痛くて、重くて、もう腕も足もぴくりとも動かなかった。視界に広がる赤は異臭を放って俺へと迫る。鼻がひん曲がりそうなこの臭いも、目を逸らしたくなるような人間の身体も、慣れというのは怖いもので今さらそれをいくら踏み付けようと何も感じない。もとより気性がサディスティックな方向に片寄っているせいだろうか。いや、むしろこれは血を浴びすぎた罰なのやもしれない。情という人間の感性のひとつを、俺は人を殺すという行為によって自ら失ってしまったのだ。それは人の道に背いた俺へと神が与えた罰なのだろう。 痛い。重い。もう身体が動かない。それでも人を斬り血を浴びて来た愛刀は俺の手にしっかりと握られているのだから皮肉なものだ。最後の最後まで、俺は人としては死ねないらしい。人斬りの鬼として、この人生の最期を飾るのだろう。そう、俺は鬼だ。真っ赤な海に浸かったまま、二度と外には出られない鬼なんだ。なのに、
「湿っぽいツラ、お前には似合わないヨ」
いとも容易く、お前は俺を赤い海から引っ張り出しやがる。
「……何、してやがんでィ……糞ガキ……」
俺の問い掛けにチャイナは無視。だが喧嘩を売るような力は最早残っておらず、痛くて重い俺の身体を軽々と背負うとチャイナは走り出した。何でこんなところに居やがるんだと聞いてみたかったが、生憎そんな力すら残っていない。
「お前、やっぱりただのアホアル」 「あんな大勢の敵に一人で突っ込んで行って。勇敢と無謀は違うって習わなかったのかヨ」 「結局こうやって袋だたきアル。ざまあみろ糞サディストが」
俺が喋れないのを良いことに、チャイナはちくちくと毒を吐く。うるせー黙りやがれ、Sは打たれ弱いって言ってんだろーが。と文句のひとつも返せない身体が忌ま忌ましい。これも血を浴びすぎた罰だろうか。
「だいたいなあ、この神楽様がこうやって馬鹿なお前を助けてやってんだから感謝するべきヨ」 「今なら酢昆布1年分でいいアル。献上しなかったら殺すからナ。どっちにしろ殺すけど」 「お前は、いつか私が殺す相手アル。だからこんな、ところで、死ぬんじゃねーヨ……」
おい糞チャイナ。最後の方、声小さくて聞こえねーよ。鼻水啜ってねーでちゃんと言えや。
「……こんなところ、で、死んだらっ、ぶっ殺すアル……っ」
泣きべそかきながら走るそいつは、馬鹿みたいに必死で。けれど見舞う言葉は脅迫じみていて思わず頬を緩めた。これではどっちが馬鹿だか分かりゃしない。それでもこの馬鹿のせいで、俺は生きなければいけないような気がした。生きるつもりなんてこれっぽっちも無かったのに。 心配しなくても、俺はまだ死なねーよ。だけど少し休憩させてくれィ。
「……馬鹿チャイナが」
ふるふると震える背中を少し強く抱きしめて、俺はゆっくりと瞳を閉じた。 なぜなのだろうか。 不思議と、今なら俺も、人として死ねるような気がした。
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