殺しちゃうぞ殺しちゃうぞ殺しちゃうぞ。そう脳内で繰り返したところでこの状況は変わらないわけだけどとにかく繰り返そう。殺しちゃうぞ殺しちゃうぞ殺しちゃうぞ!

「どういうこと阿伏兎。俺午後からシフト空いてたよね、なんで詰め込まれてんの労働基準法に反するよ」
「オメーさんの脳内辞典にも労働基準法という単語があったことに俺はびっくりだねえ」
「いいから理由を述べなよ、俺くたくたなんだけど。殺しちゃうよ?」
「そんな元気があるなら午後からも働けるだろ、多めに休憩やるから頼んだぞすっとこどっこい」

それだけ残して去る阿伏兎に心の奥底から盛大なブーイングを送ってやった。なんで俺が一日中働かなくちゃいけないの。意味わかんないや。

(生活費を稼ぐにしても、高校中退で工事現場じゃあ収入もたかが知れてるし)

うわーやる気ねえー。まあ今日帰ったら神楽が美味しいハンバーグ作ってくれるらしいから頑張ってやらない事もない事もないけど。あれ、けっきょくやる気ないや。まあいいか。
ぼんやりと考えなから自販機に向かう。そして自販機の前に立ちコーヒーのボタンを押したとき、ふいに視界をピンクが横切った。

(あ、かぐ……)

ぐしゃ。視界に飛び込んだ光景に俺は思わず目を剥いて買ったばかりのコーヒーの缶を握り潰した。茶色に染まっていく手が震える。なななななんじゃありゃぁぁ!

(神楽が金髪のホストみたいな男と二人っきりで歩いているだとぉぉ!?)

一大事。まさに一大事だ。俺の可愛い可愛い妹がどこぞの馬の骨とも知れん輩と二人っきりで街を歩き回るなぞ不愉快きわまりない。神楽に想いを寄せる無粋者は沖田総悟とか言うクソガキだけだと思っていたが、とんだ誤算だったようだ。これは阿伏兎を殺す前に奴を血祭りに上げてやらぬことには俺の気がおさまらない。すぐさま携帯を開き、打ち慣れた番号を乱暴に打ち込んで通話ボタンを連打した。
プルルル、プルルル、プルルル、プル、

『……もしもし、』

そうして通話に応じた声の主はたった今起きたらしく、くぐもった掠れ声で電話に出た。

「あ、もしもし高杉?おはよー」
『……うるせぇ。何だ』

どうやら本当にたった今起きたようで低血圧ゆえのイライラが伝わってくる。しかしそんなもんじゃ海賊王たる俺は怯まない。

「高杉、悪いけどシフト代わってよ。午後から俺の代わりにバイト入って」
『はあ?ふざけん、』
「よろしく!じゃ!」
『おいこら、かむ、』
ぶちっ、ツー、ツー。

よし、説得完了。

かくして俺は携帯の電源を切り、愛しの妹の後ろ姿をばたばたと慌ただしく追いかけた。仲睦まじく笑い合いながら喫茶店へと入って行く二人はどこからどう見ても恋人同士……いやいやいや認めん。認めんぞ。お兄さんは認めません殺しちゃうぞ!

(っていうかあの男、どっかで見たことあるような)

と、ぼんやり考えたが今さらそんなもんどうでもいい。兎にも角にも何とか手を尽くしてあの男を殺さなければ。俺はこっそりと喫茶店に入った。

「お一人様ですか?」
「あ、はい」
「ただいま混んでおりまして、カウンター席になりますが」
「どこでもいいよ」

適当に返事を返す。アンティークな雰囲気の店内で俺の髪は他人の目を引きがちなため、タオルを巻いて髪を隠しながらカウンターに腰掛けた。メニューにちらりと目を通したが、頼みたいものなど特にない。

