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数時間、ある程度進路を進めたところで潜水艦を浮上させた。空は快晴でしばらくはこのまま船を進めさせる予定だ。外の空気を吸おうと船員の何名かは甲板に出た。俺は航海士であるベポと今後の進路について話そうとブリッジに向かおうとした時だった。ガゴンッと船体が大きく揺れた。波で揺れた動きではなかった。海獣にでも鉢合わせたのかと思った時、シャチが慌てて俺の元に来た。

「キャプテン!やべぇよ!あの犬耳女の奴!泳いでついてきやがった!!」
「はぁ?」

俺はシャチに連れられて船内の階段を駆け上がり甲板へ出た。そこには警戒したうちの船員に囲まれてびしょ濡れで佇んでる女"雷拳"屋がいた。濡れた前髪の隙間から彼女の目はギロリと俺を睨みつけた。

「海軍…片付けてきた。ミンク族の男と話をさせてほしい」

そういってグイっと鼻を擦る彼女の拳は少し皮膚がめくれ血が滲んでいた。ポタポタと前髪と尻尾からは海水が滴っている。彼女の立っている場所には大きな水たまりができていた。

「ここまでどうやって来た?4時間は潜水して進んでいたんだぞ?」
「魚や海獣に教えてもらった」
「はぁ?お前人魚じゃねぇのに魚と喋れんのかよ」

ペンギンが驚いたようにそう聞けば彼女は首を傾げた。

「耳をすませば彼らの声は聞こえる………お前たちは聞こえないのか?」
「普通は聞こえないな」
「そうか…それより約束は守った。ミンク族の男はどこだ?」


彼女に課した1億ベリーを持ってこいという条件、先ほど船内で船員に確認させたところ2億ベリーほどあったという。それに海兵を片付けてこいと言ったのもおそらくしっかりこなして来たのだろう。肉眼で確認できる限り海軍の軍艦は見当たらないし見張りからも報告はこないあたりしっかり振り切ってきたようだ。想像していたより律儀な人間でやや驚きを隠せない。新聞の記事を全て信用しているわけではないが、彼女の記事では過去には民間人にも被害を出していて同世代の海賊に比べれば大したことはないように思えるが凶悪だとも書かれていた記憶がある。どう対応したものかと悩んでいると船内からベポが出てきた。

「キャプテン…やっぱりおれこの人と話してみたい。信用していいと思うよ」
「なんで信用までできる」
「……んっとね…匂い?おれの兄ちゃんと似てる匂いする」
「私も君から母と似た匂いを感じる」

そういう2人を見合わせておれは小さくため息をついた。手短に済ませろ。そういって甲板にいた他の船員たちの警戒態勢を解かせ船内に退避させた。

「少しでも妙な動きをしたら殺す」

そういって甲板の出口近くの壁に寄りかかり俺は2人のやりとりを観察した。雷拳屋は瞳をキラキラ輝かせベポに歩み寄った。ベポもまた彼女に歩み寄る。

「お前もミンク族なのか?」
「母がミンク族で父は人間だ。だから半分だけミンク族…オオカミの半ミンクだ」
「そうなのか!おれはシロクマのミンクなんだ!おれベポ!」
「私はナマエだ」
「ナマエもゾウに帰りたいのか?」
「……帰る?」

雷拳屋は顎に手を当てて少し俯いて考えるそぶりを見せた。表情の変化が乏しい彼女は何を考えているのかわからない。

「ゾウには一度も行ったことはない。死んだ母が逃げることが出来たらゾウに向かえと言っていた。私はその言いつけを守るためにゾウに行きたい」
「逃げる?」
「私は10年前まで奴隷だった」

彼女の一言にベポは驚いたようで、え?と思わず声を漏らした。彼女は俺たちの反応を気にすることもなく話を続ける。

「外に出たはいいが、ゾウがどこにあるかもわからないし行き方もわからない。逃げ出してもう10年になる。ベポ、ゾウはどうやったら辿り着けるんだ?教えて欲しい。」

彼女はそう言うとベポの手を握った。ベポは困ったように唸った。俺はベポからゾウがどんなところか聞いている。ゾウは後半の海新世界にありその名の通り動く巨大な象なのだ。島ではないため磁気を辿る記録指針などでは辿り着けない場所だ。

「ゾウっていうのは記録指針じゃ指し示せないから行くのすごく大変なんだ。それに新世界にあるからここからだとすごく遠いよ?」
「新世界?」
「このグランドラインを進んだ先にある場所だよ……なぁナマエって航海術どのくらい知ってる?今までどうやって海を渡ってきた?」
「こーかいじゅつ?は何も知らない。船の扱いは知らないから泳いだり海獣の背中に乗せてもらって海を渡ってきた」

そういうとベポは俺の方を見た。その仕草は俺に何かをねだる時のものと全く一緒だった。ダメだ。今回は食い物とは訳が違うんだ。

「キャプテン~」
「ダメだ」
「でも、俺もいつかゾウに帰るのが目標だし…ナマエをゾウまで船に乗せてもいいんじゃない?」
「ベポもゾウに向かうのか!?私も連れて行って欲しい!」
「ダメだ!決定権はキャプテンである俺にある!お前みたいなやつはこの船に乗せられない」
「問題ない。それならば船の後ろを泳いでついていく」

真顔で自信満々にいう雷拳屋に俺はため息をついた。新聞で見た冷酷無慈悲の獣はどうやらただの頭の悪い馬鹿のようだ。

「キャプテン…ナマエの面倒俺がみるから…」
「ベポ。雷拳屋に背中を預けられるか?船に乗せて同行させるというのは自分や仲間を危険に晒す可能性があるんだぞ?」
「……ナマエ、俺やキャプテンがピンチの時守ってくれる?それが出来たらゾウまで一緒に連れてってあげる」
「わかった」
「おい!何を勝手に…!」
「キャプテン、ナマエがちゃんと約束守る人なのはさっきのでわかったでしょ?何かあったら俺が責任取るしこの船のルールも教えるよ。だからお願いします!」

そういってベポは俺に頭を下げた。こんなに真剣に俺に頼み事をするベポは久しぶりに見た。同じミンク族の血が流れたこの女に少なからず同情したのだろう。彼と出会ってから今までの道中で初めて遭遇したミンク族の血筋だからかもしれない。たしかにこの女は頭が悪いが言ったことはしっかり実行する。それに億越えの賞金首だそれなりの実力があるのはわかっている。
俺のこの判断が吉と出るか凶とでるか、もしかしたら船員たちを危険な目に合わせるかもしれない。俺は腹をくくり船内へ続く扉を開けた。

「ベポ、お前が責任を持て。言っておくがうちの船員にするつもりはないからな。あくまで同行者だ。」
「ありがとうキャプテン!!よかったな!ナマエ!」
「…一緒に行っていいのか?」
「そうだよ!!」

ベポがそういうとずっと真顔だった雷拳屋の顔がほんの少し緩んで微笑んだ。年齢相応の女性らしい愛らしい表情はどことなくコラさんを思い出させるものがあり俺は思わず息を呑んだ。

「ただし手数料はもらうぞ」

俺は宙に手を伸ばした。「”ROOM”」俺を中心に能力のサークルが展開する。オペオペの実の能力だ。俺が能力を展開したことで雷拳屋は一瞬身構えた。

「”メス”」

そう言って俺は彼女の心臓を抜き取った。
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