ねむ、と呟いてぺたんと机に額を引っ付けた。9月も中旬に差し掛かり肌寒さを感じる今日この頃にもいまだにエアコンはその活動を続けている。さむ、とぼんやり考えながら視線の角度を変えて頬を机にぴったんこ。落書きだらけの机上は消しかすと不必要なプリントでごった返していてもはや勉強など名ばかりのお遊戯に参加する意欲などない。空は、青い。


「あめゆきとてちて」


不意にソプラノがそう呟く。重い頭をゆっくりと上げて振り返れば空と同じくらい青いチャイナの瞳がまっすぐこっちを向いていた。

「あめゆきとてちて」
「なにそれ」
「トシ子の言葉アル」
「だれそれ」
「けんじの妹」

チャイナが教科書を指差す。ああ、そういえば今、現代文の時間だっけ。俺は開いてすらいない自分の教科書を見て思った。

「あー、ここ多分テスト出るよーな出ないよーな気がするから線引いとけよ。あ、でも出ないかもなー」
「先生、はっきりして下さい。あんた仮にも国語教師でしょ」

なんて、相変わらずのゆるーい授業展開に小さく溜め息。黒板には「永訣の朝/宮沢賢治」と記されている。いまこんなん習ってたんだ、知らなかった。
宮沢賢治といえば、小学生のころにも国語の教材で出て来た気がする。うろ覚えではあるが、蟹の親子が何か喋ってたような。その話に正体不明のナントカっていう物体が出て来るんだけど、けっきょく最後までそいつの正体は分からずじまいだったっけなあ。まあ最終的にそのナントカは死んじまったんだけど。

「なあ、人間って最期の前には優しくなれるのかナ」
「なに突然」
「だって、トシ子は優しいヨ」

きらりと青い瞳は純粋に輝く。「最期、トシ子は優しかったヨ。」その真意が掴めない。

「人のために努力することが幸せに繋がるんだって」
「へえ、」
「きっとトシ子は幸せネ。きっとまた、次も幸せになれるヨ」

チャイナは笑った。「さよならしたって、きっとまた会えるアル。」だから永訣だなんて呼ばせたくはないんだと。
ぼんやりと頬杖をついたままチャイナの間抜け面を拝んで、なんだか馬鹿らしくなった。まったくもって、馬鹿。現実味のないオメデタイ脳みそ。けれどそれがほんの少しだけ羨ましい。

「じゃあ、あいつ生きてると思う?」

ぽろりとこぼれた言葉にチャイナは首を傾げた。だれが?と聞かれるよりも先に俺は答える。「名前は忘れたけど、あいつ。」分かるわけがない。けれどチャイナはやっぱり笑う。

「生きてると思えば、この世界のどこかで生きてるヨ」

やっぱり脳みそがオメデタイ。けれどなぜだか納得いった。あのナントカも、きっと今ごろ鳥やら花やら何らかの形となってどこかで笑っているんだろう。

隣の席で、そいつもかぷかぷ笑っていた。


(だからどうか、永訣なんて言わないで)




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