15


あの無人島の一件から俺とナマエの仲を噂する船員が後を経たなかったが、俺とのことを聞かれたナマエは一貫して何もなかったと主張するのでやがて誰も俺たちのことを訊いてくることはなくなった。
双子の島のログも貯まり俺たちはいよいよウォーターセブンに向かうことになった。
ナマエを神といて慕っていた村人たちは泣きながら彼女を見送った。ナマエは意外と淡白なやつで村人たちとの別れをそこまで惜しむこともなく、簡潔に別れを告げ海に出て数時間経ったら頭の中はもうウォーターセブンのことで一杯だった。

ナマエのお手柄で手に入れた宝箱は結構なものでこれと以前から貯めていた金を合わせればこのポーラータング号も十分な増強が行えるだろう。この船を信じていないわけではないが、新世界を渡るなら万全な状態で望みたい。大切な船だからこそ増強を行いたい。潜水艦の修繕改築の費用は普通の船の倍はかかるだろうと踏んでいたので彼女の功績は本当に大きかった。
あと数日でウォーターセブンに辿り着ける。船大工に依頼をする前にどういう改装をするべきか各持ち場の責任者である船員たちと話し合うことにした。

「船員も増えたし部屋を広くするか増やすかしたいっすよね」
「体のデカい奴らのために少し天井高くしてやりたい」
「後半の海は熾烈を極めるんだろう?魚雷の威力をもう少し上げるか砲台を増やしたいな」
「食糧庫は絶対に広くしたい。あと余裕があるなら厨房の設備を新しいのにして欲しい」
「良いエンジンを積んでくれるなら何でも良い」

食堂で開いた会議でそれぞれの持ち場の責任者たちから次々と要望が出る。俺の隣でペンギンがそれぞれから出た要望を紙にまとめていく。金に余裕はあるとは言え流石に要望を全部聞くのは難しい。あとでよく精査するべきだなと考えているとベポが口を開いた。

「あっ!ナマエの部屋広くしてやりたい!」

ナマエの部屋は3年前から測量室の隣の小さな物置だ。今は中にあった備品を別の倉庫に移して照明も直してやった。しかし狭い部屋には変わりはない。それでも彼女は文句を言うことはなかったしあの場所を気に入っていた。

「あいつは同行者であってウチの船員じゃねぇ。何であいつのための部屋をわざわざ作ってやる必要があるんだ」

そういうと打たれ弱いベポはシュン…と落ち込んですみませんと謝った。心なしか船員達からの視線が痛い。俺に対する非難の意図を感じるが無視をした。そんな中、イッカクが手を上げて発言した。

「船員達の部屋を広くするならナマエは私と相部屋にすれば良いじゃない。私、ナマエとなら大歓迎だわ」

そうニッコリと笑うイッカクにみんな異論はないようでそれがいいと賛成した。確かにナマエがイッカクと相部屋になれば空いたあの物置に備品が詰め込めこむことができる。
だが俺は寝つきの悪い夜にナマエの寝床まで行ってあいつと無駄話をしたり寝顔を見たりするのを密かに楽しみにしていたりする。彼女がイッカクと相部屋になったらそれもできなくなる。少し歯痒いが致し方ないだろう。

やや乗り気でない俺の心を察したかのようにペンギンはジッとこちらを見た。シャチと違って彼は率先的に人を茶化すようなことをしない。彼は何か物言いたげに俺を一瞥したあと議事録を取る作業に戻った。
暫くして全員の要望が出揃い、俺はペンギンがまとめた議事録に目を通した。

「俺の方でもう一度目を通しておく。予算の関係もあるからすべての要望は答えられないかもしれないが、自分の要望が通らなかったからって後で拗ねるんじゃねぇぞ」
「「「アイアイキャプテン!」」」

船員達の返事を聞き俺は議事録を片手に船長室に戻る為食堂を後にした。他の船員達も各々の仕事に戻っていく。こまめに掃除はしているとはいえこの船も随分ボロボロになったな。北の海のスワロー島を旅立ってもう8年、ガタが出始めてもおかしくはない。今も十分素晴らしい船だがこの修繕と改造で最高の船にしてやる。そう思いながらこれまでの旅の思い出に思いを馳せながら俺は片手で船の壁をなぞった。





もう少しで消灯時間になる頃。どうせ今日もすぐ寝付けないだろうと思った俺は何か本でも読むかと思い書庫に足を運んだ。
寝ずの番ではない船員達何人かと廊下ですれ違う。キャプテンおやすみなさいと礼儀正しく挨拶した彼らに俺は手を上げて応えた。

