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とある双子の夏島。ハートの海賊団はログを溜めるためこの島に滞在していた。片方は無人島、もう片方には小さな漁村が1つあるだけの小さな島だ。
無人島の方は島をぐるっと囲む岩礁のせいで近寄ることはできないが、干潮時になるともう一つの島と繋がる道が現れる。俺たちは漁村のある島の方、漁師たちの邪魔にならない浜辺に船を停泊させた。この島のログが溜まるのは1ヶ月かかる。
ちょっとしたバカンスだと思えば楽しめるだろう。ここのところたて続けに海軍や海賊を相手にしていたこともあって船員たちは疲れ切っていたのでちょうどいいリフレッシュになりそうだ。島についてからは各々好きな行動を取らせた。村に行ってみる者、島を探索する者、海で泳ぐ者と様々だ。俺は海岸に生えていたヤシの木に背中を預けて海ではしゃぐ船員たちを眺めていた。この島の気候は北の海出身の俺にとっては少しダルくなる暑さだ。

ザバンッ!と突如沖の辺りの海面が盛り上がり海獣と白銀の髪の女…ハートの海賊団の同行者であるナマエが姿を現した。

彼女が俺たちと行動を共にするようになってもう3年が経過した。
俺の賞金額はあの頃から大きく増えて2億ベリーに、彼女の賞金額は1億2500万ベリーまで上がった。ナマエの賞金額を越した日に俺は彼女に正式にうちの海賊団に入らないかと誘った。船員たちからの人望も厚く戦闘力も申し分ない。船員たち全員もう彼女がハートの海賊団の一員のように思っているのは間違いなかった。しかし彼女は俺の誘いには乗らなかった。

「私はゾウに行くことだけが目的だ。ワンピースやお宝は興味は無いし何かを成し遂げたいという目標もない。みんなといるのは楽しいが、旅を続けたいと思う理由が思いつかない…」

その返答に俺は少し残念に思いつつも受け入れた。海賊なら欲しいものは力尽くで手に入れるものだが、彼女に限ってはそんな気が起きなかった。次の目的地であるウォーターセブンを抜ければ魚人島だ。そこから先は新世界、彼女との別れはすぐそこまで迫っていた。



宙を舞ったナマエはそのまま海獣の脳天にかかと落としを決めた。その衝撃で海は波打ち、大気が震えた。ザブンッと大きな水しぶきを立てて海獣とナマエは海に落ちる。しばらくすると海面から顔を出した気絶した海獣をナマエは浜辺まで運んできた。

「晩ごはん獲ってきた!」

腰に手を当ててフンッと鼻息荒くそう言うと海で泳いでいた船員たちがナマエに駆け寄ってえらいなすごいなと褒めちぎった。
褒められるのが好きなナマエははち切れんばかりに尻尾を力強く振った。
久しぶりの平穏な光景に俺はみんなに気がつかれないように笑った。





次の日にクリオネから村に酒場があると聞いたナマエは一緒に行こうと俺の手を引いて誘ってきた。出会った頃に酒場に連れて行ったことがよほど嬉しかったらしく度々彼女は俺に酒場に連れて行けとよく言うようになった。酒にあまり強くない上に甘い酒しか飲まないくせに。しかし断る理由もないので他にも数人船員を連れて俺たちは村の酒場に向かった。

ここの村人は海賊相手でも愛想が良いらしい。そんな村ならナマエやベポが嫌な思いをする心配もないだろう。といっても当本人達はさほど差別というものは気にしていないようだが。
村の中に入ると島の外からやって来た者が珍しいのだろう、仕事の手を止めてこちらを見る者も多かった。その中で一人の婆さんが俺たちを見て驚いたように目を丸くして近づいてきた。婆さんはナマエの側によると彼女に向かって手を合わせて「ありがたやありがたや」と拝み始めた。突然のことにナマエはびっくりして耳をピンと伸ばして俺たちと婆さんを交互に見て固まっていた。
俺だってこの婆さんが何を思ってナマエを拝んでいるのかわからない。するとこの婆さんの親族であろう男が駆け寄ってきた。

「うちの祖母がすみません!そちらの方が"狗神様"だと思っているようで……」
「狗神?」
「この島の神様みたいな存在です」
「ドギー、この人は間違いなく狗神様だよ…狗神様の生まれ変わりさね」
「私はナマエだ。"いぬがみさま"じゃないぞ」
「ナマエ様…!ありがたや…またこの島に祝福をお与えください……」

婆さんは結局ナマエを拝むことをやめなかった。船員達はナマエに神様だってよ!と囃し立てる。彼女はちょっと困ったように眉間にシワを寄せた。しかしそのシワも酒場に着いたらすぐに消えることになった。
ナマエの噂をどこからか聞きつけた爺さん婆さんたちや信心深い者たちがナマエを拝もうと酒場にやってきて彼女に手を合わせたのだ。最初は不機嫌だった彼女だが船員の一人が爺さんたちにナマエは頭を撫でてやれば喜ぶと教えたら皆一様に彼女の頭を撫でた。それが嬉しかったのだろう。もみくちゃにされながらも彼女は楽しそうにしていた。終いには酒場の酒や飯も奢ってもらったようだ。俺たちは彼女から少し離れたテーブルで酒を飲みながらその光景を見ていた。

「ナマエ人気者っすね
「でもこの島の神様ってどんなものなんでしょうね?」
「さあな」

俺は特に興味がなかったが、ウニとシャチがその話題を出した時に酒場の若い店員が「狗神様にご興味がありますか?」と俺たちに狗神様とやらがどんな神かと話し始めてくれた。

