早いもので引っ越してきて、既に1ヶ月が過ぎようとしていた。
一応、進学は決まっているが特にやることもなく、東京に友達が居るわけでもないため勉強をするのが日課になっていた。
朝起きて、支度を済ませるとゴミを出してからコンビニでバイトをし、辺りが暗くなり始めた夕方頃に帰宅。少し勉強をしてから夕食作りにとりかかり、テレビを見ながらゆっくり平らげ片付ける。
それから勉強したりテレビを見たりして時間を潰し入浴後に、また勉強。0時に就寝。
こんな生活が繰り返されていた。
「‥つまんない」
ぽろりと出た本音に小さくため息を溢してから、勉強を中断し携帯を開くと画面に表示された時間を見て起き上がる。
夕食を作るべくエプロンを身に付けると、携帯の着信音が部屋に響いた。
RRRRRR‥
「はい、」
「あっ、名字か?」
「そうですけど、どなた様ですか」
「マカオだよ、マカオ!」
「店長!‥どうしたんですか!?」
まさかバイト先の店長だとは、思いもしなかったため驚いてどうしたのかと問いかける。
「今から入れねえか?入ってた姉ちゃんが休養でこれなくなっちまってよ。人足りねーんだわ」
「大丈夫ですよ!今から行きますね」
どうせ暇だからと承諾し、コートを羽織り荷物を持って部屋を飛び出した。
「悪いな、名字。バイト代はちゃんと入れとくからな」
「暇なんで大丈夫です。ありがとうございます」
ロッカーにコートをしまい、代わりに制服を取り出して上に羽織るとそのままレジに着いた。
再びバイトに出てきて1時間程経つと、隣人がお店に顔を出した。
「ここでバイトしてるんだ」
優しそうな笑みを浮かべて話しかけてきたのは、田中さんだった。
「はい!田中さんは、これから夕食ですか?」
「そうなんだ。お恥ずかしいが、時間がなくて弁当だがね」
「しょうがないですよ。でも、お体には気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう。あと、この間はありがとうね。息子もおいしいおいしいって喜んでたよ」
「あんなもの!田中さんの肉じゃがには敵いませんよ」
「いやぁ、本当に美味しかったよ」
「‥ありがとうございます。1260円になります」
田中さんにタッパを返すついでに、シチューをお返しにあげたのだが、喜んでもらえたようでよかった。
「じゃあ、また」
人の良さそうな笑顔で手を振られ、振り返す。その笑顔は四十代とは思えないほど幼くみえた。
端から見たら、ただの中年男だが私はその笑顔がとても好きだった。父親のようにみえるからかもしれない。
辺りはすっかり暗くなり、時計の針が10時ちょうどを指す頃。
「名字ー。そろそろ上がっていいぞー」
「はーい!」
夕食には遅いがお腹も空いているために何か買ってから帰ろうと考えていると、レジの前に男性が顔を出した。
「名前ちゃーん」
ロキさんだ。雑誌を片手に笑顔を向けられ、何となく苦笑いを返す。
この人は苦手だ。いつもホストみたいな格好をしてるし、髪もツンツンだし。女をとっかえひっかえしてそう。
「420円になります」
「ありがとう。こんな時間までバイト?帰り道には気を付けてね」
「ありがとうございます」
はじめて会った日のことを思い出す。私が部屋に入るまで見守ってくれていた優しさは、素直に嬉しいが‥人間として好きなタイプではない。
制服を脱いでコートに着替えると、マカオ店長が袋に入ったお弁当を差し出してくれた。
「今日は助かった。また頼むな」
「はいっ!」
袋を受け取り、笑顔でバイト先を飛び出すと空は真っ暗だがお店の明かりで辺りは輝いていた。
田舎育ちの私には珍しい光景で胸が踊ってしまう。ここからアパートまでは10分位だがゆっくり帰ろうと歩き出す。
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