最果てまでワルツ | ナノ
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 まとめられていない髪の合間を縫って、見慣れない飾りが、サホの左耳できらめいた。指先ほどの、青翡翠に似た丸い珠が細い爪で固定されているそれは、どう見てもアクセサリーだ。

「山中一族の人から頼まれてるの。心伝身の術をもっと簡単に使えるように、高度忍具研究室の人たちに協力してもらって、やっとできた試作品なんだって」

 サホは、自身の耳朶を柔く噛んでいる『試作品』を指差して言った。
 心伝身の術は、山中一族の秘伝忍術の一つ。多数と思念でやりとりできるが、いくつか制限がある。他者の思念を送ることも可能だが、術者が当人に触れていなければならないし、思念を送る人数が多ければ多いほど、術者は精密なコントロールと多量なチャクラを消費してしまうため頻発できるものではない。
 しかし、サホが今身に着けているその道具のおかげで、前者はともかく、後者の問題が改善される可能性があるらしい。
 今までは術者自らが、思念を送る目当てを探す必要があったが、その耳飾りが一種のマーキングとなり、簡単にコンタクトが取れると。改良次第では、マーキングされた者から術者へ思念を送ることも決して夢物語ではないと。
 遠くの、多人数と、しかも術者から一方的にではなく術を使えない者からでもやりとりができるようになれば、便利どころの話ではない。

「そのテストをするから、協力してほしいって言われてて。もうそろそろ始まると思うんだけど」
「へえ」

 今日は珍しく、お互いの非番や休みが重なった日だ。特に何をしたいという予定は決まっていない。買い出しに行くぐらいで、あとは何かやりたいことがあればその都度調整する。常に決まった休みが取れる身ではないため、事前に計画を立てることがどうも難しい。
 だから簡単な用事を突っ込まれても、予定を狂わされた、と思うことはない。
 けれどなんとなく、他所から横槍を入れられたように感じる。
 そりゃあ予定がないならテストに協力したっていいだろう。仲間が困っているなら手を貸すことも大事だ。情けは人の為にならず。自分が協力を仰ぐ立場になることを考えたら、売れる恩は売っておくに限る。

「あ――はい。こちら四番です」

 出しっぱなしだったと、数冊の本を棚に戻そうと手に取ったところで、サホが弾かれたように頭を上げ、番号を口にする。テストが開始され、サホの下へ術者から思念が届いたようだ。

「はい、そうです。かすみサホで……ええ。どうも、こんにちは」

 名乗り、見えない相手に挨拶をする。誰も居ない空間へ礼を取る動作が少し可笑しかった。

「聞こえます。外には――聞こえていないみたいです。ちゃんとわたしの頭の中だけに――はい」

 こちらに顔を向けたので、オレには聞こえないと頭を横に振る。
 それからしばらく、サホは術者から問われるがままに答え続けた。自身のチャクラに影響はないか、体に異常は起きていないかなど、分かる範囲で返していく。
 どれくらいかかるか分からないが、そのうち終わるだろう。手持無沙汰を解消すべく、水でも飲もうとキッチンへ向かう。

「え?」

 上擦った声がして、グラスを取ろうと伸ばした手を止めてサホを見ると、何か不意をつかれたのか目を瞬かせていた。

「あ、いえ。お礼だなんてそんな、お気になさらずに」

 角が立たないようにか、笑顔を作って遠慮するが、残念ながら相手には声しか伝わらない。

「食事、ですか? いえ、ですから本当に、気を遣ってもらわなくても……あ、そういうわけじゃなくて……」

 そこには誰も居ないのにサホは両手を上げて、軽く押し返すような仕草を見せる。
 『食事』という単語にいやな予感がして視線を送り続けていると、サホは一瞬こちらを見たあと、まるでオレの目から逃れるように隣の寝室へと移動した。

