放課後の教室に臨也が居なかった。

「あいつ…」


ひとつ、何の連絡もよこさなかったことに腹が立つ。
ふたつ、一応少しだけ心配してみる。(それをおくびにも出さないっていうのがポイントだ)
みっつ、これから始まるであろうわがままに備えて対策を少し練ってみる。


結論、俺はコンビニによって帰ることを決めた。


とまあ、これがいつものパターンだ。




妹たちはあっけらかんとしている。特別臨也を心配するようなそぶりを見せたりはしない。実際に妹たちが何を思っているかは、俺には測れない。
それでも、臨也がそれをよしとしているのは良く知っていた。兄の威厳だとかなんだとか。妹たちがそこまで計らって行動しているのかどうかというのは分からない。
あいつらには、10つも年下のくせに、計り知れないところが多分にある。
打って変わって幽は心配性だ。
むかし、俺たちがもっともっと小さい頃は、よく臨也を心配して泣き出したりしていた。それがいつからか些か度が過ぎるくらい穏やかだにふるまうようになった。それが何によるものかは分からないが(悲しいことに俺のせいもあるのだろう)一番は妹が出来たからではないかと俺は勝手に推測している。
今では、心中ではとても心配していることはさておき、自分に出来ることを弁えて行動している姿がとてもよくうかがえる。
(少なくとも臨也よりは圧倒的に)妹を思って行動できる良くできた兄になったものだ。肝心の妹たちがあんななので報われているのかはよく分からないが、まあとにかく幽と妹たちはとても仲が良い。幽の面倒見が良いだけではなく、妹たちは幽が大好きなのだ。


玄関の少し重い扉を開く。
奥のほうできゃらきゃらと笑う妹の声がちょうど響いた。
誰もこの扉が開いたことには気づいていないらしい。


靴を脱ぐ。すぐそこの、リビングの手前にある二階へと続く階段を見上げた。
物音はしない。臨也は寝ているのだろうか。


ひとまずリビングへと足を進めた。
今日も相変わらず幽が双子の相手をしているようだ。

幽がそれを楽しいんでいるかはさておき、幽が相手をしていてくれれば妹は大人しいのでとりあえず助かる。

リビングでは能天気に親が新聞に挟まっている広告を吟味していた。俺が吹き抜けたキッチンでごそごそしようと何ら気に止まらないらしい。
臨也なら、大丈夫だと言っていたとのことだ。
九瑠璃と舞流は確実にこの人のこういうところの血を受け継いでるよなあなんて、俺は一人勝手に納得してしまう。
何事もなく遊んでいるクルリとマイルをよそに、幽はやっぱり気が気じゃないようだった。ちらりと顔をあげた、その表情が、一見普段と何ら変わりない無表情なのだが、俺には分かる、とても心配そうな視線を含んでいる。俺もそれに目で答えた。

さて、かわいい弟の頼みまでついたことだし、姫のご機嫌取りに伺うとするか。


来た道を引き返し、もう一度階段を見上げる。
扉一枚向こう側のリビングの、直接に日が差す暖かさとは違って、少しひんやりしていた。
窓のない階段の先は薄暗くて見えにくい。

相変わらず上からは物音が聞こえないままだった。



足を踏むたびに階段の床板が少しだけ沈む感じがする。それに合わせてする軋む音が好きだとか、臨也が前に言っていたのを思い出した。


上がりきるとすぐ手前には幽の部屋と妹たちの部屋が、奥には俺の部屋と臨也の部屋が、それぞれ向かいになって並んでいる。

ひとまず自分の部屋に荷物を置いて、さっきコンビニで調達してきた物を右手に、下で用意してきたものを左手に、臨也の部屋に乗り込むとする。静かにドアをひくとベッドに、きょとんとした臨也が居た。

「なんだ、シズちゃんかよ」

「何だって何だよ」

「べーつに」

臨也は起こした身体をまたゆっくりと布団に沈めていった。

「そんなことより、突っ立ってるなら早くポカリ買ってきてよ」

「買ってきたぞ」

「…水でうすめないと飲みたくないんだけど」

「ほら水も」

「コップ」

「はい」

「ストロー」

「ほら」

「……シズちゃんもちょっとは分かってきたじゃん」

何度もパシられてればそりゃ覚える。
まあよかった。今回は臨也のわがままを何とか全てクリア出来たらしい。



「ちゃんと水とポカリは1対2だよ」

「分かってるって」


臨也お気に入りの特製ポカリを用意してやるとやっと満足げに飲みだした。


「はあ、シズちゃん」

「ん?」

「シズちゃんシズちゃん」

「何だよ」

「ん」


不機嫌そうに飲みかけのコップを突き出してくる、のはコップが邪魔だからでは無い。


「臨也」


降伏させるには一言で充分だ。

呼べばこちらに埋もれるように倒れてくる。

「お前相当熱いぞ」

「あっそ」

「実はけっこうしんどいんだろ」


絶対に自分からは言わないので促せば、掴まれていた俺の制服のシャツがくしゃりとゆがんだ。胸に顔を埋めたままその顔が上げられることはしばらくなかった。

浅い呼吸を繰り返す薄い背中に手をまわす。伝わる異常な熱。抱き寄せればてのひらに頭がぴたりと納まった。
生まれて来る前はこことここが繋がっていたんだろうか、なんて馬鹿みたいな事を考えるけど、実際どうだったかはもう解らない。

この熱を半分にして、分け合えたら良かったのに、今じゃもう何も分かてない。



それならばせめて、こいつが眠りにつくまではこうして側にいよう。心に決めて、俺もつむじに顔を埋めゆっくり瞼を落とした。





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やっぱり兄弟っていいですね!
臨也がしずちゃんにだけは甘えるんだったら可愛いなとか



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