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ナマエは夕飯に満足していたようだ。口の周りを汚しまくるのは相変わらずだが、ベポに注意されてから飯を食った後はちゃんと口を拭くということが出来るようになった。言われたことをすぐに直すことができるのは元奴隷であるが故だろうか。彼女は飯と一緒に注文した果実酒がたいそう気に入ったようだった。もっと飲みたいかと聞くと彼女は目を輝かせて頷いた。尻尾ははちきれんばかりに振られる。俺は彼女を連れて店を出て酒場に連れて行った。

果実酒はこの島の名産らしい。落ち着いた雰囲気の酒場のカウンター席でナマエは上機嫌に酒を煽る。酔いが回り始めたか彼女の頬はほんのり赤く染まっている。酔ってるからかいつもの無表情がほんの少し緩み柔らかい雰囲気を醸し出していた。

「…ロー」
「なんだ」
「ロー…。トラ…ファル…ガー…ロー」

そういうと彼女は一口酒を飲んだ。そしてチロッと口から出た舌で自身の唇をひと舐めして俺を見た。

「お前の名前、ちゃんと覚えた。合ってるだろう?」
「あぁ」
「私の名前はナマエだ。私を呼ぶ時は母のくれた名か子犬と呼んでくれ。そっちの方が耳慣れていてすぐに反応できる」

子犬か。天竜人からそう呼ばれていたのだろうな。俺は酒のつまみで出された胡桃を手の中で転がして彼女を見た。酒で酔っていてもその瞳はいつもと変わらない。

「……ナマエ…」

思わず彼女の名前を口に出せば、ナマエは船に乗り込んできたあの日のように微笑んだ。尻尾は、はちきれんばかりに振られる。尻尾の端が隣に座る俺の腰にペシペシと当たる。彼女は満足だと言わんばかりに酒をグビグビと勢いよく飲んでいく。流石にハイスペースで飲めば酔いも勢いよく回るものだ。酒に飲み慣れていなかったのだろう。彼女は目を細めて舌を少し口から出したまま動かなくなってしまった。オオカミのミンクだと言っていたが、どうみてもその辺の犬と変わらない。「酔ったか?」と聞けば彼女は小さく「たぶん」と呟いた。

金を払い、ナマエに帰るぞと言えばフラフラした足取りで彼女は俺の後をついてきた。日が暮れて夜になっても街の賑やかさは変わらない。人々の喧騒にナマエの耳がペタリと潰れたのをみて俺は人通りの少ない道を歩いた。俺の歩調について来れないのか一歩踏み出すごとに俺とナマエの距離が少しずつ離れていく。仕方なく彼女の手を引いてやれば無表情だが尻尾は大きくパタパタと揺れた。

「疲れた」
「船まで歩けるか?」
「…うーん」

彼女はそういうと耳を垂らしてフニャッと顔にシワを寄せた。歩くのが嫌なのだろう。こんなやりとりをしていると死んだ妹のことを思い出す。一緒に出かけた帰り道に歩けないと駄々をこねられてよく彼女を背負って家に帰った。流石に彼女を背負うのは骨が折れる。仕方ないと俺はまた彼女を泊まっている宿屋に運び込んだ。

宿の前に着く頃には彼女はもう歩くのがしんどかったのだろう。彼女は俺にもたれかかり俺はそれを支える形でなんとか自室までたどり着くことができた。ベッドに放り投げてやればカエルが潰れたみたいな声を出して力なくベッドに横たわった。水でも持ってきてやるかとベッドから離れようとすると彼女は俺の服を掴んだ。窓から入る月明かりが彼女の白銀の髪を綺麗に照らしている。赤茶の瞳はトロンとしているが虚な感じはしなかった。

「夜伽が必要なのか?」

彼女の予想外の言葉に俺は押し黙った。

「海に出てから夜伽に誘う男はみんなこういう場所に連れてきた。邪魔ならすぐ出て行く」

彼女の言葉に俺はベッドに腰を下ろした。胸の奥がモヤモヤするのを押し殺し俺はナマエの瞳を見つめた。

「俺がお前を抱きたいと言ったらお前は俺に体を差し出すのか?」
「それはしない。それしたら船から追い出すってローが言ったはずだ」
「追い出さねぇって言ったら?」
「体を差し出す」
「お前は…何でもかんでも人の言うこと聞いて……嫌じゃねぇのか?なんで拒否しないんだ?主体性はねぇのか?」

