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飯を食い終わるとナマエはまた黙々と本を読み始めた。時折意味を理解していない単語があるのだろう。辞書を開いて意味を調べている。その集中力といったらすごいものだ。真剣な彼女の瞳はとても綺麗だ。仕事の傍、気がつくと横目で彼女の姿を追ってしまう。邪魔をするなといったが、彼女がいるだけで俺自身が仕事に集中できていないことに気が付き頭を抱えた。

彼女が今のところ面白いと評価しているあの小説は悲劇の物語だ。最後は主人公の狼男は想いが通じ合った女の父親に殺されてしまうのだ。

正直ナマエにこんな内容の本をいきなり渡すのもどうかと思ったがこの本の主人公がどうもナマエと重なって見えてしまい、これを読んだ彼女の反応と感想が気になって仕方がなかった。
彼女は理解できずに頭を傾げるだろうか。
それとも仕方がないことだったと冷静でいるのだろうか。
あるいは悲しむのだろうか。


彼女が小説の三分の二くらいまで読み終えた頃にはもう俺は仕事を片付けるのは諦めて彼女を観察していた。耳や尻尾の動きで彼女の感情は手にとるようにわかる。段々と垂れ下がっていく耳。ページを巡るスピードがどんどん遅くなる。今彼女は何を思っているのだろうか。空になったマグカップを手に取って俺は一度食堂に向かうことにした。
時間は夕食時に差し掛かっていた。ナマエの邪魔をしないようにゆっくり扉を開けて廊下に出て能力を使い食堂に移動した。急に現れた俺を見て船員たちは一瞬驚いていたが、よくあることだからか皆何もなかったように俺に挨拶をした。厨房に続くカウンターでコックの1人にコーヒーを淹れるように頼んだ。

「夕飯なんだが2人分用意してもらっていいか?船長室で食べる」
「アイアイキャプテン!仕事にのめり込みすぎないようにね」

そう言ってコーヒーと夕飯の乗ったトレイを受け取った。船長室に戻ろうとした時、ペンギンに声をかけられた。ナマエに文字を教えたのは彼だ。ずっと俺の部屋で本を読んでいるナマエのことが気になるのだろう。

「ナマエどうっすか?楽しそうに本読んでますか?書庫の本をオススメしたんですけど、あいつキャプテンの本が読みたいって言って聞かなかったんですよね」
「ものすごい集中力で読んでる。こっちが声をかけても全然反応しない程にな」

そういうとペンギンはそれはそれはと笑った。
なんて本を読んでいるのか聞かれたので、タイトルを教えれば彼は興味深そうな表情で顎に手を当てた。

「なるほど、狼男…自分と似たような主人公に興味があるんですかね?」
「さぁな。お前はあの本を読んだことはあるか?」
「いや。民話のものならありますが小説は読んでないですね」

その後仕事の話と他愛もない話を少しして俺は能力を使って自室に戻った。ソファにナマエは座っていなかった。部屋を見渡すと彼女は俺のベッドで丸まっていた。俺はテーブルにトレイを置いて彼女に近づいた。本を読み終えたのだろう。ソファの上にちょこんと置いてあった本の上に栞が挟まれずに置かれていた。
ベッドの上で丸まった彼女は背中をこちらに向け、耳は一瞬本当にあるのか疑うほどぴったりと頭にくっついており尻尾は足の間から引っ張るように胸元まで持っていかれて抱きしめられていた。

