兄貴の奥さんになる人は本当に綺麗な人だった。清楚な感じでお人形さんみたいな、本当に綺麗な女の人。暴れん坊という言葉がよく似合う兄貴とはまるで正反対だった。はにかみながら会釈するお嫁さんの隣に座る兄貴の表情は今まで見たこともないぐらい優しくて、穏やかで。けれど記憶のすみっこのどこかで覚えているその表情に、胸がきゅうっと締め付けられる。
そう、その表情を向けられていたのは数年前まで私だったのだ。マミーが死んで、パピーも仕事で、誰も居ないこの部屋にうずくまっていた私の頭を撫でてくれたあなたの表情を私はまだ覚えていた。喧嘩っ早くて人に恨まれやすいあなたの柔らかい部分。それを私は知っていたのに、ずっとあなたの背中しか見ていなかったのかもしれない。

兄貴が帰ったあと、二人が歩いて行く後ろ姿を部屋の窓からじっと見ていた。楽しげに笑いながら手をつなぐ二人。なぜだか涙が溢れ出て、ぽろりぽろりと大粒の涙が頬を伝う。

「にー、ちゃん」

ベッドに腰掛けてみれば古いそいつは不細工に鳴いて軋んだ。ぼんやりと霞んだ視界のなかで二人が笑う。遠退く残像が、私をひとり、置いていく。

まだ私が幼い頃、遠い国に単身赴任すると言い出したパピーと喧嘩してこの部屋に閉じこもって泣いていた事があった。そのとき私を慰めてくれたのは兄貴だったっけ。

「ねえ神楽、どうして泣いてるの?」

「……どっかいってヨ」

ひとりぼっちが寂しいなんて言えない。どっか行けと突き放したけれど、あの日、兄貴はにこりと微笑んで私を抱き寄せた。抵抗してもがいても離してくれなくて、大きな手の平が不器用ながらも優しく頭を撫でる。

「神楽には俺がいるから、寂しくないよ」

「……。」

「親父は俺達のために、神楽を守るために遠くに行くんだ。だから困らせちゃダメだよ。それに、神楽には俺がいるから大丈夫」

そう言った兄貴にしがみついて、私は大声をあげて泣いた。ひとりぼっちは寂しかった。置いてきぼりは嫌だった。兄貴がずっと傍にいてくれると思ってた。だけど、やっぱり兄貴もパピーやマミーみたいに、私をひとり置いていく。


「何してんだィ」

「……たそがれごっこ」

どうにもいたたまれなくて家を飛び出し、コンビニの前にしゃがみ込んでいたら嫌な奴に声を掛けられた。それ楽しい?なんて呑気に尋ねるそいつが馬鹿馬鹿しくてなんだか笑えてしまう。

「楽しそうに見えんのかヨ、ばーか」

くすくすと笑えば、沖田は無表情のまま私の隣にしゃがみ込んだ。コンビニ袋のなかには激辛煎餅とコーヒーが入っている。激辛煎餅はお姉さんにあげるんだろうなあ、なんてぼんやりと考えながら視線を落とした。

「……なあ」

「あ?」

「お前、お姉さんが突然、結婚するって言い出したらどうするアルカ」

「んなもん男を引っ張り出して半殺しでィ」

さも当然というように即答した沖田に、もはや呆れた眼差ししか向けられない。そうか、こいつシスコンだった。と納得した頃に「けど、」と沖田は続ける。


「姉貴が本当に惚れた相手なら、その幸せを壊す真似はしたくねェ」


相変わらずの無表情に、ほんの少し寂しげな色を揺らしながら沖田は言った。ああ、もしかしたらこいつも、同じなのかもしれない。

──本当に惚れた相手ならその幸せを壊せない。

兄貴が、本当に惚れた人と結婚するのなら……。


「……ありがとナ」

「どーいたしまして」


夜のコンビニの前。小憎たらしい喧嘩友達は、不器用ながらも優しい、懐かしい手つきで私の頭をゆっくりと撫でたのだった。



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