ナマエの腕を握りしめ語気を強めて彼女にに詰め寄れば彼女は目を見開き耳をペタリと潰した。尻尾を足に挟み込み呼吸は浅くなった。俺に怯えているのだろうか。彼女は震える声で喋り始めた。

「いっ…言うこと聞かなかったら殴るだろう…?」
「誰が?俺が殴ると思ってんのか?」
「……ローが殴らなくても誰かが私を殴る…」
「俺の船にそんな暴力を振るう奴はいねぇ…天竜人と一緒にするんじゃねぇよ!」

そう怒鳴るとナマエはますます怯える。いつもの無表情が眉を八の字にして今にも泣きそうな顔になる。ナマエは一生懸命俺の腕から逃れようとした。俺はナマエを逃さないようにしっかりと彼女の腕を掴んだ。

「怒鳴って悪かったな…」
「……ロー怒ってる…」
「怒ってねぇよ」
「……心がザワザワしてる…怒ってる…」
「別にお前に怒ってるわけじゃねぇ」

そういうとほんの少しだけ彼女は落ち着いたように見えた。しかし相変わらず耳は潰れたままだ。

「ともかく言うことを聞かないからってお前を殴る奴は俺の船にはいねぇから、言うこと全部聞く必要はねぇ。今日だって疲れてたなら無理にあいつらと出かけなくても良かったんだよ」
「……殴らないのはわかった…でも言うこと聞かなかったら困ったり泣いたりしないか?」
「あ?」
「私が言うことを聞かないせいで誰かが困るのは嫌だ」
「お前が言うこと聞かないで困った人間って誰のことだ…?」
「母」

彼女はそういうと眉間にシワを寄せて目を閉じた。そのまま顔をシーツに埋めた。
こいつに取って母親は愛すべき存在や聖母であると同時に自分の自由を縛り付ける鎖にもなっていたのだろう。それもそうだな。奴隷となって檻に閉じ込められた環境で子供を孕まされそして育てるなんて想像もつかない人生だ。愛する我が子が殺されないよう守る為には従順な奴隷になるように洗脳するしかなかったのだろう。それが正しい愛なのか俺にはわからない。

「困るなら困るって言う。だからお前は言われたことには自分で考えて答えを出せ。俺は何も考えず他人に言われるがままに生きる奴は嫌いだ」

そう言ってガシガシと力を強めにナマエの頭を撫でると彼女の耳は元の形に戻った。
彼女はわかったと小さく返事をした。



朝起きると腹に妙な重さを感じた。体を少し起こして見てみるとナマエがこちらに背を向け俺の腹を枕にして寝ていた。少しだけびっくりしたが、そういえば昨日はこいつを寝かしつけてそのまま一緒に寝てしまったんだと思い出した。これが美女だったら最高だったのだがと残念に思い俺は彼女の頭を撫でて起こさないようにゆっくりベッドから出てシャワーを浴びに浴室へ向かった。浴室を出る頃にはナマエも目覚めていたようでベッドの上で座りながら俺を待っていた。

今日の昼過ぎにはこの島を出る。
宿を出てやや二日酔い気味で顔を少ししかめるナマエを連れて船に向かうと甲板でベポが俺たちを出迎えた。彼は申し訳なさそうな顔をして駆け寄ってきた。

「ナマエ!心配したんだぞ!キャプテンごめんなさい…今度からちゃんとナマエから目を離さないようにします」
「反省してりゃ良い」

ナマエがベポにごめんなさいと頭を下げて謝ったのをみて俺は船内に入った。
船内に入ってすぐにペンギンとシャチがいて俺を見てニヤニヤしている。昨日のシャチを思い出すような嫌な笑みだ。

「ナマエと朝帰りっすかキャプテン?」
「なんだかんだ言ってナマエのこと好きだったんすね」
「ウニが街中でキャプテンとナマエがバーに入るとこ見たって聞きましたよ」
「昨夜はお楽しみだった感じっすかねぇ?」
「”ROOM”」

そう言って能力を発動するフリをすると彼らは慌てて俺に謝り船内に逃げるように引っ込んでいった。


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