7


春島に来て4日目。当初の予定なら明日の昼過ぎには島を出港できるだろう。
船員達のほとんどはナマエに構いっぱなしだ。しかし航海必要な物資の調達や船の整備などは全部完璧に済ませていると報告を受けているのだからあんまり強くは叱れない。

宿屋から出て俺は古書店に向かった。いつも医学書ばかり読んでいるのでたまには気分を変えて小説を漁っていた。北の海出身の人間はみんな本が好きだ。子供の頃からみんな本を読むのが習慣となっている。何かいい本でもないかとパラパラと立ち読みししていると、ふと店の外に何かの気配を感じ目を向けた。そこには店の入り口からこちらを覗いているナマエがいた。

「なんだ、他の奴らはどうした」
「みんな街に来た曲芸団みてる」
「お前は興味ないのか?」
「前にみたことあるからもういい」

そう言うと彼女は恐る恐るといった様子で店内に入り俺のそばに寄ってきた。
文字が読めないくせに俺が読んでる本が気になるのだろう。彼女はただ黙って俺の手元を覗き込んだ。少し伏せられた瞳は相変わらず懐かしい色をしており長い睫毛がそれを隠すように覆いかぶさっている。よく見ると端正な顔立ちをしている。少し曲がった姿勢と雰囲気のせいであまり気にはならないが彼女が隣に並ぶと俺より頭一個分でかい身長が妙に煩わしい。

「おまえには難しい本だ」
「…ちょっと読める」

そうすると彼女は本の文字を指差していく。そして彼女は指差した文字の読みを口にした。読み上げた文字はどれも彼女の名前に使われている文字だ。どうやら自分の名前の文字の読みはもう覚えたらしい。頭が悪いと思っていたが、知識量が少ないだけで地頭はいいのかもしれない。

「その本面白いか?」
「……さぁな。気になるなら自分で読めるようになってから確認しろ」

そう言うと彼女は相変わらず無表情のまま黙り込んでしまった。俺は再び本に目を通すと彼女は俺に擦り寄ってきて事もあろうに俺の頭の上に自分の顎を乗せてきた。なんだこいつは。やめろと彼女を押し退ければそのまま彼女は俺から一歩離れた場所に佇んだ。

「他の奴らのところに行ってろ」
「この島についてから毎日みんなといて楽しいけど疲れた。ゆっくりしたい。」

なんで俺の側でゆっくりできると思っているのだろうか。お前がいたら俺がゆっくりできないだろう。彼女をよく見てみればわかりにくいが顔に疲れの色が見える。心なしか眠そうだ。俺は仕方なく立ち読みしていた本を閉じた。俺は店主に金を払ってその古本を買い取りナマエに声をかけた。

「ついてこい」

そう言うと彼女は黙って俺の後ろをついてきた。







街中を歩いていると周りの目線が気になった。やはりナマエの容姿は気になるのだろう。偉大なる航路だとしてもやはり人間以外の種族は珍しいことには変わりない。特にミンク族とのハーフでこんな姿なやつはそうそういない。人攫いにも目をつけられそうだが、この島はそこまで治安は悪くなさそうだ。ナマエは眠そうに目を擦りながらも俺の後ろを健気についてくる。
彼女を連れてきたのは俺が泊まっている宿屋だ。借りている部屋に連れて行き彼女をベッドに座らせた。

「眠いなら寝てろ」
「……」

彼女は眠たい目を擦りながら部屋の中を見渡してコトンと横になった。
俺はソファに腰掛け買ってきた本を開き続きを読み始めた。窓の外からは街の賑やかな人々の声が聞こえてくる。それが彼女にとって子守唄がわりになったのかすぐに寝息を立て始めた。
本をある程度読み進めた頃だった。部屋の扉ををノックする音が聞こえた。扉の向こうからは「キャプテン、俺です。」とシャチの声が聞こえてきた。扉を開け何事だと訊けばシャチは慌てたように喋り出した。

「ベポと一緒にナマエと街を歩いてたんですが逸れてしまって…」
「あいつならそこで寝てる」

そういうとシャチは驚いたように目を丸くして部屋の中を覗いた。ベッドの上で丸まって時折尻尾を揺らすナマエをみて彼は胸を撫で下ろした。よかったと彼は小さくそう言った。

