最果てまでワルツ | ナノ
話題のバーチャルSNSアプリ
バチャスペ
- ナノ -



 『暗殺戦術特殊部隊』という名の通り、暗部は暗殺任務を請け負う。
 暗殺のやり方はいくつかあれど、死体を回収するか否かで作戦は大きく変わる。
 回収の場合はオレの雷切を用いるが、回収が困難な場合、または初めからしない場合は使用できない。回収しない目的の多くが、他者の仕業と見せかけるためであり、独特の痕跡を残してしまう雷切は使えないからだ。
 他者に擦り付けるのにちょうどいい武器は、やはり刀などの刃物だ。刃物であれば忍以外でも扱うし、包丁の類は一般家庭にもある。
 無論、刀と包丁であれば傷の形状は異なるが、暗部に配給される刀は特別な物ではなく、市場に流通している刀とさほど大差ない。
 包丁ではなかろうが何だろうが、『木ノ葉隠れの里の暗部の仕業』と断定するのが難しければよい。


 今日もまた暗殺任務だ。回収なので、オレの雷切で一気に仕留めてさっさと持ち帰りたいが、毎回上手くいくわけではない。雷切は相手の体を貫き致命的なダメージを与えられるが、発する音と光は『隠密』から程遠い。
 だから暗殺には決して向く術ではないが、闇や深閑に紛れる必要がない場においては、一突きで事を成せる雷切は重宝している。
 回収の任務へ向かう前に顔を出すのは、オビトの前にだけだ。今から雷切で命を奪いに行くというのに、雷切で死なせてしまったリンの前に、のこのこと顔を出す気にはならない。
 演習場は誰も使用しておらず、人目を気にしなくて済むと、面を掛けた暗部姿のまま慰霊碑へ足を進めれば、目に入るは先客が一人。見慣れた背に歩を止めることはなく、石碑の前に立つサホの横に並んだ。
 額当てをつけ木ノ葉のベストを羽織った姿から、任務があったか、今からか、もしくは非番かのどれかであることは察せられた。
 少し前に切って短くなった髪も、見ない間に伸びた。背も少し伸びたかもしれないが、サホよりもオレの方が伸びた長さが勝るので、むしろ小さくなったようにも思えた。

 昔はそんなに差もなかったのに。

 十になる前からサホとは顔を合わせていたが、出会った当初は変わらないくらいか、サホの方がわずかに大きかった。それから少しずつ差が開いて、今では見下ろすまでに遠くなった。
 十七にもなると、オレたちの体はほぼ大人に近くなっている。季節が巡って、去年の服を着てみれば丈が短く、子どもの頃には付きにくかった筋肉が身に張りついたためか、幅も余裕がなく動きづらい。父は背が高かった覚えがあるので、まだ背丈は伸びるかもしれない。
 慰霊碑の前には、丸い包みが一つ置かれていた。手のひらに乗るくらいの大きさで、正確な種類は分からないが菓子の類だろう。

「オビトが親しかった、おばあちゃんから頼まれたの。オビトにあげてって」

 オレの視線を辿り考えを察したのか、サホは淡々と言った。
 木ノ葉に住まうほとんどの老人が、オビトと親しかったと言っても過言ではない。オビトを通じて、その老人たちとサホが見知った仲になるのもおかしな話ではなく、サホの説明には何ら不自然な点はない。

「そう」

 人望の数を見える形で表すとしたら、オビトの場合はポケットの中を探れば分かった。
 オビトのポケットにはいつも、飴だの干菓子だのが突っ込まれていたが、あれは全て老人たちからの貰い物だと言っていた。
 外から見てもその形が浮き出るほどパンパンに詰めていたときがあって、さすがに動きづらく任務に支障がでるので嵩を減らそうと、その場でオレたちも食べることになったときは、呆れて怒る気にもなれなかった。
 オビトが広げた菓子は甘い物ばかりで、食べたのはほとんどオビトとリン、そしてミナト先生だった。
 上忍師からして平和ボケしていると、甘みのない酢昆布を口にしながら三人を少し疎ましく思ったあのときの自分は、今振り返れば幸せの只中に居たのだと、言葉数の少ないサホの横に立ち思い知らされる。

「カカシ」

 不意に呼ばれ、心臓が跳ねた。名を呼ばれるのはいつぶりだろうか。
 抑揚のない『カカシ』が幻聴ではないかと、そっと顔を隣へ向ければ、待ち構えていたようにサホもこちらを向いていた。
 また鼓動が大きく鳴る。面を掛けているので、オレの表情など知られようがないのが幸いだった。自分でもどんな顔をしているのか分からないが、きっとみっともないだろうから。

