ど田舎の母子家庭で育った私は、看護士になるため東京の専門学校に進学を決めた。高校で上位の成績を常にキープしていたため、担任の先生に強く大学進学を薦められたが、私の家にそんな余裕があるはずもなく‥。結果的に専門学校に推薦で合格が決まった。

元々、看護師ではなく薬剤師を目指していた私にとって、この決断は決して納得のいくものではなかったものの‥家庭の事情上、仕方のないことだ。薬剤師になるためには6年生の大学に通う必要があり、卒業するまでの学費は軽く一千万はかかる。あきらめる他なかった。

だから、我儘を言って憧れていた東京に上京する道を選んだ。学校に通いながらアルバイトをして生活費を稼ぎ、親戚の管理するアパートの家賃を払う。学費は5歳年上の姉と母が協力して払ってくれる。

夢は叶わなくても、憧れの東京に上京出来ただけで嬉しかった。

11月の中旬、他の生徒より一足先に進路が決まり受験モードのクラスにいるのに耐えられなかった私は、母と話し合い早めに上京することが決まった。
日頃から真面目に学校に通っていたため、学校に出なくても卒業に支障はない。


そして、遂に今日。念願の東京に越してきた。母と電車に揺られて辿り着いた東京は、私にとって未知の世界だった。
今日からここで、一人暮らしていくのに不安がないと言ったら嘘になるが不安よりも楽しみの方が勝っていた。

少ない荷物を整理した後、母と挨拶回りに出かけた。4階建てのアパートは新しいわけではないが、とても綺麗だ。1つの階に部屋は4つで、私の暮らす2階には男性の1人暮らしの部屋が2つに、父子家庭の暮らす部屋が1つ。
どの方も親切そうで一安心だ。

挨拶回りを終えると、母は足早に実家に帰って行った。それを見送り、階段を上がっていくと‥男の人が1人、私の部屋の前に立っていた。


「あの‥」

声を掛けると、男性が振り返る。その男性は先程挨拶をした父子家庭の父親だった。

「あ、先程はどうも。よかったら‥これ、どうぞ」

差し出されたのは、タッパで。

「あの、これは‥」

「私が作った、肉じゃがです。お口に合うか分かりませんが‥。どうぞ」

断るのは、悪いし。今日は疲れたため自分で料理する気になれないと思い、有り難く頂くことにした。

「すいません‥。ありがとうございます」

差し出されたタッパを受け取る。温かい温度が伝わり、自然と笑顔になるのが分かった。

「女性の1人暮らしは大変でしょう。気を付けてくださいね」

「はい!‥色々、ありがとうございます」

頭を下げてお礼を言うと、男性は小太りの身体を少し傾けて隣の部屋に帰っていった。
私も、もう一度お辞儀をして部屋に戻った。







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