「本当に結構ですから。こちらこそお世話になってるのに…………いえ、たまたま休みでしたし。えっ? あ、いえ、はい……いや、別に……」

 陽の傾きの関係で、寝室は少し暗い。薄暗い中で背を向けたまま、サホは術者との会話を続ける。相手の押しが強いのか、サホが断り下手なのか。どちらでもあるのだろう。

「わざわざ食事なんて、逆に申し訳ないです。……アイスクリーム? ええ、好きですけど……いや、だから――だから、嫌いとかじゃないんです。アイスクリームは好きですけど、本当にそんな、お気になさらずに」

 『食事』の次は『アイスクリーム』。誘いに乗らないサホ に痺れを切らして、贈ることで接触の機会でも得ようと手段を変えてきたのか。
 道具のテストという状況を利用して食事に誘うことにも、あの手この手と変えてくることに対しても気に入らないが、何より腹立たしく思えるのは、バッサリ断りきれないサホの態度。
 断る行為は心苦しいだろうが、中途半端な期待を持たせるより、はっきり拒否した方がいい。相手だって脈なしだと思えば切り替えて次にいけるのに、グダグダ引き伸ばすのはよくない。それも一種の優しさだ。
――ま、要するに何もかもが面白くない。

「だから……えっ?」

 細い左肩に手を乗せると、サホは驚いてハッとこちらを見上げた。ポカンと開いた口が、頭の中の声と目の前のオレと、どちらにも中途半端に意識を傾けている様を表しているみたいで、何とも間抜けだ。
 束ねられていない髪の、横顔にかかるそれを指でずらして耳にかけてやると、耳朶を挟む青翡翠の玉はうっすらと光っていた。心伝身の術の影響なのだろうか。
 耳から後ろへ手を動かして、前に落ちていた髪を背に下ろし、柔い髪が隠していた肌を晒す。
 普段は飾ることをほとんどしない耳や、くっきり浮かぶ顎のラインや、暗がりの中で光るように浮かぶ白い首は、術者にも、それ以外の誰にも見えない。見せたくない。見ていいのは、触れていいのはオレだけだ。

「――あっ」

 背を少し曲げて白い肌に唇を押し付けると、サホの体は軽く跳ねた。軽く開いて閉じる動作を繰り返すと、その度に軋むような声が漏れる。

「ちょっ――あ、いえ、あの、ちょっと、や」

 オレの体に手を突き力を込め逃げ出す前に、腕をその身に回してがっちり固定し、サホの首筋を啄む。温かい肌に恋しさを覚え、痕を残したい衝動に駆られはしたが、さすがにそこまでやるとサホも本気で怒るだろうから我慢した。

「ほん、と、まっ……て」

 心伝身の術者にか、オレにか――間違いなくオレだろうけれど、止めろと制する。
 止めるのなら、そっちが止めればいい。さっさと断らずに良い顔をしようとしたサホが悪い。一言で済むのに。『恋人がいますから』と。
 オレのしつこい唇から逃れようと、サホはのぞけった。顎先をついと降りたところ、日焼けをしていない皮膚は白い。その肌がピンと張ると、密やかな嗜虐心が湧く。
 差し出されたみたいだ。誘われるように無防備な喉に口付けると、サホの体はよりいっそかたく強張った。

「あ――」

 舌で撫でると、声と共に喉がごくりと鳴る。ゆっくり歯を立て、薄い皮膚を少しだけ噛んだ。

「や、――――ごめんなさい切ります!」

 火事場の馬鹿力というやつか、抑えつけていた腕が抜け出して、サホは耳朶から試作品を取って放った。

「カカシ!」
「なあに」
「なあにじゃない!」

 ぐいっと腕で押されて密着していた体が離れる。真っ赤な顔で眉を吊り上げ、睨みつけ怒るサホに対し、オレの口から出た声は我ながら呑気なもので、ますますサホの癇に障ったらしい。