書庫の扉は少し開いており、覗いてみると中にはナマエが真剣に本を読んでいた。
ペンギンが文字の読み方を教えてからというもの彼女はすっかり本の虫だ。もうこの書庫の本もほとんど目を通したのではなかろうか。ナマエは地頭が良く、この3年間で文字の読み方以外にも文字の書き方や計算や簡単な科学知識などある程度の一般教養はすべて学び理解している。そのうち医学知識も教えてみたいところだ。
ナマエは俺が書庫に入ってきたことに気がつくと尻尾を振って俺の名を呼んだ。

「邪魔したか?」
「問題ない。ローも寝る前に本を読みに来たのか?」
「あぁ」

俺は本棚の前に立ちどの本を読もうか悩んでいると、ナマエが読んでいた本を胸に抱きしめ俺の隣に立った。どうかしたのか?と尋ねると彼女はキリッとした表情で俺を見つめる。

「読み聞かせしてもらうとすぐ寝れるぞ!」
「あ?」
「ロー、たまに寝つきが悪いって言ってたろ?私は寝れない時にペンギンに読み聞かせしてもらうんだが、そうするとすぐ寝れるんだ」
「そうか」
「私がローに読み聞かせしても良いか?」
「は?」
「ダメなら…断ってくれ」

そういうとナマエの耳はヘニャッと潰れた。これは怯えているときや不安な時によくする仕草だ。ここで断れば素直に身を引くだろうし、彼女の提案を飲めば嬉しそうに尻尾を振るんだろうな。あざといやつだ。故意にやっているならまだしも無自覚でやっているのだからたちが悪い。

「……何を読んでくれるんだ?」

そう聞けばナマエは耳をピンと立てて目を輝かせた。彼女はえっとえっと!とはしゃぐ子供の様に本棚を見た。指先で本棚の背表紙を暫くなぞった後、一冊の本を取り出した。

「これ、短編集だからちょうどいいかもしれない」

そう言ってナマエが俺に見せてきた本は数年前に名が売れた作家の本だった。随分前に読んだが、内容はほとんど忘れていた。じゃあ頼むと俺がいうと彼女は何度も首を縦に振った。
今までペンギンにしてもらったことを今度は自分が他人にしようというのだ。彼女にとってこれは謂わば大人の真似事をする子供の心境なのだろう。彼女は頑張る!と意気込んでいた。





船長室の自分のベッドの上に横になりナマエを見た。彼女は床に座り込みベッドを机の様にして肘を置き本を開いた。

「眠くなったらいつでも寝ていいからな」
「あぁ」

そういうと彼女は一つ咳払いをして物語を読み始めた。

「その少年は孤独だった。なぜなら少年には家族がいなかったからだ。ある日少年は…」

普段の彼女の淡々とした必要最低限の言葉しか使わない喋り方とは思えない柔和で優しい声色の喋り声は本当に彼女の口から発しているのかと耳と目を疑った。彼女は朗読に一生懸命だ。耳慣れない彼女の語り口調に少し耳がムズムズするが、とても心地よかった。
そんな簡単に寝れないだろうと思っていたが、この予想外の心地よさに俺はだんだんとまぶたが重くなっていった。物語の内容はあまり頭に入ってこないが「ナマエの声をもっと聴きたい」そう思いうつらうつらと夢へと船を漕ぎ始めた時だった。ハッと睡魔が一気に吹き飛んでしまった。何故だと思い目を開けて隣を見るとナマエが本を持ったままベッドに頭を押し付けてスースー寝ていたのだ。本を朗読している間に眠くなってしまったのだろう。起こすのは忍びないがこんな体制で寝ていたら明日の朝に体が悲鳴を上げるだろう。

「ナマエ…ナマエ…」
「…ぅ…ん……。ごめん、なさい、ロー…寝ちゃった」

ナマエの肩を揺らすと彼女は眠たい目を擦りながら起き上がった。続き読む?とウトウトした目で聞いてくるので大丈夫だと彼女の申し出を断った。眠くなった?という彼女の問いに、あぁと答えると彼女はふにゃっと表情を柔らかくして笑った。

「そんなところで寝たら体が痛くなるぞ。こっちに来い」
「いいの?」
「今日は特別だ」
「へへ…特別、スキ」

タオルケットをめくり上げるとナマエはのそのそと俺のベッドに入ってきた。俺にピッタリとくっつくと彼女はすぐに寝息を立て始める。彼女にタオルケットをかけてやってサイドテーブルに置いてあったランプの灯りを消した。
一度消え去った睡魔はまた緩やかに俺を夢の中へと誘い始めた。俺はナマエの頭に自分の鼻をくっつけてスゥ…と彼女の香りを嗅いだ。潮と太陽と獣の匂い。あまりいい匂いとは言い難いが落ち着く。そのまま俺は彼女の温もりを感じながら目蓋を閉じた。
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