「目、見せて」

 目。目、ね。
 分かってる。サホはオレ自身に用なんてない。サホにとってオレは、オビトの目を嵌めた人間だ。名を呼ぶのも声をかけるのも、全部オビトの目を見たいからだ。
 見せないという選択肢はない。サホが望むのならいくらでも。目を譲ってもらったときから、そう決めている。
 面を外し、閉じていた左目を開ける。サホが唇を引き締め、息を呑んだ。オビトの目に囚われたサホを前にしたオレは、ただの土台や置き物の役を黙って担うだけ。

「夢に、オビトが出てきた」

 視線は目に、言葉はオレに、話題はオビト。
 目の置き物に語りかけるには正しくあるが、生憎とオレは完全な置き物にはなれないので思案する。
 サホの夢にオビトが出てくることは何ら不思議ではない。心にも頭にもいつもオビトが居るのだから。

「写輪眼が開眼できたって、言うの。でもリンの方ばかり見て、わたしの方をちっとも向いてくれなかった」

 サホの表情が強張る。手が上がって、左目の方へと引き寄せられていくが、一度ぴたりと止まった。
 触れたいのであれば好きにしてくれていい。構わないと、動かないことで許諾の意を示すと、サホの右手はゆっくりと動き、目の下に指先が触れる。
 いつも嵌めているグローブの、ごわごわとした硬い質感が、静かに肌を撫でていく。

「夢の中でくらい、わたしを見てくれたっていいのに」

 か細い声は、泣き始める予兆のようにも思えたが、サホの目に涙の影はなかった。
 自分の夢すらも儘ならない、そんな理不尽とも言い切れないサホの言葉に、腹の底から湧くものがあった。

 お前だって、オレを見ないくせに。

 苛立ちのようなものに気づくが、そんなこと今更だ。
 ずっと、ずっとそうだった。
 サホと出会ったときから、サホはオビトしか見ていない。真摯にあいつを見つめる、その横顔だけしか見ることができなかった。
 ふと気づけばその横顔に目が向くことが多くなった。オビトを一途に想う横顔は、愛しいという汚れないものだけではなく、妬み嫉みを纏い、[まなじり]から雫を落として、何故か分からないけれど、どうしようもなく視線が外せなかった。
 あの視線の先に立つのは、どんな気分なのだろうか。
 時々考えたが、眼差しに焼かれているはずのオビトは、サホの気持ちに塵一つも気づきもせず、そのくせサホの心も視線も根こそぎ奪っていくだけだった。
 オビトが死んでサホはオレに顔を向けるが、それはやはりオビトに会いたいからで、オレを見ているわけじゃない。この眼差しも触れる手の優しさも、全部オビトのためのものだ。
 オレはもうサホの友人でも、仲間ですらない。オビトの目の置き物にしか過ぎない。
 傍から、遠くから、横顔ばかり見ていたときの方がよっぽどよかった。オレに顔を向けるのはオビトに会いたいときか、あるいは――

「死んだら許さない」

――こうして、許さないと恨むときだけだ。
 だとしても、このときだけは、オビトじゃなくてオレを見てくれている。
 クズで、仲間殺しで、約束を守れない、弱いオレに、生きて欲しいと乞うてくれるこのときだけは。

「許さないから」

 言って、サホの手が離れていく。慰霊碑に背を向け、人気のない演習場から去って行った。
 一つにまとめた揺れる髪は、いつか見たときと同じく、陽の光できらめく糸のように美しい。オレにはにかんでみせる、垢抜けない素朴だった彼女はもういなくなっていた。
 オレはサホに何をしてやれるのだろう。許してほしいなどと泣き事を言わず、死なずに生きることしか思いつかない。それだってサホが望んだからできることで、オレ自身は何も見つけられていない。
 もっと、何かできれば。
 そうしたらサホは、オレも見てくれるかもしれない。
 『田んぼの案山子』としてじゃなく、再び友としてサホの隣に立つことができるかもしれない。



 まだ少し夏の暑さが残る頃、オレの家に訪ね人があった。
 基本的に我が家にご近所付き合いなどない。父が存命だった頃は多少なりともあったような思い出もあるが、忍という職業柄、忍ではない人たちと密な付き合いを重ねることが難しい。また、お隣さんというやつも離れているので、接触する機会も少ない。
 誰だと警戒しながら玄関の戸の向こうの気配を探ると、危険ではあるが安全な奴だとすぐに分かった。あちらから名乗ってくれた。

