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海賊船の生活とは大変だ。みんながみんなそれぞれの仕事を持っていて、この船に乗る私も何かの仕事を持たねばならなかった。でもその船のみんなはとても親切で私に仕事のやり方を教えてくれた。主に掃除や料理に使う野菜の皮むきや荷物運びなど楽しいとは思わないがつまらないわけでもない。なにより仕事をこなすごとに褒められるのが嬉しい。誰かに褒められるなんていつぶりだろうか。

この船に乗って2週間経った。あと数日で次の島に着くらしい。雑用をこなした後、休憩時間が重なったペンギンにココアを淹れてもらった。彼は書庫へ行くというので私もついて行った。本は読めないのだが本の匂いはすきだ。

「そういやお前自分の手配書見たことあるか?」
「写真がのってるやつか?」
「そうそうそれ」

彼はそういうと棚から紙の束を取り出した。何枚かペラペラとめくると私の写真が出てきた。
彼はそれを一枚抜き取り私に渡した。ジッと見ていると彼は写真の下に書かれていた文字を指差した。

「この文字がナマエの名前だよ」

そういうと彼は1文字1文字指差して私の名前を読み上げてくれた。

「……この文字が…私の名前か…」

私は食い入るようにその文字を見た。この数文字で私の存在を表すのかと思うと感慨深い。

「文字が読めないって言ってたろ?読めた方が色んな仕事できるし覚える気ないか?」
「……教えてくれるのか?」
「時間の空いた時にな」

彼はそう言って微笑んだ。誰かに何かを教えてもらえるという機会はほとんどなかった。この船に来てからいろんなことが目まぐるしく起きる。彼らといるとまるで母の腕の中にいるような感覚だ。

「ありがとう。おまえ良いやつだな」

母が私にしてくれたように私はギュッとペンギンに抱きついた。彼の帽子に頬を擦り付けると彼は体を硬らせた。彼の帽子はふわふわしていて気持ちよくしばらく頬を擦り付けていると、ガチャリと書庫の扉が開いた。目線だけそちらに向けるとそこにはローがいた。

「キャ、キャプテン…」
「”シャンブルズ”」

ローがそう言うと一瞬の間もなく私は廊下にいた。私の胸に穴を開けたり瞬間移動させたりこの男は不思議な力を持っている。なんでこんなことが出来るのだろうと考えていると彼はギロッと私を睨んだ。

「うちの船員を誘惑するな」
「ギュッとするのは誘惑なのか?わかった。しない」

そういうとローは不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。この男はいつも不機嫌だ。この船に来た初日の夜は優しい声色をしていたのだが、おそらく私のことが嫌いなのだろうなと思う。彼の声は好きなので残念だ。

「あ、いやキャプテン。そういうのじゃないんスよ。今のはナマエなりの感謝の気持ちを表してたというか…」
「胸に顔埋めて鼻の下伸ばしてたやつが何言ってんだ」

ペンギンは頬を赤く染め俯いた。
ぼちぼち休憩の時間は終わりだ。私は廊下から書庫の中にいるペンギンに声をかけた。

「さっきの。約束」

そう言って母がそうやったように小指を立てて彼に向かって突き出した。彼は少しポカンとした後笑って同じように小指を立てて突き出した。本当は指を絡めたいがローが邪魔なので突き出すだけにした。ローだけがなんだかわからないと言った表情でペンギンに説明を求めた。

「ナマエに時間の空いた時に文字の読み方教える約束したんすよ」
「だからギュってした。でももうしない」

そうかと言うとローはそれ以上何も言わずに書庫の本を数冊取ると出て行ってしまった。私はペンギンに仕事に戻ると言ってその場を後にした。





船はとある春島へ到着した。前回の島よりだいぶ大きな島で港町には海賊船から商船まで様々な船が停泊している。町からは賑やかな声や美味しそうな食べ物の匂いが漂ってくる。船員達は留守番の数名を残して町に散策に向かうようだ。私も一緒に行って良いと言うのでついていこうと思ったのだが、誰が私の面倒を見るかで甲板で口論になっていた。

