頂いた肉じゃがと炊いたご飯だけを平らげ、親戚の大家さんにもらった小さめのテレビを見ていると‥隣の部屋から大音量の音楽が私の部屋に響いた。
私の部屋は2つの部屋に挟まれていて、今音楽を響かせている迷惑なお隣さんは先程、肉じゃがを頂いた田中さんの部屋ではなく、20代辺りの男性の部屋だ。
文句を言ってやろうと部屋から飛び出し隣の部屋の扉をノックする。
中からは喋り声が聞こえる。どうやら、部屋に友達を招いてドンチャン騒ぎしているようだ。
もう一度、ノックをすると男性が慌てた様子で扉を開いた。
「あ、すいません!うるさいですよね。ナツ、グレイ音量下げて!」
困ったように笑顔を見せた男性は部屋にいる友人に注意するような口調で告げた。
挨拶回りをしたときとは、違う男性だ。
「あの‥先程、挨拶に伺ったんですけど」
「ああ!君が隣に越してきた子か。さっきはね、友達に留守番してもらってたんだよ。ナツー!」
ナツと呼ばれた友達が「なんだよ」と、面倒臭そうに顔を出した。その人は先程、挨拶をした桜色の髪をした人だ。
ナツさんは私に気付いたのか、ふにゃっと笑顔を見せると、私が手土産に渡したクッキーを頬張った。
「ありがとなー!」
「あっ、いえ‥」
とても感じのいい人だ。ああいう人に悪い人は絶対いないと思う。まだ20年も生きていない私でも、それくらいは分かる。
そんなことを考えていると、黒髪の男が顔を出した。‥しかもパンツ一丁で。
目を反らすように俯くが、顔に熱が集まるのが分かった。幼い頃から父親はいなかったし、兄弟も姉だけ。それなりの恋愛経験はあるが男性の身体を生で見たことはなっかた。
「誰だ、その女。ロキの女か?」
「違うよ。それよりグレイ、服」
「‥またやっちまった!!」
またってことは、脱ぎ癖があるのだろうか。それに無自覚だったようだし‥かなり変わった人だ。
「ごめんね、ビックリしたでしょ。悪気はないから許してあげてね」
「はぁ、」
ビックリ所じゃないが、取り敢えず返事をすると、目の前に手が差し出された。
驚いて顔を上げると笑顔のロキさんと目が合った。
「僕はロキ。大学2年の二十歳でここには一人で暮らしてる。さっきの人たちは高校時代の友人で久しぶりに3人で呑んでたんだけど、迷惑かけたみたいで悪かったね。これからは気を付けるよ」
「いえ‥、音楽の音量を下げていただければ良かったので」
「気を付けるよ。君の名前は?」
「あ、私は高校3年生の名字名前と言います。よろしくお願いします」
「あははっ!そんなにかしこまらないでよ。年も近いんだし。よろしくね」
「はいっ!」
お辞儀をして部屋に戻ろうとすると声をかけられた。
「あ、ちょっと待って」
「‥‥‥」
扉を開けたまま中に入っていったロキさんを待っていると、林檎を持って戻ってきた。
「お近付きの印に」
「ありがとうございますっ」
「じゃあね」
林檎を握りながら再び頭を下げて、自分の部屋の扉を開けると変わらぬ視線があって、もう一度頭を下げて部屋に戻った。
なんで、ずっと私が部屋に入るまで見ていたのか考えながら林檎の皮を剥く。
食べやすい大きさに切り揃えて一口頬張ると、謎が溶けた。
「私が危なくないようにかな」
優しい気遣いと、口に広がる林檎の甘みに自然と頬が緩んだ。
挨拶
(はじめまして、お嬢さん)
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