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「”そうだ!山のような黄金は海に沈んだんだ!”
王様達はあきれてしまいました。もう誰もノーランドを信じたりはしません。ノーランドは死ぬ時までウソをつくことをやめなかったのです。」

おしまい。そういってペンギンは絵本を読み終え私を見た。文字の読み方を教わることになった私はペンギンに絵本を読み聞かせてもらっていた。読んでもらった話は先日立ち寄った春島でいくつか買ってもらった絵本の中の一冊、うそつきノーランドだ。この話はなんだか悲しい話だ。

「なんでだれもノーランドの話を最後まで信じなかったんだ?」
「ノーランドが嘘つきだったからだろう?」
「じゃあなんでノーランドは死ぬまで嘘をつき続けたんだ?」
「え…いや…なんでだろうな?俺はノーランドじゃねぇからわかんねぇや」

ノーランドを見てなんとなく私は母を思い出した。 母は天竜人からの暴力で死んだ。私は檻の中にいたので母が死んだ瞬間は見ていない。でも母は死ぬ前日まで私の父親は同じ奴隷だったある人間だったとずっと言っていた。その人間がどんなに優しい人だったか。素晴らしい人だったか。ずっと聞かされ続けた。真実はわからないが母が嘘をついていたのはわかる。なんでそこまでして母は私に嘘をつき通したかったのか。私はだんだん悲しくなってきて本を閉じた。

「……この話嫌いだったか?」
「そんなことない」
「でも耳がへにゃってなってんぞ」

そう言われて私は自分の耳を触り指でピンと上に立たせた。最近みんなに言われて気がついたが、私は元気がない時に耳が垂れるらしい。

「ちょっと昔のこと思い出しただけ。ペンギンが絵本読んでくれるのは好きだ」

そういうとペンギンは照れたように「おう」と返事して私の頭を撫でてくれた。みんなに頭を撫でられるのは好きだ。そうこうしている間に休憩時間が終わってしまった。また本を読んで欲しいと頼めば彼は快く承諾してくれた。そして書庫から出て私は仕事に戻った。
向かった先は食堂の奥にある厨房。夕飯に使う野菜の皮むきをすることになっている。この作業が私は一番好きだ。無心で黙々とできるし作業の終わりが目に見えてわかるのがいい。
私が厨房に顔を出せば料理長は待っていたよとにっこり笑って厨房の隅にある麻袋に入った野菜を指差した。

「今日の分あそこね。頼んだよ」
「わかった」

床に座って麻袋からジャガイモのを取り出しナイフで丁寧に皮を剥いていく。そしてむき終わったものはザルに入れてゆく。それの繰り返しだ。今日の夕飯はなんだろうと想像を膨らませて楽しんでいると突然グワンッと船が大きく揺れた。たまに大きな波が来るとこの船は大きく揺れるのだ。突然の揺れで体勢を崩したその時だった。体勢を崩した時に誤ってナイフで親指を切ってしまった。思いの外ドバドバと血が出てしまい私は慌てて親指の先を舐めとったが血は止まりそうにない。どうしたものかと考えていると料理長があーあと言って私の手を見た。

「こりゃ派手にやったな」
「ごめんなさい」
「今の揺れじゃ仕方ないさ。ほら、皮むきは他のやつにやらせるからナマエはキャプテンのところ言って手当てしてもらってきな」
「わかった」

料理長にそう言われ私は親指から血が出る度に舐め取りながら船長室に向かった。ベポから教わった船長室の入り方を思い出しながら私は扉をノックした。しばらく待つと扉が開き中からローが出てきた。彼は少し驚いたように私を見た後「何か用か?」と訪ねてきた。
私は血が滲む親指をローに見せた。

「さっきの揺れで切った。料理長がローに手当てしてもらえって」
「……このぐらいで俺を頼るな」

ローは仕方ないといいながら私を船長室に招き入れた。船長室に入るのはこれが初めてだった。ベポの測量室と同じくらいの広さの部屋で壁には大きな本棚があり本がたくさんしまってあった。大きなデスクには海図や本や何やら数字の書いた書類などが置かれている。部屋の真ん中にはソファーとテーブルが置かれていて奥にはクローゼットとベッドがある。素敵な部屋だなと思い中を見渡しているとローがソファに座るように促してきた。言われるがままにソファにすわり彼は棚から救急箱を取り出し私の手を握って傷口を見た。

「痛いか?」
「慣れてるから大丈夫」

そう言うとローは大きくため息をついた。脱脂綿に消毒液を染み込ませ私の傷口をちょんちょんとつつく。ツンッと傷口から消毒液が滲みる。その感覚が気持ち悪くて私はちょっとだけ眉をしかめた。彼は慣れた手つきで手早く処置を済ませた。ガーゼが当てられテープでグルグル巻かれた親指は少し不格好だ。