「カカシ! オレだ! お前の永遠のライバルにして至高の友、マイト・ガイだ!」
「はいはい」

 鍵のかかっていない戸を開くと、暑苦しい顔の男が立っていた。
 大なり小なり、人は成長していくに従って、面影は残すもののかなり変わっていく。
 しかしガイは多少顔つきが大人になり、体格がたくましくなったくらいで、個性的な髪型も全身緑色のスタイルも昔から変わらない。

「よお、カカシ!」
「何か用?」
「用があるから来たに決まっているだろう」
「ま、ね」

 ガイが家に姿を現すことに関して、いい記憶がないのでついそっけなくしてしまう。いつの間にか家に入り込んで天井に張り付いていたり、湯船の中で待ち構えていたり、窓から覗き込まれれば、無意識に警戒するのは仕方ないと思う。

「渡したい物があってお前を捜していたんだが、三代目から、今なら家に居るだろうと伺ってな」
「ああ、そうなの」

 まともな用件であったことに安堵すると共に、わざわざ三代目に訊ねるほどのことなのかと、若干構えるオレを気に留めることもなく、ガイは手にしていた封筒をオレに突き出した。

「さあ受け取れカカシ!」

 言われるがまま受け取る。封筒は白く、リボンのイラストが印字されている。贈呈用のかしこまったそれをひっくり返し、開け口を少し上げて中を確認すると、『図書券』の文字が見えた。

「図書券……?」
「お前、もうすぐ誕生日だろう?」
「誕生日……」

 記憶を探れば、なるほどそろそろオレの誕生日だ。九月のこの時期に産まれ、過ぎれば一つ歳を重ねるという意味を持つだけでしかないが。

「オレからの誕生日プレゼントだ!」
「わざわざこれをくれるために?」
「明日から砂の方へ向かうからな。しばらく帰らないから、今日しか渡せる日がなかった。よく本を読んでいるから、お前にピッタリだと思って選んだんだ。フッフッフッ、ナイスなセンスなチョイスだろう!?」
「へえ。確かに、有難いよ。どうもね」

 本屋にはよく通うし、今でも興味のあるものを買っては暇なときに読んでいる。図書券なら確実に使う機会がある。
 ガイにしてはなかなか気の利いたプレゼントだと感心したが、どうやら本当は筋肉増強セットだの自作のライバル勝負券だのを贈ろうとして、紅たちに止められ、最終的に図書券に落ち着いたらしい。やっぱりそういうことか。

「でもなんでまた急に?」
「永遠のライバルが誕生した日は、オレにとっても大事な日だと気づいてな!」

 男であるガイにそういうことを言われても気味が悪いと、思ってしまうのはこの場合ひどいだろうか。



 深夜から続いた任務は昼前に終わり、報告や着替えを済ませて里を歩く頃には昼時はすっかり過ぎ、飲食店は遅めの休憩のためどこも閉まっていた。
 何か食材を調達し、家で軽く作って食べるかと商店街に足を向けると、馴染みの本屋が目に入った。
 ガイから貰った図書券のことを思い出し、何か良い本があれば買って行こうと店に入る。店主は入店したオレを一瞥しただけで、すぐに手元の台帳との睨めっこを再開した。店主の老爺は必要がなければ客に声をかけず、会計のやりとりも最低限で、そこが気楽で通っている。
 どの棚にどのジャンルの本が収まっているかは把握しているが、何となく本を探しに来ただけなので、これといって目的の物はない。
 一通り棚を回るか、と本の背表紙をなぞるように見ていく。