狗神様とは、元々この島は獣を狩って生計を立てていて狩りに使う犬を大切に扱う風習から犬を神として祀り始めたことが始まりだという。しかし大体今から90年くらい昔に本物の狗神様が現れた。狗神様はこの島の住民に船の作り方や漁の方法を教え近海に出る獰猛な海獣を退治をしたりこの島にたくさんの恩恵を授けてくれたそうだ。
ある時、隣りの無人島に悪人たちが住みつき村人を襲うようになった。悪人たちはやがて村の若い女性の1人を攫った。そこで狗神様は若い女性を助けに無人島に向かった。一週間しても狗神様は帰ってこず、心配した村人たちは狗神様と女性を助けるために男数人で無人島に乗り込んだ。彼らが無人島に足を踏み入れるとそこには悪人たちの亡骸があった。そして赤い花が咲き乱れる花園で辱めを受けた村の女性を抱きしめるように狗神様の亡骸も横たわっていた。狗神様は村の女性を助けることができなかった自責の念から自害をしたのだという。
しかし結果として悪人は全ていなくなり村の平和は守られたそうだ。

「…それからこの村の住民は狗神様を奉り彼を偲ぶようになったのです」

興味はなかったが、物語が好きな北の海出身としてはとても聞き入ってしまった。おそらく狗神様とはミンク族なのだろう。店員が言うにはその狗神様はナマエと同じ白銀の毛並みをしていたらしい。そこまで見た目が似ているなら爺さん婆さんが拝むのも仕方がない。

「ナマエ様、最近この辺の海で気性の荒い海獣がいて満足に漁ができないのです…助けてください…」
「それが赤い海獣のことなら昨日倒して食べたぞ!」
「おぉ!ありがたやありがたや…」
「もうすでに我々をお助けくださっていたとは…!」
「褒めてくれるか?」
「もちろんです!」

もうすっかり神様気分のナマエは酒の酔いからか、ほんのり頬を染めてさらに村人たちに撫でてもらい今まで見たことのないほどに上機嫌だ。これ以上調子に乗ってバカなことをされても困る。俺はジョッキに入ったビールを飲み干しナマエに帰るぞと声をかけた。彼女はいつものように分かったと言って席を立つ。もうお帰りになられるのですか?と村人たちは寂しそうに彼女を見た。

「まだ島にいるからいつでも会える」

そういうと村人たちは嬉しそうに微笑んで再度彼女を拝んだ。
店を出て船に戻る道中ずっとナマエはご機嫌で滅多にやらないぎこちない不格好なスキップをして俺の前を歩いた。空は満天の星空で、道を外れた草むらからは虫の心地よい鳴き声が聞こえる。ご機嫌なナマエを見てウニは彼女に声をかけた。

「みんなから優しくしてもらってよかったなナマエ」
「あぁ。こんなことは初めてだ!」

尻尾を元気よく降って時折こちらを振り返る姿は散歩中の犬みたいだ。月明かりを受けて彼女の白銀の髪と尻尾は綺麗に輝いた。





今日は無人島の方に行ってみたいとナマエは俺を誘ってきた。クルーの一部はバカンスを満喫しているようでいつものルーティンとは違う怠惰な時間を過ごしているものが多かった。だれか俺たちに着いてくるやつはいないかと船員たちに聞けばイッカクが「お二人でデートを楽しんできてください」なんてぬかしやがった。彼女の一言を他の船員たちは全員間に受けて誰も俺たちと一緒に行動しようと名乗り出すものはおらず、俺は仕方なくナマエの”子守り”をすることにした。デートだなんてこんな色気も品性もないガキみたいな女とはごめんだ。


ナマエを連れて干潮時に隣りの島につながる道ができる浜辺がに来た。
もうすでに潮は引いており白い砂の道ができていた。ナマエはその光景を見てすごいとはしゃいだ。俺の服の裾をひっぱり早く早くと急かす。

「ロー!道なくなっちゃう!」
「大丈夫だ。そんな早く潮は満ちねぇよ」

すると散歩をしていたのだろうか村人の初老の男が俺たちに声をかけ近寄ってきた。昨日酒場にいた人間だろうか、ナマエを見るとぺこりとお辞儀をした。

「狗神様、あの島に行くなら赤い花には近づかんでください」
「赤い花?わかった」
「なんか問題でもあるのか?」
「えぇ、あの花は人間にはなんも害はないのですが犬にとっては毒で犬を近づけてはいけないと昔から言い伝えられているんです」

そう言うと男は「狗神様の身に危険が及ばないようお守りください」と俺に頭を下げた。

「安心しろ、俺は医者だ」

そう言って男にお気をつけてと見送られ俺はナマエの手をとって白い砂の道を進み無人島に向かった。
無人島に到着する頃には白い砂の道もうっすらと海に沈み始めていた。次にこの道が姿を表すのは大体12時間後か。隣りの島より一回りほど小さいこの島を探索するには十分な時間だ。
ナマエは鼻をスンスンと鳴らすと少ししかめっ面をして自分の鼻を押さえた。
どうしたと聞けば彼女はうーん…としばらく考えた後に口を開いた。

「なんか変な匂いがする……でも嫌な感じの匂いじゃない…」
「さっきのおっさんが言っていた花かもしれないな。あんまり嗅ぐのはやめとけ」
「わかった」

そう言うとナマエは自分の鼻を押さえて俺に寄り添った。
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