※静(→←)臨




喧嘩をして、けがをしました。
そうすると、たいていはシズちゃんのお家で手当てをしてもらって帰ります。
意外と仲良しでしょ?なんてそんな甘いものでもありません。
あっちは大事になるのが面倒なだけしょう。俺だって特に意味を見いだしているわけではないしね。
俺たちはまあ、だいぶ長い間そんな関係なわけです。


そんなわけで、シズちゃんの家からの帰り道、空にはどんよりと厚い雲、念のため持ってけってシズちゃんが差し出してくれた傘を、心配性だなあって、(本当は家にそれ一本しかなさそうだったからね)、断ったんだけど、今はちょっとだけ後悔しています。


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「シズちゃんには言わないでね」

あまりに的外れな雇い主の発言に波江は少なからず驚かされる。
自身にメリットのないそんな行為を波江がするはずはないのだ。それをわざわざ口に出してしまうのは明らかな臨也の失態だ。
 
 この人でも人並みには弱ると頭回らないのね。

まあそんな瑣末なことは波江にとってどうでもよかった。今彼女の思考の大半を占めるのは不意に訪れた三日間の休暇をいかに弟で過ごすかだ。


「…言わないわよ。じゃあお大事に、こっちは一週間くらい寝込んでもらっても構わないわよ」
「…はいはい」

回らない頭で臨也は思考する。
 
 だめだ。動けない。だるい。
我ながらすごい、もはや才能の域だなあ。

臨也が静雄の家を出てからすぐ雨が降り出した。
雨に数分降られただけなのに、しっかり風邪をひいた。帰ってすぐに風呂に入って、あったかくして寝たのに、翌朝目が覚めると熱は確実に上昇していた。
それでも初めは何とか仕事をしていたのだが効率が悪い、どころか墓穴を掘りかねないという状況で、三日間の休業を今さっき宣言したところだ。その間の仕事は今さっき波江がキャンセルの連絡を済ませたところだった。てきぱきと仕事こなして波江は上機嫌に帰っていった。

 さて、これからどうしよう。

熱に浮かされた頭では思考が止まる。

 だるいし、気持ち悪いし、着替えなきゃ、だけど、動けな、い

臨也は服もそのままソファの上で蹲り浅い眠りにおちた。




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誰かいる…シズちゃん?

何でシズちゃんがここに………、って夢か。

シズちゃんがここにいる訳ない。

夢にまでみるなんて、俺も重症だな。

「大丈夫か臨也?」

心配そうな声。おでこにやさしくふれる静ちゃんの手が、つめたくて気持いい。あのシズちゃんが、俺にやさしい。

いい夢だなあ。

現実でのシズちゃんは絶対にこうはしてくれない。
だって俺がそう仕向けてるんだもん。当たり前だ。シズちゃんに弱みを見せちゃだめだ。
きっとそんなことしたら、俺たちの関係は終わってしまう。
高校からの付き合いだから、さすがにシズちゃんだって、俺がそれほど丈夫じゃないことくらいは知ってるけど、だからってシズちゃんは遠慮してこない。それは遠慮する必要はないって認識されているわけで、だからシズちゃんが俺に、気を使うようにでもなってしまったら、それで、喧嘩をしなくなったら…?
そう思うと、なんにも出来なくなる。

頭で考える前に俺の口はまた、大丈夫大丈夫、なんて動いてる。
でも、本当は、そうじゃない。俺は出来ないだけで、本当は、

夢の中でくらい、いいの、かなあ



「…シズちゃん」
「ん?」

「あのね、本当は、しんどい」
「…うん」

「気持ち悪くて、吐きそうだし、頭痛くて、だるいし、おれ平熱だって低いから普通の人よりしんどいんだよ」
「うん」

「こじらせたらね、心臓にもよくないしね、肺炎にもなるしね、大変なんだよ」
「そっか」

ずっと、ずっと、俺の中にくすぶっていた言葉が抜け落ちる感覚に、俺は意味もなく泣きそうになる。
今ならいい、何を言ったって、どんな顔を見せたって無かったことになるんだ。

「いい子だな」

シズちゃんがぎゅーってしてくれる。ほっとして力がぬけてく。

「それからね、こわいん、だ」

「具合がわるくなると、いつもそうだよ、何回だって、慣れないんだよ」

「シズちゃんがいなくなっちゃ、う…」


本当にシズちゃんがこうしてくれるならよかったのに。でもそれじゃあきっと俺たちは出会えもしなかったよね。


 ずっと夢がつづけばいいのに

意識が、遠のく。




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やわらかい。あったかい。
目をさますと、臨也は布団の中だった。

 あれ…?しかも俺、きがえてる…?なんだ?