「ありがとう」
「海の上なんだから常に気をつけてろ。船の揺れなんてよくあることだ。その度に怪我をされちゃ敵わない」
「わかった」

救急箱を片付けるローの背中を一瞥し私は再度彼の部屋を見渡した。彼の部屋はきれいに片付いて興味深いものがいろいろとある。ふとテーブルの上に本があるのが目に留まった。先日の島で彼が買っていた本であることは一目でわかった。あの時からある程度一通りの文字を覚えたので今ならこの本の内容がわかるかもしれない。

「ロー、この本を見てもいいか?」

そう尋ねると彼は棚の扉を閉じて私の方を見た。指差した先にある本を見てから彼は私に顔を向けた。

「文字を読めるようになったか?」
「ある程度」
「読んでみろ」

そう言われて私は本を手に取った。表紙のタイトルを見てみる。

「おお…か、みお…と…こ…?」

狼男。つまり私と同じオオカミのミンクのことだろうか?私はページを開いて数ページ読んでみたが、まだスラスラと文字を追うことは難しく文章もどこで区切って読むのか分からず最後まで読めそうにないことを悟った。

「……まだ読めそうにない。もう少し勉強したら読ませてほしい」
「……そうか、好きにしろ」
「ローはこの本好きか?」
「………まだ全部読んでねぇ」

ローの声はほんの少し揺らいだ。直感で私は彼が嘘をついたことがわかった。本は全部読んだのだろう。それではぐらかすのなら彼はおそらくこの本は好みでないのだ。狼男…一体どんな話なのだろうか。私は表紙のタイトルを指でなぞってみた。それで何かわかるわけでもないがなんとなくそうしたかった。嘘つきノーランドは嘘をついて殺されてしまった。狼男、お前の人生にはどんな物語が紡がれているのだろう。

私は早く文字を読めるようになろうと心に決めた。





文字の読み方を教わり始めて1ヶ月が経とうとした頃、ようやく私は卒なく文章が読めるようになった。わからない単語などの意味を調べるために辞書の引き方を教えてもらった。これなら難しい単語があっても問題ないだろう。

今日は普段雑用を頑張っているからと1日休みをもらえた。私はペンギンから借りた辞書を片手に船長室の扉をノックした。ドキドキする。しばらく待てばローが扉を開けて顔を出した。私は辞書を抱きしめてローに言った。

「文字読めるようになった。あの本を読ませてほしい」
「そうか、待ってろ」
そう言ってローは本棚の前まで歩きあの本を取り出して私の前まで持ってきてくれた。彼から本を受け取ろうとしたときスイッと彼は私に本を渡そうとはせず腕を上げた。何か思いついた顔といった表情をしている。

「いや待て…これは持ち出し禁止だ。ここで読め」
「……仕事の邪魔にならないか?」
「静かに読めるなら構わねぇ」

私はローに促され船長室に入り、以前訪れたときのようにソファに腰掛けた。今度こそローはあの本を私に差し出してくれた。恐る恐る受け取る。ローは私が本を受け取ったのをみるとデスクに向かい、海図や新聞などを広げて何やら書き物を始めた。私は渡された本を開いた。あの時は読みにくかった文字は今なら問題なくスラスラ読める。高鳴る鼓動を抑え私は文字を目で追った。


この本の主人公の狼男は不幸な男だ。
彼は普段は普通の人間なのだが、満月を見ると狼になってしまう体質の持ち主だ。それが原因で人間たちから迫害を受けながら幸せに暮らせる場所を求めて旅を続けている。
どこへいっても迫害を受ける狼男はある日旅先でとある女性と出会った。女性は彼が狼男であると知っても恐れず彼の手を取り優しく接してくれたのだ。

「……い……おい!ナマエ!」

ローの声と手を叩く音にハッとして私は本から視線を外し彼を見た。呆れたようにため息をついた彼はゆっくりとした動作で腕を組みやれやれと言った表情で私を見下ろしていた。

「すごい集中力なのは結構だが、呼びかけには1度で応えろ」
「ご、ごめんなさい…」
「飯持ってきてやった。食って少し休憩しろ」

テーブルの上を見るといつのまにかおにぎりが置かれている。壁にかけてある時計を見上げるとお昼の時間はとっくに過ぎていた。まったく気がつかなかった。ローの手を煩わせてしまったことをすぐに謝ると彼は少し黙ったのちに口を開いた。

「……その本は面白いか?」

ローはおにぎりを一つ手に取りベットに腰掛けてそれを頬張った。もぐもぐと口を動かして私の返答を待っている。私はゆっくり深呼吸をし、本の間に栞を挟みテーブルに置き代わりにおにぎりを手に取った。

「狼男はかわいそうな男だが、素敵な女性と出会い幸せそうだ。まだ半分しか読めてないが、私はこの話が好きだ」
「……そうか」

私はそうローに伝えておにぎりを頬張った。中身の具は昆布のようだ。ご飯を食べる時はしっかり噛みなさいというイッカクに言われたことを思い出しながら私は一生懸命噛んだ。
早く食べて本の続きを読みたいがその気持ちをグッと堪えて私は食べることに集中した。
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