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"水の都"ウォーターセブンはとても大きな街だ。甲板から身を乗り出してここから見える範囲で島を観察した。外壁の様なところには数字が書かれており島の中央にとても大きな噴水がある。建物も沢山ある。久々の規模の大きな街に私はとても期待に胸を躍らせた。

「俺とペンギン・シャチ・ベポは造船所で商談をしてくる。残りの奴らは昨夜指示した通り、財宝の換金・当面の宿の手配・情報取集でチームを分け各自行動。夕方に全員落ち合う。集合場所は子電伝虫で伝える。」
「「「アイアイキャプテン!!」」」

ローの指示に海賊団のみんなはいつものように元気よく返事をした。そしてそれを皮切りにみんなバタバタと上陸の準備を始める。すると甲板で島をずっと眺めていた私の隣にローがやってきた。

「この島で船の増強をする。だからお前も暫く俺たちと宿暮らしだ」
「そうか。わかった」
「小遣いをやるから好きに観光してこい。日が暮れる前に匂いを辿って俺の元に戻ってこい」
「わかった」

そういうとローは私にショルダーバッグを首にかけてくれた。中を見るとイッカクが作ってくれた私用のお財布が入っていた。青い布に犬のワッペンが付いていて私の名前が刺繍されている。お気に入りの一品だ。他にも絆創膏、ハンカチティッシュなどが入っていた。たぶんペンギンが用意してくれたのだろう。彼はよく島に行く時にこう言ったものを持ったかいつも確認してくれる。

「いいか?お前は賞金首だということを忘れるな?賞金稼ぎや名を上げたい海賊に狙われるかもしれねえ。この島で問題を起こすんじゃねぇぞ?」
「わかった」

もう行ってもいいか?と訊ねればローは好きにしろと言った。私は甲板から飛び上がり大きく宙を蹴った。空を駆けるのは楽しい。空中を大きく何度か跳ねる様に駆け上がればあっという間にウォーターセブンの外壁まで来れた。振り返るとポーラータング号が少し離れた海原にポツンと小さく見えた。それを一瞥して私は街中へと降り立った。





"水の都"とはどんな所かと色々想像を膨らませていたが想像以上に面白い所だ。街の至る所には水路が張り巡らされており、多くの人々はその水路をブルという海洋生物にゴンドラを引かせて移動している。商店街は非常に賑やかで活気がある。人々の賑やかな声が少々耳に痛いが元気があることはいいことだ。地元の人間であろう人物に古書店がないかと訊ねると商店街から少し離れた裏通りに何軒かあると教えてもらった。
裏通りは静かで落ち着いていた。カフェや古書店など小さな店がいくつも並んでいる。表通りの賑やかな声が遠くに聞こえる。私は早速、適当に目のついた古書店に入り面白そうな本がないか探してみた。
ペンギンに文字を教わってから私は本が大好きになった。特に物語の本が好きだ。書かれている物語は本当にあったことじゃないものが大半だが、色んな人の色んな人生を見てその人生を体験している気分になる。
もし私があの日生まれた場所から逃げ出さず今も奴隷のままだったならばこの素晴らしい本たちに出会えなかったと思うと、あの日私たちを解放してくれた魚人に感謝してもしきれない。

ふと一冊の本が目に止まる。
"狼男"私が初めて1人で読んだ本だ。懐かしい。手に取ってページをめくる。あの頃は辞書などを引きながら読んだっけ。内容は今でも鮮明に覚えている。やっと幸せを掴めそうになった狼男は最後は死んでしまう。それについて私は当時は理由もわからず悲しい気持ちになったが、今ならなんで悲しくなったのかもわかる。狼男の友達である人間の女に感情移入していた。母親が天竜人から暴行を受けて死んだ時の記憶と物語の結末を無意識に重ねていたのだ。
それと同時に狼男と似た私もいつか殺されてしまうんだろうなと悟ったから…。あの頃も今も死ぬ事は怖くないが、もし今死んだらゾウに辿り着けないこととロー達と別れることになると思うと寂しい。

ため息をつき手に取った本を本棚に戻した。読むならもっと明るい話がいい。心温まる様なドキドキする様なワクワクする様なそんな話が。





気がつけばもう太陽が水平線に差し掛かる頃、西の空は真っ赤に燃え東の空には星が輝き始めていた。ローの所に帰らなきゃ。私はスンッと鼻を鳴らした。目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。この島の人たちの気配とローの匂いを照らし合わせる。少し遠い所にローがいるのがわかった。周りには仲間達が数人集まっている。私は空を駆け上がりローの元に一直線に向かった。夕暮れの商店街は相変わらず賑やかだ。造船の島と言われるだけあって仕事を終えた屈強そうなおそらく船大工であろう男達も多く見られる。地上と水上を進む人々を眺めながら空を駆けていると船大工らしき男たち数人と目があったが、私は気にせずローの元へ一直線に戻った。

なんとか日が完全に暮れる前にローの元に着いた。大きく開けた広場でローはベンチに座りグースカと眠るベポに寄りかかり目を瞑っており、ペンギンとシャチが集まった船員達と話しながらおそらく手配した宿屋の部屋の鍵をそれぞれに渡していた。私が到着したと同時にローの瞳がパチリと開いた。