「コーヒーひとつ」
「かしこまりました」

適当にコーヒーを注文し、店員はぺこりと頭を下げて去って行った。昼時ゆえに店内は混んでいて学生やらカップルやらでごった返している。神楽と男は一番奥の席に座り、談笑に花を咲かせていた。羨ましいことこの上ない。とうとう神楽も反抗期なのか何なのか、数年前から俺とは口も聞いてくれないというのに。(だからいつも一方的に話し掛ける。)今日の晩御飯がハンバーグだという話も直接聞いたわけではなく神楽が「今日のご飯はハンバーグ〜」と何気なく歌っていた鼻唄に聞き耳を立てていただけである。ちくしょう、あの男許すまじ。

「お待たせいたしました。コーヒーとチョコレートパフェになります」

ふと、見知らぬ男への殺人ビームを送っていた俺のもとに店員がコーヒーを運んで来た。にこやかに言う店員だったが、明らかに注文した覚えのないものまで付いてきている。

「……えーと、俺コーヒーしか頼んでな……」
「おーい、ちょっとちょっとおねーさん。そのチョコパ頼んだの俺ね」

間違いを指摘しようとした俺の言葉を、真後ろのテーブル席に座っていた男が図々しくも遮った。「申し訳ございません。」と店員は深く頭を下げ、チョコレートパフェを本来あるべき場所に置いて去って行く。反射的に振り向けば銀色のうざったい天然パーマネントが視界に入った。

「あれ、銀八先生」
「……げっ、テメェは!」

俺の顔を見るなり眉間を寄せて明らかに嫌そうな顔をしたこの男は、高校時代の恩師である銀八だった。恩師とは言え、俺は2ヶ月で学校自体を辞めちゃったわけだからその間の付き合いだったわけだけど。
顔面蒼白の銀八は居心地悪そうに視線をあさっての方向に向けている。俺は自分の口角が上がるのを感じた。

「どうしたの、先生。早くチョコパ食べなよ」
「……いや、あの、食べたいのは山々なんだけどね、ウン」

銀八の額からは冷や汗が吹き出していて血走った眼球は見開かれている。おそらく俺が高校時代に他校生と喧嘩したとき、喧嘩を止めに入った銀八を勢い余って殴り飛ばしたアレがトラウマとして残っているのだろう。たしかアレで銀八は全治1ヶ月の怪我を負ったんだったっけ。ちなみにコレが決め手で俺は退学。

「懐かしいな〜。今は神楽の担任なんだっけ?」
「……う、うん、まあね」
「へえ、じゃあ悪い虫が寄って来ないようにちゃんと見張っといてよ。沖田総悟とかいう馬鹿が神楽にちょっかいかけてるらしいし」
「あ、ああ〜。沖田くんね、うん。だ、大丈夫、彼にはちゃんと言っとくから」

震える手に持ったスプーンがパフェを掬い取る。相変わらずこの男は糖分ばかりを摂取しているらしい。

「そ、そういえば神威くんは何故ここに?」
「俺?俺は神楽を……」

そこで俺はハッとして振り返った。人でごった返す喫茶店の中、一番奥の席に座っていたはずの二人の姿は忽然と消えている。

「……し、しまった!」

オー・マイ・ゴッド!!俺としたことが、こんな糖尿病予備軍のマダオ野郎を相手しているうちに愛する妹を見失ってしまうとは!なんたる失態。俺は怒りがふつふつと沸き上がって来るのを感じた。

「……え?ちょっと神威くん?なにそれ、握ってるコーヒーカップひび割れて来てない?え?ちょっと何怒って……ちょっ、ちょっと待っ……」

ドゴォッ!!

凄まじい轟音を響かせ、喫茶店の壁にのめり込んだ銀八を尻目に俺は店を飛び出した。早く追わねば可愛い神楽がどこぞの馬の骨とも知れない輩とラブの付くホテルに……ブッコロ!!

一方、銀八が今回のこれで再び全治1ヶ月の怪我を負ったのは言うまでもない。


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