3玩具

──こんなことになるんだったら、沖田とどこか遠くに遊びに行けばよかった。


ぐい、と腕を引かれた。無理矢理路地に引き込まれ、壁に押し付けられる。抵抗は許されず、神楽はおとなしく壁に背中を預けた。


「へえ、しばらく見ない間に可愛くなったね」

「……」


神威の手が神楽の頬を撫でる。まるで割れ物を扱うかのようにゆっくりと撫でているが、神楽から恐怖心は抜けなかった。


(どうして神威が、ここに?)


今さら自分の前に現れる意味がわからない。思い出す度にどくどくと速くなる鼓動。たすけてと叫ぶことも出来ず、ただ遠くなって行くあなたを見てた、あの日。


「銀魂高校いってるんだっけ、懐かしいなあ」

「……」

「ねえ、喋ってよ神楽。俺がひとりで話してるみたいじゃん」


彼はくすくすと穏やかに笑った。けれど、これは偽物。口元こそ曲線を描いてはいるが、その瞳は笑っていない。


「……どうして、おまえがここにいるネ」


神楽は小さな声で問い掛けた。いたらダメなの?と首を傾げてすっとぼける神威に苛立ちが募る。


「どのツラさげて来たアルか。よく私に会いに来れたものネ、その神経疑うヨ」

「くす、相変わらず口が悪いなァ。でも、」


──ドゴッ

そこまで言って、閑散とした路地に鈍い音が響く。同時に神楽は真横に吹っ飛び、さながらボールが跳ねるように地面に叩き付けられた。横腹から全身に向けて激痛が走る。どうやら蹴り飛ばされたらしい。


「……っ、!」

「神楽は勘違いしてるよ」


にこりと笑顔を貼付けたまま、神威は地面にうずくまる神楽に近付く。


「俺は神楽に会いに来たわけじゃない。ただ、言うことを聞かない玩具を仕付けに来ただけだよ」

「……っお前……!」

「まったく、しばらく会わないうちにこんなに行儀悪くなっちゃうなんてね」


神威は再び神楽を蹴り飛ばした。普段沖田と喧嘩するときのような温い威力ではなく、人ひとりなら殺せるようなソレを腹部で受け止め、壁に叩き付けられては呼吸をするのも難しい。ゴホゴホと咳込む間もなく、神威は神楽の髪を掴んで頭を持ち上げる。


「、う……」

「へえ、驚いた。泣かなくなったんだね、神楽」


昔は殴るとすぐ泣いていたのに、と言葉を続け、神威は神楽の首を持って壁に叩き付けた。既に痛覚はイカレたらしく、体はだらんと力を失って動かない。


「神楽は俺だけ見てなきゃダメなんだよ?」


ぼんやりと視界が霞み、意識が飛びそうになる。あんなに時が流れていたはずなのに、この男はこんなにも遠いのか。


「神楽は俺だけのお人形さんなんだから」


その言葉と共に、唇に落ちてきたのは柔らかい感触。神楽は目を見開いたが、抵抗する力など最早残っていなかった。
ぐらり、世界が歪む。


「なくしたなら、また俺があげるよ」


ぷつんと意識が途切れる間際、そんな声が聞こえた。











──……ぐら、かぐら。


誰かが私を呼んでいる。
そう気付いて重たい瞼を持ち上げ、最初に視界に入ったのは銀色だった。


「神楽!」

「……銀、ちゃん?」

「何やってんだテメーは!こんなとこで寝やがって」

「え……」


呆れたように見下ろしていたのは担任の銀八。そして神楽が倒れ込んでいたのはアパートの階段の下だった。よく見れば空には星がキラキラと輝いている。


「ったく、高校生にもなって階段から転げ落ちて気絶たァ、バカにも程があるだろ。ドジっ子気取りですかコノヤロー」

「う、うるさいアル!」


銀八の挑発的な態度につい肯定的な返事を返してしまったが、神楽には階段から落ちた覚えもなければ家までたどり着いた記憶すらもない。しかし、おそらく神威が運んで来たのだろうとは安易に推測出来た。


「ていうか、何で銀ちゃんがここにいるのヨ」

「テメーが学校に鞄置いたまんまサボって帰ったから届けてやったんだけど」

「なるほどナ、ご苦労!」

「ちょい待て何その態度?俺が届けてやったのに何で上から目線?」


多少額に血管を浮き立たせながらも、銀八は軽く溜め息を吐き出して原付きに跨がる。


「まあ、気ィつけろよ」


ぐしゃぐしゃと神楽の頭をぶっきらぼうに撫で、銀八は夜の闇の中に消えて行った。ぽつんと取り残された神楽は、その場に少し立ち尽くしたあと何かを諦めたかのようにゆっくりと階段をのぼり始めた。


(たぶん、気付かれたネ)


彼は普段何も考えていなさそうに見えて、実は鋭い。神威の存在までは気付かれていないと思うが、おそらく神楽が階段から落ちて怪我をしたという嘘には気付いているだろう。

蹴られた横腹に触れてみて、ピリリと走った鈍い痛みに眉を潜めた。骨の1、2本は折れているのではないだろうか。


(一応、病院いこうかな)


そんなことを考えながら、不意に脳裏を過ぎった神威の顔に、ぞくりと鳥肌が立った。




















ぼくのおにんぎょうさん