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ナマエは俺の持っている珈琲が気になるようでずっと俺の手元を見ていた。試しに砂糖もミルクも入っていないそれを飲ませて見ると彼女は顔をクシャッと歪め珈琲の入ったマグカップを俺へと返した。不味そうな顔をする割には全部飲み干したようでカップの中は空になってしまっていた。

「母親が嘘をついてるなんてなんでわかる」
「説明するのは難しい。誰でも嘘をつく時は匂いや音や表情や喋り方、色んなものがいつもと違う感じになる…それに私の主人であった天竜人と私の瞳の色は同じだったから」

彼女はそういうとため息をついた。

「この話、面白いか?母の話をするのはちょっと疲れる。」

彼女は俺が心臓を抜き取ってできた穴のあたりに手を当てて俯いた。疲れるのではなく悲しくて苦しいのだろう。彼女は感情も知識も人にあるものが何もかも乏しいようだ。

「話したくなかったか?」
「……わからない」
「……」
「話せといえばいくらでも話す」
「…俺がお前の身の上話を聞いて何になる」

ナマエに問いかけた言葉は自分に言い聞かせる言葉でもあった。ナマエの話を聞いて俺が彼女に一体何が出来ると言うのか。彼女は俺の問いに「暇つぶし?」と小首を傾げて言った。彼女の悲劇的な人生はとても暇つぶし程度で納まるものではないと思うのだが。俺の沈黙をナマエは話せと言っている様に捉えたのかポツポツと喋り始めた。

「母は16歳の頃に天竜人につかまって、19で私を産んだと言っていた。母はとても美しい毛並みだったから天竜人にとても気に入られていたらしい…母はそれを嫌がっていたがな…」

彼女はそう言うと自分の尻尾を手に取って毛繕いをし始めた。その瞳はどこか昔を懐かしむ様な少し悲しい目をしていた。俺は床に腰を下ろして彼女の暇つぶしに付き合ってやることにした。

「母には仲の良い奴隷がいた。母曰く、その奴隷が私の父だと言っていた。体が大きくて力持ちでよく天竜人の足になっていたらしい。彼は私が産まれる前に殺されてしまったのでどんな人物かは詳細にはわからない。母はことあるごとに彼の話をしていた…私の父が本当にその男か疑えば母はひどく怒ったものだ…。そんな母も私が6歳の頃亡くなった。それからは変わらぬ日々だ。天竜人にずっと付き従った。そして10年前にあの地から逃れ今に至る」

そこまで言うと彼女はずっと尻尾に向けていた視線を俺に向けた。

「この海の人間のほとんどは生まれた時から誰にも従わず仕えることもせず自分の好きな様に生きるのだろう?それってどういう感じなんだ?」
「…お前が天竜人の奴隷であることを疑わず当たり前と思うのと同じだ。」
「……お前達の当たり前を生きるのは私にとっては大変なことだ…」

そう言うとナマエは目を伏せて自分の耳を押さえた。そのまま彼女は黙ってしまった。もう話したくはないのだろう。俺は自分の部屋に戻ろうと立ち上がり、物置の扉を閉めようとした時だ。

「閉めないで!」

そう言って彼女は慌てて物置の扉に手をかけて閉まるのを防いだ。なんでだと問い掛ければ彼女は俯いた。

「狭いのは構わないが真っ暗な場所は嫌だ」

たしかにこの小さな物置には窓はない。照明もなくても問題ないと壊れてそのままだ。廊下の小さな明かりを求めて扉を空けていたのだろう。俺の無茶振りや船員からの意見を全部受け入れていた彼女だがここに来て初めて「嫌だ」と口にした。
俺は物置の扉はそのままに黙って自室に戻った。後ろで彼女が小さくおやすみと声をかけてくれたのが耳に届いた。





「ナマエに仕事?」
「あぁそうだ。この船に居候するなら仕事させろ。ただで飯食わせるわけにはいかねぇ」

朝食を食べながらベポは仕事かぁと呟くとナマエを見た。俺も彼に釣られナマエを見た。俺と同じくパンが嫌いだという彼女は俺と同じおにぎりを頬張っていた。

「ナマエは何ができる?航海術は…知らないんだったな」
「…あぁ。知らない。」

口の端に米粒をつけて彼女はそう返事すると食堂で俺たちの話を聞いていた他の船員達がナマエの周りに集まってきた。

「料理はできるか?」
「できない」
「機械工学は?」
「わからない」
「洗濯は?」
「したことない」
「掃除は?」
「それもしたことない」

次々と質問してくる船員たちにナマエは答えていくが、どの回答も知らない出来ないわからないばかりだ。流石に彼女を可愛がっていた船員たちも困ったと言わんばかりの表情だ。その中でシャチは彼女に言った。

「じゃあ何ができんだ?」

そういうと彼女は残り少なかったおにぎりを口に放り込み少し咀嚼した後飲み込んだ。顎に手を当てて少し考えた後に口を開いた。

「この前みたいに金を盗ってきたり、海兵や海賊たちと戦うことができる。」
「じゃあ他に船の中でも出来ることあるか?」

そういうとナマエは少し沈黙し考えて、あぁと口を開いてシャチを見た。

「夜伽の相手ならできる。」

彼女の一言に飯を食ってたやつや茶を飲んでた奴が全員蒸せた。質問を飛ばしたシャチは顔を赤くしてそうか…と吃りながら返答した。ベポは夜伽という言葉がわからなかったのか首を傾げている。

「そんな売春まがいなことをしたらこの船から叩き出すぞ」
「…わかった。しない」

彼女は相変わらず無表情で頷いた。

「でもキャプテン、ナマエのやつなんも出来ないんじゃなんの仕事させりゃいいんですか?」
「雑用でもやらせろ。やり方はお前らが1から10まで教えてやれ。いくらバカでもすぐ覚えるだろう」
「わかった。がんばる!」

そう意気込んだように頷いた彼女は口元に米粒をたくさんつけていて間抜けだった。
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