「……本読み終わったか?」

そう聞くと彼女は顔をこちらには向けないままゆっくり頷いた。

「感想聞かせろよ」

そう言って俺はベッドに腰掛けた。彼女は起き上がることなくゆっくりと体を捻り俺の方に体を向けた。顔はベッドに埋めたまま彼女は小さな声で喋り出した。

「狼男が殺されて物語が終わってしまった…」

そういうと彼女は一呼吸置いた。

「わからないが本を読み終えてからなんでかココが痛い」 

彼女は仰向けになり俺の方を見ながら心臓が抜けてポッカリ開いた穴の縁を服の上からなぞった。やや潤んだ瞳が不安そうに揺れた。
彼女は大きくため息をついて目を擦った。

「……人間と見た目が違うだけで恐れられ殺されるなら…私もいつか殺されてしまうのだろうか…?」

彼女は苦しそうに自身の胸を押さえて目を伏せる。眉間にシワを寄せて具合が悪そうにも見える。彼女はうなってまた膝と尻尾を抱えた。

「ローは私に考えろっていった。考えて生きるってすごく疲れる……」
「お前は一般教養が乏しいからから余計疲れるんだろう」
「……あの狼男もたくさん考えることができたら死なずに済んだのだろうか」
「あれは物語だ。人の想像で作った話だ。狼男が死んだのはあの本を書いた人間が決めたことだ。狼男自身がどう考えて動こうが死ぬことは初めから決まってたんだ」
「……難しい」

いつの間にか気がつくとナマエは顔がほんのり赤くなっていた。彼女の額に手を当ててみると随分と熱があるのがわかった。ここに来た時はどこも具合が悪そうになかったことを考えると知恵熱だろうな。そう結論を出して俺は彼女の額から手を離した。物語の主人公の死にここまで考え込むのは少し驚いた。自分では理解できていないようだが人の死を悲しむ感情がしっかりあることに俺は彼女の人間らしさをみた。

「今日はもう飯食って寝ろ」
「……わかった」

ナマエはだるそうに起き上がり重い足取りでソファに座った。彼女の前に夕飯を差し出せば、病人みたいにゆっくりもそもそと飯を食べた。いつも飯の時間は元気よく頬張り口の周りを汚している彼女だが今はその面影が全然ない。俺も自分の分の飯を口に運んだ。

「…今日は俺のベッド使って寝ろ。そんな状態であの物置で寝れないだろう」
「………わかった…」

ナマエはそう言うと鼻をスンッと鳴らした。
彼女は長い時間をかけてようやく食べ終えてのそのそとベッドの上で再び丸くなった。
俺はそれを確認して食器を食堂に片付けた。自室に戻りデスクに向かい海図を広げ今後の進路を確認しているとナマエがベッドからのそりと起き上がり俺のそばに寄ってきた。トイレなら廊下に出ずともその扉の向こうにあるぞと部屋の奥にある小さな俺専用のバスルームを指させば彼女はゆっくりとすぐ横で床に腰を下ろして俺の太ももに頭を置いた。

「頭撫でてほしい」
「なんで俺が撫でなきゃならん」

そういうとナマエは俺の太ももに額を擦り付けた。どうやら撫でるまで離れそうにないらしい。仕方なく撫でてやれば彼女は大人しくなった。ある程度して手を休めると彼女の手が俺の手に添えられた。もっと撫でろと言っているようだ。面倒くさい。なんで俺はこんなやつを甘やかしてるのか。自分の気持ちにもやもやしながら俺は彼女の頭を撫で続けた。

ずいぶんと長い時間ナマエを撫でて掌の感覚に飽きてきた。もう残りの仕事は明日にしようと思い、彼女の肩を叩いた。

「ベッドに行け。もう寝るぞ」

そういうと少し元気を取り戻したようなナマエはゆっくりと起き上がるとベッドに向かった。俺はソファで寝ようとすると彼女は俺の服の裾を掴んで引っ張ってきた。

「私をギュッってして寝て欲しい」
「………お前それどういう意味か分かってんのか?」
「母がよくそうして寝てくれた。なにか意味があったのか?」

俺はこいつの親ではない。親が子を抱きしめることと、いい歳の男と女が抱きしめることの違いなど彼女にはわからないのだろう。耳が垂れて悲しそうな目をしている彼女を見て俺はその手を握ってやりベッドに横にしてやった。ナマエの隣に横になり彼女を抱き寄せてやれば彼女は満足そうに深呼吸をして俺の胸元に額をピッタリとつけた。
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