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「こっちが食堂!でそこの突き当たりがお風呂とトイレね!」

ベポはまるで自分に妹ができたかのように上機嫌に雷拳屋の手を引いて船内を案内していく。俺は遠目でそれをみていた。そんな彼の様子を微笑ましく眺めるペンギンと不安そうなシャチが俺に話しかけてきた。

「キャプテンいいんすか?あんな懸賞金かかってる女なんか船に置いて…」
「ベポの顔を立ててやったんだ。怪しい動きをしたらすぐ殺せばいい」

俺はそう言って雷拳屋の心臓を掌の上で転がしながら二人に見せた。何度もこういったものは見ているだろうに二人はその心臓を見るとうぇ…と顔を歪めた。心臓はトクトクとほんの少し早く脈を打っている。この心臓の持ち主をみれば相変わらず無表情だが、ベポの手を握って目を輝かせ尻尾をはちきれんばかりに振りながら船内を見ている。見慣れない潜水艦によほどワクワクしているのだろう。

この心臓を奪った時、彼女はそれが自分の心臓だとすぐには理解できていないようだった。ベポに言われて初めて自分の胸に開いた穴に気が付き興味深そうにその穴の縁をなぞっていた。心臓が止まれば死ぬと言う人体の簡単な仕組みさえまともに知らないようだ。ベポに説明されてようやく理解したと言ったようだったが、それでゾウに行けるのならと彼女は俺に心臓を奪われるのを快く了承していた。

「もじゃもじゃ頭がウニ、頭巾かぶってるのがクリオネ、そっちの女の子はイッカクだよ」
「名前覚えるの苦手…」
「ゾウまで行くのは時間かかるからゆっくり覚えればいいよ!」

一人一人ベポが雷拳屋に船員達を紹介していってる。イッカクは同性でもあるからか彼女に興味を示していていそれなりに好感は持っているようだ。他の船員達は興味がある者ない者、警戒している者、無関心な者と様々だ。彼女は十数名の船員達の名前をすぐに覚えられるほど脳味噌の容量はなさそうで、あらかた船内を見て回った頃には元気に振り回していた尻尾はやがて元気なく垂れ下がって耳も潰れている。
俺が二人をじっと見ていたのに気がついたベポがキャプテーンと彼女の手を引いてこちらに近づいてきた。

「ナマエ、こっちがペンギンでこっちがシャチだよ。で、キャプテンね。この船で1番偉い人!」
「………キャプテン」
「この船の船員じゃねぇお前にキャプテンなんて言われる筋合いはない。」
「…チビスケ」

俺をまたチビ呼ばわりするこの女に怒りを覚え俺は無言で彼女の心臓をギュッと握りしめてやった。あの無表情な顔がほんの少し歪んで俯いた。そして彼女はギュッとベポの服の裾を掴んだ。そんな様子をみたベポは彼女に優しく話しかけた。

「ナマエ、キャプテンはチビじゃないしチビって言うのは悪口だよ?」
「……悪い言葉だったのか?ごめんなさい。でも私はお前の名前知らない」
「キャプテン最近暴れまわってたし手配書とかよく出回ってるだろ?」
「…文字の読み方しらない」
「………トラファルガー・ローだ」

奴隷から解放されて10年も経つと言うのに文字も学ぼうとしなかったのかこの女は。俺は呆れつつ自分の名前を教えた。

「トラ…と、トラガルガー…」
「ナマエ、キャプテンの名前はトラファルガー・ローだよ」
「…トラ……ロー…。ロー、よろしく。私はナマエだ」

俺の名前はそんなに言いづらいか。雷拳屋は俺の名前をフルネームで呼ぶのを諦めて下の名前で読んだ。彼女は胸の穴の空いている位置が不快なのか手のひらを擦り付けている。
掌にある彼女の心臓の鼓動は先ほどよりも落ち着いていた。

