「……何でオメーがここにいんだよ」
「お邪魔してますヨー」

その日、真夏の勤務を終えてくたくたで帰ってきた俺が目にしたものは俺愛用の座布団の上に寝そべり我が物顔でくつろいでいる憎き好敵手の姿だった。マジか、勘弁してくれ。今日は珍しく一日働いて疲労困憊だってのに、今からゴジラ女の喧嘩の相手なんてかったるくてやってらんねーぞ。

「おいこら、なんつー顔してんだヨ。せっかく神楽さまがわざわざオメーのとこに涼みにきてやってんだぞ」
「そーか、帰れ」
「ぶっ殺されたいアルか」

ああ、目眩がする。無理無理、こんなやつの相手とか今は無理。つーか何で俺の部屋にいんの?土方の部屋いけよ。……いや、それはダメだ。絶対ダメだ。他の男の部屋に行くとか断じて許さん。と、脳内葛藤を繰り広げる俺にチャイナは首を傾げている。

「お前、何ひとりで変な顔してるネ。それより客が来てんだから酢昆布のひとつでも出せヨ」
「どこのお宅でも酢昆布があると思ってんじゃねーぞ」
「うるせー、茶ぐらい出せんだろ!わたし麦茶がいいアル」
「……」

テメーは女王さまか!とぶん殴りたくなる衝動を何とか抑えた。今喧嘩になったところで俺が死ぬことになるのは目に見えているからだ。面倒なことになりやがって、と俺は溜め息を漏らす。

「……お前なァ、人に物を頼むときの礼儀ってもんがあるだろィ」
「いちいちうるさい奴アルナ。そんなんだからモテねーんだヨ」
「うるせーお前に言われたくはねえ」
「それより、茶」
「礼儀を改めりゃ持ってきてやらァ」
「どういうふうに?」
「そーだなァ……」

そこまで言って、俺の頭にピーン!と良案が浮かんだ。ニヤリと口角がつり上がる。

「……そうだな。オメーが俺のこと名前で呼べたら、茶でも酢昆布でも持ってきてやらァ」

最大級のドS顔をさらけ出して言うと、チャイナの目がわずかに見開かれた。ククク、困れ困れ。困り果ててしまえ。どうせ呼べないのは分かっている。そして困り果てた末に悔しそうに唇を噛み締めながら帰っていくがいい。ハハハ、これで俺は安らかな眠りを確保することが、

「総悟」

でき、……る……

「……は?」
「総悟。お茶持ってきてヨ」
「……」
「……総悟?」
「……あ、いや、その、……はい」

らしくない返事を返したあと俺はチャイナに背を向け、部屋を出た。その後しばらくはぼうっとして廊下に立ち尽くしていたが、不意に後方から「総悟、何やってんだ?」という声が掛けられて我に返る。振り向くと、そこにいたのは土方だった。

「……」
「……どうした?」

黙りこくる俺に訝しげな視線が刺さる。唐突に、さっきのチャイナを思い出した。何の躊躇もなく俺の名を呼ぶ、彼女の姿を。

「……土方さん」
「あ?」
「……明日、地球が滅亡したら俺のせいでさァ。すみません……」
「何事!?」

きっと今日で世界は終わる。だってあんなに素直に呼ぶなんて。

(それだけでこんなに戸惑うなんて、おかしいだろィ……)

性懲りもなく立てた死亡フラグは俺の心を揺さぶり弄ぶ。頭を抱えて悩む俺の姿に、土方はオロオロするばかりだった。


「遅いアルナ〜、あいつ」




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