教室移動って地味に面倒だ。
特に夏は、まず暑い。冷房の恩恵にあずかっていた身にはつらい湿度と熱気に包まれるのは、幾ら五分足らずとはいえ決して心地よくない。
そして、そう、五分足らずで決められた教室に移動しなくてはならない。けっこうてきぱきと動かないと遂行できない学生の任務なのだ、とか言ってみたり。



気づいた時にはもう遅いってね、急に立ち上がったから?急に寒いところから暑いところに行ったから?知らないけどさ、視界はぐらぐらだ。


授業中なんとなく嫌な感じがしてて、だから俺は次の最後のホームルーム(小学生風に言えば帰りの会、だろうか、)とにかくそれは、さぼるって言ったのに、俺を無理矢理連れ出した張本人二人はなんだか知らないけど話に夢中で俺を置いてきぼりにしてるのにも気づかない。

まあいいけど。もうそのまま気づかず教室へ、いや、むしろ家まで帰ってしまえ!


壁に右側をもたれてみると、意外と冷たくて気持ち良い。

はーあ、今日は帰ったらすぐ寝よう。
夕飯つくるの面倒くさいな。妹たちに何も食べさせない訳にはいけないんだけど。もう冷食とかでいっか。いや出前にしようか。とにかく俺はいらないや。


「あれ臨也は?」
「あれ?」

やっとかよ!
二人が今更きょろきょろして、振り返って、やっとこっちに気づく。シズちゃんはキョトンと新羅はむかつく顔をしていた。むかつく。ああシズちゃんは可愛い。



それにしてもやんなっちゃうね。

くらくらする、息が浅くしか出来なくて、吐き気がする、立ってられない、目の前が、黒くなる。

ああ、最悪だ。

















話からふと意識を戻すと臨也が見当たらない。
あれ?と辺りを見渡すと臨也はいつの間にか十メートルくらい後ろで立ち止まっていた。

「臨也のやつ何やってんだ?」

新羅が微かに眉をひそめるような感じがして、もしかして、って嫌な予感がして、いちおう様子をうかがおうとした瞬間、

「臨也!?」

かくんと膝が折れて臨也が崩れていた。それから一向に起き上がる気配もない。なんだ?なんなんだ?

俺が息を呑むのと同時に新羅が大きく息をついた。



慌てて駆け寄る。臨也は真っ白な顔で目をつむりピクリとも動かない。呼んでも揺すっても反応が、無い。
頭が真っ白になる。どうしよう?どうなってるんだ?

「おい、臨也?ふざけてんのか?」

「静雄、ちょっとあんまり揺らさないで」

新羅に手を掴まれて我に返る。何やってんだ俺、そうだよな、ひとまず安静にしなくちゃなのに。
動揺しっぱなしの俺とは裏腹で、新羅は心底面倒くさそうに、臨也のネクタイを緩め始めた?…え?なにしてんだ?ちょ、釦外すなし…!

「新羅!」
「なに?」
「いや、何やってんだ!」
「ゆるめてるだけだから、圧迫しないように、それより、こいつちょっと保健室まで運んでくれる?」
「え?あ、」
「大丈夫だから」
「…おお」


新羅に言われると、そんな気がしてくるから、また悔しい。
手伝ってもらいながら臨也を背負う。如何せん本人に意識がないから気を抜くとおとしてしまいそうだ。

立ち上がった瞬間、本当に背負っているか不安になった。
軽い、軽すぎる。

無理矢理こちらに力無く回された腕を、普段まじまじとみることなんてなくて、でも今は目に入るわけで、それが信じられないほど細くて、なんていうか、ぐろぐろとした感情で胸がいっぱいになる。
こんなんで俺と喧嘩とかしてんのか?
歩く度の振動でぷら、ぷら、身体が上下するから落っことさないように慎重に歩く。