 誕生日のプレゼントなんて久しぶりだったな。

 ずっと幼い頃は父が祝ってくれた。忍の父らしく、手裏剣やクナイを与えられたが、一番好きだった贈り物は、父がオレに新しい術を教えてくれる時間だった。
 父が亡くなってからは、リンやサホ、ミナト先生が祝ってくれた。オビトはいやいや付き合っただけではあるが、オレもオビトの誕生祝は仕方なく付き合ったのでおあいこだ。
 サホたちが贈ってくれるのは、いつも決まって本だった。しかもサホやリンが選んだのではなく、決めあぐねる二人に付き合う時間をさっさと切り上げたいと、オビトがパッと選んだ本。でも毎回興味が引かれる面白いもので、それが妙に気に食わなかった。
 オビトたちがいなくなってからは、誰からも祝われたことはない。毎年オレに『おめでとう』と言ってくれていたサホは、オレの誕生日などもう忘れているかもしれない。
 オレは今でもサホの誕生日を忘れてはいないが、贈る言葉や物を用意しても、もう受け取ってもらえるはずもない。
 あの頃は当然のように続くと思っていた時間は二度と取り返すことはできず、サホとの距離も開いていくばかりだ。
 他愛のない話をして、誕生日を祝い合って、笑い合った日々は、本当にあったのかさえ疑わしくなるほど遠い話になった。
 そんな風に昔を懐かしんでいると、興味を引かれる名を見つけた。

「自来也様……?」

 背表紙の下部には『自来也』と縦書きで印字されている。
 『自来也』と言えば、木ノ葉だけでなく、どの里に置いてもあの三忍の自来也様のことを指す。筆名として借りた他人かもしれないが、自来也様の名を借りる恐れ知らずなどまずいないだろう。

 そういえば昔。

 一度だけお会いしたことがあった。妊娠中のクシナ先生の護衛任務で、酒を片手に屋根に上がって来られて、話をした。父のことや、サホのこと。言葉をかけられ、心に留めていたが、時と共に薄らいでいた。

 もっと知りたければ本を読め、とか言っていたっけ。

 背表紙の頭に指を引っかけ、表紙を見た。『イチャイチャパラダイス』。どういうタイトルだ。いつもオレが買う本は、大体漢字が多い。肩っ苦しく熱量の低いものばかりで、このようなスキップでもしそうな題名の本はとんと手に取ったことがない。

 ま、自来也様の本だし。

 些か不安はあるが、三忍の自来也様の本だ。得られる物はあるはず。
 そう自分を説得させて、オレンジ色の上巻一冊を手に取って店主が腰を据える会計台に置くと、店主はちらりと本を見て、オレを見た。

「お前さん、歳は?」
「は?」
「歳だ。いくつだ?」

 会計以外のやりとりを交わすことなど初めてだ。眼鏡の奥の目は、オレを見定めるように鋭い。

「十八、ですけど」

 しゃがれた老爺の声に追い立てられるように、重ねたばかりの歳を口にした。
 店主はオレの答えを聞くと、

「はいよ」

と返し、本の値段を読み上げ、平たい紙袋に包んだ。ガイから貰った図書券と、釣りが出ないため端数分を小銭で払い、品を受け取って店を出る。
 次は食材の調達だと、八百屋や魚屋が独特の調子で声を上げている通りへと足を向けた。


 何年も通いながら一度としてあんな質問をされたことがなかったのに、本屋の店主の態度は一体何だったのかと不思議だったが、家に着いて買ったばかりの食材で昼食を作り、一息ついて本を取り出し、よく見たところでやっと気づいた。

「これ、十八禁……」

 込み上げてくる羞恥心で全身の熱が上がる。なるほど。店主が年齢を確認したのは当然だ。子どもの頃から通っていた客が十八禁の本を買うとなれば、そりゃあ一応年齢を訊ねるだろう。
 あの店にもう行く気がしない。しかしあの本屋は、他所の店では取り扱っていない、珍しい本が揃っている。通わないという選択肢も取りたくない。
 ともあれ、気を取り直し、自来也様の本を開いた。十八禁とあって、中身は官能小説だった。

 本当にこの本で、何か分かるんだろうか。

 濃厚な男女の絡みを辿り、不安と気恥ずかしさに堪えながら読み進めた。



 上巻を読み終えたのは、それから二時間半ほど。読み終えるとオレはすぐに家を出て、再びあの本屋に戻った。中巻と下巻を残りの図書券で購入し帰宅。中巻、下巻を休みなく読み終えた頃には、すでに家の周りには夜の帳が下りていた。

