「はい逮捕〜」
がちゃん。真昼の大通り、私は手首にひんやりと冷たい鉄のわっか(たしか手錠っていうやつ)をはめられ、あまりの冷たさに声にならない悲鳴を上げた。なにしやがるんだヨこのトンカチ野郎!と暴言を吐き散らしたところで手首のわっかは私を離してくれない。しっかりがっちり捕まえられた私は、どうやらこのくそみそお巡りさんにタイホされてしまったらしい。
「はなすアル〜!」 「ダメでィ。てめーんとこのアレ、この前アレやっただろ。アレがアレするまで帰さねー」 「アレって何だヨ!適当だろてめー!誤認逮捕アル!」
ああ、最悪。せっかくバレンタインフェアとかで安売りしてた袋詰めの大量チョコをゲットしたというのに、こんなアホに捕まってしまうとは。銀ちゃんに取られる前にひとりで食べてしまおうなんて考えたバチが当たったのかな。ごめんなさい銀ちゃん、なかよく食べようネ。
「おい、いい加減離せヨ」
手首には相変わらず冷たいわっか。じろりと沖田を睨むと彼はどこかをじいっと見つめながら物思いに耽っているようだった。
「おい、」 「罰金」 「は?」 「罰金払え」
突如何を言い出すかと思えば。私は小さく息をこぼした。
「罰金って何ヨ。てか何もしてないのに何で罰金払わなきゃいけないアルカ」 「いいから払えよ、十万」 「高くね?」 「払え」 「そんな金ないアル」
ふうん、と視線をずらす沖田。なんだこいつ、今日なんか変。なんて思っていると「じゃあ、」と再び沖田は口を挟む。
「担保。ちょーだい」 「……たんぽぽ?」 「ちげーよ、担保。借金のカタでィ」 「借金した覚えはないアル」 「うるせ、いいからよこせよ。そのチョコで許してやってもいいぜィ」 「……しょうがねーナ」
あまりにもしつこかったから袋に入った大きな分厚いチョコレートをひとかけら、バキンと折って沖田に渡す。すると意外にも素直に鉄のわっかを外してくれた。
「……チョコ固っ」 「安いやつアル」 「これたぶん調理用のやつだろィ」 「調理しようがしまいが食えば同じヨ」 「それもそーか」
チョコのかけらをがりがりかじりながら沖田は言う。こんなチョコのかけらが罰金十万円と同じ価値だというのだから、いろいろと平和な世の中である。
「じゃーな、くそがき」
去っていく沖田。その背中を見つめ、私は小さく笑みを漏らした。
「バレンタインチョコ、欲しいなら欲しいって素直に言えばいいのに」
呟いた瞬間、勢いよく振り返る赤い顔。自慢のポーカーフェイスは跡形もなく崩れたようで、褐色の瞳は真ん丸に見開かれている。
「てめっ……何で」 「ばればれヨ、ばか」
べえっと舌を出せば沖田は苦々しげに押し黙った。あーあ、こんなやつチョコ食べ過ぎて鼻血出して死ねばいいのに。
「ホワイトデーには罰金二十万払えヨ」 「……おー」
こんな約束しちゃう私も死ねばいいのに、なんてね。
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