「ベポに言っとけ。自分の言葉に責任持ってしっかり面倒みろってな」
「は、はいっ!」
「起きたら船に向かうよう言っておく。」
「わかりました」
「こいつは犬猫とそんな変わらねぇんだ。数日も連れ回していろんな知識与えたら疲れちまうしそれがあんまり顔にでねぇ…構いすぎんな」

そう言うとシャチはキョトンとした。なんかおかしなこと言ったか?そういえばシャチはニヤニヤと笑って俺をみた。

「キャプテン…なんだかんだ言ってナマエのことしっかりみてるんすね」
「……とっとと船に戻って明日の出航の準備してこい!」

そう言ってシャチを蹴飛ばしてやれば彼は相変わらずニヤニヤわかりながら了解しましたとご機嫌に宿屋から出て行った。俺がこいつをしっかりみてる?ふざけやがって。ナマエをみれば相変わらず気持ちよさそうに寝ている。ムシャクシャして彼女の揺れている尻尾をギュッと掴んでやれば彼女はビクッと体を揺らしたが起きることはなく寝続けた。





日が暮れて空が茜色に染まり始めた頃、ナマエはようやく目を覚ました。俺も彼女につられ数時間ソファでうたた寝をしてしまった。彼女は大きな欠伸をして体を大きく伸ばすと目を擦り俺を見る。

「寝終わった」
「……飯食って船に戻れ」

そう言うと彼女はベッドから降りてソファに座る俺の元まで歩み寄り服の裾を掴んできた。
なんだと言って彼女を見上げれば彼女は目を細めて俺を見つめた。

「ローも一緒にご飯食べよう」
「なんで俺が…」
「ベポが言ってた。ご飯は誰かと食べた方がいいって言ってた」

俺の服の裾を離そうとしないナマエに俺はため息をついて彼女の手を叩いた。シュンと耳が垂れた彼女を横目にテーブルの上に置いた帽子を手に取り俺はソファから立ち上がった。いくぞ。そう言うと相変わらず彼女は表情を変えないまま俺についてきた。尻尾は嬉しそうにパタパタ揺れていた。


街中から少し外れたところにある小さな飯屋に訪れた。数日でいくつか回った店の中でここが一番静かで落ち着ける店だった。飯の味も文句ない。海賊の出入りもよくあるようで店員達は誰だろうと分け隔てなく愛想よく接客してくれる。店に入り適当な席に着くと店員がすぐに俺たちのもとにやってきてメニューを渡した。俺とナマエはメニュー表を受け取るが彼女は文字が読めないのでペラペラ開いて眺めていた。そして表情一つ変えず俺をみた。適当に頼んでくれと言いたげだ。

「……パンが嫌いだったな。他に食えないモンあるか?」
「魚があんまり好きじゃない」

俺は店員を呼び、肉中心に適当に注文を頼む。ついでに酒も頼んだ。注文を待つ間彼女は物珍しそうに店内を眺めていた。店内に流れる落ち着いた曲のレコードがかかってるのが気になるのだろうか、耳をピクピク動かしている。

「10年もこの海を旅しててこういう店には入らなかったのか?」
「ある。昨日も連れてってもらったがもっと耳が痛くなるくらい賑やかな場所だった。ここは静かで落ち着く…この音も心地いい」

そう言って彼女は落ち着いた様に目を細めた。存外こいつは俺と好みが合うかもしれない。面倒くさいものを拾ってしまったかとも思ったが、思いの外船員達ともいい関係を築けているし手懐けて使い勝手の良い戦力として置いておくのも良いかもしれない。こいつの実力をこの目で見たわけではないか、億超えの賞金首になっているのだからそれなりに強いのだろう。俺の賞金額は今9000万。もしこいつを仲間にするなら自分の賞金額をあげないとメンツが立たないなとそんなことを考えていると料理が運ばれてきた。

いただきますとペンギンにしつけられてから言えるようになった挨拶を口に出して彼女は赤ん坊のようにぎこちなくカトラリーを握って口の周りを汚しながら飯を食べ始めた。その姿はまるで知性を持った犬のようだったが不思議と見ていて悪い気分にはならなかった。俺は小さく笑いフォークを手に取った。
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