「これは……名作だ」

 下巻を閉じ、オレはしみじみと口にした。
 ざっくり説明すれば、主役である男女二人が、様々な障害や失意、嫉妬や誤解などを積み、体を重ねていく官能小説だ。
 たかが官能小説。されど官能小説。性という、表に出しにくい人間の本能を高尚かつ大胆に綴り、生き生きとした感情が文字の本流となって、読み手の心をグッと掴んで放り投げ、時には母の御手のように包み、頁を捲る指が止められなかった。
 ストーリーの面白さはもちろんではあったが、オレが何より注目したのは、主役の二人――ではなく、彼らの仕事仲間という立ち位置にある、脇役の一組の男女だ。
 昔の男を忘れられない女と、その昔の男の友人であり、女の傍に居る男。
 どうしても、サホと自分を投影してしまい、主役の二人の行方も気にはなったが、それ以上に脇で同時進行する彼らの行く先にハラハラとさせられた。
 結局下巻まで読んでも、二人の仲ははっきりとした形にはならなかったが、終盤で二人の仲は悪くない関係なのだと察せられる一文があった。
 女の傍に居る男は飄々とした性格で、口が上手くなかなか本心は見せない。そのせいで女には男の上辺しか伝わらず、真意が届かないために不興を買い続けている。
 しかし、一見軽薄そうで締りがない男からは、女の憂いや抱える重荷を共に背負う確かな覚悟や、泣き明かす夜より真昼の下で笑う日々を与えてやりたいという強い意思が読み取れた。


「あの子の抱えるもの、抱えきれないもの、全部分かってやれ」


「女を一つ泣かせたなら二つ笑わせる。それが男という生き物だ」



 屋根の上で、自来也様がオレに言い聞かせた言葉。それを体現したような男が、本の中で女の隣を歩いていた。
 そうだ。オレは、オレだけは、サホのことを分かってやらなければ。
 たくさん泣かせた分だけ、たくさん笑わせなければ。
 あのときもそう誓ったんだ。覚えていたつもりなのに、すっかり忘れていた。

 この男のように生きてみれば、オレとサホの関係も変われるだろうか。

 下巻の最後で、女は昔の男を忘れられないにしても、男に屈託なく笑みを向けるまでに、二人の距離は縮まった。それは男が女を最後まで傍で見守り続けたからだ。
 所詮、物語は物語だ。現実がそう上手くはいかないことは分かっている。淡すぎる期待ではあったが、それでも脇役の二人はオレの一つの光明となった。
 オレはイチャパラを何度も読み返した。この男の生き様を辿るべく、幾度も頁を捲った。
 この男のようになれれば。そうすれば。きっと。きっと。



 暗部に新しい顔が一つ増えた。以前遭遇した木遁使いの、キノエことテンゾウだ。
 『テンゾウ』という新しい名は、ダンゾウ様がまとめる『根』からこちらへ移る際にオレが付けた。正確には『テンゾウ』の正式な名付け親はとある少女なのだが、そこのところは皆に教えなくてもいいだろう。
 木遁使いと言う特異な存在は当然ながら目を引く。三代目からも他の暗部と馴染めるよう、面倒を見てやってくれと頼まれているのもあり、オレが隊長を務めるロ班に入れ、傍に置くようにした。
 テンゾウの真面目な性格と十四と言う若さが幸いしてか、弟分のような感覚でロ班の仲間は好意的に受け入れ、そこをとっかかりに暗部の皆とも打ち解け、テンゾウはすんなりと新たな居場所を得た。

 ロ班の新参者であるテンゾウは、隊長であるオレの傍に置くことが多い。
 大蛇丸がまたよからぬ実験で作り出していないのであれば、木遁使いはテンゾウただ一人だ。尾獣の封印を可能とする貴重な木遁をおいそれと失うわけにはいかない。目の付くところに居てくれるのが一番だ。
 今回は雲隠れの里で諜報活動を続けている仲間からの定期報告を受け取るべく、事前に決めていた場所へ、オレとテンゾウを入れた四人で向かった。
 必要最低限の接触で手早く巻物を受け取り、急いで里へと戻る。仲間が決死の覚悟で集めた情報だ。必ず三代目へ届けなければならない。
 木ノ葉の里へは問題なく帰還でき、任務は完遂された。緊張から解かれたオレたちは詰め所に戻り、ようやく一息つくことができた。

「隊長、お先に失礼します」
「お疲れ」

 共に任務に就いていた内の二人が、身支度を整え更衣室を出て行く。残ったのはオレとテンゾウ。他に更衣室を使う者は居ないため、オレとテンゾウの衣擦れの音が響くだけだ。

「あの、カカシ先輩」

 手甲などの装備を外しただけのテンゾウがオレに声をかける。根からロ班に移った頃から、テンゾウは周りに倣ってか、オレを先輩と呼ぶようになった。

「なに?」
「その……カカシ先輩のその写輪眼は、大事な方から頂いたものですよね?」

 おそるおそるといった体で、猫のような目がこちらの顔を窺いつつ問うた。

「ああ。形見だよ」

 訊ねるテンゾウは、この目がどうしてオレの目になったのか分かっているはずで、問いは問いではなくただの確認ではあったが、事実は変わらないので肯定した。顔色を気にしているのは、かつてダンゾウ様の命で写輪眼を奪うため、オレを手にかけようとした過去があるからだろう。

