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食堂にて夕飯を食べている時、ベポはナマエの綺麗になった髪を見ると、すごい綺麗になったな!と彼女の頭を撫でた。彼女はベポの撫でる手が気持ち良いのか目を細めてされるがままでいた。
綺麗になったナマエの人気たるや。俺が船長室に籠もっている間に彼女は随分と船員達と仲良くなったらしい。2mを超える女が10代にも満たない少女のように…いや拾われてきた犬か…ともかくとても船員達に甘やかされていた。たった数時間でこんなにも周りの人間に好感を持たれるなんて恐ろしい女だ。もちろんまだ彼女に心を開いていない船員も数人いるが時間の問題か。途中まで運んでやるだけの女にここまで心を開くとは無用心な奴らだ。

こんなアホみたいな花畑空間に長居したくなく、俺は食堂で夕食を手早く済ませ船長室に向かおうと思った時だった。廊下でイッカクに呼び止められて俺は歩みを止めた。
彼女は何か思いつめたような表情で口を開いた。

「ちょっとキャプテンにご報告したいことが…」
「なんだ」
「ここでは…ちょっと…船長室でもよろしいですか?」

そう言うと彼女は周囲を見渡した。他の船員には聞かれたくないのだろう。俺は構わんと言って彼女を船長室に招き入れた。部屋の明かりをつけ俺は椅子に座りイッカクになんだと問い掛けた。

「キャプテンはナマエのことどのくらいご存知なんですか?」
「新聞に載ってる情報くらいしか知らねぇ……そういや10年前は奴隷だったとか言ってたな」
「実は…」

イッカクの口から出た言葉に俺は一瞬耳を疑った。

「天竜人…?」
「えぇ、背中に焼き印があって…本人は全然気にしてなかったんですが一応報告くべきだと思いまして…」

天竜人の奴隷で10年前に逃げ出したと言えばおそらくフィッシャータイガーの奴隷解放事件か。おそらくその時に逃げ出したのだろう。ミンク族と人間のハーフじゃ物珍しいから天竜人の目に留まり母親と捕まったのと言ったところだろうか。天竜人の元奴隷なんてめんどくさいものを拾ってしまったか…。イッカクには報告をしたことに礼を言って下がらせた。





夜も更けた頃だ。俺はどうも寝付くに寝付けず医学書を読んで時間を過ごしていた。珈琲を飲もうとマグカップに口をつけるといつの間にか飲み干していたらしく中身は空だった。
もう一杯飲もうと俺は食堂に向かった。手早く珈琲を淹れ船長室に戻り医学書の続きを読もうと来た道を戻る。消灯時間の照明は最低限に落としている廊下は薄暗くやや不気味な雰囲気だ。ゴウンゴウンとエンジンの音だけが響く。俺は静まり返ったこの時間のこの船が好きだ。船長室の前まで来た時だった。測量室…ベポの部屋の方から物音が聞こえた。酒に酔った船員が廊下で寝ているのだろうかと思い俺は測量室の前まで足を進めた。
測量室の隣の物置の扉が空いている。たしかベポにナマエを押し込んどけと言った場所だ。確認のため空いている扉に手をかけて中を覗いてみた。

小さな物置の中は正直言って人が1人膝を抱えて座れるくらいの広さしかない。ナマエの体の大きさならかなりぎゅうぎゅうになるはずだ。俺の予想していたように彼女は膝を抱えて物置の床にみっちりと丸まって背中をこちらに向けるように横になっていた。大きなフカフカした尻尾だけが廊下に飛び出ている。よくこの狭い場所に収まって寝れたなと感心した。彼女が着ていた服は寝るまでには乾かなかったのだろう。黒いTシャツはキツそうだ。そのTシャツの裾がめくり上がり腰のあたりの肌が見えていた。そのTシャツの切れ間からほんの少しだけイッカクが言っていた焼き印の端が見える。
俺は珈琲を一口飲み込んでナマエの背中を見た。ぴったりくっついたシャツと肌の間に指を入れ上にずらすと天竜人の奴隷の証である天駆ける竜の蹄がそこにあった。
ナマエの耳がピクピク揺れる。今ので起きてしまっただろうか。能力で船長室に戻ろうと思った瞬間だった。

「珍しいのか?」

ナマエはこちらに顔を向けずそう言った。俺は能力で作ったサークルを消し彼女を見た。

「珍しくはないけどよ、お前はこの焼き印がなんなのか知らないのか?」
「天竜人の奴隷の証だって聞いた」
「そうだ。つまりなお前は人間以下の存在なんだよ」

そう言うと彼女はゆっくり体をひねらせて俺の方を見た。眠そうに目をとろけさせて拳で目元を擦り口を大きく開けてあくびをした。大きく開けた口からは鋭い犬歯が見えた。仕草は犬みたいだがやはり狼のミンクなのだと思えた。彼女は眠そうに俺を見つめ黙ったままだ。

「どうした?怒ったか?」
「なぜ怒る?私は人間じゃない。獣だ。そう言われて当然だろう」

彼女は不思議そうにそう言った。こんな考えを持つとは物心つく前に天竜人に攫われたのか、それとも奴隷としての考えを刷り込まれたのだろうか。

「この海は楽しいし面白いものがたくさんあるが、この海で人間の中で生きるよりあの天竜人のいる場所は何も考える必要がないから楽だ。」
「お前、いつから天竜人の奴隷なんだ?」

純粋な疑問をぶつければ彼女は頭をポリポリ掻いた。

「生まれた時からずっと」

その言葉に俺は少し黙り込んだ。珈琲を飲んで彼女を見た。彼女は珈琲が気になるのか鼻をすんすん鳴らした。

「母親は可哀想だな。腹にお前がいる状態で天竜人に捕まるとは」
「……母が私を孕んだのは奴隷になってからだ」

天竜人の元で妊娠したとは驚きだ。とするならばこいつは生まれてからずっと檻の中にいたのか。それならばこのやや常識知らずというか物知らずなのもうなずける。子供の頃に培った歪んだ価値観が今の彼女の思考の土台となっている。この海の常識や一般教養などは逃げ出してからの10年分の見聞きした知識しかないのだろう。

「父親は?」
「母親は最後まで私の父は同じ奴隷の人間だと言っていた……でもアレは嘘だと思う。」

彼女は真顔でどうでもよさそうな口調で言い放った。

「私の父はたぶん天竜人だ」
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