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「もしここから逃げ出せたのならゾウに向かいなさい。」


物心ついた時から母にずっと言われ続けていた言葉を思い出した。ゾウは母の故郷で、この地と比べ物にならないほど良い場所だという。
良い場所とはなんだろう。
ここでは毎日ちゃんと言うことを聞けばパンを貰えるし、時折散歩に連れてってももらえる。今より良いとはどんな生活なのだろうか?
首輪を外し自由に外を出歩けて暴力を振るわれることなく、ご飯もお腹いっぱい食べられる場所だと母は私に説明してくれたが、それが素晴らしいことなのか私にはよくわからなかった。でも暴力を振るわれないのはいいと思う。アレは痛いからあまり好きではない。しかしそんな場所など本当にあるのだろうか。

私は物心ついた頃から目を閉じればずっと遠くの場所まで見ることができる。
母が故郷のことを話すので、どんなところだろうと目を閉じて見たことがある。でもこの地の果ては全て崖でその先は空が続くばかりだ。崖の下は遠くて見通せない。
この崖の下にそんな場所があるのだろうか?
外の世界の素晴らしさを語り続けた母は私が6つの時に死んでしまった。母にああは言われたものの、ここから逃げたいという欲もなくただただ時間が過ぎていくだけだった。


しかし外へ逃げるチャンスが訪れたのだ。


ある魚人の男がこの地の奴隷たちを解放しに来た。一緒にいた奴隷仲間たちはみな喜び外へ出て崖を降りていく。
逃げ出せたのなら母の言いつけを守らなければ。
私は周りの奴隷たちについて行き未だ見たことのない崖の下に降りて行った。生まれてから今まで踏み入れた事のない場所へ向かうというのは酷く不安で仕方がなかった。


初めて外の世界で見たのは海だった。
海というものを初めて見た。あまりの大きさに私は驚いた。目を閉じて遠くを見ようとしてもどこまでもどこまでも海は続いている。この海の果てにゾウがあるのだろう。逃げ出した奴隷たちと共に大きな船を盗み私は海へ出た。何もかもが新鮮で自分の鼓動の高鳴りが聞こえてくるのがわかった。見知らぬ世界への期待と不安が私を包み込んだ。



外の世界は知らないことがたくさんありすぎて大変だった。とりわけ難しかったのがお金の使い方だ。計算は苦手だ。覚えるのには時間がかかった。なぜならばお金を使って物を買うより盗って逃げた方が早いのだ。でもそれだと海軍などがやってきて大変だと学び渋々使い方を覚えた。

人攫いや海賊や海軍は面倒だ。人攫いと海賊は私の耳や尻尾が珍しいと、海軍は私が天竜人のものだからと言って捕まえに来る。母の言いつけを守りゾウに行くためには捕まるわけにはいかない。母から習ったエレクトロという電流の技や、道中海賊たちが使っていた覇気というものを見様見真似で使い倒していくうちに私は賞金首というものになったらしい。とにかく言いつけを守りゾウに向かいたいのだが、行き方がわからない。ゾウという島は皆知らないと言う。島ではなく”大きな象”だと伝えても私の言っていることは夢物語だと取り合ってくれる人はほとんどいなかった。頼れる人は誰もいなかった。自力でいくしかない。死ぬまでにたどり着ければいいかとのんびり海を放浪していればいつのまにか10年の年月が流れていた。

この海は苦痛だ。あの地にいた方がまだ生きるのは楽だったかもしれない。
でも母の故郷のゾウを見てみたかった。




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