仕事にも慣れてきて一人暮らしでもしようかな、なんて考えていたら、タイミングがいいのか悪いのか中学時代から付き合っている蔵ノ介に一緒に住もうと言われて、住みはじめたこの星墜モダンアパート三号館。このアパートはお洒落なシェアハウスで、一階には大家さんが運営しているクレープ屋さんがある。お手伝いをすればその月の家賃を払わなくてもよくて、おまけにクレープのつまみ食いも出来るらしい。まあ、わたしも蔵ノ介も働いているから家賃の心配はしてないけど、いつもお世話になっているから、そのお礼に仕事がお休みの日はたまにお手伝いするようにしている。もちろん、無償で。でもたまに大家さんにお願いして好きな紅茶を淹れてもらうこともあるけど、ほとんどボランティアに近い。

そして、シェアハウスというだけあって、住んでる人たち同士での交流もよくある。特に親しくしているのは引っ越して早々に挨拶に伺った隣の部屋の月島くんたち。蔵ノ介が薬剤師として働く薬局の近くにあるというケーキ屋さん、しかもそのケーキ屋さんが立海の丸井くんのお店で、そこで買ったケーキを持って挨拶に伺ったら、持って行ったケーキがどうやら月島くんの好物だというショートケーキだったこと、そしてかなり美味しかったらしく、その場所を教えたことから親しくなったと言っても過言ではない。

そんなわけで、未だに面識のない人もいたりするけど。つまり、わたしがここに住みはじめてから面識があるのは大家さんと隣人の月島くんとその彼女だけなわけである。実質、三人だけしか面識がないのだけど、蔵ノ介はそんなことはなくて、色々な人と面識があるらしい。

久しぶりに午後から休みになったという蔵ノ介に、甘いものでも用意しようかと丸井くんのところでケーキを買って帰ってくれば、珍しく共有スペースとなっているリビングダイニングに人がいた。しかも二人も。

「こ、こんにちは」

「こんにちはー」

「……ども」

少し緊張して上擦る声は仕方ないと思う。そこは多目に見てもらうとして、なんて背の高い人なんだろうか…そしてすごいよ、この人。あり得ない量のスナック菓子を抱えて食べてる。身長いくつくらいあるのかな?知念くんと同じくらいか、それよりも高いかもしれない…なんて思いながら、じっと見ていれば、何?なんて声を掛けられて、慌ててすみませんと謝れば、別にとさして興味もなさそうに返された。

対して隣に座っていたなんだか菊丸くんを彷彿とさせるような子は苦笑いをしていた。なんだか猫みたいな雰囲気の子で、聞けば二人ともわたしより年下だと言うのだからびっくりだ。

「あ、そうだ。これ、良かったら二人ともどうぞ」

いっぱい買ってきたから、挨拶したついでというか、これからよろしくねという意味合いも兼ねてお裾分けでもとケーキを渡せば、紫の髪の子は喜んでいるのかどうか分からない声音でわーいと受け取り、猫みたいな子はありがとうございますと礼儀正しくお礼の言葉を口にした。二人とも彼女がいるとのことで、どうぞとケーキを二つあげれば申し訳なさそうにしつつも嬉しそうに笑っていたから、あげて良かったかなぁなんて。少し浮かれながらそのまま部屋に戻れば、帰ってくる時間よりもだいぶ早くに蔵ノ介が帰ってきていて、おかえりなんて返された。いつもみたいにただいまと返して、あれ早いね?なんて会話をしながら、早く上がらせてもらったんやとテンポよく会話が進む。

「あ、丸井くんのお店でケーキ買ってきたの。あとでお茶淹れるから一緒に食べよう?」

「おん。丸井クンのとこのケーキは美味いからなぁ」

「ね。さっき下ですっごく背の高い紫色の子がいたの」

「あ、それ紫原くんやろ?」

「紫原くん?」

「おん、そやで」

「あとね、猫みたいな子もいて挨拶したついでにケーキ渡したら喜んでた」

「あぁ、それは多分、小金井くんやな」

「小金井くん」

名前を復唱すると蔵ノ介から二人ともバスケ部やったらしいで、と思わぬ単語が飛び出して、ああでも確かになんかスポーツしてただろうなっていう雰囲気はあったなぁなんて。

「っていうか、わたしたちの周りって結構運動部だった子が多いね。ほら、月島くんもバレーしてたし」

「せやなぁ。自転車乗っとる子もいるみたいやし、運動部率、高すぎるやろ」

でも、それはそれでなんだか面白いと言う蔵ノ介に確かになんて笑って言えば、テーブルの上には買ってきたケーキが並んでいて。少し甘さを控えめにした紅茶を淹れて、おやつタイムだ。

「先に蔵ノ介が好きなの選んでね」

「お、ええの?」

「うん。ほら、早く」

「んー、じゃあムースケーキにするわ。なまえは?」

「わたしはミルクレープにする。あとで半分こ、するでしょ?」

「おん、ええで。ほな、いただきます」

「いただきます」

手を合わせて、いただきますと言って、フォーク片手に一口、含めばふんわりと広がる甘さに思わず感嘆の溜め息が零れる。うん、相変わらず丸井くんの作るケーキは美味しい。

「はぁ、しあわせ〜」

「めっちゃ、幸せそうやな」

「うん。だって幸せだもん。休みの日にこうやって、蔵ノ介とケーキ食べられるだけで幸せ。わたしも蔵ノ介も働いてるから仕方ないけど、だから何気ないこういうひとときっていうのかな、幸せだなぁと思って」

「んー、せやなぁ。それは俺もそうやわ。なまえと過ごしてる時はいつも幸せやで」

ふわりと笑って、はい、あーんとさらりとなんてことはないように、ムースケーキを口に運ぶ蔵ノ介に恥ずかしくなりながらも、ぱくりと食べて、負けじと同じように返せば何食わぬ顔で、ミルクレープも美味いなぁなんて笑顔で言われた。

ああ、ダメだ。やっぱりわたしは一生、蔵ノ介に勝てる気がしない。でも、それでもいいかな?って思ってしまえるほど、わたしは蔵ノ介と一緒にいる生活に慣れてしまっている。それに今さらいない生活なんて考えられない。だから、一生勝てなくてもいいかなぁなんて。だって、付き合ってから今に至るまでずっと幸せだもん。



そうして僕らは幸せに暮らしましたとさ
(なんて、突然口にするから、どうしたの?って聞けば、子供が出来た時に聞かせるんやって柔らかい笑顔を浮かべていた)