このアパートに来ていくらかたったろう。シェアハウス、だなんて夢のまた夢だなあなんて感慨深く感じていた三年前くらいの私になんか言ってやりたい気分だ。横で眠る真波山岳はすやすや寝息をたてている。ダイニングルームで寝るな、邪魔だろ。しかし彼の青い髪は彼が呼吸をするたび小さく揺れる。私がここに入った理由は安い、大学に近いっていうのを考慮した上で、だ。しかもクレープ屋さんが下にある。そんなん釣られない女子がいるだろうか、疑問である。そこで同じ大学に行くことになった真波山岳を誘い、この星墜モダンアパートに来たわけだ(ちなみに真波は二つ返事でOKを出した)。ダイニングルームから見える私達の部屋の扉を見ると、扉が乱雑に青と白のペンキで塗られていた。これは私と真波がやったことで、大家さんに扉のことを聞いたら塗り直していいって言っていたからである。真波が青で、私は白。真ん中を境にドアの色合いは分かれていた。ということでこのドアは真波と私のしがない共有物でありながら、分けあっているものでもある。いわゆる…半分こというものだろうか。真波をゆさゆさと揺さぶって目を覚まさせると、その瞳はゆっくりと起こした張本人を探していた。

「あれ、なまえちゃん。お帰り。」
「ただいま。…真波、ダイニングルームで寝ると迷惑でしょ、そんときは部屋にもどって。」
「そうなんだけど、眠くて」

へへ、と詫びる気も無いような笑顔にため息をつきながら、彼の腕をぐいっと引っ張った。

「あれ、どうしたの」
「どうしたのじゃないよ」
「んん?」
「クレープ屋さん手伝いに行くって言ったじゃん」
「ああ、そうだったねぇ」
「そうそう」

じゃあ、行こっか。二人で行ってみると大家さんはふわり笑って迎えてくれた。真波は接客のお手伝い、私はクレープをつくるお手伝い。何度もお手伝いに来てるから、クレープの作り方は覚えてしまった。真波にその出来を見られて「なまえちゃんはクレープ屋さんになればいいのに」とも笑っていた。最近では大家さんも認めてくれているレベルだ。鼻が高い。閉店時間になったときに、大家さんが私たちのためにクレープをつくってくれた。次出す新作クレープ二種類、らしい。私たちが一番乗りで食べてもいいのか不安だが、大家さんが大丈夫だと言ってくれたから、言葉に甘えていただくことにした。

「なまえちゃんが食べてるほうも頂戴」
「じゃあ真波の分も頂戴」
「うん、じゃあ、あーん」
「ええっちょ、まっ むぐ」

無理やり真波が食べてたやつを口に押し込まれる。息が止まるかと思ったが、すぐに広がるくどくない甘さに顔がほころびた。「美味しいでしょ」と笑う真波にそれつくったの大家さんだからねとツッコんだ。そしてやり返しで私が今まで食べてたクレープを真波の口につっこむ。しかし彼は普通に食べている。私の腕が甘かったか。くすり、と笑う声に思わず大家さんを見た。大家さんは綺麗な笑顔で私達を見ていた。

「仲良しなんですね」

そう言われて私は思わず真波の顔を見た。彼は大家さんの顔を見たまま、「そうなんですよー」と笑っている。思わず顔に熱が集中するのがわかったが、彼はいつもの表情のままこちらを見てウインク。そうでしょ?って合図みたいで、私は小さく頷いた。ふと時計を見ると、もう部屋に戻ったほうがいい時間だった。また真波の手を掴んで大家さんにお礼と、新作クレープがとても美味しかった事を言う。大家さんはまた綺麗な笑顔で笑った。また来てくださいねって。

部屋の扉の前で、真波と私がまだ手を繋ぎっぱなしなのに気づいて離そうとしたが止めた。まだこのままでいようだなんて私らしくないが、そういうのもいいかもって。