「ナマエは俺と行くんだ。文字の読み書きの練習させるために本を一緒に選ぶんだよ!」
「いいえ、ゾウに行くまでの道のりは長いんだから彼女の生活必需品を買いに行くべきよ。私と一緒に服や下着を買いに行くの!」
「船内じゃわからない一般常識学ばせるべきだろ。島の観光させようぜ!」
「おれ、ナマエと一緒にアイス食べに行きたいなぁ」

あーだこーだとわいわい盛り上がってるところにローがやってきた。喧しいと一喝を入れれば船員達は皆黙った。私は彼の声にびっくりして息が止まるかと思った。

「雷拳屋の「ナマエだ」……この女のためにそんな金をかけてやる必要はねぇ。とりあえず最低限の必需品だけ揃えてこいイッカク」

ローに私の名前を伝えても彼はため息をつくだけで私の名前は呼んでくれなかった。
イッカクはアイアイキャプテン!と元気よく返事をした。残りの船員達はちぇっといじけた。それを見かねたローはため息をついた。

「この島はログが溜まるのに5日かかるんだ。順番にそいつを連れ回せばいいだろ」

そう言うとローは船を降りて町へ向かっていった。私も後を追うようにイッカクに手を引かれて船から降りた。

誰かと街を歩き買い物をすると言うのは初めてかもしれない。10年間誰かと行動を共にすることはほとんどなかったし、服や武器などは全て戦って奪ってきた。買い物と言う行為が楽しいものと考えたことはなかった。
服屋に入るとイッカクは楽しそうにいろんな服を私にあてがっていく。私が今来ているシンプルなシャツに似ているものからヒラヒラしたものまでいろんな種類を手に取る彼女の瞳はキラキラ輝いている。

「ナマエはどんな服が好き?」
「わからないけど…動きやすいのがいい」
「オッケー!好きな色は?」
「今来てる色…母の瞳の色とおんなじだから」
「そっか、ナマエのお母さんって青い瞳だったのね」

そう言うとイッカクは優しく微笑んで青い服をいくつか選んで私に渡してきた。試着してみて!彼女に言われて私は試着室に入り渡された服を一つ一つ着てはイッカクに見てもらった。


夕方になる頃には私はもうクタクタだった。あれから店を数軒巡りイッカクにいろんな服を着せられた。下着屋で下着を選ぶ頃にはもう疲れて眠くほとんどイッカクに全部選んでもらった。今まで着ていた服はもうボロボロだったので新しく買ってもらった衣類に身を包み紙袋を持って船に戻ってきた。新しい服に身を包んだ私が珍しいのかペンギンやシャチやベポが綺麗になったと褒めてくれた。

「ナマエ、ずいぶんかわいくなったな!」
「それにしても結構買ったなぁ」
「イッカクが選んでくれた」
「いや楽しくなちゃってつい…」
「でもこれどこに置いておくんだ?」

私の今の部屋は測量室の小さな物置だ。小さな棚には備品が詰まっており段ボールがいくつか置かれている。私が寝るだけでずいぶんと狭いそこに服を置くとなるとまた一層狭くなるだろう。イッカクの部屋に置いておけよとペンギンが言うとイッカクは困ったように唸った。

「私のクローゼットもうパンパンなのよね。ナマエの寝床だって私の部屋に移してあげたいけど、この子体大きいから私の小さい部屋じゃあの物置と大差ないわよ。」
「俺たちの男部屋に置いておくわけにもいかないしなぁ」
「じゃあおれの部屋に置いておこう。測量室結構広いしこのくらい置いておけるよ」

ベポはそういうと私とイッカクが持っていた服の入った紙袋を受け取って船内に入っていった。私はベポについて行って測量室に入る。ここに置いておくねと彼は部屋の隅にある木箱の上に紙袋を並べた。私はベポにありがとうと言うと彼はニコッと笑った。

「そういやナマエは今夜どうするんだ?」
「今夜?」
「数日島に滞在するときは宿に泊まる奴もいるんだ。船の中だとやっぱりぐっすり寝れない奴もいるんだ」
「なるほど、じゃあ私は船でいい。」
「そっか!じゃあ今日は一緒に寝よう?キャプテンは町の宿をとるって言ってたから怒られないよ」

ベポの提案に私は力強くうなずいた。
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