「じゃあ……あの人とは一体、どういう関係なんですか?」
「あの人?」
「カカシ先輩が、形見だとまで言うその写輪眼を見せていた、あの女性です」

 思いもよらない言葉に、ロッカーに伸ばしかけていた手を止めた。
 テンゾウが指す女性というのは、まず間違いなくサホだ。
 オビトから譲り受けた当初は、写輪眼を見せてほしいと請う者はサホ以外にも居た。うちはの者やオビトと親しかった者、興味本位の者も。
 けれど時と共に頼みに来る者は減り、今では左目を見せるのはサホくらいだ。
 一体どこで見ていたのか。ダンゾウ様から指示を受け、オレを監視していたときだろうか。オレとサホが顔を合わせるとしたら慰霊碑や墓地くらいなもので、どちらも拓けた場所だ。遠くからでも容易に観察できるだろう。
 どういう関係かと訊かれても。それはこちらも知りたい答えだ。昔は親しかったが、今はその欠片も名残りもない。

「別に……ただの同期で、仲間だよ」

 友人とはもう呼べる関係ではないから、強いて挙げるなら『同期』だろう。下忍になった時期は違うが、アカデミーからの同期で、事実には変わりない。
 背を向けているためテンゾウの表情は分からないが、あの猫のような目がオレに視線を注いでいるのは肌で感じ取れる。納得していないのだろう。

 オレだって。

 当人であるオレですら、『ただの同期』という説明は腑に落ちない。
 ただの同期は恨んだり恨まれたりしない。ただの同期は相手のために生きようとしない。
 ただの同期に向けるには過ぎた感情を持ち合わせいるのに、肩書きは『ただの同期』以外に名乗れない。
 変な関係だという自覚はあって、だからこそサホとのことを他人に触れられ、知られたくはなかった。男女のただならぬ仲は、憶測を立てて勝手に解釈されやすい。これ以上サホとの関係に波風を立てないためにも、放っておいてほしい。
 オレが黙々と身支度を進める間も、テンゾウは着替えつつも、何かしら物言いたげにオレに視線を送り続けたが、全て無視しテンゾウを置いて更衣室を出た。
 本当のところはどうかなんて、そんなのオレが一番知りたい――と、もうすでに出ているのにまだ他の答えが欲しいのは、間違いなく現状の答えに満足していない証拠だろう。
 アカデミーの同期。友達。親友。信頼できる仲間。一番弟子と師。生き残り。恨み、恨まれる者。
 かつての、今の、肩書き以上に欲するものが何なのか。冷めた理性が探るのをやめろと押し込んで潰した。



 カウンセリングの日。オレは慣れた場所でアララギさんと向かい合っている。
 終戦から数年も経つと、精神面の綻びは整ってきたようで、リンの夢を見る回数も減った。
 しかし『罪を決して忘れるな』と言い聞かせるように、時折オレに胸を貫かれるリンが現れ、その度に魘されて起きることは変わりないが、それでもアララギさんから見てもオレの状態は良くなってきたらしい。

「最近は、彼女のお話はしないんですね」

 『何かあれば』と問われたので、特にありませんと返すと、アララギさんは組んでいた手を外して言った。
 オレの日常は、カウンセリングが始まって数年経った今でも特に変わりない。暗部の詰め所と家の往復。
 任務に関わることや、箝口令に引っかかることを口にはできないので、何の変哲もない日々のことしか話せないのだから、報告するようなことはない。
 唯一、『彼女』であるサホの話は、むしろアララギさんにしか話せなかったが、それも話す気にはなれなくなっていた。

「特に、何もありませんから」

 嘘だ。話したいことは山ほどある。今ここで思うままに喋って、この胸に巣食うような、泥濘とした感情をなくしたくて仕方ない。
 けれど、オレはアララギさんと話していく内にいつも気づくのだ。自分の知らない、自分の本音に。
 それは時に便利であり、都合がよかった。乱れていた思考が整理できて、わだかまりの類に頭を使うこともなくなり、仕事に集中できる。
 だが今は、気づきたくない。感情の名前を知りたくない。知ってしまったら、どうなるのか分からない。
 話してはいけない。だから話すことはない。
 アララギさんも口を閉じ、室内は窓の外から聞こえてくるわずかな音だけが支配した。