「ん…」
「いざや、眼ぇ覚めたか」
「……しんら」
「え?」
「新羅呼んで」
「え、あ、ああ」

カーテンの向こう側から漏れ聞こえる会話に思わず溜め息がこぼれそうになる。
臨也、もう少し考えて喋ってくれないかな。静雄を逆撫でして、僕への嫌がらせかな?少しの間を置いて静雄が現れる。その間が怖いよ、静雄。


「おい、新羅」
「なに」
「臨也が呼んでる」
「えー」
「…………」

「…、静雄はちょっとこっちで待ってて」
「…ん」


しょうがないので臨也のもとに向かう。(静雄をこれ以上刺激したくないって意味でだ。)臨也は何がって、僕に対する認識のほとんどが便利なやつってのがムカつく。まだそれを隠そうともしないから許せるようなものだ。

「ばーかばーか」
「うるさいなあ」
「無理をするのは勝手だけどさ、人に迷惑かけるなよ」
「新羅には言われたくない」
「俺はそんなことした覚えないね」まったく、言いがかりもいいところだ。


「貧血?」
「んー、たぶん」

特に目立った体調不良はないようだ。本当にただの貧血か。

「もっとちょっとどうにかならなかったの?」
「えー」
「どうせろくに食べてなかったんでしょ」
「労りがたりなくないかな」
「自業自得だね」
「ひどいなぁ新羅は」

本当にいつでも口だけは達者だ。
ぶつぶつ文句を言うくせに、手元を確認もせず僕の差し出した薬を飲み込んでいく。今度試しに毒薬でも渡してみようか。


「ちゃんと寝てるの?」
「…うん」
「あっそ」

あからさまな嘘には干渉しないのが一番ってね。


もともと調子が悪かったから、なにか仕様があっただろうに。本当に自業自得だ。

まあ良い。そろそろ静雄の視線が痛いから、退散させてもらおう。


「俺担任に話してくるから、あと荷物も取ってくるから、帰れるようにしておいて」

まったく、世話が焼けるね。

「ちゃんと話すんだよ」



半ば当て付け気味に言えば静雄は、言わずもがな、顔を歪めた。

本当に単純。





教室では既にホームルームが終っていて生徒も半分くらいになっていた。普通生徒が揃わない状態でホームルームが始まることなどあり得ないのだが、静雄や臨也が絡めば話は別だった。


教室に入った瞬間ざわざわとした雰囲気が心なし薄まり、さわさわと視線を感じる。

簡潔に事情を伝えると担任は興味もなさそうに、そのくせ嫌悪感を隠さずに、事を流した。

その態度に自分が少しだけど、苛ついていることが余計に腹立たしい。


三人分の鞄をまとめてさっさと階段を降りる。保健室は階段を降りた直ぐそこだ。

どうしようか一瞬考えて、そっとドアをひく。二人は気づかない。「…なんか言ってよ」
「…っ」
「しずちゃん」
「…いざ、や」
「…泣かないの」
「いざや、いざや」
「もう、しょうがないね」
「っ、」
「しずちゃんは俺がいなきゃ駄目なんだね」
「なっ、」
「ねえ、駄目なんでしょう?」
「いざや、」
「ふふふ、いいよ、しずちゃんせいぜいがんばって俺のそばに居なよ」
「お前なあ…」
「心配した?」
「…っ、別に、」
「そっかそっか」

あっ…、
カーテン越しに影と影が重なって離れる。
まったく、二人とも変な所で大胆というか、無防備というか、不用心というか。


意地悪そうに笑ういかにも臨也らし顔と、何も考えずに泣きながら笑う静雄の顔が容易に想像できる。


何だか色んなことがどうでも良くなってしまった。



(しょうがない、)


「臨也、静雄、帰るよ!」

大声と一緒にカーテンを開いた。










___
こ、これ静臨…?
いわゆる脳貧血にしてみました…がっつり貧血はまたいずれ^^…色々とごめんなさい!(特に新羅がry)
水玉さま、返品はお気軽にどうぞ^^
相談にまで乗ってまで頂いて本当に感謝です!素敵なリクエストありがとうございました!



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