12娯楽

ちくりと胸が痛んだ。同じ藍色はぐらりと揺れた。それはいつも見ていた、貴方の背を遠ざけて行くのです。



夏休みが始まってしばらく経った。神威は毎日のように神楽の家にやって来る。気が済むまで殴り倒しては満足げに口付けを落として帰って行く、その繰り返しだった。もはやエンジョイサマーなんて言葉は神楽には無縁である。

ぼんやりと窓の向こうを見つめる。灰色の空。重たげに空を移動するそれは今にも泣き出しそうだ。


(今日はお日様、見えないアルか)


ぴとり、窓に触れると冷たかった。なんだか太陽は沖田に似ていると思う。普段はその姿を見るとうんざりしてしまうのに、居なくなったらなぜだか寂しい。その気持ちが恋だと気付いたのはつい最近なのだが。


(会いたい)


そう思ってしまう自分がなんだか恥ずかしくて、神楽はポッと顔を赤く染めた。まったく、調子が狂う。


(なんかむかつくからコンビニ行こ)


いまだに顔を赤く染めたまま、神楽はずきずきと蝕む痛みに耐えつつ立ち上がった。赤黒く変色して腫れ上がった二の腕を誰かに見られたくはないので、キャミソールの上から七分丈のトップスを着て外に出る。
案の定、外は暑かった。


(あっつ……傘なかったらぶっ倒れるとこだったアル)


やはり地球温暖化の影響というのはすごいらしい。みんみんと蝉がけたたましく鳴く並木道を歩いて、5分もすればコンビニが見えた。自動ドアが開いた瞬間、キンキンに冷えた空気が神楽を包む。
いらっしゃいませ〜、と愛想よく迎えた店員の声を聞きながら右折し、雑誌コーナーの前に立つと適当に雑誌を選んで開いた。ばっちりと化粧をほどこして可愛らしい洋服に身を包んだモデルが、にこりとこちらに向かって微笑んでいる。


(こんな風になれれば、沖田にもかわいいって言ってもらえるんだろうけどナ)


小さく溜め息を吐き出してページをめくる。かわいい洋服も化粧道具も持ってない自分に、おモテになる沖田が振り向いてくれるわけがない。なんて思っていたら、開いたページにでかでかと「気になる彼を振り向かせる10の方法」とか胡散臭いキャッチフレーズが目に留まった。


(気になる、彼……)


にやりと不敵に微笑むサディスティック男の顔が浮かんで、神楽は顔から火を噴く勢いでそれを赤く染め上げた。


(ち、違うアル!いや違わないけど、いやでも、)


ぐるぐると一人で混乱状態に陥る神楽。そんな神楽の手元にあった雑誌は、ひょいと伸びてきた他の手に奪い取られた。あ、と声をあげる前に後ろから「へえー、」と聞き覚えのある声が降ってくる。


「何、お前気になる彼とか居んのかィ」


独特の訛り。さらさら揺れる亜麻色。それを確認し、神楽は目を見開いた。


「んなあああっ!?」

「んだよ、そんな驚かなくてもいいだろィ」

「お、おまっ、なんで居るアルか!」


まさかの張本人が現れ、神楽の顔はそれこそ爆発する勢いで熱を持った。不意打ちにも程がある。


「暑くてしょうがねェからアイス買いに来たんでィ。文句あっか」

「そ、そーかヨ。随分暇人アルナ」

「なんだとコラ。喧嘩売ってんのかテメーは」


じろりと睨まれ、神楽は赤い顔のままシュンとして肩を落とした。沖田はそれを不思議そうに眺める。


「……どうした?」

「い、いや、別になんでもないヨ」


そっと視線をずらす。沖田は少し押し黙っていたが、しばらくして突然神楽の手を取って走りだした。


「え、えっ、おいサドどこ行くネ!」


ぎゅっと握られた手が熱い。強引に引っ張られたので怪我したところが痛かったが、どちらかと言えば恥ずかしさとかときめきの方が勝ってしまった。コンビニから出てばたばたと走って、たどり着いたのはゲームセンター。


「……え?」


なんで?と聞くより先に沖田はゲーセンの中に入って行った。慌ただしくその背中を追う。さくさくとゲーセンの奥へと進んでいくそいつを追いかけて行くと、沖田はUFOキャッチャーの前で立ち止まった。


「お前歩くの早いアル!」

「おいチャイナ、これ可愛くね?」

「え?」


そう言って沖田が指差す方向には、真っ白い大きなうさぎのぬいぐるみ。わあ、と思わず小さく声を上げる。


「かわいい……」

「だろィ?」


にやりと沖田は微笑み、同時にコイン投入口とかかれた縦長の穴に百円玉を2枚入れた。


「何してるアルか?」

「まあ見てなァ」


そう言われ、神楽はおとなしくガラスの向こう側で動くアームに視線を戻した。アームは真っ白なぬいぐるみを包むように降りて行き、その体を掴んで持ち上げる。そしてそのままポッカリと空いた穴にホールインワン。どさりと真っ白なうさぎが落ちて来た。


「うをを……!」


それを信じられないとでも言いたげな表情で見つめ、恐る恐る取り出し口から引っ張り出すと、ふわふわ気持ちのいい感触に神楽は思わずそれを抱きしめた。


「きもちいいアル〜。お前意外とすげーナ!」

「それ、やらァ」

「マジでか!」

「オメーに取ってやったんだから、大事にしろィ」


──オメーに取ってやったんだから。

その言葉が耳に残って、神楽は再び頬を染めて俯いた。ありがと、とお礼をひとつこぼして。
沖田は照れ隠しなのか、頭を掻いてそっぽを向く。


「……腹減ったし、飯食い行かねえ?」

「行く!」


朝から何も食していない神楽は「飯」という単語が出た瞬間に俯いていた顔をガバッと持ち上げ、キラキラと目を輝かせた。


「奢れヨ、サド!」

「ふざけんじゃねーや、テメーで払え」

「金ないアル」

「これだから貧乏人は困るんでィ」


小馬鹿にしたように笑う沖田。余計なお世話アル、と毒づきながら、神楽も小さく笑った。すると沖田の表情がやんわりと綻ぶ。


「やーっと笑った」

「……え?」

「気付いてなかったのかもしれねーけど、オメー今日ずっと笑ってなかったぜィ。妙におとなしいし」

「……」


言われてみれば、そうかもしれない。沖田を意識するあまり、自分の表情はガチガチに固まっていたと思う。となると、あれか。私が元気なかったから、沖田はゲーセンに連れてきてくれたのか。私のために。
そう考えて、神楽の心臓は再び急発進した。


「だ、大丈夫ヨ。ちょっと風邪気味で、さっきまで頭痛かっただけネ」

「はあ、風邪?なんとかは風邪ひかねーんじゃなかったのかィ」

「ぶっ殺されたいアルか」


やっぱりこいつはムカつく。そう思っていても、最後はドキドキが勝ってしまうのだからしょうがない。


「飯食い行こうぜィ」

「……おう!」


再び早々と歩いて行く沖田。神楽も後に続く。
ゲーセンを出る間際、ちらりと視界に映ったカップルが仲よさげにプラクラに入って行ったのを神楽はどこか名残惜しそうな目で見て、自動ドアを抜けたのだった。





















つかの間の娯楽