとサホは若干オレの方が大きいが、どちらにしても年上の二人より小柄だ。
 なので一番広い隙間をオレたちが、他にあった狭い隙間二つをヨシヒトとナギサが使っている。

 いくら他より広い隙間とはいえ、二人の身を収めるには窮屈だ。体を離すことはできず、お互いの熱が混じるかのようにぴたりとくっついている。
 異性と長時間密着するのはさすがに気まずいが、サホをそういう対象として認識していないのであまり気にならない。
 そもそもオレたちは皆、疲労困憊だ。とにかく腰を下ろしてゆっくり息をつける場で、体力や気力を取り戻すことしか頭にない。積み荷が遮り、放りだした足しか見えないヨシヒトやナギサも、隣のサホのように目を閉じて寝ているだろう。
 オレもひと眠りしたいのだが、張りつめていた神経がまだ鎮まってくれない。いくら周りに仲間がついて警戒しているとしても、奇襲を受ける可能性を考えると完全に意識を落とせないでいる。


――ガタン。大きく揺れて、サホの頭はぐらりと動き、オレの右肩に乗った。さっきから乗って、離れて、乗ってを繰り返している。
 距離が近すぎてその顔は見えないが、規則的な寝息は続いている。
 サホは、今回の任務で八人ほど殺めた。九人だったかもしれない。
 数はなんでもいい。この世に一つしかないかけがえのないの命でも、取らねばこちらが取られるのだから、数字に感情を注いではいけない。
 極力戦闘を避けた上での八か九という数字をどう捉えるかは、人それぞれだろう。
 オレだったら。数はやはりどうでもよくて、サホが人を殺すことをもう厭わず、泣かなくなったことに、抱かなくともよい感傷を覚えた。

 オビトがいなくなってから、サホはより一層、終戦を目指し里へ尽くし続けている。毎日、オビトの思いを継ぐために体を酷使している。
 今回だって、足の骨にヒビが入り、腹や背には痣を作り、顔に泥や返り血を浴びた。雨にぐっしょり濡れているのに、唇はかさついて皮がめくれ、寝不足と疲労でクマを作った。
 オビトの代わりに戦争を終わらせる。オビトの代わりにリンを守る。
 遺志を継ぐ決意がサホを突き動かす。
 一途な恋心を秘めた女の子は、本能以外の一切を知らない獣のようになってしまった。
 そんな獣にしたのはオレだ。


――ガタン。ぐらりとサホの頭が揺れて、反対側の袋に頭を預けた。ぐっすり寝ていて、起きる様子はまったくない。最後にまともな睡眠を得られたのは二日ほど前だ。このまま里に着くまで、人形のように眠り続けるかもしれない。
 そっぽを向いた頬は黒ずんでいた。ついた砂塵と汚泥を払っても、完全には拭いきれず、頬どころか全身が薄汚れている。
 普段からよく『美しくあれ、手を抜くな』と小言を放つヨシヒトも、任務の半ばを過ぎる頃にはほとんど口にしなかった。
 一番後輩で、一番戦闘能力が低いサホは、今回の任務で心身ともに一番疲弊しきっている。正直、よくついてこられたなと思うほど過酷であったし、命の危機は何度もあった。
 そんな環境で小奇麗になどできるわけがない。死なずに、五体満足で帰里できるだけ御の字だ。
 十二の女の子がぼろぼろになる。それが戦争だ。

 ふと目をやった先。サホの上着の左腕が、大きく裂かれている。相手のクナイで布と共に皮膚まで斬られたため、その裂け目は変色していた。
 腕の他にもさまざまなところに穴が空き、綻び、血や土が染みこんでいる。里に戻ったら捨てるほかないからと、縫い繕うこともなくそのままだ。
 右手を伸ばして腕を取る。力は入っておらずだらんとしていて、起きる気配はない。
 付着し、酸化した血液は濃い褐色になり、すっかり染みついている。
 この腕の傷も、オレのせいだ。オレが取りこぼした敵が、サホに向けクナイを振るった。
 戦場では一番弱い者から狙われる。一番弱いからこそ狙われて、一番弱いからこそ防ぎきれず、一番傷を負った。
 オレは上忍で、隊長で、仲間を命を預かる立場なのに、何度もその命を落としてしまいそうになった。
――とてつもなく恐ろしくなって、縋るようにその腕に額当ての鉢金をつけた。
 ごめん、ごめんと、黙して謝罪を続けた。
 守ると決めた。リンを、里を、里に住まう人を。もちろんサホだって。
 だけど結局、こうしてサホは傷を負ってしまう。『一番弱いから仕方ない』と、サホは痛みを堪えて笑ったけれど、オレは仕方ないからと、サホに死んでほしくはない。
 そっと腕から額を外し、そのまま顔をずらして、マスク越しに鼻をつけた。ナギサが医療忍術で傷を塞いだとはいえ、ゆっくり治療することもできなかった。包帯の奥から、乾いた血の匂いを捉えた気がした。
 また恐ろしさが身を走って、悲鳴でも出てしまいそうで、たまらずその腕に唇を押し付け留めた。


――ガタン。荷台がまた大きく弾んだ頃。ようやく毛羽立ったような恐怖が落ち着いてきて、サホの腕から口を離した。腕を掴まれても、額や鼻や唇を押し付けられても、サホは寝息を立てて目を閉じ続けている。
 まとめている髪の束が肩に落ちて、荷台の振動と共にカタカタと揺れる。火遁の術がかすめたせいで、一部が縮れていて、指で触れてみるとごわごわとしていた。
 女の子なのに。そんな風に思うのは、忍である彼女に失礼で、戦争中の今はそぐわなくて、思慮に欠けると分かっている。
 熱で焼かれた髪をすくうように指に絡ませ、軽く引っ張って、腕と同じように唇に当てた。腕の傷の方がずっと深かったのに、硬く変形した毛の一本一本を痛々しく思う。
 そのまま、眠るサホの肩に頭を預けた。途切れない揺れが、サホの体を挟むことで若干和らぎ、心地よい振動になる。
 きつく張っていた神経が解かれていく。髪に絡めていた手が下りて、全身から力が抜け、右目の瞼が自然と閉じて、視界は完全に途切れる。

「オビト……」

 呟かれた名前に、自分の罪の深さを思い知りながら眠った。



揺れる、悔やむ、祈る

20200307
(20200219@Privatter)


【腕:恋慕 髪:思慕】

---- | ----