「俺にとって、世界でいちばん遠いとこに居て欲しいのはテメーでィ」
とある昼下がり、沖田は面と向かってそう宣言した。むうっと頭にきたから私も言った。
「こっちだって同じアル。世界で一番遠いところに居て欲しいのはお前ヨ。いつまでもナ!」
びしっと指をさす。しかし、これだけ嫌味っぽく言ってやったのにも関わらず、沖田は笑いやがったのだ。さぞ嬉しそうな顔で。
「居てやらァ、いつまでも。おめーにとって世界一遠いとこ」
くすりくすりと彼は笑う。こいつは頭でも打ったのだろうか。それを皮肉ってやろうかとも考えたが、なんだか胸がきゅうっと痛くなったから、私は唇をきゅっと閉じて沖田に背を向けた。
「どこに行くんでィ」 「うるせー。どこでもいいダロ。お前から世界一遠いところに行くんだヨ」 「ああそうかィ。ならいいや」
やっぱり嬉しそうな顔で沖田は笑う。何がそんなに嬉しいのだろう。 私は振り向くことなく、ぷっくりと膨れっ面のまま走ってその場を後にした。
「……むかつくアル」
万事屋に帰って早々、ぽつんと呟いた私の一言に銀ちゃんが振り向く。
「何だよ神楽。まーた沖田くんと喧嘩?」 「喧嘩はしてないけどむかつくアル!」 「まあ結局沖田くんね。何なの今度は」
さほど興味もなさそうな銀ちゃんはジャンプをぱらぱらめくりながら気怠げに問い掛けた。理由を(時折毒を混ぜながら)かくかくしかじか説明して、むかつくでしょ?と同意を求めれば「ああそうだね」と投げやりな返事。聞いてなかっただろテメー。
「あいつは私に世界一遠いとこに行って欲しいのヨ!むかつくアル!言われなくても行ってやるネこんちきしょー!」 「まったく、あのガキも素直じゃないねー」 「はあ?あいつは素直アルヨ。面と向かって世界一遠いとこ行けって言いやがったアル」
苛立ちは貧乏ゆすりに変わり、せわしく地面に足を打ち付ける。(あ、そろそろ穴あきそう。)そんな私に銀ちゃんは死んだ魚の目を向けて
「沖田くんも馬鹿だねえ、こいつにそんな遠回しに伝えたところで分かるわけねーのに」
と呆れたように呟いた。こちらも遠回しに馬鹿にされている気がして気分が悪い。
「じゃああいつは何が言いたかったのヨ」 「だいたいオメー、自分から世界一遠いとこがどこだか分かってんの?」 「ブタジル」 「ブラジルな。ちなみにそれ不正解ね」 「じゃあどこが一番遠いアルカ?」
意味が分からず、首を傾げたまま尋ねる。すると銀ちゃんが「右向いてみろ。」と言ったので私はおとなしく右を向いた。
「いいか。そこからスタートしたお前がそのまま右に真っ直ぐ進んで地球を一周するとして、ゴールはどこだ?」 「……スタートしたところアル」 「そういうこった。スタート地点とゴール地点ってのは隣り合わせなんだよ」 「ほお……」 「つまり沖田が言ったことの意味は、……あとは自分で考えりゃ分かるだろ?」 「……。」
スタートとゴールは隣り合わせ。私から世界一遠いところっていうのはつまり、私のすぐそばにあるということで。 と、いうことは。
──俺にとって、世界でいちばん遠いところに居て欲しいのはテメーでィ。
「……ばっかじゃねーの、あいつ」
熱くなった顔を隠すように銀ちゃんに背を向ける。あのクソサド難しい問題出してくれやがって、考えすぎて脳細胞がいくつか死んだアル!
「どこ行くわけ?」 「馬鹿のとこに答え合わせしに行ってくるネ」
にたにたと笑いながら尋ねる銀ちゃんが憎たらしい。分かってるくせに。帰ってきたら覚えてろ糞天パ。 傘を掴んで部屋から出ていく私の背中を眺め、銀ちゃんはこっそりと微笑んだのだった。
「……俺の隣に居て欲しいって素直に言えばいいのにねェ、あのガキも」
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