それを聞いたのは偶然だった。
「――好きなんです!」
頬を染めた女の子。その顔は緊張していて、手はぎゅっと握り締められていた。薄く化粧しており、目が大きい。髪は緩く巻いて、ギリギリ頭髪検査に引っかからない程度の明るさに染められていた。可愛い子だった。
場所は校舎裏のゴミ捨て場だった。確かにそこならば滅多に誰も近寄らないし、部活をして居る人間からも見えにくい位置にある。告白するならもってこいの場所かもしれない。
時刻は放課後、部活に入っていない人間なら殆どがもう帰っているし、部活の真っ最中。誰も来ないと思って、相手を呼び出したのだろう。そしてそれは正しかった。現に此処には、夏希以外告白している女子と相手の男子しかいない。
そもそも夏希だって此処に居るのは偶然だった。たまたま彼氏を待っていたら先生に見つかって、ゴミ捨てを頼まれてしまった。お詫びとしてジュースを奢ってもらったし、ゴミもそう重くなかったから引き受けたのだが。
――引き受けなければ良かった……
はあ、と溜息を零す。ゴミを持つ手がそろそろ疲れてきたし、さっさと捨てたい。でも出て行くわけにはいかなかった。
「あー……」
相手の男子は困っているようだった。そりゃそうだ。だって彼には恋人が居る。夏希という恋人が。
告白されているのは黎だった。夏希は黎を待っていたのだ。今日の部活は顧問がいないからとかでミーティングだけ、終わったら自主練習をやりたい人はやるというものだったらしく、たまには一緒に帰ろうと誘われた。
夏希も黎と一緒に居られるのはテスト期間や部活が休みの時だけなので喜んで待ってると告げ、待っている間に先生に、という訳だ。
「悪い、俺、彼女居るから」
「そうですか……」
「ああ、でも気持ちは嬉しい。ありがとな」
黎が優しく笑ってそう言うと、女の子は少し涙を零しながら頭を下げて去っていった。黎も彼女が居なくなったのを見届けて、その場を去る。そうして二人が居なくなって、やっと夏希はゴミ捨て場に行くことが出来た。
扉を開け、ゴミ袋をその中に入れながら、ふと思う。
――黎って、どうして私と付き合ってるんだろ……
重く、暗い気持ちが溜まっていく。先程の子といい、彼を好いていた妃芽といい、どちらも彼女よりも可愛い女の子だった。夏希はいって人並みだし、格好良く頭もよく運動も出来る黎ならば、もっとずっと可愛い女の子と付き合えるのに。
そりゃ夏希だって彼が好きだ。だから付き合っているし。でも、気になる。どうして黎は、夏希を選んでくれたのだろう、と。
「――お前が好きだからに決まってんだろ」
何を当たり前のことを、とでも言いたいかのように、彼は言った。
あの後、ゴミを捨て教室に戻ると黎が居た。まあ当たり前だ。彼は夏希よりも先にあの場を後にしたのだから。そして約束通り一緒に帰っていたのだが、どうにも先程思ったことが気になって黎との会話に集中できない。
様子が可笑しい夏希に、黎が何かあったのかと問いかけてきた。隠しとおせる気もしないし、正直に告白現場を見てしまったと告げるとああ、と少し気まずげな表情を浮かべた。
その時につい、ぽろっと出てしまったのだ。黎はどうして私と付き合っているの、と。
はあ? と気まずげな表情からちょっと怒った表情に変わった黎を見て、慌てて言い訳の様に思っていたことを全部言う。何でも出来る黎ならば、もっと可愛い子と付き合えると思うのに、どうしてなのか気になってしまったなど、色々。
それら全て聞いた後、彼は溜息一つ吐いて、先程のことを言ったのだ。
その言葉はすとん、と夏希の中に落ちる。
「好きだから……」
「そう。つか当然だろ。好きじゃなかったら付き合ってない。ちゃんと告ったろ? それともお前、流されて俺と付き合ってんの?」
「そんなわけ、ない」
「そりゃ良かった。そうだって言われてたら、さすがに凹む」
くしゃ、と前髪をかき上げ、歩き出した黎を見て、夏希は通行人も車も走っていないのを確認する。小道だから車も通行人もあまり通らないが、念のためだ。誰も居ないのを確認すると、駆け寄って背中に抱きついた。瞬間、ピシリと黎が固まったが、彼女はそれに気付かない。
「あのね。……好き」
「……っ」
自分からあまり言うことがないから、いざ言うと恥ずかしくて堪らない。顔が赤くなっていくのが分かる。顔を見ていないから言える様なものであって、今振り向かれたらまずい。
ぎゅうっと抱きついて、額を背中に押し付ける。
「黎が好きだよ」
「……」
「大好き」
黎が好きだから、と言ってくれて夏希の中に溜まっていた黒い気持ちはどこかに飛んでいった。
確かに夏希は先程の女の子のように可愛くないし、黎と釣り合っているとも思わない。だけれど彼が好きだという気持ちは彼女に負けていないはずなのだ。いくら可愛い女の子が相手でも、誰にも渡したくないと思う。
――うん、決めた。
黎のことが好きな子が居て、その子がどんなに可愛くても、美人でも。遠慮はしない。だって夏希は黎のことが好きで、彼と付き合っているのだから。黎が別れたいと言うまでは、隣に居たい。
夏希が一人で納得している間、黎は空を仰いでいた。外で、誰も居ないとはいえいきなり抱きついてきて、加えて滅多に言ってくれない『好き』と言い始め、一体彼女は黎をどうしたいのか。
此処が外でなければ良かったのだが、小道とはいえ誰が通るか分からない。はー、と溜息を吐いて、今だに誰も通らないのを見ると、抱きついている彼女の手をゆっくりはがして、振り返る。
「……黎?」
きょとんとして不思議そうな顔をしている彼女にキスを落とした。今度は夏希が固まる方である。ちゅ、と軽く重ねる程度ですぐに離れたが、顔が赤くなっている。
「れ、れい……っ」
そのまま彼女の手を取って、歩き出した。
「早く帰ろうぜ。外じゃ、ゆっくり出来ないし」
「ゆっくりって……」
「今日はまだ早いし、俺の家、寄ってくだろ?」
疑問系ではあるが、最早決定事項のように黎は笑った。今の時間帯ならば、まだ家には誰も居ないから二人きりになれる。早く帰れる日は毎回黎の家に寄っていたから、今日も行くと思っているのだろう。まあ、行くけれど。
返事の代わりに手を握り返すと、彼はより一層嬉しそうに笑う。
「あ、そういえば」
「え?」
「さっきの言葉。ちゃんと返事してなかったな」
「さっきの?」
「……俺も好き」
何のことだか分からずにいると、黎が耳元で囁いた。思わず耳を押さえて彼を見ると、悪戯が成功した子供のような顔をしている。
「……」
「顔が赤い」
「誰の所為だと思って……」
「さあな? ほら、早く行こうぜ」
「……うん」
彼が一枚上手なのはいつものことだ。夏希はいつだって彼に振り回されているような気がする。最も気付いてはいないだろうが、彼女も黎を振り回しているのだけれど。
それでも悪い気はしないのだからどうしようもない。繋いでいた手をより一層固く握り締め、笑いあいながら、二人は帰路についたのだった。
End.