〇月×日
そいつを意識しはじめたのはいつだったっけ。何となく覚えているけど、やっぱりはっきりした時間は分からない。気持ちはいつもふわふわしてて、会えないとなんか不安で、だけど会ったら素直になれなくて。
それでも私は、多分。
「糞ドS」
「何か用かィ」
「用なんてないネ」
「じゃあ消えなァ。俺は忙しいんでねィ」
「……。」
話し掛けても厄介者扱い。いつもと変わらないことなのに、それがなんだか胸に突き刺さる。沖田にとって私はどうせただの喧嘩友達、いや友達とも思われていないかもしれない。そりゃそーだ、こんな可愛げのかけらも見当たらない女だもの。なんてすぐに自棄になってしまうものだから、こうやって手が出てしまうわけで。
「は、忙しい〜?どの口が言ってるアルか。これか?この糞生意気な口か?」
ぐ、と頬を引っ張る。ついでに思い切りつねってやれば沖田の表情は少し歪み、静かに下から睨んできた。
「んだコラ、万年暇人のオメーらにゃ言われたくねえ」
「あんだとォ?万事屋ナメんじゃねーヨ、汚職警官。毎日毎日ババアに家賃せがまれて大変なんだぞ」
「オメーは社会をナメんじゃねー」
ひゅ、と繰り出された拳が頬を掠める。まあ避けたから掠る程度で済んだわけだけど、平気で殴り掛かるそれはやはり自分を女として見ていないんだな、と嫌でも自覚させられてしまう。
ドゴッ、バキッ、
繰り返す音はいつもと同じ。締め付けられる胸の奥も、いつもと同じ。
「……おい、やる気あんのか」
不意に沖田が手を止めた。呆れたような赤茶色い目がじろりとこっちを向く。
「オメー、なんか最近おかしいぜィ」
「何がヨ」
「なんか、おかしい。手加減してるようにしか思えねえ」
戦意喪失、だとかなんとか呟いて、沖田はベンチにどっかりと腰掛けた。
手加減なんかしていない、本調子が出ないだけだ。あの日、お前の存在理由が変わってから。でもやっぱり、それがいつなのか思い出せない。
それでも私は、お前のことが、多分。
「……おいコラ、ドS馬鹿」
「馬鹿は余計でィ」
「じゃあ糞ドS」
「うるせえ、何──」
ガツッ、と音がした。
ちゅ、なんて可愛らしい音はしなかった。
沖田の胸倉を掴んで無理矢理口付けたら思いっきり歯が当たってしまったのだから、いささか仕方がない。口内に徐々に広がる鉄臭い味はきっと沖田も感じてるはずだ。
ぱっ、と唇を離す。普段はいつもポーカーフェイスを気取ってるその顔が呆然と私を見上げていて、馬鹿面だなあなんて思いながら舌を出した。
「ざまーみろ」
吐き捨て、地面を蹴る。なんだか久しく清々しい気分だった。初めてあいつをこてんぱんに打ち負かしてやった気がして。あの間抜け面、誰かに見せてやりたかったな。
暫く走って振り向くが、あいつは追い掛けてこない。多分まだあのベンチの上で悶々と考え苦しんでいるのだろう。想像したら笑えてくる。
(全部お前が悪いネ)
女の子扱いされなくても、喧嘩ばかりしていても、本当はずっと、お前にこうしてやりたかったのかもしれない。
何月何日の何時頃だったか覚えてないけれど、それでも多分、たしかに私はお前にときめいたのだから。
「……気付け、ばか」
口の中に広がる血の味を、ぺろりとなめて飲み込んだ。
.110710