覚醒しきらない頭では分からない。臨也が半ば混乱状態で呆然としていると、寝室の扉が開いた。

「…シズちゃん?」

 なんで、何でここにいるの…?

「お、目ぇさめたか」
「なんで…」
「なんでって…覚えてないのか」
「覚えてるって何を…」
「なにをって…、まあいいや」

風邪のせいか、はたまた寝起きだからか、掠れた声の臨也に、静雄の鼓動は無意識に逸る。

 覚えてないって、どこまでだ?

なんとも複雑そうな顔の静雄に臨也は困惑する。


沈黙だった。それでも家の音がした。加湿器の低音、人が呼吸をする音。
その沈黙を静雄は決して嫌なものだとは感じなかったが、その沈黙を破ったのもやはり静雄だった。

「俺は言われたことしか分かんねえんだよ」
「へ?」
「だから勘違いしてたっつうか…」
「なにが…?」

歯切れの悪い静雄に臨也はいらつく。

 まさか、まさか、

ぼんやりと曖昧ではあるが夢の記憶が掠める。

 うそ、嫌だ、止めてくれ

「だから、よ、…甘えたいときは、甘えろよ」
「な、に言ってんの…?」
「だからさ、」
「意味分かんない、俺大丈夫だし、帰ってよ…っ」

 やだ、やだ、何も聞きたくない

「ほら、そう言われたらそんな気がするんだよ」
「だからそれでいいんだって…!」

困惑する臨也を静雄は抱きしめた、さっき夢でしたのと同じに。

「臨也…、」


 夢の中くらい素直になれよ

「っ!最っ悪!ふざっ、」
あまりに勢いよく喉を震わせたせいで咳が出る。
「んな叫ぶなって」
「っだ、れの…っ」

 最悪…っ、夢じゃなかった、んだ。
どうしよう、あんまり記憶がない、けど、すごくはずかし、くて、取り返しのつかないことをしてしまった気がする。

本格的に咳き込みだした臨也に静雄は慌てることなく、ちょうど手に持っていた水を差し出した。
臨也はそれをしぶしぶ受け取る。それは、普通あまり美味しいとは言えないぬるいミネラルウォーターで、明らかに臨也のためのものだった。それを臨也も分かっていた。

咳が治まってもなお臨也は辛そうに肩で息をする。
分かってしまえば、その姿の意味するのは簡単なことだ。

「最悪、とにかく帰れ、なんでここにいるんだよ」
「はいはい、文句は治ってから聞くから」
「…っ、シズちゃんのくせにえらそうなんだよっ!」


素直じゃないことなんて分かってたんだ。こいつの言うことなんか全部うそだという勢いで喋った方がきっと正しいくらいだったんだ。

「もう大丈夫だから、帰れって」
「…何か食えるか、やっぱおかゆとかか?」
「人のはな、し、…を、…っ、」
「臨也…?」

臨也の動きが止まる。心臓に不快感が押し寄せて脈が不自然に揺れるのを感じた。寝起きだから感覚が麻痺していたが、実際は風邪をひいたままなわけで、状況が好転したわけではなかった。
 …っ、気持ち悪い
臨也は考える前に再び布団に沈んでいった。
「ほら、無理するからだろ」


静雄は思う。
 こうしていると高校のころを思い出す。風邪をひいた臨也はやっぱりペラペラしゃべるのを止めないで、それでよくこじらせては新羅に怒られてたよな。とにかくこいつを黙らせるか。

「ほら、新しい冷えピタな」


臨也は驚く。
 うわ、気付かなかった。俺、冷えピタなんてしてたのか…。こんなのいつ振りだろう。
おでこに置かれた手でそのまま、まくらに頭を押し付けられてしずめられる。

「もう一回寝とけ、その間に何か作っといてやるから」

どうせレトルトじゃ食わないんだろ、一人でどうするつもりだったんだって、勝手に怒りながらシズちゃんはゆるゆると俺の頭を撫でる。
俺が寝付くまでここでこうしてくれるつもりなんだろう。
もう分からない。考えても何も考えられない。だるくてつらいのに確実に睡魔が訪れる。

つぎに起きた時もきっとシズちゃんがここにいてくれるのだから、
もう眠るのも怖くない。



 居なくなるわけ、ないだろ

シズちゃんがそっと囁くのが確かに聞こえた。






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お待たせいたしました!
風邪臨也とのことで、雨に降られよう!というのはまず初めにすぐ決めてしまい、それから右往左往いたしまして…結局恋人じゃない設定に落ち着くという結果に。思ってらっしゃったのと違ったらごめんなさい!ご要望ありましたらぜひお申し付けください。
それでは、素敵なリクエストありがとうございました!

ちなみになぜ静雄さんは臨也の家に侵入していたのか、くだらない設定があったのですが入れるタイミングをのがしてカットいたしました。そして台無しになるので。



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