「戻った」
「おう、ナマエ!観光楽しかったか?」
「人がいっぱいいて耳が痛くなった」
「そうかそうか」

シャチはそういうと私の頭を撫でてくれた。シャチは事あるごとに頭を撫でてくれるので好きだ。彼の掌の感触に集中しているとペンギンが私に声をかけた。

「さてと、残るはナマエだけだな」

そういってペンギンとイッカクが私の前まで来た。彼は手に持った鍵と紙を見比べて私を見る。

「ナマエはイッカクと一緒の部屋とキャプテンと一緒の部屋どっちがいい?」

そういうとローがどういう事だと立ち上がってペンギンに問い詰めた。ペンギンは戯けた様に笑ってローの方を見た。

「俺はお前達と4人部屋か1人部屋にしろって言ったよな?」
「えぇ。でも宿手配した奴らが2人部屋でしか取れなかったていうんで」
「ウチはコイツ合わせて21人だろ?俺が1人部屋にすれば問題ねぇじゃねぇか」
「いいんすか?ナマエと一緒の部屋じゃなくて」
「あのな、俺はコイツにはなんの感情も…」
「ナマエ、どっちにするんだ?」
「おい!」

なぜか怒っているローを他所にペンギンは私に詰め寄った。イッカクと一緒かローと一緒か…。

「……どっちも大好きだから選べない…どうしよう…」

そういうとローは少し目を見開いた後に帽子の唾を掴んで目元を隠した。イッカクはそんなローの様子をみて口元に手を当てて笑った。

「ねぇナマエ、私とキャプテンどっちも大好きなのよね?」
「うん。どっちも優しいから大好き」
「じゃあ一緒のベッドで寝たいと思うのはどっち?」
「おい、イッカク!」
「キャプテンはちょっと黙ってて下さい。ナマエの自主性に任せましょうよ!」

私は少し考えてみた。一緒に寝るならどっちがいいだろうか?イッカクもローもどっちもいい匂いがして好きだしギュッてしてくれるし暖かい。どっちも頭撫でてくれる。あぁ…でも特別な時だけだけれど、チューをしてくれるのはローだけだ。
「ローがいい」そう言うだけなのになんだかちょっと恥ずかしくて、私はその言葉を口に出さずにローを指差すと彼はびっくりした表情で私を見た。
イッカクとペンギンとシャチはニヤニヤして私たちを見た。

「よくぞキャプテンを選んだ!」
「あん!悔しい!ナマエ…ズバリ!キャプテンを選んだ決め手は?!」
「えっと…ローはちゅーしてくれるから…」

そう言うと一瞬だけ全員押し黙って私をみた後すぐさまローに詰め寄った。

「俺たちの見てないところでやっぱやる事やってんじゃないっすか!!」
「キャプテンもやっぱ男なんすね!」
「ちげぇ!キスなんかしてねぇよ!」
「この前寝る時頭にしてくれた。覚えてない?」
「アレは匂いを嗅いだだけで……ハッ!」

そう言うとローは俯いて顔を隠した。耳がほんの少し赤くなってるのがわかった。ペンギンとシャチは「へぇ?」とニヤニヤしてローの顔を覗き込んだ。このままだと2人とも怒られそうだなとなんとなく直感で思った。するとイッカクが私の腕にギュッと抱きついてきた。

「ナマエ!私もあなたにチューするから屈んで」
「ホント?うれしい」

私は言われた通りに屈めば彼女は頬にチュッチュッとキスをしてくれた。暖かくてくすぐったくて優しい気持ちになる。私もお返しにイッカクの頬にキスをしたら彼女も嬉しそうに笑った。

「ほら、私もあなたにチューしてあげれるわよ?」
「…はっ!ど、どうしよう…また選べなくなってしまった…」

私がそう言うと俯いていたローが顔を上げて勢いよくペンギンの手から宿の部屋の鍵を奪って私を見た。

「一度決めた事は簡単に変えんな」

そう言うとローは「各自自由行動!」そう叫んで私の手を引いて彼らから離れた。
この後またいつものように酒場に連れて行ってくれるのだろうか。私は黙っててローに手を引かれるがまま彼について行った。





「部屋分け終わったの?」

眠たい目を擦りながらベポは起きた。おれ誰と同じ部屋?キャプテン?と小首を傾げて聞いてきた。

「お前はシャチと同じ部屋」
「そうか!シャチよろしくな!」
「おう」

俺は残った鍵をイッカクに渡した。先ほどのナマエへキスすることによってキャプテンを煽った彼女はファインプレーだった。その事を伝えると彼女はクスクスと笑った。

「だって見ていて焦ったいじゃない。キャプテンは私たちの手前ナマエといちゃつこうとしないし、ナマエはナマエで鈍感で感性がおこちゃまだから自分の気持ちに気がついてないでしょう?この長期滞在を機にくっついて欲しいのよ。それであわよくばナマエを正式にハートの海賊団の船員にして欲しい!」

確かにとシャチは深く頷いた。クールでカッコいい我らのキャプテン・ローさんは、リーダーシップがあって頭が良くて尊敬できる男だ。俺の命の恩人でもある。そんな彼がこんなにもわかりやすく態度に出して1人の女性を愛しているのに中々歩みを寄せようとしない。(本人は隠しているつもりでいるらしい)ナマエというちょっと普通とは違う子が相手だからだろうか。船員一同見ていて焦ったくて仕方がないのだ。
前回の無人島で晴れて想いが通じて熱い一夜を過ごしたのかと思いきやそれ以降はなにも進展しない。そこで俺とシャチとイッカクでこっそり話し合ってナマエとキャプテンを相部屋にして距離を縮めようという計画を立てたのだ。

「キャプテン、男みせるかしら?」
「さすがに大丈夫だろ」
「むしろこれで手を出さないとか信じられない」
「キャプテンとナマエがどうしたの?」

ベポの間抜けな問いに俺たちは小さく笑った。
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