「では、また次回」

 書類の嵩が増したファイルを閉じ、アララギさんが席を立つ。オレも続いて腰を上げ、アララギさんに見送られながら部屋を出た。

「カカシさん」

 呼び止められたので振り返ると、垂れた目と合う。

「変わることは、決して悪いことじゃないんですよ」



 カウンセリングが終わったあと、暗部の詰め所で着替え、里の中を回った。ロ班は隊長であるオレがカウンセリングのため一時抜けなければならなかったので、今日は里内の見回りを担当している。
 仲間と落ち合うべく、オレが作った警備ルートを辿る。数人はすんなり見つけることができたが、一人だけ見当たらない者が居た。

「テンゾウは『気になる者がいるので自分がマークする』と、一人向かってしまいました」
「どうして追わなかった。最低でも二人一組が原則だろう」
「戻ってきた隊長と組むと言ってきかなくて……」

 ため息をつく仲間に、お前よりオレの方がよっぽどため息をつきたい、と思ってしまう。
 オレがまとめるロ班は、オレと同い年や、あまり歳の差がない者が多い。隊長を務められるようになるにはある程度の年齢も必要で、そうなると暗部入りして経験や実績を積んだ四、五年以上がほとんどだ。オレは暗部入りが若かったこともあり、歳の割には随分と早く隊長になった。
 他の班の隊長はオレより年上ばかりで、年齢差がはっきりしているためか、上下関係がきっちりしている。明確な差があまりないうちの班は、どうにも上司や部下などという関係を築きにくい。まとめきれているとはいえない現状を考えると、その辺はもう少しきっちりしなければ。

「仕方ない。オレはテンゾウを捜して合流する。お前たちは引き続き、警備を続けてくれ」
「了解」

 改めて指示を出し、テンゾウを捜すべくその場を発った。
 テンゾウの言う『気になる者』が何なのか見当がつかない。もし重要かつ危険な相手であれば、テンゾウは間違いなく仲間に話し、規則通りに共に追ったはずだ。
 あいつを信じていないわけではないが、元は根に居たことを踏まえると、もしやまたダンゾウ様に密命でも受けているのかと、嫌な考えが頭を過ぎってしまう。
 手っ取り早くパックンを呼び出して捜してもらうか。思い始めた辺りで、里の大通りから少し離れたところ、建物の屋上に二つの人影を見つけた。もしやと目を凝らせば、一人はテンゾウ。そしてもう一人は――

「――サホ?」

 遠目からでも、見慣れた姿はほとんど間違えることはない。サホだ。
 そのサホに、テンゾウは詰め寄っている。背を向けたサホの肩を持って、無理に引き留めている。チャクラを練って瞬身の術を使い、その腕を掴んだ。

「テンゾウ」

 オレよりも頭一つ分低い二つの顔が、驚いてこちらを向く。テンゾウは面を掛けており、素顔のサホは目を見開いている。二人とも突然割り込んだオレに言葉を失くした。

「テンゾウ。サホに何してる」

 どうして関わりがないはずのサホの肩を掴んでいるのか。説明しろと、促す声は我ながらひどく険を含んでいた。

「ボクは、その……」

 たじろぐテンゾウは、話したくないのか、動揺して言葉が出てこないのか、開いた口を濁して止まった。言えないとばかりに俯くテンゾウに、ふつふつと苛立ちが込み上がり、腕を掴む手に自然と力が入る。

「あんたのことを知りたくて、あんたと同期のわたしに、たまたま声をかけてきただけ」

 テンゾウとは逆の方から声が上がり、そちらを向くと、サホの肩が少し跳ねた。オレとテンゾウに何度か視線を往復させたあと、

「もっと構ってあげれば?」

と、オレからもテンゾウからも目を逸らし、投げるように言った。
 構ってやれって。仮にもテンゾウは暗部だ。オレの後輩で部下だ。

「……十四の男に向ける台詞じゃないね」

 テンゾウを十にも満たない幼子のように捉えるサホに、急に間の抜けた気分になり、手に入れいていた力を抜いてテンゾウの腕を放した。解放されたテンゾウは、オレたちから一歩体を引いて、サホに向き直ると深々と頭を下げる。

