いらき


青々と広がる空、流れる白い雲、退屈な授業。いつもと同じ空間で、いつもと同じように机に伏して寝ていたら、こつんと頭になんか当たった。


「んだよ……」


むくりと頭を起こせば、そこに落ちていたのはぐしゃぐしゃに丸められた紙屑。だれだこんなもん投げやがって。なんて、犯人は隣にしかいないのだけれど。


「おいコラ、糞チャイナ。人の安眠を妨害すんじゃねーや」

「……。」


シカトかコノヤロー。いい度胸じゃねえの。
無視すんな、と机を一発蹴り飛ばしてみたが、あくまでこいつは狸寝入り決め込むつもりらしい。


(ったく、何なんでィ)


投げつけられた紙屑を広げてみる。なんか入ってねえかな、と思った結果の行動なのだが、そこにはきったねー字で「いらき」と書かれているだけだった。


(何、いらきって)


疑問符を浮かべながらチャイナに視線を向けるが、そいつはやはり狸のまんまで聞くに聞けない。何かの暗号か、と「いらき」をまじまじ見つめてみれば、その謎はすぐに解けたのだが。

反対に読めばいい。つまり、「いらき」の反対は、「きらい」。


「そんなに俺が嫌いかィ、チャイナさん」

「……。」


心なしか多少肩が動いたような気がするけど、チャイナからの反応はない。なんかむかついたから、俺は手元の紙をまたぐしゃぐしゃに丸めてチャイナに投げつけてやった。


「安心しなァ、俺もオメーのこと“いらき”だぜィ」


──がたん!

「うをっ!?」


突如席を立ったチャイナに、俺は柄にもなくびくついてしまった。だっていきなり立ちやがるからしょうがねーだろ。なんて考えていたら、目の前がフッと暗くなる。


「……この、鈍感クソボケサディスティック野郎ォォ!!」

「ぐふゥッ!?」


俺の顔面にはチャイナの強烈な拳がめり込み、俺の体は綺麗に曲線を描いて吹っ飛んだ。ドカァンと派手な音をたてて壁に激突した俺はちかちかと回るお星様を振り払うこともできずに床に倒れ込む。チャイナは、いつのまにか教室を出たようだ。


「はーい、痴話喧嘩ならヨソでやってね〜」


いや付き合ってねーし、と銀八の言葉に内心突っ込みながら、俺はちかちかする頭を抱えつつさっきのチャイナの言葉を思い出した。


(だれが鈍感だ、あの怪力ゴリラ女……!)


ずきずきと痛む頭を押さえながら立ち上がると、いつのまにか真後ろにいた銀八に軽く頭を叩かれる。おい、俺いま頭に大ダメージくらったばっかなんですけど。とかなんとか考えてたら、銀八はにやりと口角を上げ、


「“いらき”の反対、“きらい”だけじゃないかもよ?」


なんて意味深な言葉を残して授業に戻った。



(……なんだ、それ)



わっけわかんねえよ、どいつもこいつも。“いらき”の反対なんて、嫌いに決まってる。だったら、嫌いの反対だって……。



(あ。)



そこまできて、ようやく俺は答えにたどり着いた。そうだ、「いらき」は、嫌いの反対だったんだ。それはつまり、嫌いじゃないってことで、だからきっとあいつは俺が嫌いなんじゃなくて、むしろ俺のことが、



──俺もオメーのこと「いらき」だぜィ。



(……あれ、ってことはもしかして、さっきのやつ告白?)






すきなんじゃねーの。










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