■■、海行かへん?

 LINEに表示された文章を見て、■■は逡巡する。時間を確認すると、午前零時八分前。もうそろそろ日が回りそうなうえに、この時間では寒いと感じる時期になった。冷え性で寒がりな■■には辛いものがある。しばらく悩んだが、ここ数ヶ月お互いに忙しくて会うことすらままならなかった。人として、恋人に会いたくなるのは当然だろう。「いいゾ」と送るとすぐに既読がつき「迎えに行くわ」と返事が来る。
 部屋着から着替え、少し厚めのコートとマフラーを準備する。自然乾燥させていた髪の毛を整えて、彼が到着するまで落ち着きなくそわそわとしてしまい、■■は自身に苦笑した。どれだけ会うのが楽しみなんだ。自分が思っている以上に、連絡すらほとんど取っていない状況というのは堪えていたらしい。
 しばらくすると、デスクに置いたスマホが通知を知らせた。ドア開けてーと書かれたそれを見て玄関に向かう。鍵を外してドアを開けると、寒そうに身を縮こまらせる〇〇が立っていた。ぶわりと外の冷たい空気が吹き込み、■■も身を震わせる。
「行ける?」
「おう。ちょっと待っとけ」
 短い言葉を交わして、ソファの背にかけていたコートとマフラーを手に取って戻る。黒い上着に腕を通し、灰色のマフラーを首に巻いて外に出た。鍵を閉めて〇〇に着いてアパートの階段を下りると、正面にバイクが停まっている。最近免許を取ったらしい彼はツーリングを楽しんでいるようだ。黒いそれは暗闇の中ではあまり観察できず、■■は残念そうにしていた。ヘルメットを渡されてそれを被り、後部座席に乗る。運転席に座った〇〇の腰に手を回すと、エンジンがかかったそれが走り出した。びゅうびゅうと耳元を風が駆け抜けて音を立てる。冷たい風が体に当たり、剥き出しの手や顔から急速に冷えていく。
 午前零時を過ぎたばかりの街中は車が少なく、約一時間ほどで海の近くへ出た。潮風の匂いに、■■はほうと息を吐く。海に来るのは、何年ぶりだろうか。下手したら子供の頃ぶりではないか。
 〇〇が道端にバイクを停めて降りる。■■もそれに倣ってバイクを降りると、隣に立った恋人に手を握られた。冷たいそれにびくりと体を跳ねさせ、抗議するように彼の顔を見上げると、光のない視界では表情を見ることはできない。
「暗いし、誰もおらんし、ええやろ」
「……まぁ」
 自身のコートのポケットに握った■■の手ごと手を入れながら言う彼に、■■は少しまごつきながら了承の意を示した。マフラーに顔を埋め、小さく返事をする。
 不意に〇〇が歩き出し、手を持たれたままの■■はそれに着いていくことになる。波打ち際に歩いていく彼らは何も喋らず、ただ波の寄せる音と砂を踏む音だけがその空間に広がっていた。
 波が打ち寄せるところまで行き、海水がかかるぎりぎりの位置で立ち止まる。
「〇〇」
「ん?」
「寒いな」
「そやな」
 ■■の短い言葉に、〇〇は相槌を打って彼の体を引き寄せ、密着させた。お互いの体温で暖め合うように身を寄せ合って海岸線を眺める。生憎今日は新月で、このあたりは街灯も少なく光源はほとんどない。すぐ隣に立つ人の表情すらわからないくらいには闇に包まれている。そんな状況で、〇〇はゆっくりと恋人を見て、空いた手で彼の頬に手を添えて自分のほうを向かせる。するりと指で頬を撫で、それが唇まで到達するとそこに一つ口付けをする。びくり、と肩を震わせた■■に笑って、角度を変えて何度か唇を合わせる。
 ポケットに入れていた手を外に出して握ったままだった■■のそれを解放し、細い腰を抱き寄せた。そのまま少し低い位置にある肩口に顔をうずめてゆっくりと息を吐く。■■はそれに驚いてしばらく固まっていたが、恐々といった様子で〇〇の背中に手を回した。
 冷たい潮風を浴びながらそのままの状態で止まり、しばらくして体を離す。
「……〇〇?」
 突然離れた人肌に、■■が相手の名を呼んだ。続きを促すように、それに優しく返した〇〇に、彼は言葉を続けた。
「どこも行かんよな」
「行かへんよ。連絡もできんかったし。不安にさせた? ごめんな」
 〇〇の言葉に、■■がゆるゆると首を横に振った。
「我慢せんでもええんよ?」
「我慢は、してへん、けど」
「■■」
 咎めるように〇〇が名を呼ぶと、彼は気まずそうに俯いた。マフラーに口元まで埋めてもごもごと言いにくそうにしたあとゆっくりと口を開く。
「……ちょっと、寂しい」
「ん、これからはもうちょっとこまめに連絡するな」
 〇〇の言葉に小さく頷くのを確認して、彼は■■の手を引いて道路のほうに歩き出す。無言で手を引っ張られながら、■■は前を歩く恋人の背中をじっと見つめていた。


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