「寒、」
呟けば山崎が「そうですねえ。」と答える。誰もテメーにゃ言ってねえんだよと思いつつも寒すぎてそれを言葉にする元気もない。ついでに「飴玉いります?」と差し出された飴を奪い取ってひとつポケットに入れた。 12月24日、クリスマスイブの今夜。カップルが行き交う町の中を何故俺はこんな地味な男と二人で歩いているのだろうか。仕事とは言え、マジない。これはない。ありえない。そりゃあ彼女なんぞいねえわけだがせめて女の隣を歩きたかった。むさ苦しい自分の仕事場を思えば無理な話だが。
「寒……」
再び呟く。今度は聞こえなかったのか、山崎からの応答はなかった。 今朝の天気予報によれば今日の気温は零度を下回るらしい。それを知ってはいたもののマフラーどころか手袋も持たずに外に出てしまった俺は阿呆なのだろうか。いや出来ることなら阿呆ではなく挑戦者と呼んでほしい。すでに戦線放棄気味だが。
「隊長、副長がスーパーでマヨネーズ買ってこいと言っているんですが……」 「ふざけんな死ね。スーパーまで何キロあると思ってやがんでィ。山崎行ってこい」 「えええ!?そんな無茶な……」 「いいから行けよ」
クリスマスに男と二人で過ごすよりは一人でいた方がマシである。ぶつぶつと文句を垂れ流す山崎をスーパーまで走らせたあと、俺は近くのベンチに腰掛けた。
やはり寒い。
「……あ、税金泥棒」
ふと、可愛くないことを言うソプラノを耳が拾った。目の前に現れた小さな怪物は真っ赤なチャイナ服に白いマフラーを巻いている。サンタクロース気取りかコノヤロー。
「誰が税金泥棒でィ。ガキがこんな時間に何してやがんだ、しょっぴくぞ」 「テメーもガキだろ、保護者呼ぶアルぜ」
やはり可愛くない糞チャイナは聖なる夜にも関わらずいつもの酢昆布をくっちゃくっちゃと噛んでいる。クリスマスイブにとんだデンジャラス女と出会っちまった。こんな女と一緒にいたらメリークリスマスどころかメリー殺しますである。
「今日、くりすますいぶアルヨ」
不意にチャイナがそう言った。相変わらず酢昆布をくっちゃくっちゃと噛みながら俺を見下ろす青い瞳は悔しいが綺麗でむかつく。
「……だから何」 「プレゼント頂戴」 「悪い子にやるプレゼントはねえ」 「じゃあ私は貰えるアルナ」
チャイナは胸を張ってふふんと鼻を鳴らした。どこからそんな自信が沸いて出るのだろうか。呆れつつポケットに手を突っ込めば、偶然にも先程山崎から貰った飴玉が手に触れる。
「これしかねえ」
透明な袋に包まれた真っ赤な飴玉を手渡すとチャイナは目を輝かせた。よもや本当に貰えるとは思っていなかったのだろう、わかりやすいガキである。
「お前、今日は優しいネ。どこで頭打ったアルカ?」 「うるせ、たまたま持ってたんでィ」 「じゃあ私もプレゼントあげるヨ」 「は?」
何を、と尋ねる前にそれは飛んできた。顔面にぶつかるスレスレのところで剛速球と化したその物体を捕まえると、冷えきった手にじんわりと温度が戻る。これは……。
「……カイロ?」
飛んできたのは、手の平サイズのホッカイロだった。チャイナに視線を戻せば相変わらず生意気な笑顔がそこにある。
「たまたま持ってたアル。じゃあナ」 「おい、チャイ……」
ふっと視線をずらし、チャイナはさっさと人混みの中に消えて行った。呼び止めようとしたが時すでに遅し。チャイナの姿はもう見えない。
(何だ、あいつ)
小さく首を傾げると俺は再びカイロに視線を落とした。冷たい手の平にじんわりと熱が広がって行く。
「……ん?」
そして不意に、俺は目を細めた。真っ白なカイロに黒い字で何かが書いてあるのだ。 何だコレ、呪いの呪文か?とか何とか考えながら、じんわり痺れる手の平のなかのそれを目で追いかける。結果、俺は思わず吹き出した。
「……なーにがたまたまでィ、あの女」
カイロを手に取ったまま、無意識のうちに頬が緩む。俺はベンチから立ち上がり、チャイナのあとを追いかけた。
12月24日、クリスマスまであと5分。寒さをカイロでごまかしながら、俺はもう一度カイロに書いてある下手くそな字を目で追った。 そして人混みのなかをさ迷う真っ赤なチャイナ服に向かって不敵に笑みをこぼすのである。聖なる夜に毒を添えて。
「メリークソスマスになってんだよ、ばーか」
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