「ベポ、気が済んだら雷拳屋を測量室の隣の物置にでも突っ込んどけ」

俺はそう言って船長室に戻ろうとすると雷拳屋が俺の腕を掴んだ。

「ナマエだ。"らいけんや"って名前じゃない。お前の名前を覚えるからお前も私の名前を覚えてほしい」


彼女は相変わらず無表情だ。睨みつけてやっても俺の腕を離そうとしない。俺は無理やり彼女の腕を振り解いた。彼女の眉間にほんの少しシワがよる。

「…お前の命は俺が握ってるんだぞ?立場を考えろ。俺に指図するな」

俺はそう言って船長室に戻った。





船員が持ってきた夕刊には雷拳屋…ナマエの記事が小さく載っていた。銀行を襲い金を奪い駐屯地の海兵を全て叩きのめしたと書かれている。俺たちの事は何も書かれてはいないことを確認して俺は他の記事にも目を通した。ふと時計を見ればぼちぼち夕飯の時間だった。たしかに腹が減ったなと思い俺は船長室を出て食堂へ向かった。食堂への道すがら何やら廊下が騒がしい。気になり声のする方を見るとどうやら風呂場前に船員たちが数人たむろしていた。その中にはペンギンもいる。何事だと彼に声をかけると彼は「キャプテン」と驚いたように俺を見た。

「なんの騒ぎだ。」
「いやぁ、その…イッカクがナマエを風呂に入れてて…」
「はぁ?」

他の船員たちを見ると皆頬をほんのり染めて鼻の下を伸ばしている。呆れた奴らだ。女ならあんなのでもいいのか。どうやら彼らは風呂場から聞こえて来るイッカクとナマエの話し声に聞き耳を立てているらしい。

「なんで風呂になんか入れてるんだ」
「船員の何人がナマエの獣くさい臭いがどうもダメらしくて…俺はベポで慣れてたんで気がつかなかったんですけどたしかに海水で濡れた服が乾いたら臭うもんで…見かねたイッカクが風呂に入れててやるって言いだしたんすよ」

服はベポが洗濯してやってる最中です。とペンギンがそういうと風呂場から賑やかな声が聞こえてきた。

「うー!くすぐったい!」
「ダメよナマエ。ちゃんと拭かないと風邪を引くわよ?」

どうやら風呂から出たのだろう。すっかり母親か姉気分のイッカクの上機嫌な声が聞こえる。ナマエはうぅ…と情けない声を時折上げている。

「かわいいなぁ…ナマエ」
「わかる。かわいい…」

船員の何人かはそのいかつい顔に似合わず柔らかい雰囲気を醸し出しだらしなく鼻の下を伸ばしている。あの女、頭は悪い上に精神年齢が低いがおそらく成人しているし背丈は2mを超えているのにどこがかわいいというのか。理解できない。呆れて俺が食堂へ向かおうとした時、風呂場の扉が空いてナマエが出てきた。
おそらく船員の誰かのものであろう黒いTシャツはナマエには少しきつく胸元のあたりが大きく伸びてしまっており、それによってやや上に布が引っ張られて腹の部分まで完全に覆い隠せずヘソが見えている。ベポから借りたであろう橙色のツナギは腰より少し下の部分で袖を縛っている。ベポとナマエの足の長さが全然違うためナマエには7部丈になってしまっているそれはずいぶん不格好だ。腰からでた尻尾は機嫌がよさそうに揺れている。しかしその格好が気にならないほど驚くことがあった。
先ほどまでドブ色だった彼女の髪と尻尾が雪原の様にキラキラ光る白銀に変わっていたのだ。どれだけ汚れていたんだと驚いているとナマエは風呂場の前にたむろしていた船員たちに声をかけた。

「どうだ?もう臭くないか?大丈夫か?」

そう言って彼女は船員の目線まで屈み顔を寄せた。彼女に話しかけられた船員は顔を赤くしつつも「大丈夫」と吃りながら彼女に伝えた。すると彼女はよかった。と言って尻尾をまた嬉しそうに揺らした。
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