「何してるの!?」
「話が長いから暇で」
「ひまっ!? 暇で!?」

 怒りでうまいこと頭が回らないらしく、ぶつけたい言葉が出てこないサホは唇をわなわなと震わせるだけだ。

「サホがとっとと断らないから長引いたんでしょ。望みもないのに気を持たせるなんて、悪趣味じゃない?」

 悪いのはオレと目を合わせておいて逃げるサホ でしょ。コソコソと隠れて、相手からの好意を維持したまま断ろうと苦心するそっちが悪い。
 責めるオレに、サホは怪訝な表情を見せたあと、「あ」と小さく声を上げた。

「そういうんじゃないよ」
「何が?」
「今話してた人は、男の人じゃなくて、女の人だよ」

 は?

「山中一族の特上で、40代くらいの女性が一人いるでしょ?」

 山中一族の、特上で、40代くらいの女性。
 急いで記憶の引き出しを開け続け、該当する人物を探し当てた。
 里に登録されている山中一族の忍の多くは男だが、女もいないわけではない。尚且つ特上で40代くらいの女性はただ一人。通信司令部に籍を置いていて、恰幅がよくお喋りで、口を閉じているところを見たことがない。

「いい人なんだけど、とにかくお礼がすごくてね。前にも似たようなことを手伝ってって言われて協力したら、お礼にって蜜柑をくれたの。ダンボール二箱も」
「二箱」

 サイズにもよるが、一箱でも相当な量が入っている。それが二箱。想像すると口の中が酸っぱくなってきた。

「他の人はお餅を5キロとか、大きな樽に入った漬物とか……とにかく、くれる量がすごいみたいなの。悪気があるわけじゃないし、協力してもらったからお礼がしたいっていう気持ちしかないのは分かるんだけど、さすがにね……。食事に行こうってなると、お礼だからって高い店に連れて行こうとするし、とにかくこっちが申し訳なくなるから……」

 説明されればされるほど、なるほどねと納得せざるを得ない。
 悪気がないと分かっているからこそ、無碍に拒むのは躊躇いはあるだろう。
 けれど高い店で奢られる居た堪れなさは避けたいし、冷凍室を占領しかねない量のアイスクリームを贈られるのも困る。

「それは……断りづらいね」
「でしょ?」

 もしオレがサホと同じ立場だったなら、似たようなやりとりをしないと言い切れない。
 気の置けない親しい相手であればはっきり断るし、こちらの頼みでチャラにしてもらう交渉だってできる。しかし職務上、今後も関わりはあるがさほどくだけた間柄でもない相手には、そんな振る舞いはできない。

「他に言うことは?」

 腕を組んだサホが冷えた目を向ける。背筋がひやりと濡れた気がして、ここは誤魔化したりとぼけては絶対にいけないと本能で悟った。

「……ごめん」

 勝手に思い込んであんなことをしたのは事実だ。
 心伝身の術者はどう思っただろうか。何かいい方向に勘違いしてくれていると助かるが、あの山中一族の女性はむしろ悪い方向に舵を切って話を膨らませそうだ。そう考えるとサホに頭を下げるどころか土下座せねばならないのではと思えてくる。どうしてあの年代の女の人って、一を十にして色をつけて高々と講談するのか。怖い。
 サホはしばらく唇をへの字にして黙っていたが、一度強めに息を吐くと、ふいっと顔を横に向けた。
 飾りがなくなり裸になった耳と、加減したつもりだったがほんのり赤い痕がついた肌に目が囚われる。

「もう……二度としないって言うなら、許してあげる」
「それは無理」

 驚いて顔を正面に戻す前に、サホの背中や腰に再び腕を回し、首元に顔を埋める。温い熱で暖を取るように唇で肌の上を滑り、じゅっ、と音を立てると、サホが悲鳴にも似た声を上げた。二度としないっていうのは無理だねどーも。



躾けられない牙

20200307
(20200213@Privatter)


【首筋:執着 喉:欲求】

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