「あのね、上田くんが彼女と結婚したんだって」
「…誰そいつ」
「西浦にいたじゃん。覚えてない?」
「知らねー」

数時間前に泉と一緒にスーパーで買ったお酒を飲みながら、ちらりと視線を彼に向けた。

甘い缶のカクテル。お酒は弱い方じゃないけど、少しだけふわふわしてきた。目の前に泉が座っているからかもしれない。

「赤ちゃん出来たんだって」
「ふーん」

興味ないんだろうな。って思ったけど違う。なんかちょっと不機嫌だ。泉の大きな瞳がさっきからこっちを向かない。

じっと見つめる私の視線には気づいてるはずなのに、泉はしれっとして缶ビールを一気に飲み干す。反対に私はちびちびと飲み口に口をつけた。

せっかくふたりきりなのに、そっけない泉にちょっと不満。

「いいなー私も欲しいなー赤ちゃん。したいなー結婚」
「………」

泉の腕に甘えるように抱きついてみても、まるで無反応。

こんな泉の態度は慣れてるけど、高校の頃から付き合って、もう何年目?そろそろプロポーズしてくれてもいいんじゃないの。私、待ってるのは飽きてきたよ?

「…泉、あのさ!」しがみついていた腕から離れて、泉の体を強引に自分に向けた。真剣な声を出すと、泉が怪しんで目を細める。

「私と。け、けっこん、」
「っ馬鹿かお前!それ以上言うなっ」

結婚して。そう言おうとしたのに、私から言おうとせっかく決意したのに、言葉を泉の大声で遮られてしまった。

びっくりして瞬きもできずにいると、泉はバツが悪そうにすぐ顔を背けた。黒い彼の前髪が影になって表情が分からず一気に不安が押し寄せてくる。

なんで。泉は私じゃ駄目なの?結婚する気ないの?もしかして、もう終わりなの?暗い考えばかり浮かんでくる。

「……っ、ヒック」
「…ハァ!?おま、なんで泣くんだよっ」

嗚咽が漏れて泉がぎょっと振り返った。泣かれたことに焦ったようで、あたふた慌てる姿は珍しいかもしれない。

「だ、だって泉が」
「俺が?」
「私と、結婚、嫌なの?」

俯くとぽろぽろ零れ落ちたけど、気にしていられない。恐る恐る顔を上げてみる。ぽかんと目と口を大きく開けた泉が目に写った。

「ばか!嫌なわけねーだろっ」

今度は私がぽかんとさせられた。嫌じゃないなら、なんで言うの止めたのよ。

「だからそれはっ、お前から言おうとするからだろっ?!」
「…へ?」
「本当は……今日プロポーズしようと思って色々考えてたのにお前が先に、言おうとするから……」

照れてだんだんほっぺが赤に変わっていく泉。ゆっくり間違えないように、私もその言葉の意味を理解しようとすると、急に身体が熱くなった。

「なのにお前は元カレの話してくるし。ちょっとむかついた」
「元カレって…上田くん?」
「………」
「…覚えてるんじゃん」

しかもいつの話だよってくらい、泉に言われるまで付き合ってた事なんて忘れてた。

「……子供、ほしいとか言うし」
「私は本気でほしいよ?泉との子供」
「………」
「ね、泉。……はやく、言ってよ」

続きが聞きたくて心臓がうずうずする。肝心な事をまだ聞いていない。どきどきとうずうずが混じり合って、胸が苦しくないけど苦しい。たまらずに急かすと、泉がゆっくり息を吐いて、ぎゅっと私の手を握る。一瞬で泉の緊張が私に伝染した。

「絶対に幸せにするから、俺と結婚してください」

真っ直ぐな目で見つめられ、力いっぱい抱き締められた。この瞬間をずっと待ってた。

「好きだ。…お前は?」
「もちろん大好きです。…喜んで、結婚、します」

もう一度見つめ合って、泉の指が私の嬉し涙を拭ってくれた。その行動すら、泉の全部が愛しい。私はいま最高に幸せです。

二人で始めるプロローグ





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