「あの。すみませんでした」
「……いいよ。次からは気をつけて」
「はい」

 謝罪するテンゾウをサホは受け入れ、すぐに背を向けると、忍らしく屋根や電柱などを伝って去って行った。
 完全にサホの姿が見えなくなったところで、「テンゾウ」と名を呼ぶと、

「すみません。どうしても気になってしまって、接触するつもりはありませんでしたが、バレてしまいました。すみません、暗部のくせに」

固く引きつったような声で、さきほどのサホに下げたときよりも、もっと深く頭を垂れる。心底反省している姿を見ると、これ以上ねちねちと怒る気にはなれなかった。

「……あいつに迷惑かけないで」

 それでもここで何か言っておかないと、と思い巡らせ口から出たのは、これ以上サホとの溝が深くならないよう、放っておいてくれという個人的な希望という辺りが、自分でも情けない。
 面を掛けて、尚且つマスクで顔はほとんど見えないはずだが、テンゾウの大きな目がそれでもオレを見透かしそうで、少し顔を背けた。

「サホと何の話をした?」
「話、というほどではないですけど……先輩とどういう関係なのか、どうして先輩は写輪眼を見せるのか、くらいです」
「結構がっつり訊いてるじゃない……」

 そんなに話してません、といった様子だが、大分踏み込んだことを訊ねたのか、こいつ。生真面目な奴だし、礼儀などは弁えてはいるが、出会った頃から割と思い込んだら一直線、最短距離な奴ではあった。『やんわり』だとか、そういう曖昧にぼかす必要性を教えた方がいいのかもしれない。

「気が済んだ?」
「……正直なところ、まだです。あの人も先輩を『ただの同期』と言っていました」

 暗に、もうサホに関わるなという意味を込めて、形だけ問うたつもりだった。他の仲間であれば、これで気が済んだよな、もういいよな、とオレが肯定を促しているのだと気づくだろうが、テンゾウはまだ十四と若く、特殊な環境で育ったためか、言外に含まれるものに気づきはしない。
 サホもオレを『ただの同期』と称するのか。いざあちらもオレのことを『ただの同期』扱いしているとなると何となく思うところはあるが、分かっていたことだと感情は押し込めた。

「だから言ってるでしょ。オレたちはただの同期なの」
「でも答えがぴったり揃うなんて、逆に不自然じゃないですか?」
「そんなこと言われてもね」

 事情聴取する中で、打ち合わせしたかのようにまったく同じことを言っていると逆に怪しいというのはよくある話だ。
 しかし、お互いをどう思っているかを端的に表した関係にまで言及されたら、何を言ったところで揚げ足を取られ続けるだけでキリがない。

「左目を見せる理由も、『仲間を守るために写輪眼を使うんでしょ』と濁されましたし」

 不服そうなテンゾウの言葉を、咀嚼するように何度も頭の中で繰り返す。
 サホの考えを理解し、嚥下するように脳の深いところへ送り込むと、隠している口元が緩むのが自分でも分かった。
 嬉しいだとか微笑ましいなどという感情ではない。自嘲だ。

「濁してないよ。そのままの意味だ」

 正確な答えだと告げるが、テンゾウはやはり意味不明だと訴えるかのように、猫の面をオレに向ける。

「お前も十四なら、もう分かるでしょ」

 オレは十四の頃に、この世で最も一途で、かつ残酷な女を知った。
 左目だけになってしまった想い人を決して忘れず、嵌められた土台の人権など無視して、恋い慕う男や自分のために生きろと強いたひどい女を。
 あの無慈悲の根源は、結局は行き場を失った真摯な愛だ。オビトを愛していたから、サホには今の現実は苦しいものでしかない。
 だからオレは左目を見せる。サホとオビトを繋いで、少しでもあいつの心を守るために。
 この世で一番薄情な女は、この世で一番愛情深い女でもある。矛盾めいた事実をオレは齢十四で悟ったのだから、テンゾウとてできないわけではないだろう。

「分かりません。分からないから、知りたいです」

 きっぱりと否定し、はっきりと望む。あまりにも堂々と言われると、やはり毒気を抜かれて、だめだと制する気にもなれなかった。
 サホに迷惑をかけるなと釘は刺している。いくら部下とはいえ、オレにテンゾウの行動を厳しく縛るのも違う気がする。木ノ葉の『根』という地下から、ようやく陽射しを臨める地上へと出てきた後輩の境遇と思うと、自由に行動させてやりたいという感情もある。
 可否を返さず、「仕事するよ」とだけ投げて警備ルートへ戻った。



17 ひたむきな呪い

20191013


Prev | Next