この数日のあいだで、沖田と神楽の喧嘩がぱたりとなくなった。それどころか会話もない。それはそれは異様な光景だった。 「オメーら、なんかあったのか?」 「何がですかィ」 ずるずる、食堂でラーメンをすすりながら答える。分かってるくせに、と土方は呆れたように溜め息を吐き出した。 「チャイナ娘だよ。なんかあっただろ」 「さあ、何のことだか皆目見当もつきやせんねィ」 あくまでもしらばっくれるつもりらしい。土方はダメだこりゃ、と隣の近藤に視線を送った。近藤は小さく頷き、沖田に視線を向ける。 「総悟、チャイナさんと何があったんだ」 「近藤さんまで何なんですかィ。何もありゃしやせんよ、あんな小娘と」 沖田はラーメンをすすりながら淡々と答える。 「あんな糞ガキ、嫌いだから関わらねえようにしただけでさァ。清々したぜィ」 「本当か?」 「当たり前でさァ」 「俺には、オメーがただ拗ねてるようにしか見えねェけどな」 ぴたり。箸が止まる。沖田は無言で土方を睨みつけた。しかし怯むことなく、土方は続ける。 「本当は気にかけてんのがバレバレなんだよ。授業中もちらちらチャイナ娘の方ばっか見てただろーが」 「……そんなに俺のこと見てやがったのかィ、うっわキモーい死んじまえ土方コノヤロー」 「……そんくらいオメーの行動は筒抜けだったんだよオメーが死ね」 箸を持ったまま、沖田は黙り込んだ。土方は少し間を置き、「実はな、」と多少言いにくそうに口を開く。 「チャイナ娘のやつァ、中学んときずっとイジメられてたんだと」 その言葉に、沖田は思わず土方を見た。 「何言ってるんですかィ、そんなのありえねェ」 「今はな、あんだけ明るくバカやってるが、中学んときのチャイナ娘は誰とも関わろうとしないような暗い性格だったそうだ。志村が言ってたんだから間違いねェ」 ずるり。ラーメンが土方の喉を通って行く。沖田はポーカーフェイスを保てず、呆然と土方の顔を眺めていた。いつもなら見ているだけで胸糞悪くなるマヨネーズまみれのラーメンも、今はまったく気にならない。 「なんでも、チャイナ娘の兄貴が色々と問題起こしたらしくてな。それから何も話さなくなったらしい」 「チャイナの、兄貴?」 「ああ。この高校に居たらしいが、問題起こして退学になったとか」 「……へえ。それで、何が言いてえんですかィ?」 問えば、土方はまたマヨネーズラーメンを喉に流し込んで答える。 「志村が心配してたんだよ。またチャイナ娘が誰かにイジメられてんじゃねーかって」 「何でそうなるんでィ」 「中学んときチャイナ娘が誰とも関わらなかったのは自分のイジメに他人巻き込みたくなかったから、らしくてな。今回もオメーを巻き込まないために……」 ガタン。 土方の話を遮るように沖田は席を立ち、まだ残っているラーメンを置いて歩き出した。 「おい、総悟!」 土方が呼び止めるが、止まることなく彼は食堂を出て行った。どこに向かったのかは容易に想像がつくが、あまのじゃくというか、なんというか。 「……ったく、素直じゃねえな」 「お互いにな、トシ!」 ガッハッハ、と豪快に笑う近藤に、土方は苦笑いを浮かべたのだった。 (あんたはストレートすぎるんだがな……) * 食堂を出て、まっすぐZ組に向かう。苛立ち具合はピークだった。先程の土方の言葉がぐるぐると回る。 (何が巻き込みたくねェだ、ふざけんな) 上辺だけの偽善なんて嬉しくも何ともねえんだよ。 がやがや騒がしい教室の戸を乱暴に開ける。ドォン!と響いた音に、騒がしかった室内はシンと静まった。しかし神楽はこちらを見ようともしない。 (そっちがその気なら、こっちにも考えがあらァ) つかつかと神楽に歩み寄り、その腕を掴めば驚愕に見開かれた青と目が合う。 「来い」 いつもより低い沖田の声に驚いたのか、神楽は更に目を見開いた。何か言いたげにしているその手を引き、有無を言わさず外に連れ出す。微かに抵抗してくるが完全無視。速足で歩き、行き着いた先は保健室だった。 保健医が出張で出払っていることは確認済みなので、何の迷いもなく神楽をベッドに投げ入れる。スプリングの効かないベッドに投げられ、多少の痛みに歪んだ顔を眺めながら鍵を閉めた。 「チャイナ、よく聞け」 上から見下ろすと、神楽はキッと沖田を睨みつける。けれど何処か覇気がなく、妙に薄っぺらい。 「今から言う質問に答えねえと、オメーを犯す」 そして続いた言葉に、その目を見開いた。ベッドに倒れたままの神楽に馬乗りになって瓶底メガネを取れば、頬がほんのりと赤く染まる。 「い、嫌アル……」 「正直に答えりゃ、なんもしねェよ」 にやりと笑う沖田を殴り飛ばそうと手を振り上げるが、いとも簡単に避けられた挙げ句捕まえられてそのままベッドに押さえ付けられてしまった。抵抗してみても、仮にも自分と互角の男。簡単には振りほどけない。 「オメー、俺に隠してることあんだろィ。そいつを洗いざらい話してくれれば、すぐに解放してやらァ」 「……」 黙り込んだ神楽に、沖田はくすりと笑った。 「じゃ、しょーがねえな」 ぷちん、と胸元のボタンが外される。そのまま顔が降りてきて、首筋にペろりと舌が這う。 「なっ、おい!やめるアル!」 「やめて欲しいなら言え。隠してることは何でィ」 「それはっ……」 ぐ、と言葉に詰まる。 再び黙った神楽に溜め息をつき、「そんなに犯して欲しいのかィ。」と沖田は薄く笑った。再び顔を首筋に埋め、舌を這わせて軽く吸い付く。ぴくんと神楽の体が震え、小さく声が漏れた。 「何、感じてんの?」 「テメッ……ふざけんな!」 顔を紅潮させて涙目になっているチャイナなんてレアだ。サディスティック心がくすぶられちまう。あーあ、こいつ勿体ない女だねィ、黙ってりゃそれなりに可愛いのに。なんか可愛いからもう少しいじめてやろ。 と、当初の目的からだいぶズレてきたところで、沖田はとうとうセーラー服のなかに手を滑らせた。 「ひっ……だめアル!」 「今さらダメっつっても、なあ?」 「ほ、ほんとにダメ……、っあぐ!」 「え?」 ぴたり。沖田の動きが止まる。少し肌に触れただけで何もしていないのに、神楽は表情を歪めて唇を噛み締めたのだ。 「おい、まだ何もしてな、……!?」 不意に目線を落とせば、少しめくれたセーラー服の下から有り得ない色の腹が見えた。あの真っ白な肌からは想像できないほと青黒く変色した、肌。 心臓を誰かにわしづかみされたような感覚だった。どくりと一際大きく鼓動を打ち、制止する神楽などお構いなしにセーラー服を胸元までたくしあげる。 「……何、だ、これ」 目を逸らしたくなるような有様だった。胸元から胴にかけて、大きなどす黒い痣が変色を繰り返して広がっている。なかには切り傷のような痕もあれば、火傷のような痕もあった。 「……お前にだけは」 「え……?」 「お前にだけは、見られたくなかった、のに」 その頬をすべり落ちて行った涙に、自分のしたことの愚かさを痛いほど思い知らされた。 . 発覚したのは嘘の代償 ▽ |